最新の観てきた!クチコミ一覧

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湿ったインテリア

湿ったインテリア

ウンゲツィーファ

早稲田小劇場どらま館(東京都)

2025/05/19 (月) ~ 2025/05/27 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

愛というものの歪さ、生きることのままならなさ。それでも希望を託したくなる。

ネタバレBOX

「子どもが親にしてくれる」というようなことはよく言われますが、親になる準備が心身ともにできていない時に親になる人はきっと多いでしょう。合計5人の大人が親であることをもがく姿は、人は誰かの子どもであることをあらためて感じさせます。誰も彼も、様々な親を持ちその影響から逃れられない。新しいひとが生まれるという時に、そのことがじめりじめりと迫ってきます。

3世代、2家族。いずれの登場人物も価値観が異なり、なぜそういう生き方なのかの背景が見えていきます。それらが台詞によって織りなされている戯曲はとても巧みでした。
さりげなくも多層な台詞を、俳優たちがさらに深く立体的に立ち上げていきます。タク(藤家矢麻刀)の葛藤とエゴ、チア(豊島晴香)の自分の人生を生きようとするかたくなさ、カキエ(松田弘子)の喪失との向きあえなさと向き合い方、タナコ(根本江理)の自分と他者との折り合いの付け方、ジュウタ(黒澤多生)の他者と他者とを繋ぐ佇まい。すべての登場人物が優しく、わがままで、愛おしい。
音楽、美術、照明、音響が、横に縦にと空間を広げていて、リビングの天井を越えて、劇場の高さ4000とは思えない、ずっと宙遠くまで続いているように思えました。

それらの総合力で、もうなにがなんだか愛というものがよけいにとらえられない宇宙のような複雑さを見せていきます。
それでも、そのなかでたった一人だけ、言葉ではなく泣くことでしか自己主張ができないソラ。大人たちの抱える複雑さをシンプルにしてくれるような存在でしたが、ソラが自分で泣くことすらできなくなったときに、大人たちそれぞれの主張がハレーションを起こしていきます。
終盤、どこに行きつくのかわからないこの物語に、生きていると、他人は思い通りにならないし、自分自身にだって納得がいかない。後悔はそこかしこにあるし、どうなるのかもどうしたらいいのかもわからない……よなあ、きっと、幾つになっても、と思いました。
薄く折り重なる多層さゆえか、その場で宇宙へと放り投げられるようなインパクトやカタルシスがあるというよりも、数日たってじわじわと気配を感じさせる日常に潜む宇宙のようでした。観劇後も続くこの観劇体験が、今も心地よく胸にあります。

「再演をする」というところから話が始まったことは当日パンフレットでも明言されています。「Corich舞台芸術まつり!」の審査とは別の話にはなりますが、受付にたどりつく前から飾られた赤ちゃん用品や、子どもが生まれたばかりの夫婦のリビングを舞台にしたこと、スピーカーを用いた赤ちゃんなどは過去公演と同じでありながら、まるで別の作品でした。登場人物や焦点を当てられている部分は異なり、前回描かれた「演劇」の話題からは離れています。これほど似ていながら、これほど違う作品なのだと、面白くもありました。作品と創り手を離した改定に、確かな技量を感じた上演でした。
牧神の星

牧神の星

劇団UZ

アトリエhaco(愛媛県)

2025/05/10 (土) ~ 2025/05/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

新たな場所がひらく。アトリエhaco前からながめた愛媛の街並みは、記憶に残る一枚となった。

ネタバレBOX

柿落としとなるアトリエhacoは、2024年8月に閉館した「シアターねこ」閉館を受けて、劇団UZのメンバーらによって立ち上げられた場所です。「シアターねこ」が四国・愛媛の小劇場の力強い拠点であり、UZの公演場所でもあったことで、演劇を続けるために稽古場として利用していた倉庫をhacoとして生まれ変わらせました。こうした新たな場所と、劇団/劇団員が苦悩する作品が重なり、現実とフィクションが層のように編まれていきます。

戦争と、それを演じる劇団員たち。虚構と現実を行き来する登場人物たちは、さらにそれを観る観客の現実とも呼応していきます。
自分たちの身近なところから手探る戦争や、演劇を続けることの身近な課題が描かれていますが、内輪に閉じてはしまわない。脚本は、現代のさまざまな社会問題や、未来の行く末など、多重な要素を地続きに描いていました。全編通して力強いこともあり盛りだくさんな印象もあるので、もうすこし力を抜くと見やすいようにも思いはしますが、むしろつねに高密度なことが切実さでもありました。その骨太な2時間を体現する、俳優の力強さに圧倒されました。
ラスト、チェーホフ『三人姉妹』を思わせるような女性3名の喪失と未来へのまなざしと抱擁。そこで一言発された生活に根差した台詞に、ブレのない、生きて演劇をいとなむことの実感があるように感じます。まだ不確定な未来を共にまなざすことができた気がする一瞬でした。

劇場外では、近隣の飲食店による出店、四国の様々な公演のチラシの展示や、舞台感想会の実施など、UZや演劇関係だけにとどまらないいろんな取り組みが開催されていました。
またチケット代金には、県外在住者割引、UZ割引(失業や休業、離職など何らかの理由で「観劇したいけど…」という方のための割引)などが設定されています。とくに県外在住者については、利用者も多いのでしょう。県外ナンバーの車を何台か見かけました。終演後には、シアターねこの閉館を惜しみ、アトリエhacoの門出を応援する人々の姿が。みなさんが他県から訪れ顔を合わせる様子に、場を持つことの希望を感じました。
hacoは山に入ったところの倉庫のため、劇場のような環境が整っているわけではありません。会場に辿り着くまでの道は整備された道路とはいえ狭い坂道で、展望台に行く人が迷い混むこともあるとか。トイレは自分でペットボトルから水を流すスタイルだし、倉庫内の気温調節は至難の業でした(夜は寒いと聞いていたが、まさかの昼が激暑でした)。しかし事前の案内や、トイレの備品などにはさまざまな配慮を感じます。
負荷のある環境ですが、まだ道は始まったばかり。「劇団公演」という言葉をこえて、この地にアゴラを作っていく過程に同席する機会をいただけたこと、ありがとうございます。
絵本町のオバケ屋敷 〜愛!いつまでも残るの怪!〜

絵本町のオバケ屋敷 〜愛!いつまでも残るの怪!〜

優しい劇団

高円寺K'sスタジオ【本館】(東京都)

2025/04/19 (土) ~ 2025/04/19 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

作家性と企画の相乗効果。その日出会った俳優たちと、もう一人の出演者に万雷の拍手を送りたい。

ネタバレBOX

まず主宰の尾﨑優人による前説で、企画の概要が話されます。この段階で、客席の多くが引き込まれていくのを感じました。そもそもすでに最初から「1日で出会って上演して解散します!」という企画を楽しみにして来ている方も多い様子なので、あらためて主催者から丁寧に概要を説明されること自体が期待を増幅させる時間なのかもしれません。
説明される企画のポイントはかなり多いですが、飽きさせずに興奮を湧き立てる尾﨑の前説によって、「想像する」「俳優や作品によりそう」という観劇の土台ができあがっていき、わくわく感が募ります。

だからこそ、開演してすぐに暗がりから一人目の俳優……物語の舞台となる絵本町でメルヘンをもとめる絵本作家(土本燈子)が登場する導入が、非日常へといざなってくれて心地よい。作家にメルヘンを語る役割が、尾﨑演じる老婆(事前公開あらすじでは劇作家)であるという設定も、メルヘンと演劇愛にあふれていました。そして10名の俳優たちにより、次々と繰り出される天下一武闘会のような目まぐるしい共演という饗宴に、舞台に向けて意識が集約されていたところ……終盤、客席後ろの会場出入口から、あらたな出演者が登場します。視野が広がり、メルヘンの世界にすこし現実の風が吹いたように感じました。後説では、彼らが学生であることも紹介されました。全体をとおしてフィクションと現実を接続する巧さに舌を巻いた企画でした。

作品では、この町で起きた様々な恋が語られます。初対面の別地域同士の俳優による4つの物語は新鮮で、企画としても、1日で出会い作品を作りまた別れるというのも恋かもしれません。さまざまな恋物語を語る劇作家と、メルヘンを求める絵本作家の出会いもまた恋なのでしょう。それはそのまま、観客が演劇に出会うさまが恋だといわれているようでした。

これが恋だというのなら、私の恋心を奪ったのはもう一人の出演者でした。10名の出演者にその呼吸を逃すまいと見えない熱い眼差しを送り、自身は影ながら照らし続けた照明の、その動きと佇まいと生み出す効果によってこの空間が下支えされていたと思います。

この公演がすべて「1日で」おこなわれていると聞くと作品の不安定さを懸念するかもしれませんが、むしろ現段階では「1日で」あることで作家性が引き立っているようにも感じました。作品の構成が1対1になっており即興として成立させやすく、様々な先人を想起させる演出手法やイメージを共有しやすい作風で世界観を統一させられるかなと想像します。もしこれがオリジナル脚本による本公演であれば期待されることが増えるかとは思いますが、ことこの企画においては強度があるていど担保される状況ができているのではないでしょうか(準備などを見ていないので断言はできませんが…)。
今後シリーズが回を重ねると、より安定し、即興による高揚感は薄れるかもしれません。しかしそんな懸念よりも、どうなったとしても新たな胸躍る企画をうちだしてくれるんじゃないかという信頼感が手放せません。芯のブレない企画に、演劇の楽しさをあらためて思い起こさせていただきました。
kaguya

kaguya

まぼろしのくに

ザ・ポケット(東京都)

2025/04/03 (木) ~ 2025/04/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

『竹取物語』を下敷きに、原罪や家族との血のつながりなどさまざまなモチーフを散りばめ、物語は縦横無尽に時間と空間を行き来します。

ネタバレBOX

まず、怒涛の台詞量に対する、俳優の力強さが目を引きました。出演者たちは勢いがあり、言葉が明確で、各々のシーンをそれぞれが牽引しています。
自分たちを「かぐや姫の末裔」だと信じる家具屋一家。長子ども部屋宇宙のまんなかにいる15歳のノゾム(二瓶大河)の素朴さと抱える感情の大きさが、いつしか作品の芯になっていきます。ノゾムをとりまく家族たち(ミヤツコ/渡久地雅斗、マダム/町田達彦、アダムス/玉木葉輔)のパワーが強く、ノゾムをノゾムたらしめている説得力がありました。3人の女や空中飛行士たちなど個性ゆたかな面々にノゾムは翻弄されています。だからこそ、ノゾムがkaguya(高畑亜実)に出会うことで世界が変わり、とくに後半、高畑の佇まいはこの物語の根底を下支えしていました。出演者みなさんのパワーが強いところは魅力的な一方で、ほとんどの時間が「動」「in」の状態にも感じられて落差がすくないことが、全体のインパクトを削いでいるように感じられました。

入り乱れる多くの要素を具現化し、彩っていくスタッフワークが力強く印象的でした。衣裳とメイクの意味付けは大きく、美術の転換や小道具の仕掛けに工夫がありました(様々な仕掛けと工夫が用いられているのですがクレジットがなく、もしや皆さんで考えて作られているのでしょうか…!?)。しかも次々と変化が繰り出されます(舞台監督さんお疲れ様です…!)。変化の量に比して空間の動きが小さくも感じられたので、たとえば変化に緩急をつけるとか、あるいは作品の構造をもうすこし整理にするなど、全体に通す太い芯に動きをつけられれば、空間全体を変化させ大きな衝動をもたらすことができるのでは、と思いました。

「CoRich舞台芸術まつり!」の第一次応募文・団体紹介にて「作品は、唐十郎氏や野田秀樹氏などといった小劇場ブーム時代の特徴を感じると観客から評されることが多い。」と書かれています。たしかに具体的な作品名を想起させる台詞や演出はいくつかありました。また音楽についても様々な作品で使われているものがあり、すでに観客のなかにあるイメージへの影響は受け手によってかなり異なるのではないかと想像します。
しかし作者の視点や見解は面白く、とくにkaguyaの存在やキャラクターが提示するものは現代的で、過去と未来をも横断し鑑賞者の思考を広げる効果がありました。全体的にエピソードもパワーも盛りだくさんであるため、たとえばこのkaguyaが周囲にもたらす影響に焦点をあてて人物背景の描写を深めていくなどすると、より深みが出たように思います。

観劇にあたっては、チラシの段階で上演時間がわかっていることと、「観劇あんしんシート」(さよならキャンプ作成)があったことは非常にありがたく、それら懸念点についてとても安心して客席に座ることができました。
なんかの味

なんかの味

ムシラセ

OFF OFFシアター(東京都)

2025/04/02 (水) ~ 2025/04/09 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

小津安二郎監督の『秋刀魚の味』をモチーフにした、フィクションの力を持つシンプルなドラマ。とあるスナックを舞台に、なんだかお客さんたちもスナックを訪れたような、すこしの余所余所しさが心地よくも、妙にあったかい時間をすごした。

ネタバレBOX

冒頭、まずは制作の方の快い挨拶から。そして幕が開き、繊細さと大胆さの同居した巧妙な脚本と、豊かで鮮やかな俳優たちに引き込まれます。
台詞は、説明せずとも4人の人物とそれぞれの関係の背景を想像させ、さりげないとある言葉……小さな引っかかりは感じるものの気にならない程度のものが、後半のある展開につながっていく。
人物造形も同じく、説明されずともいつしか「ああ、この人はそう思っていたんだな」と腑に落ちる。現実の生活でも物語でも、ある人の気づかなかった一面に思い至ったとき、それまでの言葉や時間そしてその人自身を愛しく思うことがあります。そうしていつしか、客席から見ている4人のことそれぞれを、自分にとっても大切な人のように感じられていることに気づきます。たとえば平川迪子(橘花梨)の、頑なで不器用だけれどその後ろにある寂しさと強さ。父・秋平(有馬自由)のわがままな愛情と口にできない弱さ。お店のママ・薫(松永玲子)のあふれる気遣いとまげられない自分。バイト・璃(中野亜美)の若さともなうしなやかさと意地。いずれもさまざまな顔が当然のように同居している。4人それぞれの言葉にしない思いや背景が感じられることで、20年以上の時間や各々のそれまでの人生が想像できる、とても豊かなドラマでした。
物語をとおして、家族のつながりとしがらみが浮き立ちます。また、結婚における仕事や年齢や家庭環境などの格差といった不均衡も見えていきます。「家族」というものには当然ながら、良い面も悪い面もある。そこに答えを示すわけではない。うまくいかない愛情と寂しさを抱えて、きっと多くの人が今を生きているのだと。

全体の建て込みが丁寧だった美術のなかでもとくに、トイレが印象的でした。出ハケの都合かもしれませんが、過去のシーンの出入りでトイレという個の空間が使われていること。プライベートの大事な扉は、他者へも過去へもつながる風穴のように感じられました。きっとあの扉をあけて外へ出ると、いろんな香りがするんでしょう。もしかするとシチューの香りが。

そういえばクリームシチューのCMにはだいたい家族団らんが描かれています。ハウス食品の「シチュー」のCMソングは山崎まさよしの『お家へ帰ろう』であり、植村花菜の『世界一ごはん』(※歌詞に「お家に帰ろう」とある)でした。
ちなみにビーフシチューは長時間煮込むと美味しくなるけれど、クリームシチューは煮込みすぎると材料が分離してしまう。煮込まれすぎないほうが、家族も美味しいのかもしれません。物語ラスト、煮込まれていないできたての「うまっ」は、今の4人の最適距離なんだろうなと感じました。
悲円 -pi-yen-

悲円 -pi-yen-

ぺぺぺの会

ギャラリー南製作所(東京都)

2025/03/26 (水) ~ 2025/03/31 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

新NISAをテーマに、チェーホフ『ワーニャ伯父さん』をベースにした日本のとある葡萄農家のようすを描く。会場は大田区の元工場を利用したギャラリーで、チケット代は毎週の日経平均株価の終値を反映するなど、コンセプトやさまざまな取り組みが楽しい。

ネタバレBOX

新NISA演劇、だそうです。投資演劇ではなく新NISA演劇。そもそも「新NISA」という制度は手軽に投資することを推奨するような制度で、果たしてそれが市民の救いになるのかは……なんだか煙にまかれているところもある制度だなぁと思っていますが、本作は……都会から離れた葡萄農家が舞台。一家の妹の元夫でいまは有名なYouTuberであり投資家の瀬戸先生(村田活彦)が、農家の売却を提案してきます。かつて瀬戸を信頼していた、農園で働く小池さん(石塚晴日)の息子の良夫ちゃん(岸本昌也)を筆頭に、あえて棒読みのような台詞の言い方や立ち姿は、空虚ながら生活の空気も残しており、会場のコンクリートの壁のように冷えた印象と、だからこそそこにある生命の消せない温度を漂わせていました。一変して激しく賑やかな『U.S.A.』のダンスシーンなど、作品としてまた演出としてもとても練られています。
こだわり組み立てられている一方で、盛りだくさんにも感じられました。戯曲としても『ワーニャ伯父さん』の物語を反転させるくらい本作独自の世界により引き寄せてもよかったようにも思います。またアメリカを強く意識しながらも、そこにアメリカと複雑な関係を保つロシアの戯曲をベースにしたことの皮肉もより明確であっても上演の説得力に繋がったのではないかと想像しました。

トランプ関税等の影響によって株価が大きな影響を受け、投資家たちが沸き立ったのが記憶に新しい昨今。演劇というリアルタイムの虚構が追いつくには世の中のスピードがとても速くなっています。現実との接続は難しいなか、日経平均株価を反映するチケットの値段設定はとても良く、キリの悪いチケット代を見てわくわくしました。

会場は、大田区の元機械工場をリニューアルしたギャラリーでした。
町工場は高度経済成長を支え、日本のなかでもアメリカ(はじめ国外)の影響を強く受けた分野です。とくに大田区には町工場が密集していましたが、時を経て激減してしまった。ある意味で、日本の経済と発展・衰退の象徴のような地域ともいえます。そのような場所であるからこそ、工場を舞台としたことを重ねられれば、より身近なこととして実感できたように思えました。
舞台奥のシャッターから車が出入りするさまは、かつてはきっとなにげない日常だったでしょう。しかしそのなにげなさ(車の出入り=取引があるということ)こそ、繁栄の象徴のような光景だったのかもしれません。
 wowの熱

wowの熱

南極

新宿シアタートップス(東京都)

2025/03/26 (水) ~ 2025/03/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

WOWの熱、舞台の熱、客席の熱、公演の熱。すべてが熱かった。

思い返せば、小劇場というものに出会った数十年前、こんな熱気の虜になった。
現実とフィクションが入り乱れ、個が強くありながらも集団でしか行けない場所へ。「劇団」というものの成せる熱狂が、劇場の外にも充満していた。

ネタバレBOX

物語は、南極の劇団/劇団員と、劇中の演劇とが重なり、さらにそこで上演される作品、そして作品のなかの登場人物の……とメタフィクションの構造になっています。その構造が仕組化されていくまでの前半は演劇としては冗長にも感じられましたが、よく練られていて楽しみました。
しっかりと組み立てられている一方で、後半、勢いと情緒的なカタルシスで押し進められるように感じられるきらいもありました。俳優個々のパワーが強いからこそよけいに、粗くともその荒波に飲み込まれていく……この力技が爆発力を持たらしてもいるのですが、もうすこし「その展開なぜ?」という部分を緻密に組みたてていられれば、安心してのめりこめるだけでなく、観劇の興奮についての曖昧さが減りより深く確実に刻まれる体験となったように思います。けれども、少なからず客席からも舞台上にむけて熱風が送られており、ともにこの公演をさらなる高みへと昇らせていました。その劇団としての総合力はなにものにも代えられません。
その熱気は上演だけにとどまらず、公演最終日にかけては、当日券を求める人たちが集まっていたようです。客席には観劇がほぼ初めてだろう人も見受けられ、「期待感」という空気もまた熱気となっているように感じました。

俳優の名前と役名が重なるなどの構成もあり、作品単体を観るというよりも、劇団「南極」の第7回本公演として観ることでまた違った魅力を感じる公演だとも思います。同時代を生き、リアルタイムの生身に触れ、ともに日々を進んでいく。そんな劇団公演の魅力が詰まった舞台です。
ワオ/端栞里が演劇に出会ったように、南極の劇団員がここに集っているように。それが思わぬ出会いだったにも関わらず、鮮明に記憶され、気づけば人生を変えてしまうことがある。そんなことを思い出し、端栞里(※役名)の語りに導かれ自分の人生を旅する瞬間もありました。メタフィクションの構造にすることによって、役に共鳴するだけでなく、役者や劇団に共鳴した人もいたかもしれない。作品だけでなく、劇団として観客に突進してくるような今作には「よし、南極という船に乗ろう」と思わせる力強さがあります。

作品からすこし話がそれますが、ときに劇団公演には、作品における俳優のポジションやキャラクターが固定化していくことによる楽しみがあります。今後、ポジションやキャラクターを強化していくのか、それとも変化させていくのかで、楽しみ方が多少なり変わるかもしれません。南極がどういう選択をし、どこへ向かうのか。それすらも共に時間を過ごし楽しみを味える、今の小劇場における海賊船のような存在の行く末にわくわくします。
零れ落ちて、朝

零れ落ちて、朝

世界劇団

JMSアステールプラザ 多目的スタジオ(広島県)

2025/03/22 (土) ~ 2025/03/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

観劇にいざなう説明文では「シロかクロか、そのどちらか」と問われている。モチーフのひとつであるグリム童話『青髭』と、医師の戦争犯罪が重なっていく。

ネタバレBOX

童話と同じく、青山という男(本田椋)のもとに娘(小林冴季子)が嫁いだばかりの頃から始まります。娘は、舞台中央にある扉だけは開けてはならぬと言われており、それ以外の屋敷をすべて美しく掃除しなければいけません。娘は屋敷を美しく磨き白く保とうとしますが、結局、その黒い扉を覗いてしまいます。
白い屋敷のなかにある、黒い扉。その扉の向こうでおこなわれている行為はいわばクロ。加害行為を知ってしまった時、そこに立ち向かわなければその人はクロでしょうか、シロでしょうか。「白くありたい」と言う娘ですが、扉の奥の秘密を知る前から黒い衣装をまとっている彼女はを見ると、娘の背負う「クロ」とはなんだろうかと考えてしまいます。
嫁いだ娘が家じゅうを掃除する行為は、家父長制の象徴のようでもありました。それは、国に従い戦争行為に望まざるとも加担してしまった市民、という構図にも重なります。

寓話と史実を、小林冴季子のやわらかだけれどハリのある身体性と、シェイクスピア『マクベス』の三人の魔女のような近所の市民たちが繋いでいきます。本田椋は加害者の内面の矛盾や苦悩を体現し、バネのような身体がこわばり今にもはじけ飛びそうに見えることも。

本作冒頭では、娘が観客を作品世界へ誘います。そのため、さまざまな加害とその罪が描かれ、クロとシロが入り乱れるなかで、「加害を目撃する」あるいは「はからずも加害の共犯になる」という娘の立場についてをもうすこし深く覗いてみたくもありました。たとえば客席でなんらかの物語を「目撃している」ということに作用があれば、加害についての多重的な構造を体感としてより実感できたかもしれません。
しかし客席との接続という意味でいえば、中央の台が八百屋になっていること、それを伝う水などは効果的であったと思います。今回、わたしは3都市ツアーのうち、広島のJMSアステールプラザで観劇しました。会場によって美術も違うとのことで、それぞれどのような影響をもたらしているのか気になります。

第二次世界大戦の終結から80年。日本あるいは日本人が行った(被害をともなう)加害は、今の私たちの世界とどう接続しており、どんな未来へと繋がっていくのか。劇中には「人を殺して許されるはずはない」という台詞が出てきますが、その価値観はいつ誰のどんな背景によって信じられ、疑われうるものなのか。現代に上演するからこそ、演劇をとおしての過去との接続が未来に繋がっていくといいな……そう願ったのは、広島で観劇したからかもしれません。劇場からほんの数分歩き、原爆ドームをふくむ平和記念公園がいやおうなしに目に入る頃にはあらためて、加害と被害は地続きで、傍観と加担もまた切り離せないことを考えました。

初めての場所での観劇。施設入り口から会場にたどりつくまでに迷ってしまったので、開催室名や階数、矢印、誘導などの案内があるとありがたいです。
新天地へ

新天地へ

兵庫県立ピッコロ劇団

ピッコロシアター (兵庫県)

2025/05/31 (土) ~ 2025/06/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

近大の芸専で一度拝見している題目
流石プロ 格差を感じました
タイタニックを絡めた、アメリカンドリーム物語
夢は追い続けないといけないのだろうか…
楽しめました

ずれる

ずれる

イキウメ

シアタートラム(東京都)

2025/05/11 (日) ~ 2025/06/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

序盤に観て、もう一度観られたらなーと機会を窺っていたがマァ叶わず、記憶を手繰りつつ感想を。「外の道」以降のイキウメが、深い思索へ誘いながらも「謎解き」を頂点に据える娯楽作を封印し(演劇である以上娯楽には違いないが)、抜き差しならない現実に拮抗し得る「演劇」を具現する力に驚嘆しきりであった。という前段から「奇ッ怪」にて(題材の縛りからの必然としても)謎解きの快楽復活を見、さて今作はどう来るのか楽しみに会場へいそいそと向かった。
大いに納得させられる舞台。詳細はまたいずれ。

メイクコンタクト

メイクコンタクト

劇団ZERO-ICH

雑遊(東京都)

2025/06/04 (水) ~ 2025/06/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

始まり方がおもしろく、とてもひきつけられます。

ネタバレBOX

話が予想もしない展開、セリフが続々とあり、バラエティに富んでいて、楽しくなりました。個性豊かな登場人物の、熱のこもったセリフ、熱演によって、ボルテージの高い舞台に感じました。
楽屋〜流れ去るものはやがて懐かしき〜

楽屋〜流れ去るものはやがて懐かしき〜

しがない会社員は週末だけヒロインを夢見る

カフェムリウイ「屋上劇場」(東京都)

2025/05/16 (金) ~ 2025/05/18 (日)公演終了

実演鑑賞

劇団Q+所属の女優・美雪による自主公演の旗揚げは 清水邦夫の「楽屋」。 70分ほど。5月18日までカフェムリウイ屋上劇場。

https://kawahira.cocolog-nifty.com/fringe/2025/06/post-bb3c55.html

優しい劇団の大恋愛Volume九劇『暗黒提灯物語〜娯楽町のさびしいお祭り〜』

優しい劇団の大恋愛Volume九劇『暗黒提灯物語〜娯楽町のさびしいお祭り〜』

優しい劇団

浅草九劇(東京都)

2025/06/04 (水) ~ 2025/06/04 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

(笑えた度)3(今感)3(完成度)5

始まる前からただならぬ気配を感じていた。

なにい、平日マチソワ2ステのみだとおおお、こんなのプラチナ以外の何ものでもない、おっと案の定予約できない、えええー、予約再開するだとおおおお。
お代は観てのお帰り。往年の川村毅や河原総代のような凄腕の興行師みを感じる。少し気温があがっていて、フラフラしながら浅草に向かった。吸い寄せられている。あぶないあぶない。

ネタバレBOX

先人は言った。
「僕の前に道はない、僕の後ろに道は出来る」
(高村光太郎「道程」)
 
最新の科学では、こうなるらしい。
「私が観る前に芝居はない。観る時、そこに芝居ができる」。
眉唾だ。
しかし、ちょっと信じてしまいたい時もある。
そんなことを感じさせる芝居。 
魅惑的な言説で騙すなら、とことん嘘をつき通してほしい。
私のためだけに演じてくれていると信じたい。
愛すべき虚構の、目眩く世界。

寺山、唐、蜷川からの小劇場50余年の歴史を彷彿とさせるシーンが、仮設や手持ちのライトに照らされて、走馬灯のように展開していく。お迎えが来たのかと、錯覚するような出来栄えだ。あぶないあぶないあぶない。

AI曰く、
「エントロピーは観測によって決定的に減少する場合があります。これは、観測対象が特定の状態に収束するためです。観測によってエントロピーが減少する場合、観測者側の系でエントロピーが増大する可能性があります。」
観測を観劇に変えて読むと味わい深い。構築された芝居を見ると、観るほうがとっ散らかっていくというのだ。どうりで心がかき乱され、脳が破壊された訳だ。  

...................................

シンプルに万感を込めて「面白かったです。」でいいのではないかとも思ったが、同じプラットフォーム内で、よそ様の芸風を丸パクリするのも気がひける。だが、改めて今回の作文を読み返すと、衝撃のあまり、結局「面白かった」ということしか言えていない。うーん。

面白かったです。
『流浪樹~The Wanderer Tree~』

『流浪樹~The Wanderer Tree~』

ゴツプロ!

本多劇場(東京都)

2025/06/02 (月) ~ 2025/06/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

1941年から5年間ほどの食堂が舞台。分かりやすい、観るべき作品。歴史の波に飲まれた人々がここにもいた。日本の勝利を信じて兵役志願で来日した台湾の若者。戦時下の状況を信念をもって伝えようとした記者。皆さんとても説得力のある役作りで素晴らしく、涙が幾度もこぼれ落ちた。前半の丁寧な描かれ方からラストに向けて個人レベルではどうにもならない悲しみ怒りの爆発の場面が堪らなかった。

尾﨑優人一人芝居 北極星のがなりマイク

尾﨑優人一人芝居 北極星のがなりマイク

優しい劇団

浅草九劇(東京都)

2025/06/03 (火) ~ 2025/06/03 (火)公演終了

実演鑑賞

この劇団の公演は、昨年10月に「歌っておくれよ、マウンテン」を観ており、熱く勢いのある といった印象を持っていた。今回は主宰 尾﨑優人 氏の一人芝居で、登場人物54人を演じ分ける。仕草や声色で違いを表しているが、主要な人物は特定できるため 違和感はない。舞台セットはパイプ椅子1つ、そして演じるだけではなく、照明や音響などの装置の操作まで自分で行う。

今回 観劇しようとしたのは、他の人も「観たい!」に書いているが、「吉田小夏さんが『観たい!』に投稿している」ことが決め手。物語は 説明にある通りだが、劇中というか休憩時に 三場面で構成されている旨説明する。その場面毎の内容も 纏まっており分かり易く、例えば 三話を三色団子の串刺しのように捉えれば 全体が理解し易い。

演劇愛に満ち溢れた台詞が印象的…演劇には可能性がある、出来ないということはない。舞台という創造の世界、それを観客の想像する という無限に訴えかける。限りなく広がる空想の世界が演劇、そんなことを熱く語る。 劇団の特徴であろうか、台詞を”大声で熱く語る”のだ。
(上演時間1時間35分 休憩?場と場の間に2回 1回3分程度)

ネタバレBOX

前説が 既に一人芝居のようで、開場時から上演直前まで喋り続け、そのまま本編へ。舞台と客席を一体化し、大いに盛り上げ楽しませようとする。

数千年後の未来。地球から遠く離れた人工惑星〈スペース第七ナゴヤ〉、そこにあったのは「ばみり」。悠久の時を超え、「ばみり」は小さいながら存在感を示す。まさに舞台(演出)の質を左右し、語源は「場(を)見る」と言われているほど重要なもの。

壮大な物語の中に小さな「ばみり」、しかし それがなければ舞台の質は保てない といった比喩であろうか。ちなみに本公演、照明の位置に「ばみり」はあったが、他にあったのだろうか?
次回公演も楽しみにしております。
『流浪樹~The Wanderer Tree~』

『流浪樹~The Wanderer Tree~』

ゴツプロ!

本多劇場(東京都)

2025/06/02 (月) ~ 2025/06/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
戦中戦後の様子を、市井の人々の暮らしを通して描いた骨太作品。国家(戦局)と報道、その時代における真実とは を鋭く問う。謳い文句「日本人と台湾人が共に歩んだ記憶を、未来への一歩に。」にあるように、日本人と同じように戦場に行こうとする台湾人(青年)と日本人の意識、大きな歴史の渦、同調圧力とも言える風潮をしっかり描く。戦時中であろうが 戦後の混乱期であろうが、それでも 力強く生きて行こうとする姿が…。ラスト、台湾人の青年 明(アキラ)の「行ってきます」、それに対し姉 淑華(キヨカ)の「お帰りなさい」は、まるで”流浪の樹”。

物語は、1941年から1946年夏 東京郊外にある食堂「華珍食堂」が舞台。その食堂は琉球出身の夫と台湾人の妻が経営しており、近くに戦闘機部品を製造する工場がある。戦時中の考え方や生き方、それが敗戦とともに がらりと変わる、いや 変えざるを得ない 。その時、台湾人の青年の居場所は、そして自分は何者なのかアイデンティティを突き付けられる。それは 日本人も同じで、心の葛藤と慟哭が観客の心を揺さぶる。

舞台美術は食堂内を作り込み、路地裏といった場所での取引。派手な音響(空襲時は別にして)や音楽はないが、実に細やかな情景を描く。例えば、空襲時に逃げ込んだ防空壕の中で赤ん坊の泣き声が、か細く聞こえる。もう居た堪れない気持になる。勿論、役者陣の迫力と緊迫した演技から目が離せない。見応え十分。
(上演時間1時間50分 休憩なし) 追記予定

『流浪樹~The Wanderer Tree~』

『流浪樹~The Wanderer Tree~』

ゴツプロ!

本多劇場(東京都)

2025/06/02 (月) ~ 2025/06/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/06/04 (水) 14:00

戦争時の台湾と日本の歴史の一部がわかり、良かったです!

秘密

秘密

劇団普通

三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)

2025/05/30 (金) ~ 2025/06/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「感染症下で暴かれたこと」

 2020年公演が中止となりようやく2022年に初演された作品の再演である。ポストコロナの時代に感染症について描かれた作品を観られたことに深い感興を覚えた。

ネタバレBOX

 ある地方に暮らす老父(用松亮)の世話をみるべく娘の由紀(安川まり)が帰省している。体調不良で母親(坂倉なつこ)が入院してしまったのだ。幸いにも昨今流行している感染症に罹患したわけではないようだが、妻がいなければロクに身の回りのことができず、いつも言葉少なな父親を由紀は気が気でない。兄の哲也(泉拓磨)と義姉の亜希(川口雅子)夫妻、従兄弟の日出夫(吉田庸)、美佐子(青柳美希)夫妻が時折見舞いに訪れるものの、庭木の世話から日頃の家事まですべて由紀任せになっている。ようやく退院した母だったがすぐに元通りとはいかず、滞在が二ヶ月近くに及ぶ由紀の不満が一気に爆発する事件が起きてしまうのだった。

 数年前まで多くの人々が直面していた感染症の流行による介護問題を描いた本作は、日常生活を淡々と丁寧に描くことでそれぞれの家庭に隠された「秘密」をあざやかに解体していく。兄夫婦や従兄弟夫婦は気遣ってはいるものの、それぞれに子どもや親の世話を負っているため誰も由紀の代わりにはなれない。老いて病み上がりの両親もまた娘なしには食事を作ることすらできず、介護サービスを受けようともしない。言葉少なな対話のなかに隠れた本心が台詞以上に雄弁で何度も見入った。父親役の用松亮の挙動に会場は特に沸いていた。さすがに似たような場面や台詞が多いため退屈するくだりもなくはなかったが、豊かな時間を過ごすことができた。
リア

リア

劇団うつり座

上野ストアハウス(東京都)

2025/05/28 (水) ~ 2025/06/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/05/31 (土) 17:00

 岸田理生作『リア』を観た。これはW.シェイクスピアの戯曲『リア王』を基にしながら女性の視点から捉え直した作品といったようなことがCoRichのあらすじに書かれており、一体どうやってW.シェイクスピアの『リア王』を題材にしながら、それを換骨奪胎してどんな劇が私の眼前に立ち現れてくるのだろうと、期待と不安が入り混じった感じで観に行った。

 実際に観てみると、岸田理生版では、劇中前提条件となる老王リアが幽玄の時間から歩み出てきて琵琶法師に、自分が何者であったかを聞くといったところ、老王リアには、3人姉妹でなく、2人の姉妹がいることになっていること、登場人物たちが明確な名前を持たず、現代演劇でありがちな具体性を持たない名前になっているところも含めて、物語の根幹にある部分が大きく改変されていて、それでいて観ている観客側に違和感を感じさせず、父であるリアと娘の長女との対立や葛藤に焦点を合わせて丁寧に描いていて、今においても色褪せない、謂わば家族の葛藤や対立と言ったテーマは時代を越えて、国や民族を越えて、永遠に考えさせられるものだと感じた。

 大抵の場合、最初父の老王リアが王位を退くに当たって、3人の娘の内で孝行な者に領地を与えるとの約束に、領地欲しさから父王に聞こえの良い、都合の良いことを言って父王に気に入られ、領地を与えられる。それに対して、素直な物言いをした三女は、父王に怒りのあまり追放されるといった展開になり、その後話が進行するに従って、上の娘たちが如何に薄情で、裏切り者で、嫉妬深く、謀略に長けてるかが分かる展開となり、上の娘たちが嫌な徹底した悪女として描かれがちだ。
 しかし今回の岸田理生版『リア』では、リアが王位を退くと、長女は今までの態度を急に手のひらを返したかのごとくに硬化させ、自分の時代が来たとばかりに、今まで父親に縛られ自由に身動き出来ず、封建的、閉鎖的社会に外においても家においてもがんじがらめになっていたところからようやく開放されたという感じから、父王が座っていた玉座に座り、若いうちにという感じで、闘剣で家来の男たちを戦わせて、勝った物には褒美として装飾がされた美しい剣や黄金を与えるのではなく、王宮に仕える高貴な女性や自分との性的な関係を結ぶことを褒美の代わりとするような放埒振り、さらにリア王を可愛そうな老人と吐き捨てるように言うようになる上、リア王の忠義者の老人を自分の家来に指示して両眼を潰させたり、リア王の象徴だった王冠を奪って長女が被り、元王の老人には木の枝で結わえた粗末な王冠被せ、王宮から追放した上、時々娘の顔見たさに帰ってくることも許さず、道化たちを伴って荒野を着の身着のままで彷徨わせる。さらにお金に困っても支援せず、親子の縁はこれで切れたとばかりに絶縁を宣言する。さらに心優しいが口数少なくほとんど喋らない次女も、時々元リア王だった身寄りのない老人を不憫に思って自分の家に招いたことを快く思ない長女は、いくら自分の妹とはいえ、このまま生かしておいたら、元父王リア、また私のことを快く思わない諸外国の王たちといつか結託して反乱を起こして、成功させるんじゃないかと言うような疑惑から妹の次女を、自分の忠実な家来に宮殿の中で首を絞めて殺させる。しかしそれでも飽き足りない長女は、自分の忠実な家来で、自分と性的な関係にある男を、実は密かに反乱を企ててるのではないかと疑い、寝室で情事に耽る最中、短刀で突いて殺すと言ったように、元になったW.シェイクスピアの『リア王』よりも一見救いがなく、W.シェイクスピアの『マクベス』よりも凶悪で冷徹で、残忍で非道、手段を選ばず、共感、同情の余地さえ見受けられないここまでのピカレスクぶりは、むしろ天晴と言っても良い。
 しかし当然のことながら、長女もやはり人間なのか。劇の終盤が近づくにつれ、今まで殺したり追放し、自分の周りにはイエスマンしかいなくなったが、元リア王の気狂いになった哀れで薄汚くてかつての威厳や栄光はどこへやらの弱々しい老人を自分の手で殺し、これで封建制や閉鎖的社会、父権的といったものに全て勝ち得て、全ての事柄から開放され、これからは父の幻影を見る必要もなく、今まで以上に自由に生きることができ、自身が完全に自立できたと確信するが、父を殺した後、寧ろ父や家来を殺した幻に悩まされ、今までよりももっと不安と恐怖に怯え、誰も信用出来なくなって塞ぎ込み、不眠に悩まされ、身体を壊し、徐々に精神も壊れて、気が狂っていき、気付くと長女自身も幽霊になって彷徨っているという、何処か因果応報的だが、この岸田理生版『リア』がせめてもの救いがあるとするなら、長女が死してようやっと自分が殺したリアに許されるといった展開が用意されてるところぐらいか。

 元々、シェイクスピア悲喜劇の中でも『リア王』は、コミカルだったり笑いやユーモアが極端に少なく、登場人物たち誰一人として幸せになれない、救いようがない作品だったが、岸田理生版『リア』はよりコミカルだったり、笑いやユーモアと言ったものが殆んど無く、独白も多くて、実験演劇的で、深刻で残虐で緊迫して、何処か生々しさが目立つ場面が多かったが、それこそが今を生きる私たちの現実でもあり、なかなか変わらない世の中、生き辛い世の中、未だに多様性とは言い切れないこの日本、ジェンダー問題一つとっても、女性の首相どころか、会社の部長かそれ以上のクラスで女性が殆どそういった責任ある役職に付いておらず、そもそも未だに男性と女性とで給料に格差が生じたりと言ったこともこの日本では全然解決されていない。そんな時代だからこそ、岸田理生版『リア』の長女のような、男社会の中で野心と野望で持って手段を選ばず成り上がり、しかし忠実な家来や実の妹を殺し、父を殺したことから、長女自身鋼のメンタルとは言えず、気が狂い亡くなって幽霊となるまでの過程が、ただの大悪人や、闇を抱えた異常な人物として描くのでは無く、傍から見たらそういうふうに見えつつも、その実どこか人間味が完全には消えない生身の等身大の人間、思い悩み、葛藤する複雑な感じに描いているところが、非現実的なまでに誇張して描き過ぎるよりも、リアル味があって共感できた。
 長女は、ついつい弱音を吐きそうになる自分を、自分自身で牽制し、父権的、封建制、閉鎖的なるものと孤軍奮闘し続ける姿勢が、今を生きる人たちにとって多少の励みとなるのかもしれないと感じた。

メイクコンタクト

メイクコンタクト

劇団ZERO-ICH

雑遊(東京都)

2025/06/04 (水) ~ 2025/06/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/06/04 (水) 14:00

明るく、前向きで楽しい舞台でした!

登場人物一人ひとりのキャラがきわだっていて皆さん愛らしいキャラでしたね。

ドタバタファンタジーな内容なのにホロリとする部分もあり前向きになり元気もらいました!

ネタバレBOX

劇中、いちいち(褒めています!)ミュージカル調になるのがうざ面白くて笑いました!

フリーターのかた役の歌声も素敵でした!

「地球人のかた、無料のお時間は終わりになります」のような台詞がありましたが、この続き気になります~!

続編も観たいです。

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