舞台芸術まつり!2025春

D地区

D地区(東京都)

作品タイトル「京王

平均合計点:22.6
丘田ミイ子
河野桃子
曽根千智
深沢祐一
松岡大貴

丘田ミイ子

満足度★★★★

かつて投資情報商材マルチに手を染めていた、リリーとブラックのカップルの会話劇から浮かび上がる「宗教二世問題」。

ネタバレBOX

5年の同棲生活の間に二人に起きた変化が、越してきた日と家を出る日の会話のみで生々しく立ち上げられていました。単なる「関係の経年劣化」ではなく「5年かけても分かり合えなかった」という絶望や痛みが滲んでいて、私はそのことに強く惹かれました。
二人は、窓からスカイツリーがギリギリ見える(京王沿線の)マンションに暮らしており、越してきた日に「スカイツリーが見える」とはしゃいだリリーが、去る時に「スカイツリーからこの家は見えなかった」といった旨のセリフを言う。それは互いの、もっと言うならば他者との分かり合えなさや見えている景色の違いをざらざらと伝える一言で、劇全体に大きな効果をもたらしていました。同時に、ややセリフ(≒俳優)に託され過ぎている面もあり、照明などをもう少し活用して心象風景をより効果的に立ち上げることもできたかも、という感触も残りました。おそらくあのシーンは文字で読んだ時にも相応の体感に導かれると思うので、上演でその体感をどう増幅できるか、シーンの強度を上げられるか、その可能性を見てみたかったのだと思います。

本作にはリリーとブラックの他に、ブラックの後輩・へドウィグが出てきます。
外からの来訪者によって、内向きな会話や物語にうねりが生じる、というのはよくある展開ですが、本作はその手法は取らず、ブラック不在の中でリリーとヘドウィグは真新しく会話を重ねます。その会話にブラックとリリーの関係やリリーが抱える宗教二世の問題がまぶされていく様が興味深かったです。3人を描くことよりも、2人を2パターン描くことに注力することで、それぞれの人物造形を具に、露わにしていく。それは自己と他者、その分かり合えなさ、そして分かり合いたさを描いた本作において非常に意味のあることだと感じました。

シリアスな題材ながら絶妙な間合いやリアクションで観客を笑わせたり、俳優も三者三様に見事でした(CoRich舞台芸術まつり!の審査においても、演技賞の議論では出演者3名の名前が挙げられました)。
リリーとブラックがパチパチわたあめを口にして、パチパチ音の余韻を残しながら会話をするシーンは極めて斬新。演劇を観続けてきて良かった。そう思うのは、こうした想像しなかった演出に立ち会った時でもあるのかもしれません。

河野桃子

満足度★★★★

会話劇として、言葉や、人と人のあいだに流れる空気を味わえる舞台でした。
開場時に案内の方が、最前列の席の観客の足ギリギリまで「ここまで俳優が来るかもしれないので」というような案内をされていて、その時は「ひえっ、ちかっ!」と思ったのですが、それがどうして、その近さが良かったです。

ネタバレBOX

SCOOLの白い空間がまた、引っ越しの解放感や窓からの景色の良さなど新生活を感じさせ、会話の内容とあいまって、その清潔感が取り繕ったようでもありました。色づかいや音などの効果もあり、のぞき見しているというより、自分も部屋に存在する一部であるような距離感でいられたことが、作品の空気を自分事として感じやすい空間でした。

配役とその衣装が心地よく、7Aさん(リリー)の醸す空気と佇まい、織内傑作さん(ブラック)の重さと軽さが同居する受け答えは、空気の機微を楽しみ、ふたりの関係性の変化を想像させます。木村建太(ヘドウィグ)さんの登場で変化ががらりと起こるけれど、そこでのブラックの過剰過ぎない右往左往感が身につまされました。

人がうみだす変化を感じられるからこそ、上演回によって印象がかなり異なっていたと知って驚きました。「笑いが多い舞台だった」という声も聞きましたが、私の観た回は笑いは無く終始落ち着いた雰囲気でした。 リリーとブラックは初めから互いに腹に一物あるような、そもそも愛情ではない繋がりで同棲しているように見えたため、二人の未来にとくに宗教観が影響しているようには思えず、最後のブラックの台詞に大きな納得感がありました。と同時に、前半と後半に落差があればよりそれぞれの背景の対比や時間の流れが際立っただろうと思い、笑いがあった公演を観たくなりました。
観客やその日のコンディションにより、台詞のもたらす意味や作品の解釈が変わることはありますし、それは演劇の面白さのひとつでもありますが、変化によって物語の芯や密度にも差がうまれているようでした。

そんなわけで、私の観た回を振り返ると宗教二世という人物背景は作品における意味づけが薄く物語の設定としては少し浮いているようにも感じましたが、そのことは私個人の宗教二世としての経験もあり、好ましくもありました。あくまで各家庭の持つ背景であり、その差異が「新しい家庭・コミュニティ」を作る時に浮彫になったという、誰もがいつか直面する生き方の再構成についての物語として心強く感じました。

曽根千智

満足度★★★★★

宗教二世の所在なさはどこから生まれるのか

ネタバレBOX

かつてマルチ商法に手を染めたカップルの別れ話を描いた作品。序盤何の変哲もない仲睦まじいカップルとして登場するリリーとブラックの2人だが、情報商材を売りつけ大金を稼いでいた過去が台詞から徐々に組み上がってくる。中盤からマルチ商法の薫陶(?)を受けたヘドウィグと名乗る後輩が登場し、リリーに密かに憧れていたことがわかる。私が鑑賞した上演回は客席がかなりシリアスな空気感で、このヘドウィグが道化役となり、場に別のリズムの回路ができる感覚があった。
演技体は自然で静謐。上演台本の巧みさから説明台詞の一切が廃されており、観客は「なぜこの状況に至っているのか」を俳優の目線、息遣い、身体の緊張、台詞の間に目を凝らして迫る必要がある。3人の俳優はもちろん、特に後半の宗教二世の課題が浮き彫りになって以降、客席の集中力と共にヒリヒリした緊張感を積み上げていくタイプの上演であり、演出の意図が明確であった点も際立っていた。パチパチキャンディーを口に入れながら話すシーンはハッとさせられる親密な空気感が作られており素晴らしかった。自分のせいではない事象に対して自分の責任としてその結果を引き受けなければならない現実の歪みを語り口の優しさと身体に迸るやりきれなさの緩急で見せていた。
戯曲も演出も骨太な分、想定範囲の展開を出ない印象が残った。俳優の色合いの掛け算、その面白さをもっと追求できたのではないだろうか。

深沢祐一

満足度★★★

「三角関係から浮かび上がる社会問題」

ネタバレBOX

 反社会的な行為に手を染めていた人々の日常を、淡々とコミカルに描いた異色の会話劇である。

 遠くにスカイツリーが見えるアパートで、リリー(7A)とブラック(織内傑作)のカップルが同棲を始める。大学時代、二人は投資情報商材マルチ「ホグワーツ」を共に運営しており、学生相手に高額なUSBを売りさばいて儲けていた。「リリー」と「ブラック」は仲間内の通称であることがここでわかる。そしてリリーは親が新興宗教に加入していたいわゆる「宗教二世」であった。そんな彼女をブラックは受け入れたつもりでいたのだが、程なくして二人の仲は険悪になってしまう。

 時は経ち5年後、倦怠期を迎えリリーが引っ越す日に、かつてホグワーツでブラックがかわいがっていた後輩ヘドウィグ(木村建太)が、ブラックの不在時に手伝いにやってくる。言葉少なだがかたくなな彼に根負けしたリリーは荷物の移動を頼む。じょじょに打ち解ける二人は、昔話やリリーのこれからのことなど淡々と話題を紡いでいく。帰ってきたブラックは二人の様子に訝しげな目を向けて……

 男女の三角関係を描いた作品は数あれど、そこにマルチ商法に手を染めていた過去や宗教二世の話題を絡めたのが本作の大きな特徴である。社会問題を声高に糾弾するわけではなく、コミカルなメロドラマから浮かび上がらせた点が面白い。上演台本には登場人物や作劇の背景が詳細に描きこまれていて興味をそそられたが、劇中で言及されなかった要素が多々あったことが伺われる。タイトルが、リリーとブラックが暮らした部屋が京王線沿線にあることに由来することも台本を読み初めて知った。もう少し長尺で、この三人の会話や題材の掘り下げを観たかった。

 作劇の面白さを立体化した俳優のイキのあった芝居も見事である。三者ともそれぞれ見どころはあったが、特にヘドウィグを演じた木村建太のボソボソした喋りと挙動不審に観客は大いに湧いた。なかでも7A演じるリリーと二人で音を立てながらラムネ菓子を口にしたときの間の詰め方が秀逸であった。

 会話のニュアンスの変化に合わせた照明は作品に陰影を与え奥ゆかしいが、時間経過をうまく伝えることができていたかは疑問が残る。無音のままの進行であるため、終幕直前で「七つの子」が流れたときの修羅場の雰囲気の緩みは、そのまま客席に流れてほどよく緊張がほぐれた。作劇と俳優の芝居に全幅の信頼を置いているスタッフワークには好感を持った。

松岡大貴

満足度★★★

気だるい短編映画の、その先を見ているよう

ネタバレBOX

かつて社会の境界線上で危ういビジネスに加担していた男女の、その後の日常を淡々とユーモラスに切り取った会話劇。過去の危うさや、境遇がもたらす顛末を描くのではなく、あくまで関係性の変遷、どこか滑稽なメロドラマのように描いていました。苛烈で不穏な若さゆえの過ちではなく、ボニー&クライドが捕まらずに隠棲したらこんな結末かもといった風情。

本作は俳優陣が印象的。三人芝居ということもありますが。
宗教二世、情報商材マルチなど複雑な背景を背負う女性を演じた7Aさんは、それでも自然体で、要素は要素として、リリーのアイデンティティを単純化しない演技であったと思います。ヘドウィグを演じた木村建太さんは、独特の間合いと挙動で作品にコミカルな息吹を吹き込みながらも、場に漂うなんとも気まずい空気を実現していました。 織内傑作さん演じるブラックの軽薄さ、胡散臭さは絶妙で、それでいてそれなりに悪いやつではないのではと思わせる人間味まで表現出来ていたのは魅力的でした。

全体的に楽しく拝見したのですが、おそらく舞台上には立ち上げられていない背景や設定、物語のようなものも想像され、それをどこまで引き受けるかは観客として悩みました。勝手なことを言いますが、彼らの他の物語は小説で、また他の物語は展示で、など、舞台より外の世界に物語や登場人物がはみだすのなら、それに応じた制作的な展開を考えても良いのではないかと思いました。ブラックは絶対AIで小説とか書いてみてるし、リリーは誰にも見せない絵とか描いてると思うんです。きっと。

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