公演情報
「ふすまとぐち」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/06/04 (土) 14:00
ややデフォルメされた家族の閉塞的な状況を滑稽かつ辛辣に描く。ずけずけとものを言う姑のキヨと耐えかねて押し入れに籠ってしまった嫁の桜子を軸に物語話は進む。アクの強い登場人物たちに気持ちを振り回されつつ目が離せない。
押入れの襖を隔てて通じ合えない家族の関係は、それでも互いを思う気持ちがそれぞれの心の奥に潜んでいる。
抱えている思いの伝わらなさがおかしくも歯痒くて、「誰も逆らえない」ほど強気なキヨだけれど、悪徳商法や宗教めいたものに引っかかるのは寂しいからなのだろうか、とも思った。
相手には伝わらないままの思いが、病床のうわ言や某集会での独白で吐露されていくのがやらせないと同時にじんわり温かくて。
救いがなさそうでいて後味は悪くない作劇がとても好みだった。
ひとクセもふたクセもある登場人物を演じるキャスト陣のチカラワザは本当に見応えがあった。
実演鑑賞
満足度★★★★
ほぼ全編津軽弁によるドタバタ家庭劇。上演前にプロデューサーによる簡単な津軽弁講座があり、(結局わからない部分は思っていた以上にありつつも)楽しく観劇できました。
いじわるばあさんを思わせる姑・キヨ(山田百次)と必要な家事以外の時間は押し入れに閉じこもって暮らす嫁・桜子(三上晴佳)の嫁姑戦争を軸にした物語は、過剰な事件も交えつつ、終始ハイテンションな演技で進行します。ですが、実のところこの物語の背景にあるものはむしろ、重苦しく苦い現実ではないでしょうか。
非正規の仕事しかない長男・トモノリ(中田麦平)しかり、出戻りの娘・幸子(成田沙織)しかり、キヨの支配するこの家から自立すべきだと知ってはいても、すぐにそれを実行できるような状況にはないようで、だからこそなんとなくキヨの支配に従っています。一方、敵対しているはずの嫁姑の関係には、キヨが嫁に悩みを共有する「親族」なる怪しい団体と引き合わせようとしたり、桜子がキヨの嫌う虫をハサミで撃退したり、急病の気配にいち早く気付いたりと、緩やかな絆を伺わせる面もあります。二人は共に孤独を抱えながら「家庭」を支える役目を負う仲間でもあるのです。
実演鑑賞
満足度★★★★
全編、津軽弁。あえて東京公演とのことで、基本的には津軽弁がわからない人に向けて、どこまでの言葉ならそこで起きていることが伝わるか/伝わらないか、意識的に言葉を整理されていたと思います。さらに事前の津軽弁講座がありがたく、教えてもらった言葉を探しながらせりふを聞きました。おかげで津軽の空気とともに、その場でなにがやりとりされているかも伝わったと思います。津軽弁の音も美しく、東京にいながら東北の土地の音を聞けたことは良い体験でした。
実演鑑賞
満足度★★
鑑賞日2022/06/02 (木) 14:00
本劇団は『喫茶ティファニー』に続き2回目。津軽弁満載の家族劇で、笑わせる部分もあるものの、全体は嫌な話で、私のテイストではなかった。
前説で津軽弁講座3分の後、113分。
実演鑑賞
満足度★★★★
ホエイ独特のわちゃめちゃ芝居。「わちゃめちゃ」の印象は割と毎回だったりする(「珈琲法要」を除く..この作りは少し別種の感がある。「郷愁のロマントピア」はややこちら寄りだった)。
久々にお目見えの三上晴佳の嫁役、山田百次の姑役、嫁の旦那が中田麦平、その妹(出戻り)の成田沙織、その小学校の娘の井上みなみ、その年下の従弟が中田麦平いった具合。津軽弁を激しく繰り出す名手は山田氏と成田女史、ナチュラルに繰り出す三上女史。外部の人間としては姑を典型的な新興宗教に誘う二人連、また嫁をDV被害者の会的な会に招く二人連に森谷ふみ、赤削千久子のコンビ。秀逸な場面多数であるが、整理のされ方のためだろうか、「わちゃめちゃ」さが前面に出て、典型は姑だが激しい言動の起伏が「ギャグなのか」「演技なのか」と戸惑う。
オーソドックスに収束する家族の物語であるが対立する二人や嫁と旦那の過去についての言及(仄めかしでもよい)は少なく、約めて言えば観客の想像に投げている部分が大きい。
素材は光っているが扱い方が・・という印象が残る(割と毎回であるが)。
実演鑑賞
満足度★★★★
滅多に東京では見られない地方方言に(津軽弁)による現代風俗劇。料理の塩味が濃すぎると嫁姑の争いの種になったり、新宗教まがいの商法が地縁血縁関係の濃い農村のガス抜きになっていて盛んだとか、現在の地方らしさはあるのだが、ドラマとしての嫁姑、家族親戚の子どもたちまで巻き込んでの人間関係は格別目新しいところはない。それは、この「見てきた」(深沢さんのネタバレ)ですでに指摘されてしいるとおりである。方言が分かりにくいから、細かいニュアンスがなくてもわかる筋立てにしたとしたら本末転倒のような気がする。しかしこの舞台が、他の追従を許さないということでは、ほとんど観客にはわからない津軽弁で押し通したところである。それなのに、ドラマのつくりが安易になっていたり、方言がコメディリリーフのようになっていたりして、基本的なリアリズムから離れてしまったのはいかがなものだろう。方言と言う土着的な言葉に対しては戦後(昭和20年代)、木下順二や秋元松代が日本の劇の基本構造を作るものとしてかなり苦労して実績も挙げているし実例もある。今一度、現代の眼で言葉を見直すことは良い着眼点とは思うが平田オリザ的便宜主義ではあまり奥がないようにも思う。
実演鑑賞
満足度★★★★★
期待して観ても面白い
誰もが持ちうる日常の辛さや、おかしみを、津軽弁の軽やかなリズムに乗せて凄いパワーで見せつけられる(いい意味で)!
1時間50分があっという間
後、プロデューサーさんをはじめ受付やその周りの方々の対応が、さりげなくもとても良いなぁと思いました