きらめく星座【公演中止3月5日(木)~8日(日)】 公演情報 きらめく星座【公演中止3月5日(木)~8日(日)】」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.7
1-7件 / 7件中
  • 満足度★★★★★

    小さなレコード店に集う人々のお話でしたが、あんな風にレコードかけて大丈夫なの?と心配してしまった私。

  • 満足度★★★★★

    コロナウイルス騒ぎで5日遅れの開幕。14日土曜日夜に観劇。客席は多少空席はあるが、8割以上埋まっていて、心配したよりもよかった。キャストを一新して、とくに広告文案家・竹田をつとめる大鷹明良がよかった。これまですまけい、木場勝己が演じてきた要の役。木場の熱っぽい役づくりも良かったが、大鷹は飄々として、インテリ崩れの秘めた良心の風情をよく出していた。

    演出の栗山民也は「竹田は宮沢賢治だから」といっていたとのこと。いままで4回か5回みて、戯曲も読んだが、宮澤賢治フューチャーは気付かなかった。しかし、ちゃんと「星めぐりの歌」が出てくるではないか。竹田は岩手の山奥で教師をしていたことがあるし。これだけヒントがあって、気付かなかったとは、うかつであった。

    若い後妻役の松岡依都美も良かった。前の秋山菜津子がよかっただけに心配したが、松岡は歌も上手いし、若さがプラスした。「星めぐりの歌」をまた聞きたい。ラストの「青空」を聞きながら、何故か涙が出る。これが、この芝居の不思議なところなのである。
    正一役の高橋光臣も、体の大きさを感じさせない、軽やかな道化ぶりでよかった。

    とにかく、よくできた戯曲である。演出、演技も相まって、街のレコード屋の茶の間のできごとという自然な雰囲気が最後までくずれない。舞台全体の調和が素晴らしい。セリフのないときの俳優にも自然な居場所がある感じ。歌い踊る場面も、不自然さが非常に少ない。脇から邪魔が入って歌を中断して芝居に戻るのもスムーズ。何もかもがスムーズに自然に進んでいく。
    冒頭の方は「みさをさんは高等女学校の最上級生よ。そんな年じゃありません」などと、さすがの井上ひさしも情報提示に苦労しているが、説明的なセリフはごくわずか。

    しかも内容豊か。昭和の流行歌の数々、傷痍軍人、脱走兵、憲兵。軍国美談に、こじつけの精神主義。恩賜のタバコ、バケツ体操にすき焼き騒動。広告社倒産と物不足。生たまご、コーヒーで描く食料不足。日本歌謡と西洋音楽の関係、朝鮮人の強制徴用に、日本人の傲慢、戦争神経症、満州開拓。(わすれちゃいけない)宮澤賢治、etc、etc。最後に宇宙の中の「奇跡の中の奇跡」である人間賛歌がせり上がってくる。井上ひさしの大傑作を堪能した。

    ネタバレBOX

    今回、初観劇という友人に言われて気づいたこと。全6場は、それぞれ天長節や、紀元節などいわれのある日になっているが、第4場の8月15日は、戦前のこの時は、何もない普通の日。実はここは終戦の日を意識的にオーバーラップさせている。小笠原夫妻は最初ぼーっと蓄音機を聞いている。これは玉音放送に重なる。流れる歌は「青空」。終戦の日、戦争が終わって見上げた青空は、加藤周一の「ある晴れた日」を始め、多くの人が言及しているところだ。ほかにもあるだろうが、とにかく芸が細かい。
  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2020/03/12 (木) 13:00

    座席3列6番

    こまつ座でのこれまでの8回の上演のうち2014年を除いて7回観ておりよく覚えているので、間もなく起こる場面どころか二場も三場も先の場面が思い出されてエラい先読み泣きをしてしまったりする。
    ちなみに観ながら過去の演者を思い出して脳内で再生するのはほぼ毎度のこと。

    それにしてもやはり五場はスゴい。以前は竹田の「宣伝文」で泣けたけれどいつからかその前のみさをのあの台詞で泣けるようになった……と思って過去の「観てきた!」で確認したら2017年(前回)からのようだ。
    また、最終場の日付と各人物のその後の行く先もまた意味深と言うか、終演後に余韻を残すのもさすが。

    【余談】以前は新作の初日が遅れることが度々あったこまつ座、理由は違うがまさかここにきて初日を遅らせることになろうとは。
    がしかし、過去の経験からか振り替え、払い戻しなどの告知も完璧で予約していた5日(初日)から12日にすんなり振り替えることができたのだった。
    なお、この日のアフタートークでの高橋光臣さんによれば、遅らせたために公開しなかった回は舞台での稽古をしており、まさに「無観客演劇」のようだったとのこと。

  • 満足度★★★★★

    山とある井上ひさし戯曲でも再演頻度がえらく高い今作を一度観ておこうと足を運んだ。最も井上ひさしらしい娯楽性・社会性ともに高い作品、と思った。対米開戦前の日本では、既に歌舞音曲が規制され、国民を統制に導く標語が踊り、敵性言語(英語)が敵視され、軍服姿が行き来する。時代は戦争。一方舞台は都東京市のどこか、オデオン堂なるレコード店。この取り合わせで井上氏は両者の正面衝突を巧く回避しつつ、「こちら」側の土俵である歌の世界で勝負する。人間の心の襞を表現する歌曲、踊り、その人間が紡ぐドラマ、芸術・・これら大義(戦争)と対置されるものへの作者の深い愛情がこの上なく成就した娯楽作にしてプロテスト芝居。

    ネタバレBOX

    「青空」と言えばエノケンだか二村定一と思っていたが、芝居では女性歌手が歌い間奏で台詞を喋るので映画の一場面を盤に刻んだ物のよう(違うかも)。レコードを出したプロダクションに、この歌手と同期で所属したのがオデオン座のおかみ(店主の若い後妻)、といったエピソードも井上ひさしなら考証済みの史実か、はたまた。。他の家族や店員の設定はどうだろう。虚実はともかく作劇の妙。出征中の店の長男は砲兵隊を脱走。憲兵が実家に出入りするが、その内長男が姿を現して曰く、音楽を学んでなまじっか耳が良いばかり砲弾の音に耐えられず逃げ出した。そのお陰で石を投げられ窓ガラスを割られる始末。娘の傷夷軍人に嫁ぐ(が、実家のレコード店で親と同居)決意が、皇国の美談記事で店の窮状を救うための挙であるエピソードも悲劇的でなくさらりと、むしろ逞しさと描き、スポットを夫の過剰なまでの皇国臣民ぶりに当て笑いにまぶす。ところがこれを伏線に戯曲は後半無理なく下手投げを食らわす。笑える場面として店内のポスター(レコード「青空」)を剥がして御真影(天皇皇后の写真)を飾る際のやたら畏まったい手順があるが、妻の手から両手でそれを受け取り、かしこみつつ飾るという一連をやる。一見問題なく日常生活を送る彼の傷とは、実は右手首から先が無い事。彼は手の形をしただけの義手を手袋のように装着し、周囲も(観客も)違和感を顕在化させないが、寡黙な娘が口を開く事で「戦傷」というものの実態を知る事となる。
    「外」からの爽快な風を吹かせるのが意外や浮世離れした脱走兵の長男。時々の職業で服装を変え、実家に顔を出しては土産を置いて行く。
    さて終盤はヤミ米を求めて奔走する夫婦の姿に「歌」をもってしても癒えない現実の殺伐さが覗くが、事態の逼迫の延長に戯曲は赤紙をもらった近所の二人の青年(少年と言ったが正しいか)の訪問を据える。近所の目を気にしながらレコード店を訪れた彼らの口からは意外な言葉が吐かれる。召集が彼らの抑え切れない欲求を吐露せしめたかのその言とは、出征前に一度だけ電蓄(電気式蓄音機)で「青空」を聴きたい、というもの。新しい店主となった例の婿が、古いレコードを処分した事を詫びると、元歌手の後妻がかつてのライバルのその歌を自分が歌うと申し出る。原曲とは全く異なる彼女流の、しかし万感の思いを込めた歌の時間が、場内をピンと張ったピアノ線のように静める終盤のクライマックスだ。やがて合唱となるは「狭いながらも、楽しい我が家..」そこから引き離されて行く青年たち、彼らを待つ家族、つましく生きる人々の住まいと、それが象徴するあまねく人生にとって、そこに真に寄り添うものは何か・・理屈でない強靭な、フラジャイルなメッセージの滴りをただ飲み下すのみのエンディングである。これを書き上げた作者に脳が白旗を掲げ、血が体がざわつく。

    無いものねだりだが、井上ひさしが、忌野清志郎が、筑紫哲也が生きていたら、今の時代に何を言った(歌った)だろう。。
  • 満足度★★★★

    正しい音楽劇の傑作。レコード店主人の後妻役松岡依都美(いずみ)さんが凄かった。松竹少女歌劇部出身の設定を生かし、コミカルに踊る踊る。躁状態でイッちゃったサザエさんのようなキャラクター。観てるだけで楽しくなってくる。生演奏で次々に歌われる戦中流行歌が名曲揃い。灰田勝彦『燦めく星座』、市川春代『青空』、霧島昇とミス・コロムビア『一杯のコーヒーから』、中野忠晴『チャイナ・タンゴ』等々。明るく生き生きとした日本。
    日中戦争中の昭和16年、レコード店オデオン(音楽堂の意味)堂一家の物語。翌昭和17年12月太平洋戦争開戦前夜の閉店までを二幕で送る。
    店主の娘役の瀬戸さおりさんがやたら綺麗。その旦那となる義手の元軍曹、粟野史浩氏がド迫力。第一幕のクライマックスとなるシーンは素晴らしかった。本来憎まれるべきキャラクターである木村靖司氏演ずる憲兵が、物語の進行と共に愛すべき人間味を醸し出す井上ひさし節。

    ネタバレBOX

    この当時の背景を知りたいなら、『日本鬼子(リーベン・クイズ)日中15年戦争・元皇軍兵士の告白』がお薦め。
    強い兵隊に憧れた店主の息子、砲兵隊に入隊するも耳が良すぎる為、砲撃の音に耐えかねて脱走。日中間を往き来する船に潜り込むが日本人の中国人への差別的対応に幻滅。日本人でいることに嫌気が差して自首しようと戻ってくる。戦場で右手を失った軍曹、店主の娘と結婚するも、電車内での軍上層部の人間達の会話に失望し日本の戦争の大義への不信感が爆発する。第二幕のクライマックスともいえるそのシーンが何か取って付けたようで違和感が。その遣り取りを耳にし、身籠った赤ん坊を自ら大きな石を腹に叩き付けて堕胎しようとする娘も唐突過ぎ。それを諫める広告文案家の『この宇宙の奇跡とは生きている人間一人一人の存在そのものなのだ』という折角の台詞も空回りに感じた。
    無理に修羅場を作らず第一幕の感じでフェード・アウトするように物語を閉じていき、ラストのガスマスクの方が不穏な後味だったと思う。
    第二幕開幕の、夫婦で『青空』を聴くシーンや宮沢賢治の『星めぐりの歌』を楽譜から松岡さんが歌うシーンが胸に焼き付く。
  • 満足度★★★★

    すき焼きの一幕では、善悪ではなく「私が我慢しているのだから、あなたも我慢すべき」と言う同調圧力が社会の空気を作っていくんだなぁって。

    普通って何なんだろうって考えてたら、現在の社会情勢も劇中の戦争前夜と大差ないと思い至って、ぞっとしました。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2020/03/11 (水) 13:00

    座席1階

    日本は先の戦争で、庶民の音楽にまで「敵性言語」を排除し、「非国民だ、銃後の守りとしてふさわしくない」などと摘発した。この物語は、どんな暗い時代にも流行歌を楽しむ庶民がいたことを、風刺の効いた舞台で表現した名作だ。

    2幕もので休憩を挟んで3時間を超えるが、笑いあり涙ありで十分に楽しめる。オデオン座という横文字の店名のレコード店の娘が、バリバリの帝国陸軍傷痍軍人と結婚する、という設定だ。
    市川春代の「青空」。この曲は、他劇団もキーポイントとなる設定・背景で使ったりして、流行した当時を知らない私なのだが、すっかりおなじみになってしまった。
    パンフレットやチラシの図柄にも使われている防毒マスクの冒頭、ラストの演出がいい。防毒マスクで何を防ぐのか。焼夷弾の火や煙だけでなく、これまであった文化との隔絶を意味している、のだろう。舞台自体はとても楽しくて一緒に歌いたくなるような感じなのだが、この冒頭とラストに井上ひさしの鋭いメッセージが込められている。

    新型コロナの関係で上演期間が短くなったこの舞台。終了後はスタンディングオベーションも起きた。「青空」のメロディーで、今が新たな「戦前」にならないようにと歌いたい。

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