きゃんと、すたんどみー、なう。 公演情報 きゃんと、すたんどみー、なう。」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.7
1-16件 / 16件中
  • 映像鑑賞

    2/18(映)

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    7/16豊田さん岡野さんのペアがよかったです。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2022/07/16 (土) 13:00

    三人姉妹の暮らす家から次女と夫が引っ越しするのだけれど、知的障がいのある長女が見慣れない男性(引っ越し業者)を見て暴れたらしい。

    長女が落ち着くのを待って手持ち無沙汰な引っ越し業者2人の他愛もない会話などから、しだいにそれぞれの事情やキャラクターが思いが伝わってくる。

    次女と三女の互いへの微妙な気遣いと屈託も、次女の夫に対するわだかまりも、引っ越し業者の綿引と由香里、そして由香里の義理の兄で社長でもある山本、それぞれを思う気持ちも。

    知的障がい者である長女とそのボーイフレンドの言い出したことが、その奇妙な一日にまたひとつ大きな波紋を呼ぶ。

    授産施設の職員だって、その役割からはみ出す思いを抱えている。

    大学教授だった次女の夫が起こしたらしいスキャンダルについての助手の言及。

    戯曲の細やかな人物造形を手練れ揃いのキャストが見事に立体化して、作り物ではない生きた人間がそこにいる、という感慨がひとしおだった。

    ドラマティックな「物語」ではなく、人が暮らすということや生きるということが丁寧にそして切実に描かれて、観客を惹きつける。

    観終わって劇場を立ち去りながら、登場人物の一人ひとりのこの先の日々を思う、そういう舞台だった。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    ☆☆☆☆★

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2022/07/08 (金)

    ドキリとした。そうだよね。そうだったよね。ドラマがあって本来はちょっと出来すぎ?と感じることもあるけれど、客席に入るなり引き込まれて、終演後は席を立つのも戸惑う…。上演台本を珍しく買いました。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    数年前の初演を観た。普段は(余程好きになった演目でなければ)二度観ないが、障害者を描いた部分について難じた者として、「どう変わったか」を見届けねばと半ば義理で観に行った。(その後のやしゃごの健闘からの期待も。。)
    結論を言えば、全体としてナチュラルに抵抗なく見る事ができた。脚本そのものの骨格は変わらないが、台詞のニュアンスや演技が、初演では(自分の目には)はっきり露見してみえた綻びを、巧く均していた。
    それによって強調されるべき部分が微妙に変り、作品としての質は高まった。
    ただし「均した」という表現を使ったように、初演に感じた本質的な疑問(違和感)は、払拭されたわけではなく、これは戯曲の問題として付きまとうのだろう。終盤の部分も初演と同じだが、強調点が変ったせいか、不要に思えた。
    今回観ていて首肯できたのは、(造形が難しい)障害を持つ男女の演技である。「障害(者)」をテーマに描く作品では障害者当人の表現は一つの挑戦となるが、(戯曲の問題は別として)、今回は人物の造形と場面の成立を嬉しく見た。特に男性の軽度知的障害を持つマサシは俳優の存在を忘れさせた。

    ネタバレBOX

    葛藤の源である「障害」と、家族の和解の物語だ。
    次女の引越し(転出)の日、という設定が良い。
    三姉妹が住まう家には、軽度の知的障害を持つ長女ユキノがおり(父母は早くに亡くなっている)、夫と住んでいた次女ツキハの転居を、今日知らされたユキノは、初対面の男性を怖がる事から引越し業者と対面したショックもあって、パニック状態らしく、業者の男女二人(付き合っているらしい)が待ちぼうけを食っている。
    引越し業者は次女の夫の同期が社長をしており、後でトラブって応援に登場する。三姉妹と近しい女性漫画家がとことんマイペースで自分のネタ集めに周囲を巻き込む。長女の通所する施設のメンバーであるマサシ、その施設の自信なさげな担当者も登場し、舞台となる居間(向こう側に縁側、小さな庭と塀と勝手口まで見通せる)が、セミパブリックな場所と化している。
    特に引越し業者らが当家の問題(障害者を抱える)への第三者の視線を与え、語らせているのが良い。

    さて当事者を描く困難として、やはり引っ掛かる部分がある。
    例えば長女ユキノが、同じ通所施設のメンバーであるマサシと結婚する、と言い出して家族は大騒ぎするが、やはりこの動揺は不自然だ。
    最も「変わらない」のは、一見極大の「個性」を持つ知的障害者の方である。彼らはその変わらなさをもって、周囲の理解を勝ち取る。家族はどのように長女に接して来たのか。限界はあったにしても早く死んだ母は愛情を注ぐ努力をした人柄だった事が窺える。
    どちらかと言えば「変化」するのは周りの方で、「結婚したい」発言は長女の「変わらない」性質の一つの表れだとまずは捉えてその意味は何かを理解しようとする、というのが第一。結婚は軽度の知的障害者が素朴に持つ願望であり、「結婚なんてできるわけない」と本人に言って聞かせる三女の姿は、本当は理解している何かを「判らない」と突っぱねている姿に見える。つまり、三女が業を煮やし、沸点に達したと考えるならスッと通る。現実には知的障害を持つ者同士のカップル、夫婦はいる。
    障害者観は変わらねばならない、という認識から発すると、ラストの「マサシの死の予感」情報は不要で、三女が死んだ母との会話の後、長女の結婚もありと態度を変える「変化」の表れとして(長女に)白粉を塗って上げる部分も、世の女性の「結婚式への憧れ」を長女に投影したもので(長女はそれを楽しんではいたが)ユキノが求めているのはそれなのか、という疑問は残る。その前までで十分語られるべきは語られたと感じられたので、もっと前に芝居を切り上げればというのが正直なところだった。しかし作者は「和解」を明確な形にしたかったのだろう。

    細かな部分になるが、明日通所先で会えるマサシの背中に永久の別れのように泣き叫ぶユキノ(瞬間的に感情が激するある種のパニック状態、という場合であれば、長い付き合いの家族は「今はあの状態だな」と一過性のものである事と悟るはずで、一緒になって大騒ぎするのは不自然)。
    結婚する、という事が二人にとって具体的に何を意味するか、を確認せずに三女はムキになって反論し始めるのだが(だから劣った者に対して常識を振りかざす鬱憤晴らしに見えてしまう)、仮に結婚の形かマサシが今日からユキノの部屋で寝起きする事だ、とする。しかし両親のいるマサシがその事を告げていない事は、果してユキノの「つもり」とマサシの「つもり」は同じなのかと訝る余地がある。仮に二人の気持ちが純粋だとしても、話を詳らかにし、二人(あるいはそれぞれ)の言う中身が何か、によっても対応の仕方は微妙に変わってくるものだろう。
    二人の演技は、二人が分かちがたい結びつきを築いているらしい事を伝えていたが、不明な領域は広い。
    マサシは主張をした後、周囲の否定を受け入れたかのように去って行く。ユキノはそのマサシの「転換」を受け入れ難く叫んだようにも見える。
    ただ蓋然性から言えば、描かれているマサシは抽象レベルの概念を否定されてその概念ごと何かを諦める、という事はしないように思われる。仮にそれが出来るなら、相当程度の理解力がある事を周囲も判っているか悟るであろうし、マサシの覚悟の深さを周囲は想定して対応するはずだ。あるいは、探る事はするだろう。周囲の鈍感が描かれたのだとしても、舞台上のマサシから、また知的障害を持つ人達の存在から、最も見出しにくいのは「死」の気配であり、それに繋がる「諦め」も然りである。
    マサシを送っていった次女の夫から、最後に電話が掛かって来る。マサシが車道に向かって走り出し、車にはねられたという。先の事で言うと、この時に自殺というイメージが浮かぶテキストになっていたかと思う。(作者は可能性の範囲にとどめているが。)
    「変らない」事への信頼こそが彼らの財産であるその事から考えて、自死の線は現実とは思えないが、しかし真相はどうあれ周囲には傷跡を残す(結婚をあからさまに否定してしまった事が原因に思えてしまう)。
    つまり障害を持つ者の存在のリアル、よりはそれを取り巻く「我々」を問う、作品の趣旨である。だがそれは「誤解」である可能性がある、と私は水を差したくなる。障害に対する私たちの認識の投影は、別の投影を許す。投影は、理解とは真逆の態度だ。
    三女の目にだけ見える母が、後半現われて、「自分のやりたいようにやりなさい」と告げる。三女は母が早く死んだお陰で、長女が姉妹に押し付けられたと思っており、我慢強く、結婚した次女よりも自分を「犠牲に」して長女の面倒を見て来た格好だが、母を前に漸く今、本音を漏らす。一人ぼっちである事=異性関係の不幸の影に、長女の存在がある・・そう観客も理解しがちになるが、果たしてどうか。もし三女に人生の転機が訪れた時、障害を持つ姉を「手放す」選択も突きつけられる事だろう(手放した場合施設に送るかグループホームに入れるかといった話が出てくるが、その時彼女が「遠慮」して他に助けを乞わなかったのなら、それは彼女の人生設計と価値観からの選択だったのである)。
    母も、「あなたのやりたい事をやりなさい」とだけ言うが、自分の人生を姉のせいにするな、と読み替えるも可能である。

    障害を扱う細部にはどうしても引っ掛かりは出てくるが、ドラマの構造は初演より明確になり、描写もリアルさを増し、面白く観た。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    Twitterで整理番号問題でプチ炎上していたが
    そういう事で騒ぐと次回から手数料330円を取るシステムに移行するだけな気がする。
    せっかく少しでも安くチケットを提供しようとする劇団の善意を蔑ろにしていて悲しくなった。

    舞台は、次回も必ず観たいと思える作品でした。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    驚く程面白い傑作。非常にブラックな笑いをまぶしていて、イメージと全然違った。笑いと真剣に向き合う姿勢にリスペクト。何か適当な安い人情噺に逃げていない。障害者を扱えば「24時間テレビ」のようにお決まりの文言が繰り返されるしかない世の中。そこをガッチリ笑いに徹してみせた。
    事前の告知が下手なのか、糞詰まらない道徳話だと思っていた人々は損をした。喜劇としての完成度の高さ。引越し業者の受難の視点からこの歪な家を語らせるテクニック。

    タイトルはリバティーンズの『Can't Stand Me Now』(君は私にもう我慢できない)から来ているのだろう。

    知的障害者の長女(豊田可奈子さん)を持つ高木家。両親はとうに亡くなり、世話をする次女(とみやまあゆみさん)は結婚し家を出ることに。残されるのは三女(緑川史絵さん)だけ。長女雪乃は「自分も施設の友達のマサシ君と結婚する」と暴れ出す。てんやわんやの家で一向に進まない引っ越し。途方に暮れる業者の二人(海老根理〈おさむ〉氏と清水緑さん)。部屋中にばら撒かれるハッピーターン。

    岡野康弘氏にやられた。『花柄八景』の落語家師匠から、今回はガチ知的障害者マサシ君。昔よくバスで見かけた『仮面ライダー』の名前をずっと羅列し続ける男にソックリ。このリアルさ、言葉に対する反応と返し、本物だ。凄い役者がいるものだ。デ・ニーロ・アプローチ。
    清水緑さんの使い勝手のよさ、連発される「すみませ〜ん」。こういう娘、一人置くだけで場の空気が持ち、話は成立する。
    清水緑さんの舞台にハズレはない。『ガマ』が楽しみ。

    ネタバレBOX

    開演前、縁側に佇む男女二人の引越し業者。部屋で眠りこける漫画家。訪ねてくる障害者就労支援施設の職員。暇を持て余した引越し業者の清水緑さんは庭にあったサッカーボールでドリブル&カズダンス。会社の送別会の余興用に温めていたエア・バルーンアートのプードル作りを披露。このマイムが実に上手い。場内アナウンスだけ流れるがそのまま開演。この世界が現実と地続きであることを語る。
    「行けるとこまで行くか」と、終演後も長女雪乃のお化粧を続ける次女ツキハ。この話は終わっていない、何も片付いていないことを観客に強烈に印象付けた。

    引っ越し会社社長・佐藤滋氏の常に論点のズレた台詞が最高。元大学准教授・辻響平氏の発言も印象的。「普通、普通って一体何処の誰が普通に暮らしてると言うんだ?皆誰も彼もが苦しみ足掻いているじゃないか。皆普通じゃないから助け合おうとしているんじゃないか。」

    「“サ”〜の付く言葉は〜?」「サヨナラ」と言い去って行こうとするマサシ君。「寂しい」でも良かった。ここで幕を閉じた方が自分的には満足。そこからアフタートークのようなエピローグがだらだら続く。しかもそこそこ面白い。ただ障害者が場面から消えた途端にありきたりの感想と文脈、盛り下がる空間。最後に三女カスミだけが残ると、死んだ母親が現れる。ああ、これを描きたかったのか?と思うも、その描写もイマイチ。答えのない問題にリアルに向き合おうとして攻めあぐねた感じ。

    豊田可奈子さん演じる雪乃がどうもリアルに感じなかった。キャラ設定のせいか。

    全く関係ないがこの前の参院選、乙武洋匡氏の落選の弁、「手も足も出なかった」が実に見事だった。

    書き忘れたのが電灯の演出。急に電灯を点ける三女の姿から、何かがあるのだと思っていたが。
    実録ヤクザ映画の最高傑作、『仁義なき戦い 代理戦争』。抗争中の二つの組が手打ちの為に料亭に集まる。そこで突然の停電、狼狽し殺気立つヤクザ達。女将が蝋燭を持ってくる。頼り無く揺らめく灯り、疑心暗鬼のヤクザ共は上目遣いで辺りを伺いながら話を進める。
    改変をひどく嫌う脚本の笠原和夫が、絶賛した深作欣二の演出。今作にもそんな狙いが透けて見えた。電灯が点滅したり消えたり急に点いたり。照明に演出を託すセンス。秀でている。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    こんなにも後ろ髪を引かれる思いで席を立つ事になろうとは

    長女が知的障害者。
    今日は次女が嫁ぎ先へと引っ越していく特別な日。
    親ではなく姉妹という立ち位置で
    彼女がこれまでどんな気持ちを抱えて、どんな思いで実家を後にしようとしているのか見えてこないだろうか
    そんな気持ちが前のめり過ぎたのかもしれない。
    物事が上手く運ばないとか諸々、笑いを誘ってくるのだけれども…笑えない
    (会場的には結構受けていました)

    子供の頃、度々ご近所さんであろう同い年くらいの知的障害の子と母親のペアに遭遇し、すれ違う度サッと目を逸らしていた苦い思い出
    あの時、せめて「こんにちは」くらい言えなかったのかと後悔の念まで蘇ってくるし
    ただ、その時目を逸らして見ようとしなかったものが、クッキリとカタチを成して迫ってきたのには仰天しました。
    そして意外な状況で、三女の心情がついに・・・
    掴めたと思ったのだけれど、いや、もうちょっとその先を見ていたかった。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2022/07/14 (木) 19:00

    120分。休憩なし。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    開場時から舞台上には役者さんが配され
    軽~トークなどもしておりまして
    早めの入場をと勧めますね~♪

    重たい話と
    生きるのが辛そうな方々が多いかなぁーと思える話でしたが
    笑いも多めに取り込まれてて
    バランスが良かったかしら~と感じた2時間超える作品
    =開場時からを入れると2時間半だねぇ

    終演から5分後にスタートした
    アフタートークはゲスト:松本哲也さん(小松台東 主宰)でして
    作・演出:伊藤毅氏が司会(風)の
    ふたりトークが25分程でした=割とグダグダ感(失礼)な
    トークタイムでした=満席でしたがアフターには8割ほどの方々が残ってましたわ
    初演とか他作とか本書きとかのネタバレ的な話は
    割と面白く聞けました~♪

    ネタバレBOX

    関東圏郊外。三人姉妹が住む一軒家。
    舞台セットは10畳の和室=居間を中心に奥に縁側~庭~勝手口が配されてます
    長女は、知的障がい者である。=作中では話の進行で半ばまではわからないデス
    親はもう亡く、主に三女が家を仕切っている。=というのも
    何となくでしか作中は伝わってこなかったー
    次女が結婚し、夫と建てた新居への引っ越し日。=とも最初は
    よくわかんなかったー
    引っ越し業者とともに作業をするつもりの姉妹たち・・・・。
    であったが何かゴタついてるらしく業者の男女が
    舞台奥の縁側で2時間以上待たされてて。
    居間の手前のトコには姉妹を手伝うつもりで来た漫画家さんが寝て待ってる状態。
    開場時の設定ですねー
    ゼロアワーで諸注意アナウンスが入って
    そのまま段々と客席照明が暗くなって舞台スタートです!

    いろいろと詰め込まれた設定が徐々に開示されて
    生き辛そうな登場人物たちが
    それでも生きてく様子を覗き見るような芝居でありました

    後半に出てくる次女の夫の研究室助手さんが説明する
    生命は最初に口と肛門ができる管状態でー
    食べて排泄するのが基本と言うのが
    なんか作者の言いたいコトかなぁ~とか思えたデスよ
    いろいろと考えさせられた舞台でした

    ちなみに長女の結婚相手も施設で出会った知的障害な男性で
    役者さん演技上手やわぁと思ったデス
    とりあえず説得されて直ぐに結婚とかは無しにというので
    次女の夫くんが彼の自宅に送る最中に
    車道に飛び出して車に跳ねられたという連絡を次女が受け
    次に鳴った電話を取れずに問題を先延ばしにする間は巧かったー
    彼氏の生死は・・とオープンエンドで結末は観客の想像に任せて
    舞台上では長女の結婚に姉妹が賛成して
    次女が喜ぶ長女に綺麗に化粧をしてあげるシーンで終演です
    暗転も無しでアナウンスでの終演でしたが・・
    いろいろと続いてゆくのがあるんだろうなーと思わせての話ですよねー
    う~む姉妹側だけでこの長文

    引っ越し業者側も いろいろあるんだが・・・
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    障害を持つ役の役者さん二人が、熱演でビックリしました。
    本当にそうなのでは、と思えた。
    暗いテーマなので、明るく笑いが入りほっとしました。
    隣の席の女性が、涙をボロボロこぼし泣いていました。
    結婚出来ないというところで。
    私には、全く知らない障害者家族の苦悩...
    こんなに大変なのか、ほんのわずかだが、はじめて知りました。
    これからは、障害者のかたに少しでも思いやりを...と思いました。
    とても素晴らしい作品でした。
    本当に観てよかったです。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    重い内容でしたが、笑いの場面も多く、観易かったです。
    でも、やはり知的障害の家族がいるという事は、綺麗事では済まされないというリアル感があり、苦しくなりました。
    登場人物達のそれぞれの考え方、それぞれの台詞が、ずしんと響きました。
    役者さん達の演技は、皆良かったです。
    色々な事を考えさせられる舞台で、とても良かったです。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    #井上みなみ #緑川史絵
    #佐藤滋 #藤谷みき
    #赤刎千久子 #海老根理
    #岡野康弘 #清水緑
    #辻響平 #とみやまあゆみ
    #豊田可奈子 #藤尾勘太郎
    (敬称略)
    プレビュー。
    DNAとか染色体とかを超えて、子は親から受け継いでいるモノ、受け継いでしまうモノがある。その多くは望まないモノ。いやきっと、望むモノは受け継いでいてもあまり意識することなく、望まないモノは気になるから意識してしまう。そしてそれは先天的なモノよりも後天的なモノの方が気になるに違いない。
    二女が見せる母親に似た癖を嫌う三女。それを実は三女自身も受け継いでしまっていて……
    「あっ‼️……そうだった……ありがとう……。」
    終盤も素晴らしいけれど、この三女を演じる緑川史絵さんが切なくて愛しくて可愛くてたまらない。
    人は望まれて生を受けたと誰しも思いたい。人生に価値を見出したい。生まれたことに意味があると信じたい。誰かを愛し、誰かに愛されたい。
    大切な人を信じ、大切な人に信じられたい。
    自己存在価値を感じ、自己肯定感を高めて生きて行きたいに決まっている。エゴと思いやりが摩擦を起こして熱を持つ。
    藤尾勘太郎さんがスーパーヒーローの如く、たくさんの人を救ってくれた。ありがとう……って何度も心の中で呟いた。
    ズシリと響く話だけれど、ユーモアが散りばめられ、楽しい観劇体験になること請け合い。
    それでも、この引越し騒動を目撃した我々は、どの台詞からも作演出の伊藤毅さんの血が吹き出していることを感じるだろう。

    演劇の素晴らしさが詰まった作品。
    みんな観たらいい。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2022/07/08 (金) 19:00

    重い題材を淡々と描く秀作。115分。
     知的障がいを持つ長女とその次女・3女を軸に、彼女らを取り巻く人々の物語。「やしゃご」になる前の2017年に上演した作品を改訂して上演で、初演は観てない。当事者ではないのでエピソードがどれだけリアルかは分からないが、ありそう、とは思える展開に息を飲み続けた2時間で、時に笑いが起きるが、私は笑っていられない気がした。ただ、ちょっと盛り込み過ぎで集中しきれない印象はある。特徴的なエンディングも適切かどうかはわからない。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    重たいテーマに笑いを散らばめる
    フツーってなんだろう
    障害のある子の兄弟姉妹のことを「きょうだい児」と呼ぶそうだ
    それぞれの思いを込めてみな熱演
    障害を持つ二人は好演
    少しいろいろ詰め込みすぎた気もするけど

    ネタバレBOX

    開場とともに引越し業者とマンガ家の3人が舞台にいて、あとちょい出も加わりさりげなく伏線となる演技があったり、なし崩しに本番に
    あのエアバルーンアート上手かったな
    最後も演技中に終わりのアナウンスがあり、そのまま何となく長女と次女の対話が続く・・・
    と言うなかなか凝った演出
    みんなどこで席を立とうか迷っていたけれど

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