「獣の時間」「少年Bが住む家」 公演情報 「獣の時間」「少年Bが住む家」」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.7
1-7件 / 7件中
  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2020/10/30 (金) 14:00

    「少年Bが住む家」
    よい舞台だなあ。ここには、悩んだり、失望したりしながらも、どうにか一筋の光明を見出そうとする、強靭というわけでないけれど、けして失われない幸福への意志がある。
     デファンが一四歳の時に犯した殺人の背景については、あまり描かれないが、それはそれとして彼の贖罪意識を軽微なものとさせない。むしろその事件の深淵を漂わせるように繰り返される暗転、暗闇の描写が、何物かに囚われたこの家族の悲劇をひどく私の皮膚感に刺激として残させるのだ。
     

    ネタバレBOX

    デファンに見える14歳までの自分、それは殺した友人の両親に謝罪へと向かう彼の贖罪への原動力である。姉の目は温かい、人はこれほどまでに優しくなれるのか、父の行動はたくましい、人はこれほどまでに強くなれるのか。だから、母は慟哭の闇に引き込まれることなく、最後の最後までデファンの背中を見つめることができるのだろう。

     保護監察官の「ヤコブの相撲」の話。彼は神に勝つことをもって、自ら生きる使命に気付かされた人間と言えるかもしれません。人生には、けして絶望などないのだと悟りながら。
  • 満足度★★★★

    鑑賞日2020/10/29 (木) 14:00

    座席I列3番

    「獣の時間」
    この役者陣ならば、ちょっとやそっと脚本が拙くとも、相応に魅せてしまうのだから、評価はそう悪かろうはずはない。煽情的なタイトルも、内容と相まって、よいセンスだなあとと感心する。
     ただ、私がびっくりしたのは、これが新作で、日本でのこの時期、公開前提で作られているということ。何か、はあ?となってしまった。日本帝国主義批判ですか。朝鮮植民地支配下の朝鮮人差別への断罪。まあ、それもよいだろう。あるいはプロデューサーかシライケイタ自身が選んだ脚本であるとすれば、それはそれで納得したと思うのだけれど。

     こうした作品は、もっともっと昔に書けたはずであり、より生々しく精緻な心理描写が観客を引き付けたのではないかと思うのだ。今これ、わざわざ書いてくる?という感想。
    シライケイタの、パンフで前向きな海外舞台人との現在の交流を語っていることからして、
    ホントにこの本でよかったのかな?と心配になる。別に、日韓の明るい未来を、何ていうつもりもないけれど。
     朝鮮人差別も、純粋な青少年たちの心を蝕むものではなく、その純真無垢な心が融和と相互理解を進めていくのだ、という主張。その通りかもしれません。

    ネタバレBOX

     ただ、松本の妻がひたすら手をかけていた薔薇の蔓。彼女はそれによって本来は見えるものが見えなかったのではなく、敢えてそれを装飾することで見えないようにしていたのだなあ、という心理の蓋は、物語全般を構成する底盤として、彼女の悲惨な最期をもっていして貫徹されていたと思う。

     涼子を含めて、ただただ、ここに登場する日本人の皆、愚かしいことよ。結局、夢をかなえる可能性は、テスにしか許されていないのだから。

     消えそうにない不満が募る舞台、でも、芝居はすばらしいのだよなあ。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2020/10/30 (金) 14:00

    「少年Bが住む家」
    冒頭から肩の力が抜ける暇もなく、ぐいぐい引っ張られていく。
    正体不明の不気味な緊張感、登場人物がかかえる不安が
    無駄の無い台詞と全身で表現する役者陣によって繰り広げられる。
    ラスト観ている私がぼろぼろ泣いたのは、ほっとしたのと
    この先が心配なのが混じって、胸が痛くなったからだ。

    ネタバレBOX

    手前に土間がある韓国式らしい家の造り。
    小さな自動車修理工場を営む夫婦と20歳の息子が住んでいるが
    言葉少ないやり取りは、妙な緊張感でピリピリしている。
    息子への態度を巡って、夫婦は一々衝突する。

    そこへ近所に引っ越して来たのでと、一人の女性が訪ねて来る。
    無遠慮に入り込んで自分が主宰する「親子セミナー」に誘ったり
    数年前にこの町で起こった中学生殺人事件の噂話を怒涛のように喋って帰るが
    実はこの家の息子デファンこそが、その同級生を殺した犯人だった…。

    小さな町で、公然の秘密を、身を固くして抱え込んでいるような家族。
    父親は引きこもる息子に自動車修理の仕事を覚えさせようとし、
    母親は理解できない息子を怖れ、息を詰めて今日が過ぎるのを待つ。
    家を出ている長女は、母を気遣いつつもこの状態を打破したいと思っている。

    周囲は加害者家族に対して容赦なく、無責任に思い出すたび指さして蒸し返す。
    新しい隣人は親子問題の専門家を気取っているが
    実はただの“ワイドショー好きな世間”の代表として描かれている。

    少年Bという、デファンにしか見えない存在が効果的。
    あの日の彼自身を超えていくことでしか、デファンは先へ進めない。
    その暗く辛い葛藤が、7年も続くことの恐怖は計り知れず
    14歳の少年がひとりで背負えるものとは思えない。
    助けを求めようにもその方法さえ知らないデファン、
    周囲もまた助ける方法を知らないという、状況の痛々しさ。

    論理的だが情の薄い人間に見えた保護観察官が
    雪の中で懸命に車の故障を直してくれたデファンに対し
    温かな態度を見せた辺りから、状況は少しずつ動き始める。

    外へ出て仕事をしたデファンの変化は目ざましく、希望の兆しが見えて来る。
    誰かに信じてもらわなければ、人は立ち直れないし変われない。
    デファンの場合はまず父親が彼を信じて仕事を教えた。
    仕事して感謝されて、デファンは初めて自分に出来ることを見つける。
    それは被害者家族への謝罪だった。

    これから起こることが容易でないことは誰の目にも明らかだが
    同時にデファンの表情が別人のように力強いことに安堵する。
    びくびくと背中を丸めてろくに返事もしなかった冒頭のデファンはもういない。

    絞り込んだ台詞に、悶々とする気持ちを込める役者陣が素晴らしい。
    いつか爆発するのではないかとハラハラさせながら、
    静かに変容を遂げるデファンの、ふつふつとした思いを肩や背中で表現する
    堅山隼太(堅の字の下部が「立」)さんが秀逸。

    デファンを見送った後、長女と母親は二人で柿を食べる。
    この前まで渋くて食べられなかった柿が、今日は甘くなっている。
    この家族に、普通の暮らし、普通の心理状態が戻ることが本当に嬉しい。


  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    2作品観劇。脚本的には〇と×。役者的には両方◎。役者さん達が素晴らしかったに尽きる2作品でした。

    一度でも関わったら好き嫌い関係なく相手と結びついてしまうという、韓国人だけが持つ特別な感情の「ジョン」漢字で書くと「情」を、何となくですが理解出来ました。

  • 満足度★★★★★

    少年Bのほうを観た。優れた台本で、俳優たちがいずれも適役と感じた。舞台の作りも含めて、演劇作品として最高水準の部類と思う。

  • 満足度★★★★★

    「少年Bのいる家」罪を犯した息子を持った母親と父親の、言うに言われぬ感情、迷い、鬱屈、煩悶。それが、俳優たちの所作と表情の端々にかんじられて、人ごとでなく前のめりに見てしまった。セリフが意外と少なく、間の多い芝居だし、小さな声で喋る場面に、結構惹きつけられた。

    「どうして」という問いの繰り返しから、これは「不幸が私たちのところに来たんだ」という母親、聖書の「ヤコブの相撲」の話をする保護監察官。そうしたところに、救いの可能性が感じられ、見終わって、気持ちが浄化されたようなじんわりした清々しさがあった。

    俳優諸氏も自然かつ抑えた演技で、優れたリアリズム演劇だった。特に、問題を抱えながら、それに触れるのを避けて、家族同士がぎこちない前半がリアルだった

  • 満足度★★★★

    朝鮮人、浮浪児を見下し虐待する日本人舎監たち(内田竜磨、山口眞司)。しかし院長(山口)の娘(伊藤安那)は、若さゆえの純粋さで、海で自分を助けてくれた院生567号(西山聖了。名前もなく、番号で呼ばれる)に優しく接し、熱心に本を読ませる。特にデミアンの「生まれ出ようとするものは、一つの世界を破壊しなければならない」がの一節を何度も。箸の使い方も教える。

    しかも567号の愚鈍さ、いじけた性格は、生き残るための芝居で、実は頭の良い少年だった。心を通わせ始める二人。

    しかし、それは長続きせず、567号は生き地獄のような孤児院に連れ戻される。
    母親(清水直子)が壁面に合間合間にくくりつけて増やすノイバラは、人間性を取り戻す576番を象徴するのかと思うと、全く違う意味がクライマックスで明らかになる。
    デミアンの一節が、567号=カン・テスの決断を象徴する言葉になる。

    日帝時代にあった、脱走困難な孤島の孤児院「仙甘学院」をモチーフに、日本の朝鮮支配の罪を告発する舞台。二人の男同士の蔑みと反抗、支配と服従の逆転も描き、小品ながら濃密な作品。
    舞台中央に開けた矩形の穴が、学院への抜け穴になったり、棺になったり。この作品がどこか違う世界とつながっているような、あるいは地底の底に降りていくような、垂直方向の世界観を視覚化してくれた。

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