物理学者たち 公演情報 物理学者たち」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.6
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    会場へ入るとロビーがどことなく簡素。「ご自由にお取り下さい」という無料リーフレットを探すと事務用長テーブルにB4紙2つ折りの当パンがまた質素(桟敷童子のみたく)。座席に近い入口から入ろうと裏手に回ると案内スタッフがおらず「コロナ対応で裏口は閉じたのか?」という状態(そうではなかった)。
    芝居が始まると序盤に登場した草刈民代の台詞が時折覚束なく「おや?」と思う。そこでふと「今日はプレビューだから?」との考えが過ぎった。以前観たプロデュース公演のプレビューが(結果的に準備が十全でないというのでなく)わざわざ1ランク落とし、スタッフの客対応も素っ気なかったのを思い出した。今公演がそうだったわけではなく実際には「差」もないのかも知れないが、「引き算された分を足すとどうなる」等と脳内で考えを巡らした程に、特に前半は混迷し、乗れないものがあった。
    幕間を挟んでから俄然巻き返して天晴であった芝居は確かにあったが何だったか・・さほど気落ちせず休憩時間を休み、迎えた後半は目が覚め、戯曲の「狙い」的な所がいくらか見えてきた。といっても変わり種な戯曲には違わぬ。ノゾエ氏演出舞台と言えば新国立の「ピーター&ザ・スターキャッチャー」(ラストで萎んだ感はあったが)が秀逸で腕は確かだと知れるが、書き手・演出家としての「傾向と対策」は未だ不明。それでも料理人・ノゾエ氏を引き当てた素材というのが何故か腑に落ちる作品。シュールさは前半の「死」の扱いと言いイヨネスコを連想させるが、要は叛逆、アナキズム、よりソフトに言えばはぐらかし、へそ曲がりな志向。

    感じた難点は、配役。チラシの俳優陣を見て観劇を決めた客も多いだろうが、川上友里子を除く女優陣(瀬戸さおり、吉本菜穂子、草刈民代)のキャスティングは果たしてどうだったか・・。小柄で容姿端麗の瀬戸、声に特徴あり倒錯の域を表現できる吉本、すっくと立つ肢体こそ見たい草刈が、わざわざその長所を封印したような役柄である事により、元々異種な戯曲の「読み違え」「迷子」を誘引したようにも思う。
    まあしかしそれより何より、事挙げすべきは戯曲という事になるのだろうが、今ひとつ物語を追えていない。終わってみれば事象じたいはシンプルではあるが事象を語る口調、含みは感受しきれない。
    誤読の一つは、ステージを占める直方体の共有スペース(居間であり休憩室であり食堂のような)には左右の壁と正面の三方に三人の科学者を名乗る入院患者の居室のドアが付いているが、大きく立派なので居室には見えず(特に正面は廊下に通じるのだと終盤まで思っていた)、意図としては三名の科学者に集約される話である事が前半の段階では判りづらく、象徴的に扉をデーンと据えたのかも知れないが、では居室以外の場所へ通じる通路はと言えば壁が人一人通れる格子になっていて、どこからでも出入り出来る仕様になっている。三人以外の存在の性質を三人と区別するのにグッドなアイデアとも思うが、幻想ではなく実際に起きている事象であるので、例えば扉に名札でも貼っておけば「居室」だという事が最初に判る。芝居の見方=ルールは早々に告知するのが良く、適度な謎で引っ張り後で解く手法はここではそぐわなく思う。また、看護婦役、刑事の部下役、主役の一人メビウス(と名乗る患者)の息子ら役などを兼ねてコロス的なグループとした感じだが、メビウスの妻(川上)や刑事(坪倉)、あと確か看護婦長(草刈)が他を兼ねない配役である事の意味はあるか、なども。本作はこの「豪華な」出演陣に適した素材だったのかどうか。この発掘戯曲は無名でも剛腕な役者、ぶっ飛んだ役者を使って下剋上を挑むような素材ではないか。ただ、全体に漂うシュールな感じ(ノゾエ氏の色?)の中で、メビウスや三科学者が倫理と科学についての真っ当な議論を真顔でやってみせるなどシニカルで押せないものがある。水に浮いてしまう油の処理法は難しい。作者がミステリー作家であった事を考え合わせると、どんでん返しの後付けの政治論争で、政治論争の手段としてのミステリアスプレイではなさそうだ。とすると味付けの位置に当る論争は当時の世相の反映であり、もし今これをやるなら、「人類が踏み込んではいけない領域」とは生命科学だったりコロナ禍を引き起こした自然破壊だったりするのかも・・。(まあそれだとインパクトには欠くが)

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    舞台が明るくなると、看護婦が殺された病院のサロンの現場検証のストップモーション。
    その病院は草刈民代の院長が仕切る精神病院で,そこには、アインシュタイン(中山祐一郎)やニュートン(温水洋一)を名乗る狂人、太古の王の宣言を信じる狂人(入江雅人)が収容されている。彼らは次々と善良な担当看護婦たちを殺していくが狂人とあって、罪には問われず、病院に収容されている。まるで、ミステリ劇のような出だしだが、舞台はそこから二転三転、ミステリ劇はやがて、陰謀劇になり、さらには国際スパイ劇になり、時には社会劇にも喜劇にも変貌する。登場人物は同じながら、ストーリーの進行に従ってさまざまな様式で劇が進む。登場人物たちも時に叡智溢れる物理学者だったり、時には狂人だったり、スパイだったり、忙しい。訳が分からないと、言うことはないのだが、観客がストーリーを追うのも容易ではない。
    ヨーロッパのほかの国・ある意味、馴染みのあるロシア、イギリスやフランス、とは全く違った手つきのドイツの舞台劇だ。見ていれば、一つ一つのシーンはその飛び方が面白い、という事はあるのだが、その芯がつかめないもどかしさが残る。
    ドイツの現代劇はわが国ではブレヒト以外は、ほとんど系統的に上演されないが、この作者デュレンマットは、ミステリの翻訳もある。戦後まもなく上演された「貴婦人の帰郷」が、数年前クリエでも再演された。ドイツでは大当たりの人気作家の代表作、と言われても、なぜ?、どこが?、当たるのか腑に落ちない。そこが国境を渡る「演劇」の難しさである。
    まぁ、蜷川や野田の芝居をアチラへもっていっても、ホントに分かっているのかどうか、もどかしいところがあるから似たようなものか。習うより、慣れろ。とせいぜい見てみるしかない。そのうちに、フッとあ、なるほどと分かるのがこれまた演劇の面白いところなのである。
    草刈民代はじめ俳優たちは、ノゾエの多分原作・戯曲に沿った演出でみなこのいそがしい喜劇を熱演しているが、客席の反応はいま一つ。ほぼ、1時間づつの二幕。休憩15分。

    ネタバレBOX

    ドイツで、受けた理由の一つが放り出すように終わるところと言われているが、この日本の上演では演出のノゾエ征爾が、日本人の観客の腑に落ちないという不満をすべて水に流すような秀逸なエピローグをつけている。原作にはもちろんないわけだが、日本的解釈ではこれで大団円になれる。ドイツでは考えもしなかったようなエピローグだろうが、そこは見てのお楽しみである。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    久々の観劇。やっぱり生で観るのは良いです。草刈民代、温水洋一、入江雅人...役者さん1人1人から溢れ出るエネルギーが素晴らしかった。シールな笑いでくすくす笑っているうちに、どんでん返しが始まる。深いストーリーに引き込まれました。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    シリアスな劇かと思って見始めたら、冒頭からリビングに看護師の死体が転がり、警部が登場するという人を食った展開。自分を歴史上の偉大な物理学者だと思い込んでいる精神病患者たちが、なぜか看護師を殺してしまう、ブラックコメディが第一幕。殺しても、病気だからと逮捕されない。

    途中、メビウス(入江雅人=好演)という第3の患者に、妻と3人の息子が再婚した夫とミクロネシアへ宣教のため引っ越すからと、永の別れにくる。妻(川上友里)の、押し付けがましくて騒々しい、オーバーな演技がおかしい。ソロモン王が見えるというメビウスは、喚き散らして、せっかくの別れを台無しにして、家族を追っ払ってしまう。
    看護師のモニカ(瀬戸さおり)は、「狂ってないって知ってます」と。メビウスも「あれも演技。こんな狂った男にニ度と会いたいと思わないだろう」と。ここから、二人の関係は意外な展開をするのだが、そこもまだ序の口。第二幕になって、どんでん返しが続き、科学と権力、自由と責任、人類の不幸を防ぐための、厳しいがささやかな選択が描かれる。

    間違いなく傑作。とくに1962年に書かれたという戯曲がすごい。どんでん返しは井上ひさしも初期に愛用した。ほかに「スルース」という傑作もある。密室内の出来事で広い世界を語る、まさに演劇らしい演劇だった。
    21世紀の日本の現代劇でこんな芝居が出てこないものだろうか。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    ところどころ笑いもありながらのミステリアスな展開で、とても引き込まれいろいろ考えさせられる作品でした。様々な物理学者の背景を知ったうえで、また観てみたいと思いました。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    プレビューを観劇。1幕はなんとなく間延びした感じで、あちこちZ Z Zがいてびっくり!でも2幕での怒涛の展開で、みんな釘づけ!面白かったです。

  • 実演鑑賞

    合いませんでした。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    温水洋一さん筆頭に3人の物理学者が印象に残った
    ドイツ語圏でロングランしているそうだが、「科学技術」そして「核」をめぐって渦巻く人間の倫理と欲望が描かれるている
    とは言え、表面上は「喜劇」だ
    もっとも彼の「喜劇」は正確には「悲劇ではないもの」なんだそうで、グロテスクな笑いだ
    正気と狂気、善と悪、すべてが相対的なものとなっていく
    楽しんで、しかしうすら寒いものを感じながら劇場を出た

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    プレビュー公演。デュレンマットはハヤカワのポケミスで名前を知っていたが、戯曲は読んだことがなかった。かなり前に読んだ小説は、ミステリーといってもトリック的なものではなく、登場人物の心理描写中心で何だか重たい作品だったような印象が朧げに残っている程度だったが、今回観たこの舞台はほぼ「喜劇」。面白い面白い。セリフの圧がちょっと気になる人もいたけれど、舞台の面白さの方が勝った。

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