舞台芸術まつり!2026春

株式劇団マエカブ

株式劇団マエカブ(香川県)

作品タイトル「一万円おじさん

平均合計点:18.8
丘田ミイ子
河野桃子
曽根千智
深沢祐一
松岡大貴

丘田ミイ子

満足度★★★★

香川県・高松市の田町商店街に新しくできた小劇場「絵本の劇場カメレオン」。本作『1万円おじさん』はそのこけら落とし公演でした。

ネタバレBOX

開演前から地元の観客たちで会場は賑わい、地域の演劇シーンの、ささやかながらもたしかな一つの転機のような場に立ち会えたことをまずとても嬉しく思いました。

おかださえによる絵本『しごとってなあに?』(渋沢栄一の『論語と算盤』を元にした絵本で渋沢栄一の玄孫である渋澤健が監修を務めている)を題材に、子どから大人まで誰もがわかるやさしい言葉とストーリーで「お金」と「仕事」の仕組みを紐解くコメディ。
やりたいことに向かって突き進む情熱家のカナコと将来を見据えて慎重に動く理論派のハル、そして突如公園に現れた1万円おじさんこと渋沢栄一を自称する男。対照的な性格で揉めがちな二人に謎の男が文字通り“金言”を告げる、というストーリー展開なのですが、「需要」や「供給」や「経営」と「協働」などについての教訓も盛り込まれていて、たしかに絵本的であるなと思ったりしました。

一方で、若い女性二人に対しおじさんがああだこうだと言って、それに女性たちが納得したり感化されていく、という構図も相まって、ユーモアよりやや説教くささが先行してしまっている印象も受けました。とはいえ、1万円おじさんがあまりにダメおじなので、「いや、あなたに言われても!」というツッコミの余地は確保されているとも感じました。

会場では、渋沢栄一にちなんで、劇中でも重要なアイテムとして出てくるサッポロ黒ラベルが売られていて、「これは飲みながら観るのがいいはずだ!」と思いつつ、審査観劇であることもあり我慢をしました。(今となっては、あれはカナコやおじさんと同じタイミングで缶をプシュッと出来る絶好のイマーシブ演出で、もはや飲酒も1セットの観劇という捉え方で良かったのでは!と後悔しています。飲めば良かった!)

河野桃子

満足度★★★★

香川県高松市の田町商店街のなかにうまれた「絵本の劇場カメレオン」のこけら落とし公演。カラフルで目を惹くグッズや内装に心躍らせ、客席について、受け取った当日パンフレットを開いたら、工事開始前の劇場内のがらんとした白黒写真が大きく目に飛び込んできて、「これが、この姿になったのか」と、演劇を祝福するような気持ちになりました。いろんな方の手をかけて、地道に作られてきたところに座っているんだと、感謝でいっぱいです。

ネタバレBOX

劇場の経営は、想いだけでは続けられない大変なことだと思います。こけら落としとなる本作については、その「想い」と「経営・経済」を両立する思想の込められた題材として、渋沢栄一がモチーフとなっています。一般チケット2,500円のほかに「経営者チケット」10,000円の設定も作品や劇場の在り方に沿っていて良かったです。

カナコ(宮本はるか)とハル(小川晴菜)というタイプは違うけれども自立心の強い女性ふたりと、「自分は渋沢栄一だ」と言い張る男(三嶋孝弥)。公園の片隅で、社会や働くことといった世の中のあり方を考える会話が続きます。一見、男性が若い女性に社会を説くマンスプレイニングのようなやりとりも、男がホームレスであるという設定と三嶋さんによるダメダメな人物造形で、3人が対等に人として意見を交わしているように感じられました。それにより語られている内容に意識がいき、バランスの練られた戯曲でした。
3人のキャラクターがはっきり活き活きと演じられており好ましかったです。どうしても物理的な奥行きがないので、空間が平たく、目的のために俳優が出てくるように感じられるところもありましたが、3名の俳優が物理的に限られたなかでもバラエティをもたらしていました。
できれば照明や音響などテクニカルスタッフの情報がどこかに掲載されていると嬉しいです。

マエカブさんは演劇でさまざまな取り組みをされていて、秋に全国の劇団が集まるカブフェスはいちファンとして足を運び楽しんでいますが、またあらたな拠点が、人の行き交う商店街のなかに「まちを変えていく最初の灯り」としてうまれたこと、場をつくるという取り組み、たくさんの人の「好き」が集まることが眩しいです。私は「演劇は営みだ」と思っていますが、まさに日々の営みとともに立つ小劇場。今後はここでワークショップなどいろんな企画がおこなわれるそうで、心から応援しています。

曽根千智

満足度★★★

渋沢栄一のコミカルな愛らしさと温かな劇場空間

ネタバレBOX

「絵本の劇場カメレオン」の柿落とし公演として上演された本作。コンパクトな上演時間ながら筋書きと構成のわかりやすい物語がテンポよく進み、「初めて演劇を見る人を誰も置いて行かない、みんなでこの瞬間を楽しむのだ」という矜持と温かな受け入れの姿勢が感じられた。床面に座る席に案内されたのだが、隣の人と声を掛け合って詰めてそのついでに少し話すというのも、現在東京の小劇場ではあまり見られない光景でほっこりした。
作品内容としては(渋沢栄一が商売の基本を教えるという構造上仕方ないとはいえ)説明台詞が多く、間もあまり効果的に取られていないため、「ここはもう少し笑いを大きく取れるのでは」「もう少し緩急をつければ次の台詞に集中させられるのでは」と感じるポイントが散見された。ただ、作品の目的と上演の意義が別所にあり、肩を寄せ合って飲み物片手に一緒に観るという上演体験にこそ意味があり、笑いが起きる客席の様子を見ても柿落としの題材として親しみやすく的確だったように思う。
配布物の中に劇場紹介があり、それを見た隣に座っていた方が「小さなイベントなどでも借りられるのかな」と仰っていた。自分もここで何かやってみようと思わせるのは容易ではない。上演のエネルギーが静かながらじんわりと地域に広がっていく様子に触れ、上演の力強さを思った。

深沢祐一

満足度★★★

 「『情』と『理』で仕事を考えるコメディ」

 渋沢栄一の『論語と算盤』をもとにした絵本『しごとってなあに?』を題材にした現代劇である。「絵本の劇場カメレオン」のこけら落としとして上演された。開幕前から地元住民と思しき観客が入口に集い、誘導スタッフが丁寧に応対する様子は見ていて心地のいいものだった。

ネタバレBOX

 公園でひとり缶ビールをあおっているカナコ(宮本はるか)は、捨てようとしていた領収書を眺めため息をつく。すると「これが1万円やったらなあ」という天の声とともに、ダンボールを敷き長髪をバンダナでまとめた男(三嶋孝弥)が語りかけてくる。男はカナコのビールを「ワシの作ったビール」と自慢するとともに、自分は渋沢栄一であると嘯くのだからいよいよ混乱が極まる。

 警戒心を抱き続けるカナコに、男はカナコがいい人ぶろうとするあまりに仕事やプライベートで損をしていると指摘する。図星を突かれたカナコは、じつは先程まで友人と飲んでいたものの内心は楽しくなかったのだと男に愚痴る。やがてその友人ハル(小川晴菜)がカナコを追って姿を現すと、男の怪しい点を理詰めで次々に暴き出す。ハルはその場からカナコを連れ出そうとするものの拒まれ、そこから日頃の不満が爆発し大喧嘩がはじまってしまう。しかし翌日公園に缶ビールを携え現れたハルは、男にじつはやりたいことを愚直にやっているカナコに嫉妬していたという本心を明けるのだった。

 情にもろいカナコと理論派のハルの対照的な二人に対する男の指摘は、社会人生活を送ったものであれば誰しも身につまされることばかりである。原作の絵本では社会や仕事への疑問を渋沢栄一に問うという構成を、渋沢栄一を名乗るがらっぱちなホームレスに問いそれに答えるとした劇化がユーモラスである。やや教条的になってしまった感は拭えないが、鋭い指摘や高邁な理想が空々しく聞こえず、ときにハッとさせるうまい作劇であった。すっかり男に感化されたカナコとハルが、男の身の回りの世話をしているという幸三(岡田敬弘)と交わすやりとりも、人を食ったようでおもしろい。

 ちいさい空間なのでもう少し声のボリュームは絞ったほうがよかったように思うが、出演者は皆作者が腕によりをかけたセリフをうまく響かせていた。終幕以外はほぼ無音の状態で舞台を進行させた英断が活きていたように思う。男を演じた三嶋孝弥は体当たりの怪演といったところだが、借りたハンカチをハルに戻そうとするも拒まれ、それをたたむ所作がやけに丁寧で笑いを誘われた。上演中でも客席同士が小声で語らい、子どもたちも熱心に、楽しそうに鑑賞し、こうした客席を許容する空間づくりを実現していた。

松岡大貴

満足度★★★

柿落としはお金の話

ネタバレBOX

寂れた公園で独り缶ビールを開け、ため息をつくカナコ。そこに現れたのは、自身を明治の傑物・渋沢栄一であると言い張る、およそ身なりの伴わない謎の男。その奇妙な出会いを契機に、労働と生きることの根源的な調和を、時にユーモラスに、時に切実な緊迫感を立体化させようとしていたように思います。

「論語と算盤」の思想を宿した絵本を大胆に読み替えた構成のなかで、キャスト陣はそれぞれのキャラクターが抱える焦燥や、生々しいエモーションを表現していました。
作品全体としては、啓蒙的な部分が強調されるものの、地域の人々が集う劇場空間の包容力など、温かみのあるクリエイティビティの跡が息づいていました。

本作は高松市に新しくオープンした絵本の劇場カメレオンの柿落とし公演とのことです。観劇者全員にビールプレゼントをする企画など、お祝い感溢れる空間であったと思います。地域の小劇場はどこも苦労していると思いますが、新たな空間のオープンを素直にお祝い申し上げます。

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