もはやしずか 公演情報 アミューズ「もはやしずか」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    加藤拓也の芝居は、いつも、いかにも現代の若者の使いそうな言葉と場面設定で軽く入っていくが、中身はしっかり濃い。今回は「今どき風」は同じながら、はじめから飛ばす。
    男女が子供を生すという事がどういうことか。まだ二十歳代の作者は、出産前に胎児情報を得ることができる先進医療や、表面的には社会的バックアップが講じられている出産事情を背景に、生命を扱う現代の科学と社会と人間のモラルという重いテーマに迫っている。
    プロローグ。若い夫婦が、障碍児(発達障害か)を育てるのに疲れ切っている。その生活の一瞬の隙に障碍児が事故にあい命を落とす。この今どきリアルな展開に、あとで考えれば、すべての問題は提示されている。その謎をとくようにドラマは悲劇の襞に分け入っていく。
    自己中の気ままに生きたい夫(橋本淳)と、子供が欲しいという念願に生きる妻(黒木華)が妊活に励んでいる。現代の医学をもってしてもなかなかその望みは達せられない。その不毛な夫婦の生活の中で、夫は好きなタバコはやめられないし、妻はつい精子提供に手を出そうとする。その秘密はお互い解っていても、妊娠しないという事実の前では切り出せず、次第に夫婦の間には薄い膜がかかり始める。こういう展開は現代風俗も絡めて(精子提供者との電話確認など)、笑ってしまうが実にうまい。
    次第に事態が深刻になってきたところで、妻は妊娠に成功するが、胎児に障害がある確率が二分の一という診断をめぐって、夫婦は断絶する。お互いの秘密を暴露することにもなって、夫婦はさしたる未練もなく別れてしまう。この辺は、今の世代にはよく遭遇する問題なのだろう、観客席は呑まれたように引き込まれている。
    この舞台は劇場中央に白一色の現代デザインマンション風の部屋を置き、そこですべてのシーンを処理する。場所や時代の転換は暗転で処理するのだが、その間を埋める音響(早川毅)がいい。心理的なサスペンスを一段ずつ上げていく。
    一年後、夫がデリヘルを呼んで遊んでいたところへ、妻が、夫の両親とともに幼児の写真を持って訪ねてくる。障害は危惧だったのだ。それなら、復縁すれば、となるわけだがここからが芝居の見どころで、観客がほぼ忘れそうになっているプロローグが見事に生きかえる。気ままに生きてきた現代の夫婦に突然課せられた、人間が生を得て生きるという課題のドラマの息詰まる展開になる。夫婦の会話は結構チャラいのにリアルで重い。デリヘルから家族へのクライマックスの急転も含め、この若い作者は芝居をよく心得ている。珍しいことに、遂に見ていられなくなった女性客が三人ほど、このシーンで席を立った。対面観客席だからそんなことが分かる。
    ここはもう見てもらうしかない。
    作者が若いだけに、いささか飛ばしすぎのところもあるが、全体から見れば小さい瑕疵でしかない。先月KAATで見た「ラビットホール」も現代のNYで、幼児を事故で突然失った夫婦の話だった。その悲しみは家族とともに深く描かれていたが、「もはやしずか」は、時代を重ねることで、さらに広く社会へと広がっていく。しかも甘くない。現代を活写するいい芝居だった。




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    2022/04/09 11:18

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