舞台芸術まつり!2026春

安住の地

安住の地(東京都)

作品タイトル「『かいころく』工女編

平均合計点:24.0
丘田ミイ子
河野桃子
曽根千智
深沢祐一
松岡大貴

丘田ミイ子

満足度★★★★★

『かいころく』は養蚕農家編、蚕種編、工女編の3部作から成る安住の地のツアー公演で、私が観劇したのは、横浜の若葉町ウォーフで上演された養蚕農家変・工女編でした。

ネタバレBOX

上演に入る前に、作・演出を手がけた私道かぴさんから、本公演の背景や、なぜ「蚕」に関するお話を書こうかと思ったのか、そこにどんな出会いや気づきがあったのかが語られました。簡潔でありながら、公演の意図や思いが伝わるとても丁寧な解説で、演劇作品に入る導入としても、舞台と客席を均すコミュニケーションとしても素晴らしい前説でした。その前説によると、本作の制作は「元養蚕農家で上演する作品を」という依頼をもとに始まり、取材やフィールドワークなどを重ねて作られたそうです。そうした人々の歴史や暮らしといった背景や、そこで発生する生の声からあらゆる言葉やシーンが紡がれたことが実感できる、生々しく繊細な作品でした。

『養蚕農家編』は養蚕農家に生まれた青年の人生やその葛藤を描いた一人芝居で、男手を中心に行われる厳しい肉体労働や母への思い、やがて戦争に召集される様子までもが描かれていました。対して『工女編』は、同じく一人芝居でありながら、養蚕農家に生まれ育った女性が製糸工場に出稼ぎにいくところから結婚や出産などを含み、数世代にわたって女性の姿を描いた作品でした。日本における男性性と女性性をめぐる様々な歴史や問題を考えるにあたって、この二つがセットで上演されている回があることにもとても意味があると感じました。

同じ女性としては、13歳という年齢で家を支えるために自立せねばならなかった少女の姿に、母性との距離感やえも言われぬ寂しさ、戦争がもたらした様々な苦しみや、現代にも通じるヤングケアラーといった問題なども切々と想起させられ、観劇後にもいろんなことを考えました。カンパニーの代表作としてはもちろん、戦争やそれによって人々の暮らしにどんな変化がもたらされたのか、また、性や性差をめぐる問題を考える上でも、今後も何度もさまざまな場所で再演される意味のある公演であると感じました。
関連してチラシ束には劇場付近で開催されているシルクにまつわる美術展の案内が入っており、そのことに言及がされていたことも素晴らしく、「養蚕」という営みが最終的にどういった形になるのか、人の手に届くのかも含めて、深く考え抜かれたクリエーションであることが伝わる一幕でした。

河野桃子

満足度★★★★★

3都市ツアー、3演目公演。うちCoRich芸術まつり!2029の審査対象は「工女編」は、「養蚕農家編」との2作同時上演です。この同時上演は、養蚕の環境をめぐる変化を感じられる良い設定でした。

ネタバレBOX

3都市ツアー、3演目公演。うちCoRich芸術まつり!2029の審査対象は「工女編」は、「養蚕農家編」との2作同時上演です。この同時上演は、養蚕の環境をめぐる変化を感じられる良い設定でした。
かつて今ほど交通も情報網も発展していなかった頃、土地にはそれぞれの伝統的な産業があり、村ひとつがまるまるその産業で栄えていたということが各地にありました。いまや、文明の発達と平行して少子高齢化の影響を受け、多くの伝統産業がおかれる状況は危機的と言えます。

安住の地が「養蚕」をテーマに創作することになったのは、2023年に長野県大桑村で行われた地域芸術祭に参加した際、会場が過去に養蚕を行っていた民家だったことだそうです。長野、群馬、埼玉、兵庫、神奈川などでのリサーチを経て、作品が生まれていったそうです。
伝統産業とパフォーミングアーツが手を取ることはままありますが、『かいころく』もまた、互いへのリスペクトを持った創作・上演であるように感じました。開場前に私道かぴさんによるイラストでの蚕の説明など、作家が題材を丁寧にあつかう姿勢が好ましかったです。とくに、本編が(工女編・養蚕農家編の2作とも)一人芝居で個人の目線や人生が描かれていたため、その背景となる養蚕・蚕についてを先に観客に提示してくれたことは、作品の背景への広がりを感じ安心できるものでした。蚕のイラストも可愛かったです。

横浜で観劇しましたが、客席は約30ほどで、演劇関係者が多かったような雰囲気でした。CoRich芸術まつり!は「※優れた作品を、より多くの観客と分かち合うことを目指すフェスティバル」なので、今回のまつり参加をきっかけに観劇する観客が増えると嬉しいです。

曽根千智

満足度★★★★★

養蚕業の密やかな悲しみと諦念を描く

ネタバレBOX

養蚕業に従事する女性の一生を一人芝居で描いた「工女編」。平和な時にしか養蚕業は営めないという台詞に、戦争初期に軍のパラシュート用の絹を紡いだ工女たちはそれが戦禍へと運ばれる虚しさに何を思ったのだろうかと思いを馳せた。 四隅に白い繭が積まれた抑制された空間作り、深くたっぷりとした発語、蚕そのものが糸を吐いている様子にも見える、無重力空間に漂うような、首をもたげた糸巻きの美しい手捌き。入念なリサーチによって紡がれた細やかな台詞と演出の妙が光った。当時、数多く存在した工女たちの見えない苦しみを単純な悲劇として書かず、生活と仕事の淡々としたリズムを乗せた筆力は素晴らしかった。蚕は人間に飼われることでしか生きられないのに、その生殺与奪は人間に委ねられているのに、銃を向け「我々が生き延びるためには仕方ない」と命を奪うのと相似の形で、桑畑に芋を植える。そのグロテスクな人間の身勝手さが淡々とした小説文体の台詞によってより引き立っていた。
一人芝居という構成上仕方ないのではあるが、淡々とした台詞の中で、演技が没入的過ぎるのではないかと感じる箇所があった。俳優が何者として舞台に立つのか、それは記憶装置なのか再生装置なのか、はたまた全く別の人物の仮託を受けた存在なのか。様々考えうる一人芝居ゆえ時系列上に拡張していくポリフォニックな側面について、演出上の意図を知りたいという気持ちになった。

深沢祐一

満足度★★★★

「人間の営みから歴史を浮かび上がらせる試み」

 近代日本の主力産業であった養蚕業(ようさんぎょう)を題材にした「かいころく」三部作を、全国三都市で一挙上演する企画である。

ネタバレBOX

 2023年初演の「養蚕農家編」は、ある青年(森脇康貴)の内的葛藤を描く一人芝居である。養蚕を生業にする家庭に生まれた青年は、はかない蚕の生き方にいつしか自分自身を投影する。やがて青年のもとへ召集令状が届く。そのとき母から向けられた眼差しに、彼はかつての記憶を重ねるのだった。蚕が口から繭糸を出す指先の美しさや、転げ回りながら青年の苦悩を体現した森脇の動作が強く印象に残る。

 2024年初演の「工女編」もまた養蚕農家に生まれた人物の一人芝居であるが、数世代間に渡る女性たちの物語を軸に、近代日本の歴史を明確に浮かび上がらせた点でより広がりのある作品である。不慮の事故で父を失ったゐと(山下裕英)は、一家の稼ぎ手となるべく製糸工場へ出稼ぎにいく。似たような境遇の女性たちと寝食をともにしながら十年ほど勤め結婚、生まれた娘もまた工女として働く。終戦を迎え次第に養蚕が廃れていくなか、ある日孫に言われた一言にゐとはハッとする。それはかつて自身が祖母にかけたある言葉を想起させて、ゐとは時代の移り変わりをまざまざと感じるのだった。少女から大人、そして老人まで幅広く演じ分けた山下の力量に瞠目するとともに、糸を巻く仕草がじつに美しく映える一作である。

 本公演の新作「蚕種編」は江戸時代に養蚕を学び周囲に広めていった男性(沢栁優大)を描く前半と、明治時代に家計を助けるため蚕の鑑別の職務にあたる女性(雛野あき)を中心にした後半で構成された二人芝居である。前半の主人公は水害で家業を失い養蚕を学ぶべく遠路はるばる奥州へ旅立ち、そこで弟子入りした人物から会得した養蚕の術を惜しむことなく周囲に広めていく。自分が学んだ技術を広めみんなで幸せになるのが一番であると淡々と諭したくだりに、作者の面目躍如と沢栁の口跡が光った。後半の主人公は学がなく住み込みの職を解かれ呆然としていたときに蚕種の職に就く。同僚が体格のよくない蚕を弾く様子を見て、彼女は生まれてこの方言葉を発さず周囲から冷遇されている自分の弟を想起するのだった。品種改良は優生思想に近いところがあるという静かな指摘にハッとさせられる。蚕種について多くを学んだのであろうが、他作品と比べると情報過多で説明的になってしまった点は残念であった。

 三作ともに周囲を客席で囲んだ逃げ場のない空間で、演者のさまざまな表情を感じることのできる贅沢な作品である。登場人物それぞれに合わせ仕立てた衣装が、静謐な照明と抑制的な音楽もあってよく映えた。その分屋外の音が頻繁に聞こえてくる上演会場はやや残念に感じた。

松岡大貴

満足度★★★★

誰かを描くことは、歴史を描くこと

ネタバレBOX

時代や社会の荒波に揉まれながら、絹織物産業の歴史とともに生きた人々の軌跡を描いた本作。数世代にわたる人々の記憶の連鎖や、かつて実在した先人たちの生を複眼的に見つめる構造は、単なる歴史の再現にとどまらない。語り手がそれぞれの立場から過去を紐解くたびに、近代化の恩恵とそこに潜む不穏な影、そして人々の記憶と忘却の境界が揺れ動く。

フィールドワークを通して作劇を行う私道かぴさんの活動は、複数の人物は数多の歴史を不特定多数のひとりの物語として昇華させる。その総体たる、ある女性の生涯を演じた山下裕英さんは、舞踊とも呼べる糸巻きの所作を含めて見事にその戯曲を体現している。衣装、音響、照明にもそれぞれに良い点があり、総じて一人の出演者とは思えない高い水準での公演が実現出来ていた事と思う。

この小規模で、けれど高水準の作品というのは今後ますます増えていくようにも思える。その中で、安住の地が示すクオリティは、一つの指針となるはずだ。

このページのQRコードです。

拡大