優華の観てきた!クチコミ一覧

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時計じかけのオレンジ

時計じかけのオレンジ

ホリプロ

赤坂ACTシアター(東京都)

2011/01/02 (日) ~ 2011/01/30 (日)公演終了

満足度★★★

俳優ショー
心に響く新しいテーマ性は感じられなかったが、映画ファン、俳優ファン、演劇初心者などがそれなりに楽しめるソツのないショーだった。俳優ファンなら充分に楽しめるはず。
生演奏ならではのアレンジ、LED大画面を使った演出などがかっこいい。ミュージカルにしたところや、レトロな振り付けもよかった。
ラストはごまかされたような気がするので、欲を言えば河原氏独自の解釈をもう少し押し出してもよかったのでは。

シダの群れ

シダの群れ

Bunkamura

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2010/09/05 (日) ~ 2010/09/29 (水)公演終了

満足度★★

眠たくなった
異色のヤクザもの・豪華キャストということで、期待感が高かったせいか、あまりに心を捕らえるものがないので、いっそ不思議だった。風間杜夫を筆頭に皆いい演技をしていると思うのだが、なぜか心に響かなかった。残念だった。

黴菌(ばいきん)

黴菌(ばいきん)

Bunkamura

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2010/12/04 (土) ~ 2010/12/26 (日)公演終了

満足度★★★★

実はちょっとイイ話だった所に注目
チラシを見ると、怪しげな洋館に女中から奥様までバッタバッタと折り重なって死んでいる。しかも頃はは戦時中。これは生物兵器に感染したグロテスクな家族の肖像なのか…と見せかけておいて、実は苦しい時代を経て再生する人間のちょっとイイ美談だったのでびっくり。

ネタバレBOX

終戦直前の疲弊した社会の底に沈殿する裕福そうな大家族。改築・建て増しを重ね迷路のようになった古い洋館が、曰くありげな人々を呑み込むように立っている。主は病で死を待つのみ、その若い妾とその兄、人体実験を繰り返す脳病院院長の長男夫婦、思春期の息子、要人の替え玉をしている売れない作家の次男、男娼の遊び人である4男、なぜか三男はいない。とぼけた女中に、脱走兵とその妻、精神病患者とその友人……おかしな人々が胡散臭く次から次へと登場する。
何となく重々しい胡乱でミステリアスな空気に、これは最後は皆殺しだな…と思うのですが、ぜんぜんそうじゃなかった。
大事件が起こるわけでもない。重苦しい戦争が無理に割り込んでくるわけでもない。淡々と個々の抱える問題が次々に提示されるだけなのだが、どういうわけか大変におもしろい。引き込まれる。
癖のある登場人物1人1人が、とても身近で愛すべき人物に見えてくる。
まず会話がおしゃれ。一歩引いたようなユーモアにあふれ、笑わせるし、ドキッとさせるし考えさせられる。
どの人物にもマトモでないところとマトモなところがとてもいいバランスで提示され、彼らが作る人間関係に目が離せない。
一見まともに見えてまともでない。まともに見えないのに、実はまとも。そんな可笑しさが至る所にちりばめられている。
五斜池一家の抱える問題は、実はとても普遍的で平凡で時代に関わらず身近なことだ。家族、あるいは夫婦、あるいは友人…人と人が繋がっているからこそ起こる悲劇、喜劇が胸に迫る。
三男の事故死をきっかけにそれぞれが背負ったトラウマが、ラストに緩やかにほどけていくところは感動的だった。
要するに「黴菌」はちょっとイイホームドラマなのであるが、それをグロテスクミステリの枠にとてもユニークにはめこんで存分に観客に魅せてくれた。
気の効いた会話とキャラクターの生き生きとした魅力が、よくあるホンワカホームドラマとは一線を画した面白い演劇だった。
また、戦争というテーマを軽くエッセンス的に使っているのがいい。反戦精神などをちっとも盛り込もうとしていない所が、逆に戦争が落とした影の大きさを感じさせ、作品の強いアクセントとなって心に残った。
また、閉塞した密室群像の中で、空気の読めない太った女中や渋澤兄妹の憎めない自由さが印象的だった。
平凡なテーマの中にこそ光る、おもしろい脚本、おもしろい演出というものを存分に見せてもらった。
ヴェニスの商人

ヴェニスの商人

劇団AUN

恵比寿・エコー劇場(東京都)

2011/04/06 (水) ~ 2011/04/13 (水)公演終了

満足度★★★★★

シェイクスピア好きなら見ておくべき
これだけハイレベルなシェイクスピア演劇が、小さい劇場でたっぷり観賞できたことに感謝したい。

ネタバレBOX

スタイリッシュなセットがやや意外。ヴェニスらしさを感じさせるものは少ないが、十分にその世界観を堪能し得る、黒白のコントラストの美しいセットだった。
衣装もまた、キリスト教徒=白、ユダヤ教徒=黒で統一され、白黒、善悪が時に反転していく様が、視覚にも感覚にも心地よい。また、シャイロックの上に降り続ける雨も意味深だった。
冒頭、アントーニオの歌から始まることに驚かされた。親友(愛人?)バサーニオを思うこの歌は、金持ちの女相続人ポーシャの箱選びの時にも歌われ、バサーニオが真実の価値を見出す時の手助けにもなる仕組みだ。このくだりは実によく練られた素晴らしい演出だった。
軽快で明るく楽しいキリスト教徒たちのスラップスティックの裏に、シャイロックの内包するユダヤ人差別の実態がしっかりとした重低音を奏で、観客の心を不安にさせる。
今ここで行われていることは、本当に正義なのか。この幸せの裏に、犠牲になっているものは何なのか。正義とはなにか。真実とは何か。そう問いたださずにはいられない重厚な作品に仕上がっていた。
吉田鋼太郎のシャイロックは実に心を打つ。「ユダヤ人には目がないか、手がないか…」の台詞は素晴らしかった。裁判のシーンも圧巻。一瞬にして歓喜から地獄へと突き落とされるシャイロックの表情の変化、怒り、絶望、放心…細かい演技に釘づけになる。
あまりに重い、その壮絶なシャイロックの戦いと末路の後は、指輪にまつわる楽しいやりとりで観客の心を落ち着かせてくれた。
物事や人間のいい面と悪い面、両方を公正に書き記すシャイクスピアのおもしろさを感じる。
軽薄な遊び人としてのバッサーニオの造詣、それを母のように愛する、一人だけ結婚しない人物アントーニオ、父親の支配から逃れたいポーシャとジェシカ。彼らの描写も陰影が深く、座長に負けないオーラを放っていたと思う。アントーニオとポーシャの、最初から勝敗の決まっている勝負も見どころだ。
客演の横田栄治のグランシアーノーも、陽気な明るさで暗くなりがちな空気を笑いに転じていた。
ラスト、改宗させられたことを示す真っ白な衣装に身を包んだシャイロックと、一人ポツンと立ち尽くすアントーニオが一瞬目を合わせ、暗転。何も得られないどころか大きなマイナスを背負った二人の、みじめでやるせない姿が実に印象深い。
喜劇と悲劇のバランスがいいと同時に、アントーニオ、ポーシャ、シャイロックのバランスのよさにも注目したい、秀逸な作品であった。
タンゴ-TANGO-

タンゴ-TANGO-

Bunkamura

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2010/11/05 (金) ~ 2010/11/24 (水)公演終了

満足度★★★★★

「タンゴ」感想
以下にネタバレの感想を書かせて頂きました。
役者さんたちが全員恐ろしく達者で、とてもおもしろかったです。

ネタバレBOX

 「家族」を国家に見立てて、一見喜劇風に見せつつも、非常に社会的かつ批判的な闘争劇のように見えました。ラストは、疲弊しきった自由社会や、その後のアナーキズムは、理想主義や形式主義を押しのけファシズムに傾倒していく…という冷たくも激しい批判的精神に満ちた終わり方でした。
 前半は、反抗期の独りよがりで夢見がちな息子を中心にした、滑稽で切ない家族の物語として入り込めました。少し退屈になりそうな論理合戦や、棺桶台に寝かされる祖母のシュールなシーンなども、登場人物達のエネルギッシュな喜劇性により、楽しく見ることが出来ました。
「老いている」。…この家族(社会)は全体的に「老いている」「古くなっている」「静かに腐っている」…そう思わせる描写が秀逸で、しかし、それが不快には見えません。高度成長期を終え、さまざまなことが停滞している現代日本に少し通じるところもあるかもしれません。
アルトゥルの家庭は、確かに旧時代の残骸かもしれませんが、何故かとても魅力的でした。魅力的すぎたといっていい。後半に、もっと畳みかけるようにこの演劇の批判的精神を盛り込むには、堕落しきった家庭をもっと陰鬱に見せた方がよかったかもしれません。でもそうすると1時間40分は退屈すぎるかも。
この悲しい演劇を喜劇に見せたいという長塚演出の心意気はよいと思いました。喜劇とシリアスのバランスは、結構うまく取れていたのではないでしょうか。
特に吉田鋼太郎氏の身体を張った演技は素晴らしく、滑稽で愛おしい感じがします。タンゴという踊りが発生当時は「いかがわしく官能的なもの」と見られがちだったこと、それ故に自由の象徴として大流行したとの話をパンフで読みますと、ストーミルが為した過去の栄光を象徴・体現するようでよかったと思います。
 また森山氏演じるアルトゥルの膨大なセリフも、青年特有の甘酸っぱい主張として強く胸に響きました。
 後半はガラリと色を変えます。途端に「家族」の色がそげ落ち、前半にあった生き生きとした個々の魅力がなくなり、家族の一人ひとりが何かの比喩としての人形(ひとがた)のように感じられます。
祖母は殺される前に窮屈な世の中から自ら去り、父は自分だけの世界に引きこもり、母は男たちに翻弄されつつも自分は自分の意志で行動していると信じている。美しき女は社会よりも愛されることのみを考え、祖母の弟は、いつしか主であったアルトゥルを超えて実質的な権力を加速させ、アルトゥルを絶望の淵へ落とす。
 観客は、従兄アラの無邪気さと率直さと美しさに大変癒されながらも、いつのまにか理想は武力によって倒され、人々はそれを止めようともしない…むしろ、率先してタンゴを踊り始める…という過程を見せつけられます。
 笑いながら見ていたら、いつのまにか一人ほの暗い場所に立っていた…そのような、少しホラーのような匂いも感じる素晴らしい演劇でした。
 ただ、今の日本ではファシズムの恐怖というものが戦争を体験したにもかかわらずいまいちなじみ薄く、大きな共感を寄せるというよりも、「外国らしい翻訳劇だな」という気持ちを拭いされなかった気がします。
長塚さん、もっともっと日本風にアレンジして尖ってもよかったのではないでしょうか。
 それから、評価の高い前衛的な舞台美術ですが、歌舞伎すぎて私はあまり斬新に感じられなかったことが残念でした。動きのある舞台美術は斬新かもしれませんが、閉そく感を出すためにもっとかっちりしたものの方がよかったのではないかと思いました。
長塚さんが演出家を超えた舞台装置の一つとなって名演されていましたが、観客は彼の存在は何かと過剰に考えしまう。するとかえって主題がぼやけてしまったような気がします。

 しかしながら、とても面白く幾通りの解釈もでき、社会劇にも風刺劇にも見えるし、ホームコメディとして軽く見ることだってできる。素晴らしい可能性を秘めた新しい演劇の試みだと感嘆致しました。
見てよかったです。

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