もはやしずか 公演情報 もはやしずか」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.3
1-4件 / 4件中
  • 実演鑑賞

    自分にしては珍しく早々とチケットを取っていた公演。が、そういう時に限って職場で足止め、芝居の半分近くを見逃し、チケット代を厭わずリベンジの当日券に並ぶも果たせずであった。
    リピートしても良いと思えるだけの緊迫した後半の芝居であり、大略この夫婦と家族の問題が見えては来たのだが、た組のKAAT公演が初であった作演出の作風と実力をジャッジするには穴が大きい。
    舞台のあれは黒木華か、そうだっけ、うむナチュラリズムな芝居は秀逸だな、お、平原テツやっぱいい。あの声は上田遙。朝ドラで見たばかりの安達祐実は泣いてるんだかコメディ色出してるし(朝ドラで最初見せた大根女優を再現?)、芝居の全容を想像するも参照が先般のKAAT舞台のみでは類推は及ばずである。
    細密リアリズム芝居と見た自分には、心が離れている相手から理詰めで復縁を迫られるラストの演出は、そこへ至る緻密に構築した芝居を想像させ、やはり是非とも最初から観たかったな、とそこへ戻ってくる。

    ネタバレBOX

    後半だけ見ると身勝手でどうしようもない男と、男の態度に傷つきながらも現実的な道を果敢に(子も授ったし)行く女、と見えるのだが、男が過去を語る言葉、これが真情の吐露であるのか(冒頭その問題のシーンがあったというから作者的には男の真実味を見せようとしたとも理解できる)、それとも口にすると如何にも軽薄で自分が惨めになり、説得されるのも必然、だったのか。
    出産前検査で障害を持って産まれる可能性に打ちのめされた後、困難だが産む、と結論を出した女に対し、逡巡する男。二人は別れるが、健康な子を授かった女は、男の実の両親を連れ、復縁を迫る。何故なら、別れる原因となった障害の疑いは晴れたから。。劣等意識から解放された女の前で、しかも男は出張マッサージの悪くない相手と抜いた直後、一度解放されたはずの束縛の道へと連れ戻されて行く。と、やはり見えるのだ。男と女の間の「言質を取り合う」関係から窺える不毛な未来への予感に、作者は同意を求めているのか、否を共有したいのか。。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    主演の橋本淳氏、た組の『在庫に限りはありますが』の妻に不倫されるハンバーグ店店主が印象深いが、今回は全く別のキャラに。自閉スペクトラム症の弟の事故をトラウマに抱え、大人になり結婚した今もずっと引きずっている。
    妊活に励むその妻、黒木華さん。この当代随一の天才女優の内面はぽっかりと口を開けた暗いがらんどうのよう(偏見)。昔『黒い家』と云う映画のキャッチコピーに使われた「この人間には心がない」の文句を思い出す。ニコニコ笑う彼女との暮らしはゾッとする。
    主人公の母親役、安達祐実さんも負けてはいない。この二人の怒鳴り合いが見てみたかった。これだけキャリアを積んでもイメージとしては若手女優。
    主人公の父親役、平原テツ氏は珍しくまともな人間像だがクライマックスで見せ場あり。
    黒木華さんの妹役、天野はなさんは見事なキャスティング。何となく同じ雰囲気を纏っている。
    上田遥さんも抜群のキャスティングで、本物か?と思った。こういうキャラをこのタイミングで放り込むセンスが図抜けている。
    個人的MVPは藤谷理子さん、児童発達支援センター、療育園(?)の研究生。菅野美穂のモノマネをする高田紗千子(梅小鉢)に喋り方がそっくり。人をムカつかせる天才で、クライマックスの安達祐実さんとのバトルは語り草。このシーンだけでも観る価値充分。かなりこの役に手応えがあったのでは?

    作者はピンボールのように跳ね回る女性の感情の描き方が絶品。一度感情のスイッチが入ると全く論理的な会話にならず、無駄な遣り取りが途方に暮れる程延々と続く。周囲の女性の嫌な面を逐一メモっているかのような人間観察。

    かなり面白い脚本。
    子供時代、障害児の弟の事故がトラウマになっている主人公。妊娠した妻が出生前診断で障害児の確率50%と聞かされる。動揺し困惑しどうにか妻を説得しようとするが・・・。

    ネタバレBOX

    藤谷理子さんVS安達祐実さん&平原テツ氏のバトルが最高。子供を事故で失った遺族の家を訪ねてきて、遺族の心のケアの会へ勧誘。その無神経な物言いにブチ切れた二人、平原氏は彼女を包丁でぶっ殺そうとする。ストレスから異物を口にするようになった橋本淳氏は、その修羅場に我関せずでスティック糊をパクパク食べる。この青い糊がういろうみたいで美味しそう。

    ここから時間は飛んで、離婚して一人暮らしになった橋本淳氏がデリヘルを呼んでいる。そこにいきなり押し掛けるのは別れた妻と自分の両親。左肩に薔薇のTATTOOの務所帰りのデリヘル嬢。逃げられない状況。一体何の話なのか判りゃしないギャグ。観客大受け。

    産まれた子供に障害がなかったことから、今更よりを戻そうとする黒木華さん。スマホの赤ちゃんの写真を見せようと。
    泣きながら弟の事故死のトラウマを吐露し、自分に子供を育てていく自信がないことを言葉を尽くして伝えようとする橋本淳氏。「いつまでも過去に拘っていては・・・」と両親は復縁を後押し。多分この流れに押し切られて行くんだなあ、と観客は思う。そこにベランダの窓と対面の壁の上部から滴り落ちる大量の血。これは幻影なのか、それとも暗示なのだろうか?

    ラストの話のまとめ方に逡巡したような停滞。何か違う。デリヘル嬢の上田遥さんも同席していた方が良かった。そして彼女に最終的なジャッジが委ねられるような。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    加藤拓也の芝居は、いつも、いかにも現代の若者の使いそうな言葉と場面設定で軽く入っていくが、中身はしっかり濃い。今回は「今どき風」は同じながら、はじめから飛ばす。
    男女が子供を生すという事がどういうことか。まだ二十歳代の作者は、出産前に胎児情報を得ることができる先進医療や、表面的には社会的バックアップが講じられている出産事情を背景に、生命を扱う現代の科学と社会と人間のモラルという重いテーマに迫っている。
    プロローグ。若い夫婦が、障碍児(発達障害か)を育てるのに疲れ切っている。その生活の一瞬の隙に障碍児が事故にあい命を落とす。この今どきリアルな展開に、あとで考えれば、すべての問題は提示されている。その謎をとくようにドラマは悲劇の襞に分け入っていく。
    自己中の気ままに生きたい夫(橋本淳)と、子供が欲しいという念願に生きる妻(黒木華)が妊活に励んでいる。現代の医学をもってしてもなかなかその望みは達せられない。その不毛な夫婦の生活の中で、夫は好きなタバコはやめられないし、妻はつい精子提供に手を出そうとする。その秘密はお互い解っていても、妊娠しないという事実の前では切り出せず、次第に夫婦の間には薄い膜がかかり始める。こういう展開は現代風俗も絡めて(精子提供者との電話確認など)、笑ってしまうが実にうまい。
    次第に事態が深刻になってきたところで、妻は妊娠に成功するが、胎児に障害がある確率が二分の一という診断をめぐって、夫婦は断絶する。お互いの秘密を暴露することにもなって、夫婦はさしたる未練もなく別れてしまう。この辺は、今の世代にはよく遭遇する問題なのだろう、観客席は呑まれたように引き込まれている。
    この舞台は劇場中央に白一色の現代デザインマンション風の部屋を置き、そこですべてのシーンを処理する。場所や時代の転換は暗転で処理するのだが、その間を埋める音響(早川毅)がいい。心理的なサスペンスを一段ずつ上げていく。
    一年後、夫がデリヘルを呼んで遊んでいたところへ、妻が、夫の両親とともに幼児の写真を持って訪ねてくる。障害は危惧だったのだ。それなら、復縁すれば、となるわけだがここからが芝居の見どころで、観客がほぼ忘れそうになっているプロローグが見事に生きかえる。気ままに生きてきた現代の夫婦に突然課せられた、人間が生を得て生きるという課題のドラマの息詰まる展開になる。夫婦の会話は結構チャラいのにリアルで重い。デリヘルから家族へのクライマックスの急転も含め、この若い作者は芝居をよく心得ている。珍しいことに、遂に見ていられなくなった女性客が三人ほど、このシーンで席を立った。対面観客席だからそんなことが分かる。
    ここはもう見てもらうしかない。
    作者が若いだけに、いささか飛ばしすぎのところもあるが、全体から見れば小さい瑕疵でしかない。先月KAATで見た「ラビットホール」も現代のNYで、幼児を事故で突然失った夫婦の話だった。その悲しみは家族とともに深く描かれていたが、「もはやしずか」は、時代を重ねることで、さらに広く社会へと広がっていく。しかも甘くない。現代を活写するいい芝居だった。




  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    子ども時代に、自閉症スペクトラムの弟を事故で亡くした康二(こうじ=橋本淳)。冒頭、幼時のその時の情景から始まり、場面は現在に飛ぶ。互いに30過ぎの康二は妻麻衣(黒木華)の妊活に協力しているが、二人はどこか仮面夫婦のようでぎこちない。康二が煙草を隠し持っているのをしって、「やめるっていったじゃない」と責める麻衣。麻衣が精子提供を受けてることを見つけても、知らんぷりをつづける康二。麻衣は妊娠したが、出征前診断で障害を持つ可能性が「2分の1」と言われ、二人の間の亀裂は決定的になる。そして……。

    自己弁護やその場しのぎの合間に本音が垣間見える、ひりひりするような口語演劇。何かをずっと胸に秘めての責め合いは心理サスペンスのようだ。妊活や性欲をめぐるえぐい話もあり、まさに他人の家をのぞき見するようなリアリティー。
    麻衣は子どもを持ちたいと一途で、康二と結婚したのも、何もかも子ども中心。行き過ぎでついていけないところがあるが、それはそれで筋が通っている。実は康二は、自分のことで精いっぱいで、麻衣のそこがわかっていない。そのためにに起きるずれ、すれ違いは、表面の何気なさに反して、根は深い。

    二人の熱演、精密で生々しいセリフのやりとりが光る。康二の母を演じた安達祐実も、怒ったり、イライラしたり、悲しんだりの感情表現が素晴らしかった。
    弟の保育園の先生(藤谷理子)の、言葉は明瞭なのに内容のない話しぶり、自分の発言の支離滅裂に対する無自覚ぶりもすごい。ここまでひどいのはないけど、でも似たことはどこにでもありそうで怖かった。

    ネタバレBOX

    パンフレットに山内ケンジが書いている。平田オリザ以来の、語尾を濁したり、無意味な間投詞が多かったりの、現代口語演劇を受け継ぐ、加藤拓也の戯曲と演出。誰もがぼそぼそとつぶやくようにしゃべる。これは今の小劇場なら多い。そこから、最後に飛躍が起きるところが今回の芝居のかなめになる。

    子どもが生まれた後の復縁を麻衣が、康二の両親つれて、迫りに来るところ(これも「子供には父親が必要だから」と、子ども優先の都合にすぎない)。康二が弟が事故で死んでからの、自分のトラウマと、それが故の子供を持つ不安を明確に論理的にしっかり語る。なるほど、山内ケンジが言うように、二つの対極的な語り口を、無理なく一つの作品に溶かし込んだのはさすがである。

このページのQRコードです。

拡大