最新の観てきた!クチコミ一覧

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悪いけど芝居させてくだ祭

悪いけど芝居させてくだ祭

悪い芝居

浅草九劇(東京都)

2017/09/13 (水) ~ 2017/09/18 (月)公演終了

満足度★★★★

■『夢を見た後見てる夢』鑑賞/約60分■
ビギナーが手がけたとは思えない、巧妙にして洗練された脚本・演出に驚嘆。東さんは明らかに創作に向いている。手垢にまみれた夢モノも、工夫次第で面白くできるのだなぁ。

悪いけど芝居させてくだ祭

悪いけど芝居させてくだ祭

悪い芝居

浅草九劇(東京都)

2017/09/13 (水) ~ 2017/09/18 (月)公演終了

満足度★★★

■『それはそれとした』鑑賞/約70分■
所属俳優渡邊りょうが初めて手がけた作とあって、全体に間延びしている、主役の演技が一本調子と、あれこれ粗が目についた。これはおそらく、伝えたいことをスマートに伝えるための脚本力・演出力が備わっていないため。まだまだ勉強が必要と感じた。テーマは悪くない。

悪いけど芝居させてくだ祭

悪いけど芝居させてくだ祭

悪い芝居

浅草九劇(東京都)

2017/09/13 (水) ~ 2017/09/18 (月)公演終了

満足度★★★★

■『神様それではひどいなり』鑑賞/約65分■
屈折した人間ドラマで面白かったが、上演時間の短さが影響してか、やや見せ方が粗い。初演は何分くらいあったのだろう?

賊義賊 -Zokugizoku-

賊義賊 -Zokugizoku-

壱劇屋

HEP HALL(大阪府)

2017/09/22 (金) ~ 2017/09/25 (月)公演終了

満足度★★★★★

ルパン三世のような痛快なアクション殺陣芝居。
本当に楽しかった。
中村るみさんの表情がくるくる変わるのもとてもかわいくて楽しくて見てるこちらまで笑顔になりました。
KATUさんのラスボス感。身体能力、リズム感。悪者なのにかっこいいって見入ってしまう。壱劇屋のノンバーバルはもう絶対倒せないだろって思わせられるラスボス感がめっちゃ好きです。
竹村さんの描く世界、その中にいる竹村さんが大好きです。
ひとりひとり感想書くとものすごい量になるのでこの辺で(書けるんですけどw)来月も楽しみにしています。

Regulation'sHigh

Regulation'sHigh

BLACK JAM

萬劇場(東京都)

2017/09/20 (水) ~ 2017/09/24 (日)公演終了

満足度★★★★★

鑑賞日2017/09/24 (日) 16:30

価格4,000円

レギハイ3rd千穐楽観劇。
最前列で迫力ある舞台を堪能!!
出演者は男性キャストのみ。
熱い芝居を間近で観れて大満足(*^艸^*)
たくさん笑って、たくさん泣いて。
とても素敵な時間でした、ありがとうございました!!

エフェメラル・エレメンツ

エフェメラル・エレメンツ

ティーファクトリー

吉祥寺シアター(東京都)

2017/09/22 (金) ~ 2017/10/03 (火)公演終了

満足度★★★★

川村毅のスマッシュヒットである。80年代から鍛えられた小劇場魂。今だ老いず。
素材は使い古されたディック以来のアンドロイド物なのだが、この時期に見ると今の迫力がある。そこが演劇の怖ろしいところだ。
美術はクレジットがないから川村本人か。いつも川村の舞台は整理が行き届いていて、見ていて気持ちがいいが、今回も二百人足らずの小劇場の舞台に、廃炉の中から宇宙まで巧みな転換で見せていく。照明はベテランの原田保。音響が藤平美穂子で、いいスタッフを駆使するところなど、最近の若手の小劇場の及ぶところではない。さすが!!
堅い椅子で休憩はあるものの3時間は辛いが、飽きずに見てしまう。俳優も客演はあるものの、ベテラン新進でそれぞれの力を出している。
第三エロチカの80年代から、独自の演劇の世界にこだわってきた演劇人の作品に接すると、ある種の感動がある。MODEのカフカや、松本雄吉のジャンジャンオペラなど、唐や蜷川の大きな成功のもとに隠れた小さな宝石の輝きに触れたような懐かしさである。

ネタバレBOX

アンドロイドの活躍で廃炉の後福島にアンドロイドの人間の共生する独立国ができる。その名前が「希望の国」。観劇後帰宅して遅いテレビニュースを見ていると、小池新党の名前が希望の党!に決まったという。
舞台では希望の国の崩壊も描いているが、演劇の予見の力を感じさせつことであった。
METRO

METRO

劇団有馬九丁目

日本写真映像専門学校・実習棟1階ホール(大阪府)

2017/09/23 (土) ~ 2017/09/24 (日)公演終了

満足度★★★★

音響照明すごい豪華!
廃退した感じがすごかった。
カイジみたくずっと頭の中でザワザワSE響いてた。
疾走感溢れる物語でした。

ニコニコさんが泣いた日

ニコニコさんが泣いた日

演劇企画ハッピー圏外

コフレリオ 新宿シアター(東京都)

2017/09/20 (水) ~ 2017/09/25 (月)公演終了

満足度★★★★★

ニコニコさんが泣いた日 拝見しました。
満足度の高い娯楽作品でした。笑いがあって、涙があって、最後に感動で席から立てませんでした。
動物がねぇ、まさかあのように描かれるとは(笑)
次回公演も観に行きたいです!ありがとうございました。

第4回大阪短編学生演劇祭

第4回大阪短編学生演劇祭

大阪短編学生演劇祭

浄土宗應典院 本堂(大阪府)

2017/09/23 (土) ~ 2017/09/24 (日)公演終了

満足度★★★

今回は全く未知数な4劇団でしたが私の中では劇情ロマンスが一番、面白かった!
セリフや女優3人のキャラ設定など楽しめた^_^ タイトルはあまり関係なかったけど(^^; 役者さんが荒削りながらキャラを上手く演じていて笑いもいっぱい誘ってた♪

きゃんと、すたんどみー、なう。

きゃんと、すたんどみー、なう。

青年団若手自主企画 伊藤企画

アトリエ春風舎(東京都)

2017/09/15 (金) ~ 2017/09/24 (日)公演終了

満足度★★★★

素舞台に近い使用法の多いアトリエ春風舎に、作り込まれたリアル美術が嬉しい。
畳の間から縁側、短い渡り廊下で奥の家屋とも続きになる。
縁側を降りた奥の下手は抜き板を縦に重ねた時代がかった塀。
畳の上の円卓に麦茶のポットとグラス、、やや斜めに傾いた日射が縁側を照らす。
開場時間(開演20分前)から既に奥側に二人の作業員が座り、部屋にはタオルを被って足を見せて横になる何物か。時折会話していた二人の声が、前説の後に大きくなり、上々の日常芝居の開幕。

余程時間が余っているのか、作業服の比較的若い男女の間にプライベートな時間が流れ始め、長い沈黙の中、見合う二人のキスの寸前に寝ていた某が奇声を上げて起き上る。(この絶妙なタイミングをどう図ったのか未だ不明。)

芝居は伏線と謎解きの構成もあるが、どちらかと言えば伏線抜きで強烈なキャラが登場して展開を見せるので、場当たり的、というか小説的?、ロードムービー的?予測できなさがある。そのためか、きちんと仕込んだ謎掛けの「解き」が今一つだったりもする。
その典型が序盤、男女の関係への想像を促して閉じる一言「元気出しなよ・・」という女の台詞。含蓄があるが、後の「謎解き」が待たれる「振り」にしては、中身はぼんやりしていた。・・男の傷心の源は震災時に帰宅困難者となった妻を自宅で出迎えた時に妻が発した咎めるような一言。・・二人は間もなく離婚し、その後妻は死に(死因には触れず)・・云々。
肩透かし気味なのだが、この「分からなさ」を大きな欠陥とは感じない。最初に張った伏線が意識に上らない程に、あれこれ強烈な刺激(謎掛け)がぶち込まれるからだ。「場当たり的」展開は他にも粗さを残したが、問題はその粗さより、話しがどのあたりに収斂して行くか、にある。

伊藤毅企画、前々作(第一作)以来の観劇は、第二作を飛ばして三作目。気まぐれ気分で観てみたら、障害者とその家族という設定が同じであった。
第一作の「アリはフリスクを食べない」では、軽度の障害を持ち作業所で働く兄と、婚約者の家族が出した条件に従って別居を決めてしまう弟、つまり家族内のやむ無き断絶が描かれる一方、彼に理解を示す女性スタッフが、彼との同居(結婚)を望んでいるらしい(が言い出せない)仄めかしの芝居をラストに置いていた。

今作も「障害者を抱える家族」問題が軸になる。
面白く観たが、この問題の視点から眺めると、物足りなさもある。またこれ(障害者)を扱う難しさを認識した舞台でもあった。

ネタバレBOX

(障害者を登場させた秀作として『ブーツ・オン・ジ・アンダーグラウンド』が思い浮かぶ。障害を「問題」の源としてでなく「武器」として捉えていたから。主役は身体障害の青年だが、友人の軽度知的障害の男も信憑性ある行動が描かれていた。)

さて伊藤企画の今作も、「軽度」の知的障害のある人物が中心となる。その女性・雪乃(村井まどか=年齢は行っているが童顔)と、若死にした母親に代って姉の世話をしてきた二人の妹・・次女ツキハ(月遥)、カスミ(花澄)という家族構成で、その実家が舞台である。(父親についてはあまり語られない)
今日は次女の結婚・転出の日。冒頭から縁側に座るのは引越し業者の従業員らしいが、事情あって(妹の転出を受けいれられず姉・雪乃がパニックになったらしい)、一時休止状態になっている。

芝居に登場するのは、次女が結婚する一風変わった婚約者、その同級生(上述の男女が勤める引越し屋の社長)、雪乃が通う先に居る自閉症系?軽度知的障害のあるボーイフレンドなど。

ドラマ上の矛盾は多々あるが、最大の問題はやはり「知的障害を持つ人」の描き方、演技だろう。
今回の舞台では、「普通とは何か」という問題提起のために障害者が駆り出された、という印象がある。有効な問いであれば結構なのだが、果たしてどうだろうか。
「普通」を根底から疑い、相対化してきたのが60年代からのアングラ演劇であると私は思っており、しかしながら相模原事件この方、理詰めでこの問いに答える事が一定必要な状況にあるのかも知れない、と一応は理解する。

にしても、やはりこの芝居の「障害者」雪乃とそのボーイフレンドに対する、周囲の対応のほうに、違和感がある。とても長年一緒に暮らしてきた人達とは思えない初心者のそれで、つまり「現実を切り取った」絵としては、緻密でない。
頑張ってはいるが、障害者を演じるのがそもそも難しい課題である。彼ら障害を持つ人の「人物」如何で、筋書というものも変わって来るはずで、「どういう彼らなのか」・・描き切れていない所で問題提起は可能なのだろうか・・(これを言われちゃ実も蓋もないが?)そう思ってしまうのが正直な所だ。

「こういう障害のある人を抱えると大変だネ」という素朴な台詞が、芝居の終盤に吐かれる事にも違和感がある。当事者でない引越し屋に言わせた台詞ではあるが、このテーマを掘り下げるに当たっては、これはとうに「終わった」問いであり、終盤に改めて持ち出す類ではない、と私は思う。「大変なことは何十年も前に分かっている」が当事者の思い。「そこから先」の歩みの方がうんと長いし重要なのではないだろうか。

相模原事件の彼の手記をみると、食って寝て垂れ流すだけの「心失者」(植松被告の用語)を見て、彼らを「生かす」意味を見出せなかった事がわかる。
しかしこの芝居に登場する軽度の知的障害を持つ彼らが、周囲を「疲弊」させる程の仕打ちをするのだと仮にしてみよう。もしそうなら、如何に周囲が真摯に向き合わなかったか・・当事者なら考えるだろうと思う。私の知る軽度の知的障害を持つ男性(ちょうどこの芝居に登場する彼らに近いだろうか・・20代後半~30過ぎ)は、実に男気があり、寡黙だが周囲への気配りのできる人だった。私は年下の彼の人格に尊敬の念を抱いていた。もう亡くなってしまったが(泣)。それらは彼らが身につけた「処世術」なのかも知れないが、「普通の人」よりは「混じり気がない」ように私には見える。彼らがそうできるのは、自分の生き方、行き方を全うしているからだ、と感じるようになった。短期的な目標しか持てない彼らだが、確かにそれはあり、「やりたいこと」のために彼らは生きている。その点、全く健常者と同じである。
そうであるから、他者を慮る事ができるのだ。
話は脇へ逸れるが、「自分がいかに我慢しているか」を、自分より「劣った」人間に対する非難によって表現するケースがある。我慢して社会のルールを守っているのに、彼らはそれをしていない、守れていない。その彼らが一丁前の顔をして生きている、支援を受けている、優遇されている。その事を許せない心情が「自分の生き方を全うできていない」事に起因していると、気づけるか気づけないかの差は、大きい。気づかせてくれた彼らに私は感謝している。と言って、自分が幸福になれた訳ではないが・・。
それはともかく、彼らには一貫した人格があり、予測可能性が十分にある。芝居に戻れば、何十年も暮らした人達があれしきで根を上げるというのが、「リアルでない」と感じる最大の理由だ。
もちろんこの芝居にも、「普通」を基準にした偏見に対する疑義はこめられているが、投じた石があまりに小さく感じられる。

ドラマ構成の問題で言えば、今回役者一人の降板で台本を書き換えたという。その影響か、最終盤の「やや感動」場面に不自然さと、後味の悪さを残した。
中盤、雪乃が相思相愛の○○君との「結婚」を宣言して「お世話になりました」と、家を出て行こうとする。
「いつもはお母さんと一緒に来るのに・・」と不審がった○○君の来訪が、その展開に繋がった格好だが、二人の決意に対して周囲はそれをただ否定し続け、最後には妹らが「普通の人だって大変なのに、あんたたちは普通じゃないの」という本音の説得となる(この台詞がリアルに出てくるには何らかの特殊な設定が必要と思うがそれは置いておく)。
この中盤の騒ぎを踏まえて、最後。その直前、死んだはずの「母」が三女の前に登場し、三女の本音ほ引き出す。「自分は姉のために犠牲になった(だから結婚もできず彼氏もできない、的な不満)」・・本心を言って泣く三女を、母は励ます言葉を紡ぐ。お前が生まれた時には雪乃はお姉ちゃんしてた(素朴にイイ台詞だ)、お前は自分で選んで姉の世話をしてきた・・これからも、いやこれからは、自分のやりたいようにやりなさい・・。
三女が落涙した後、これを受けた最後の場面である。
引越し屋も婚約者も去り、三人姉妹が居間に揃った時三女は雪乃の結婚を認める宣言をする。ここで終わっても良いのだが、この後の展開がある。○○君をやむなく一人で帰らせた(一人で来れたから帰りも大丈夫だろうと)、その彼が事故に遭ったという連絡が入る。雪乃に化粧をして上げようとはしゃぐ三女と、電話を受けた次女の対比が、長い・・のは置くとして・・次女が三女に事の次第(この時点ではまだ「事故った」という情報)を告げ、事実を共有した二人と、何も知らずに「結婚する」とはしゃぐ雪乃の対比も、長い。もう一度電話が鳴った時、雪乃が「電話なってる」と言い続けても二人は電話に出ようとしない・・。
なぜ電話に出ないのか?これは大いに引っかかる。
事実を知ることで、それを踏まえて雪乃にどう対しようかと、必死で賢明な判断をしようとする・・私はそれを見たかったのだが、二人は耳にフタをしたまま、雪乃の「おめかし」に集中していく。○○君は果たして亡くなったのか、持ち直したのか。恐らく亡くなったという結論になりそうだが、電話を取らない事により、妹の方が「萎えて」しまわないよう、事実にフタをしたのだ、と作り手は見せようとしたと思う。
だがここには重要な問題がある。
雪乃が○○君の死を受けいれられないだろう、という判断を二人が共有している事実がある。それは障害のある彼女らが「結婚などできない」と根拠なく否定したのと同様に、根拠のない事だ。これから彼と会えなくなるかも知れない事実、今の内に会っておいたほうが良いかも知れない可能性、雪乃の「思い」が持続的なものかどうかについての洞察・・そうした「判断を迷わせる」幾つかの要素を、省いてしまう大雑把さが、リアルな芝居であるだけに、気になる。この二人の態度を懐疑的に描く角度を、作者は有していない、と見えた。むしろ二人の態度は美談に収まる、そういう評価が滲む。
「姉の結婚を認める」という妹の思いは、姉の「心」に即した判断であるのか、一般的にそれが良いことである、という判断を彼女自身の中で完結させてはいないか。この事を批判的に作者が描いているのだとしたら、二人がその事に気づく話にしなければその視点は観客に伝わらないだろう。

「こんな重い荷物を背負った二人が、姉に歩み寄っている姿、何と美しいことだろう」という視点。施しの視点であり、妹らが姉からどんなものを「授かったか」という視点がない。必ずや、それはあるはずだ、というのが当事者の感覚だと、繰り返すが私は思っている。

「普通」「健常」といったカテゴリーの実質を解体する言辞が、例えば唐十郎の戯曲には溢れているし、常識という観念を顛倒させる台詞劇ばかり別役実は書いてきた。かの時代から我々はよほど退歩してしまったのだろうか。

・・長々と愚痴をこぼしたが、「障害者=大変」の等式は現在の経済状況、雇用状況との関連でもたげてくる「魔の等式」であり、これにハマれば即、己の首をも締めにかかるのだ。「本当なのか」を吟味する命題ではなく、拒否し続け、その論拠を後づけでも見出そうとすべき、悪しき命題だと心すべきだと思っている。
でなければ(今日も電波を使ってアホな目くらまし演説をやっていた)我が日本国の首相の見え見えの口車にさえ、丸め込まれてしまう。(いや、既に負けてこうなっている訳だが・・泣)
幻の国

幻の国

劇団昴

Pit昴/サイスタジオ大山第1(東京都)

2017/09/12 (火) ~ 2017/09/24 (日)公演終了

満足度★★★★★

劇団チョコレートケーキの評判を聞いてはいましたが、今回、まさか昴さんで観ることができるとは思ってもいませんでした。
久しぶりにどストレートにハードな作品を拝見できました。
当パンの用語解説を上演さ前に読んでいたので、元々は知らない言葉にも着いていくことができたと思います。

ベルリンの壁崩壊前後の東ドイツが舞台。
その時代を、あの瞬間をテレビや新聞で見ていたのを思い出します。
壁に日付が投影されるたびに、自分のその時を振り返り、こんな自分では選びようがない国で生きていた人々の暮らしをリアルに感じていました。
東ドイツのことをこれだけ真っ正面から書いたのが日本の方とは驚きです。

ネタバレBOX

シュタージという組織で働く人々、プラッテンバウで暮らす人々、密告者である人々。
それぞれが同じ集団に所属していても、背負っているもの、生き様の違い。
それが最後の時に至って、大きく道が別れる切なさ、不条理さ。
最後。花火を見ている前向きな場面で終わると思いきや、まさかのルドルフは自決。
彼は何を思って死を選んだのか。
新しい時代についていけなかったからなのか。過去の行為に対する悔いなのか。その上での贖罪なのか。
降り散る書類が意味したものはなんだったのだろうか。
時分自間旅行

時分自間旅行

TAIYO MAGIC FILM

赤坂RED/THEATER(東京都)

2017/09/22 (金) ~ 2017/10/01 (日)公演終了

満足度★★★★★

鑑賞日2017/09/25 (月)

個人的に大好きな劇団の一つTAIYO MAGIC FILMさん。一度観ただけでは100%理解するのが困難なくらい、非常に複雑で奥が深い天才的な脚本に毎回驚かされています。今回は6組のカップルが登場する恋物語。様々なシュチュエーションで登場する6つのショートストーリーが、最後に1つのストーリーとして紐付く瞬間は圧巻であり、この緻密に計算されたストーリー展開はTAIYO MAGIC FILMさんの真骨頂だと思います。舞台セットも細部までよく創り込まれており、小道具に少し変化を加えるだけで全く別の空間を創り上げていたのもお見事でした。「時分自間旅行」というタイトルからもセンスの高さを伺える名作。思わず唸ってしまうような仕掛けが多い見応えのある1時間50分でした。劇中歌の選曲もオリジナル曲も蝶ネクタイを付けた正装で迎えてくれる会場スタッフさんも全てが◎。

『ZigZag 〜人生怪盗ノ話〜』

『ZigZag 〜人生怪盗ノ話〜』

劇団コスモル

OFF・OFFシアター(東京都)

2017/09/21 (木) ~ 2017/09/25 (月)公演終了

満足度★★★

とてもおもしろかった。いろいろ工夫していた。

魔法の鏡、とその中身

魔法の鏡、とその中身

the pillow talk

早稲田小劇場どらま館(東京都)

2017/09/22 (金) ~ 2017/09/25 (月)公演終了

AV女優のお話と言うより、もうけるためにAV女優に仕立てたい男たちのお話と言う感じでした。アナウンサーになりたいなら各放送局をうければいいんじゃないの?っていうんではだめなんでしょうか?今時の就職事情はわかりませんが。ラストの鏡はどうしても使いたかったのでしょうが、労力と効果の比は?
監督役の人がずっと収録している映像がおもしろかったですが、座席によっては見えなかったのでは?

ネタバレBOX

いろんなハダカが見られて楽しかったです(笑)
愚か者。たがらもの

愚か者。たがらもの

獏天

Geki地下Liberty(東京都)

2017/09/22 (金) ~ 2017/10/01 (日)公演終了

満足度★★★★★

鑑賞日2017/09/25 (月) 17:00

いや〜、マジで面白い!話はもちろのことスピード感、アクション、それで一人一人の登場人物がこれまた曲者ばかりで。探偵もののテレビドラマ見てる感じがしました。楽しさ満点!次作もぜひ観たいです!

PTA

PTA

ホチキス

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2017/08/17 (木) ~ 2017/08/21 (月)公演終了

米山さんのホンらしい、どうしても、ほんわかとしてしまう空気。どんなに面白くっても、どんなに下ネタでも、何故か「じん」としてしまう。


「ホチキス」という空間がきちんとあるんだなと。


今回はとある小学校のある会議のお話。
参加してる人々(保護者や教員など)次第に「ホンネ」を語りだす


「学校」という一個のコミニティにおける「ルール」は、ある意味、どの場面にも当てはまる。


「良かれ」と思い、様々な「ルール」を設けていく事が結果としてどうなのか。
観ながら、ふと、自分の身の回りを思う。「ルール」は必要だが、果たして「ルール」に縛られてしまうのは幸せなのかな?と観ながら、そんな事を考えてしまった。


事の発端は、自転車事故によって亡くなった教員の事から
子ども達が事故の危険性を理解し、更に事故を防ぐための自転車免許をルールとして作ろうといった
既に、ほぼ採決など取らなくてもほぼほぼ、決まるような流れだった・・・・ハズ。
しかし、徐々にルールの細かなチェックに始まり、最終的には
賛成派VS反対派になってのメンドクサイ会議になり始めていた。


そう、メンドクサイのだ。
いちいと、予定調和で決まった事案をひっくり返す労力なんて、日常ではメンドクサイ。
だから、人はイエスマンになった方が「ハナシ」は進む。


今作、第三舞台の大高洋夫さんがご出演。イエスマンとして、中間管理職となった教頭先生がある意味日本らしい象徴のような役柄だったかなと。


最終的には、亡くなった教師の事故死の真相が分かるまでとなり、本来、何が
子供たちの心を掴み、尚且つ、どういった行動をするのが良いのか。
その答えが段々と引き出されていった。


最後、ポストの場面は暖かい色の照明がまるで、天国と学校を繋げているような感じで、涙が出てしまった。

penalty killing

penalty killing

風琴工房

穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペース(愛知県)

2017/07/29 (土) ~ 2017/07/30 (日)公演終了


7/19マチネ観劇

スポーツはまったく興味が無い。


応援する団体も無い。


でも、この芝居はそんな人もきっと、最後は月光アイスブレーカーズを応援したくなる。


2時間15分の中に熱い彼らの気持ちがずどんと胸に残る。
再演と言う事だが、前回を観ていないため
実際どうだろうか?
専門用語とか出ても、ルールも分からないし、
そもそも、スポーツ興味ないし・・。


劇中の様々な登場人物の対比が面白い。


特に新人3名とベテランの描き方が良かった。


鼓舞する彼らの根底にある「自分の為」に、「チームの為」に、そして、実際のモデルになってるチームの背景にある「チームを応援する多くのサポーターの人たち」の為に。


応援する人たちとのエピソードを語る場面で、泣きそうになった。
ただ、熱いだけではなく、アイスホッケーというスポーツを通じての人との物語だった。




ロビーから未来チックな通路で客席にむかい、劇場内に入った時、一瞬、足が止まった。


「あれ?劇場じゃない・・・、アイスリンク?かっっこいい」


上からみる光景は特にそう感じる。
良い舞台は、第一印象が良いのだ。


劇中の音楽や、照明、特に電飾の効果は本物のリンクに居る様な錯覚に陥る。
激しい試合の描写は、ダンサブルに表現されていてリズムを足で取りたくなる。


小島 悠平役のクロムモリブデンの森下 亮さん。
クールな感じかと思いきや、熱い、そして、ヒーローの様な人にも
プロの世界での厳しさを体験している。
穏やかに微笑んでるけど、視線が鋭く、ぴしっと空気を変える。




瀬川英一役の岡野康弘さん。劇中で唄を歌われるシーンがあって、「おおお」となる。
この方も、色んな役柄を演じる方だが、今作は黙っていれば優勝チーム
から、移籍してきた経歴で、他からみたら、「なんで?」となるのだが、このチームだからこその充実感を感じさせる演技だった。


劇中、スティックを手に取り、踊るとある場面でスティックにキスをしたような仕草があった気がした。ミーハーな発言だとは思うのだが、きゅんとなってしまった。


織田 寅雄役の犬と串の板倉武志さん。何回か、犬と串で観劇しているが今回は板倉さんらしいというか、物凄くアテガキのような役柄と板倉さんがしっくりきていたように感じた。
大きな体と反比例したメンタルという、設定。そこからのどう成長していくのか、劇中母のような気持ちで見つめてしまった。

ファルコンズのメンバーも、ベンチにいる時(舞台上からはけているとき)
でも、かなり、細かい芝居をしていた。
(上手だったので、よく見えた)
そして、ダンスの場面は流石です。
本当に、一緒にリズムを刻んで乗りたかった。
ただ、五十嵐 結也さんが目の前にいらっしゃると、つい褌姿がオーバーラップしてしまうというトラップが・・・。


今作は、「スポーツ」=「根性」という鉄の法則を
0%にも100%にもしない。
「熱い」想いは受け取るんだが、「暑苦しい」とはならず、
押し付けがましい「すぽこん物」では無い。
なんという形容が一番適してるのだろうか。

スポーツやアイスホッケーに興味ある・なし、
知識ある・なし、
俳優を知っている・知らない

そんなのは関係なく観るとワクワクして、ドキドキして、楽しくて
ほろりとして・・・。
人と人の繋がりや、頑張りっていいなと思うような舞台だった。

あとは、色んな葛藤を皆が抱えて、そこは年齢の層で色々ちがうんだなっていう演出も面白かった。

純惑ノ詩―じゅんわくのうた―

純惑ノ詩―じゅんわくのうた―

野生児童

小劇場B1(東京都)

2017/08/23 (水) ~ 2017/08/27 (日)公演終了

「死」だけが永遠に愛する人を愛する証となるのだろうか。
観ながら、そう感じ、悲しい想いが湧き上がる。
ただ、「恋しい、恋しい、貴方が恋しい・・・」
そう、お岩様は遠い昔に想いを伊右衛門に抱き続けた。
そして、2017年。

やはり「恋しい・・・」その想いがぶつかり、壊れ、崩れ落ち、辛い。


舞台は現代・下町なのだろうか。
夏の夜を彩る花火は、192年前も恋人たちを照らしていたのだろうか。
今年は奇しくも他公演でも、同じ「東海道四谷怪談」を観た。

お岩様の皮膚がただれて、醜い姿になっていく描写が今回も、涙が出てしまった。
怖いのではなく、気持ち悪いのではなく
「彼女」の気持ちが痛く、伝わってくる。その感情が伝わる事によって
「私」も悲しく、絶望的な気持ちになり、涙が出てしまう。

今作は様々な「想い」が入り組み、「想う」が故の悲しい物語だった。

田宮伊佐雄役:齋藤陽介さんの一途な「想い」も、三津谷石珂役:有田杏子さんのすべてを包み込むような「想い」も、みんなが自分の愛おしいと思う相手の事を考えて、「良かれ」と思ってる。
それは、ごく自然な事で、当たり前かもしれない。

でも、そこに「死」がひとつの解決策となるのは
本当の「愛」なのだろうかと。
人によっては、そう定義する人もいるかもしれない。
でも、「死」は続くものではないと私は思っている。
「死」は「無」になってしまう。
純粋にその人だけを想う事が罪なのか。
観ていると、切なさよりも悲しさが私は大きかった。
純粋に人を好きになると言う事はある意味、怖い事なのかもしれない。

いつも、明るい役柄でお逢いすることが多い齋藤陽介さんが今作はとても、鋭い
狂気すら感じる演技で怖くも有ったが、「愛」を感じた。

もう少し、こう、感じた事、書きたいのだが上手く「単語」に出来ない。
あの時間は花火みたいに一瞬の閃光の中の出来事だったんじゃないかって。
幻のような、何というか・・・・。
でも、悲しい気持ちになる物語は一瞬で消えてしまった方が良いのかもしれない。
人は、「生きて」こそ、大切な人と有限の時間を過ごすことが平凡だけど幸せじゃないかと。

虚構の劇団の木村美月さんも出演。
可愛らしい役柄であった。

今回お二人気になった方がいた。
伊藤槇子役:荻窪えきさんX-QUEST所属
不勉強で初見なのだが、かなり、劇中の空気を混ぜ込んで中和する役柄で大変素敵だった。

拓悦役:オザワミツグさん劇団居酒屋ベースボール所属
中盤からきっと、そうなんだろうなと思っていたが、あの感情のぶつけ方や、立ち位置はかなり、良かった。
あの中にあって、一番、ある意味均整の取れた役柄だったように思える。

きゃんと、すたんどみー、なう。

きゃんと、すたんどみー、なう。

青年団若手自主企画 伊藤企画

アトリエ春風舎(東京都)

2017/09/15 (金) ~ 2017/09/24 (日)公演終了

一日の流れだとは思うのだが、とてつもなく長い時間が流れていて、その中で色んな事が起こった・・・筈。


そして、何故か違和感の感じる笑いが起こる芝居だった。


それは自分の保守的な考え方からなのか、それとも、自分の中の差別的な考え方からなのか・・。
例えば、知的障害者の動作などで笑いが起こる。
「笑う所?」と私は感じる。
でも、「笑う」という動作を制御する本来の私の概念は何だろうか?
例えば、その動作を健常者がわざとコメディーのようにやるのなら
笑ってもよい
障害者だから、笑ってはいけない


その境界線を自分が引っ張っているからなのだと思う。
「○○だから・・・」という葛藤は劇中でもワードとして出てくる。
私も、その線引きをすることによって差別をしているのだろうか。




劇中の3姉妹の姉は知的障害者。美談を語る必要は勿論無い。
第三者の気持ちと、身内の気持ちと、当事者の気持ち。


どこに心を置く事が出来るか劇中で「結婚」に関しての様々な葛藤は、当然起こり得る現実的な話である。


ただ、何か、違和感があった。
それを具体的に言葉に出来なくてもどかしいのだが、そのもやもやした感じで良かったのかもしれない綺麗ごとで、話が終わってしまうのなら24時間TVで良いのかもしれない。


ただ、きっと、こんな風に人は関わり合って、どこか、寂しい想いを溜め込んで、でも、毎日を生きてるのかなと思った。


そこには境界線はない。


色々考える種があった、芝居だった。

Regulation'sHigh

Regulation'sHigh

BLACK JAM

萬劇場(東京都)

2017/09/20 (水) ~ 2017/09/24 (日)公演終了

満足度★★★★★

鑑賞日2017/09/21 (木)

初見のBLACK JAMさん。客席の座席数を削って組まれた非常に大きなステージ。その大きなステージを使っての迫力のある演出に圧倒されました。男性の役者さんだけで創られていたこの作品は、個人的には今年観劇した全ての作品の中でも上位五本指に入るくらい、良い意味で暑苦しさ且つ繊細さを感じる素晴らしい作品でした。教育のあり方を時代の変化とともに問いかけるメッセージ性の強い秀作。最初は体罰反対派側でしたが、ストーリーが進むにつれて最後は体罰教師がカッコ良く映りました。やはり生徒への愛情が大事。これは何事にも当てはまるかもしれません。役者さんの演技力も高く、全員がハマり役だと感じました。タイムスリップした先の時代背景などもよく研究され創られていたと思います。特に印象に残った何人かの役者さんは是非他の役も観てみたいです。

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