マがあく 公演情報 マがあく」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 2.8
1-6件 / 6件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    あるお部屋のお話。

    ネタバレBOX

    ドミノの舞台美術は触れたら倒れるのではないかとドキドキしましたが(固定しているのかもしれないけれど)、誰も触れませんでした。狭い空間にたくさんの俳優がいて、大きく動くシーンもあるにもかかわらず、です。広くはない「部屋」の空間を俳優達の身体が把握していて、そういった空間の感覚が第7番目の登場人物である「部屋」にリアリティを持たせていました。効果音や、マイム的な動きなどもふくめ、そういった細部の積み重ねが、劇空間をつくっていたと思います。

    そのなかでの登場人物たちは、理不尽な主張の応酬だったり、あえて(だろう)わざとらしいせりふ回しといったいくつもの「違和」を登場させます。
    違和感はあるけれども、なにかが起きそうなほどはなにも起きないので、そのもやもや感が居心地悪くもあり、その居心地悪さが面白くもあり、その面白さがすこしだけ物足りなくもあり、でもその物足りなさがクセになりそうでもあり……独特の不思議さをもった作風でした。
    たとえば、不思議なゆっくりしたテンポでしゃべり、不思議にズレたテンポで会話する人物と一緒にいると、ちょっとクスリとしてしまうような、そんな感覚です。「なんだか、この人、好きだわぁ」と言いたくなるような、愛しい作品でした。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    STスポットの空間をよく活かせた、演劇的想像力を巧く活用した作品である。

    ネタバレBOX

     アパートの一室を契約するというシチュエーションに、リアリズム的な作品なのかと思っていたら次々に不条理な言動と展開が待ち受けている。小劇場の不条理的シットコムと呼び得る巧さで、不気味さと滑稽さのバランス感覚に優れていた。
     思わず吹き出してしまうような台詞と俳優の演技も魅力的だった。他方で、その俳優たちが汎用性の高い上手さであるかはやや疑問であろう。あくまで本作の作品傾向とスケール感に合った演技だったため、他の作品でも見てみたいと思わされた。
     総合すると、巧いが故に良くも悪くも後味を残さなかった。不条理にもシットコムにも振り切ることのないバランス感覚はあるが、それによって何を目指しているのかが伝わって来ない。また、応募書類に見られた問題意識や目標が作品を通じて見られず、その点も残念だった。若手の団体であるため、向かう先が垣間見えると一層の強みになるのではないかと思われた。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    「部屋」=領域をめぐる諍いを淡々とシュールに、ポップに描き出す不条理劇でした。

    舞台は入浴中の男の部屋。「下見」と称してこの部屋に忍び込んだ女性と何も知らない女友達、不動産業者と客が鉢合わせし、権利を主張しあっているところに、大家も登場、さらに風呂上がりの男も交え、事態は混乱を極める。最終的には「部屋」自身が争いの幕引き役として乗り出してきて−−。

    登場人物それぞれの主張に一貫性はそれほどなく「えっ!」となるような発言も淡々となされるため(それが笑いを誘うのですが)、今目の前で起こっている攻防戦がどういう状況にあるのか見失ってしまうこともありました。とはいえ筋やテーマでなく、目の前で展開する状況そのものを見せるという意味では、とても演劇的な試み、企みを持った作品だったと思います。「部屋」自身の声や目線の導入も、(ある種の「神」の存在のように)状況を俯瞰し、設定に立体感をもたらす役割を果たしていて、面白かったと思います。ドミノでつくられた部屋の境界線が、上演中ずっと、登場人物たちの身体との間に、えもいわれぬ緊張感を生み出していたのも、印象的でした。

  • 実演鑑賞

    満足度★★

    鑑賞日2022/03/30 (水)

    部屋をめぐる「ちょっと、変」な不条理劇

     ドミノが四方を囲んだ空間で、黄色いシャツを着た男が横になっている。どこからともなく人の声がする。「風呂が沸きました」。男はやおら起きあがり部屋の奥に姿を消す。客席後方から登場したスーツ姿の男は客席に向かい「ご来店ありがとうございます」と観劇上の注意を呼びかける。こうして『マがあく』は「ちょっと、変」な空気感を醸し出しながら幕を開ける。

    ネタバレBOX


     蓑田空(岩田里都)は知り合いの藤家ゆり(村上さくら)を連れて契約したばかりだという部屋を訪れ、ビニールシートを広げてお茶会をはじめる。そこに不動産営業の勝村忠(大橋悠太)が内見を希望する森山奈央(高下七海)を連れて現れる。じつは空はこの部屋を契約しておらず、勝手に鍵を持ち出し入室していたのだ。当然勝村は抗議し藤家と奈央は戸惑うものの、空は「ここは私の部屋だ」とふてぶてしく主張する。騒動が大きくなり隣室から大家の丹野武蔵(神屋セブン)が諌めにくるが、なぜか4人に言いくるめられてしまう。

     しまいには風呂を終えた冒頭の男・太伏大器(干川耕平)が裸で出現、「ここは誰の部屋でもないから所有した」とおかしな主張をしてさらに場が混乱する。最終的にはなんと部屋が「(扉は)開かないよ」などと話しだし、この部屋から誰も出られなくなりーー作・演出の西岳はコロナ禍で外に出られなくなった体験をもとにこの悲喜劇を創作したという。

     私が面白いと感じたのは上述した幕開きを含めた空間設定や俳優たちの醸し出す空気の独特さである。「ガチャ」「ガラガラ」など扉を開ける音響効果に人間の声を当てていたり、客席後方から出入りする役者がまるでアヒルのように体を小さくしながら入退場していたり、部屋から出られない登場人物たちが暇を潰すために円陣を組みゲームをする場面の息のあった具合など、この劇団ならではの雰囲気を徹底させた点が面白いと感じた。

     一方で公権力に頼めばある程度解決しそうな事件を展開させる仕掛けが少ないため(「騒動になるから警察は呼びたくないでしょう」と勝村を諭す台詞はあったが)、設定そのものに違和感を覚えた。結果、私は劇のリアリティに馴染めず、場面が進むごとに台詞が空疎に響いてきた。当日パンフレットのあらすじに「部屋と悪をめぐるハートフルバイオレンスタイム」をあったため、ルイス・ブニュエル 『皆殺しの天使』ばりのものを期待した者としては肩透かしを食らった気持ちになった。

     また、不条理の象徴たる部屋の存在も含め、本作の登場人物たちは決定的な対決行為はせず、なんだかんだで仲がいい。コロナ禍があぶり出した人命にかかわる不穏さ、人間のダークな一面を感じるくだりがほしいと思った。
  • 実演鑑賞

    この所初の劇団の観劇続き。シラカンは若手ユニットとして名のみ知っていたが今回STスポットで上演との事で足を伸ばした。舞踊や身体表現系、アート系を目にする事の多いSTスポットは白い四角いシンプルな空間が「実験場」に見える。初めて観るシラカンは照明変化も音楽も無い中で役者の身体と台詞が明るいフラットな明りに晒され、今思えばだが「部屋」をかたどる形で四角く配置された色とりどりのドミノも、役者の動く身体を際立たせる効果を狙ったもの、だったかも(私はこれが何時倒されるのかと待っていたが)。
    自分の大括りなカテゴライズでは「味薄若手」の部類に属する。ある不条理が堂々と日常に入り込んでいるのだが、この日常性が「静かな演劇」のもので、劇中ヒートアップする場面があっても脱力の要素がある。「これ以上追求されず」「さしたる裏付け(人物の動機として)もない」と知れてしまう事で、あまり先を期待しなくなる自分がいる。語られる世界は彼らが日常目にしているだろう範囲を出ず、私には予想を爽快に裏切る展開はなく終わった。観終わった時はこの劇が順当に時間が流れるストーリーを見せたかったのか、(演劇の特権として)時間を歪める不条理性を狙ったのか、意図が判らないという感想を持ったが、両者は絡みつつも重心は後者にあり、ポイントは不条理の「扱い方」にある、と思えてきた。後述。

  • 実演鑑賞

     STスポットのお馴染みの白い立方体の空間。あるアパートの空室をめぐるお話です。床に並べられた小さなドミノによって、その部屋の輪郭が縁取られています。劇場のなかに箱庭があると言えばいいでしょうか。部屋の中が主な演技スペースなので、ドミノをひとつ倒すだけで総崩れになるかも…というスリリングな空気が持続しました。また、ドミノは子供の遊戯、崩壊の連鎖、脆弱な境界線、人間の創作物の儚さ、虚しさなどを想像させました。

     登場するのは6人の若い男女です。残念ながら演技がおぼつかないのと、繰り出される会話がだいたい破綻しているため、一体何をやりたいのかな…と探り探り眺める時間がほとんどだったのですが、終盤に入って予想外の人物(?)が登場して状況が一変。全員野球のような総力戦状態になり集中できました。ロシアによる侵攻で始まったウクライナ戦争から約1か月の時期だったこともあり、空き室をめぐる争いを領土問題とも捉えられました。

     上演時間は約1時間10分。当日パンフレットに配役と出演者名が載っていましたが、登場人物の名前をおぼえられなかったので誰が何の役なのかわからず…。配役にどういう人物なのかわかる簡単な説明が欲しかったですね。ネタバレを避けるのが難しいかもしれませんが。

    ネタバレBOX

     若い女性が同性の友達を連れて、次の引っ越し先である激安の賃貸用ワンルームに下見に来たところ、見知らぬ不動産屋が内覧者を連れて入ってきます。この部屋に住むのは誰かと言い争ううちに、隣に住む大家の若い男性がやってきて権力を振りかざし、さらにはずっと以前からその部屋を勝手に使っていたらしい、筋肉質な若い男性も登場。カオスになります。

     「空き部屋だから不法侵入ではない」「仲介業者にしか賃貸契約はできない」「部屋は人が住むものだから居てもいい」「先に住んだ者に所有権がある」「この部屋を一番愛する者に住む権利がある」「一番高い家賃を払う者に貸す」「部屋は大家のもの」など、部屋の「所有」や「居住」について暴論をぶつけ合います。非論理的で支離滅裂な主張をごり押ししたり、我田引水の開き直りをしたり…滑稽です。

     開場時間から舞台の床にうつ伏せに寝転がっていた男性が、空き部屋にかなり長く住んでいた人物でした。風呂からあがった筋肉隆々の男性が半裸で登場したのには、かなりのインパクトがあり、驚いた女性がつぶやいた「(突然出てきて怖いけど)マッチョだからオバケじゃない」に笑いました。若い男性の鍛えられた身体は、しのごの言わせない権威というか…太刀打ちできない暴力性がありますね。一番の権力者だったはずの大家(金持ちのボンボン)が彼にひれ伏してしまい、強者と弱者の力関係が明白になりました。

     部屋の玄関のドアは装置ではなく、マイムで開閉します。開閉音は生声でなくスピーカーから聞こえており、音響効果かと思いきや、それは擬人化された“部屋”の声でした。部屋が人間に話しかけるなんて…ワケありすぎ物件(笑)。“部屋”は「誰かに住んでもらいたい」と切望しますが、怖くて誰も住みたくなくなっちゃった…。怒った“部屋”は6人を閉じ込め、部屋の温度が上がっていきます。慌てた6人は“部屋”の気持ちを知るために“部屋”になってみようとします。扇風機になったり、エアコンになったり…俳優が無心に物体のマイムをするのは、かなり変な風景です(笑)。すると“部屋”の気が済んだのか、ドアが開き、6人とも部屋を出られました。

     なんとも不思議な感触の舞台で、終演した時はよく咀嚼できていなかったのですが、当日パンフレットに掲載されていた作・演出の西岳さんの言葉どおり、翌朝にこのお芝居について反芻しました。最後に示されていたのは、無心に他者になってみることによる相互理解だったのでは…と思い当たりました。それは「他者を演じてみせる」という俳優の仕事そのものです。私が俳優を職業にしている方々のことが大好きで、尊敬してやまない理由に気づかせてもらえました。ありがとうございました!
     改めて、ドミノで境界線をかたどる舞台美術の効果は絶大だったと思います。

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