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2019年度 1-9位と総評
治天ノ君

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治天ノ君

劇団チョコレートケーキ

大正天皇を扱った作品だが、東京ではこれが再々演。初演・再演ともに観ているが、やはり素晴らしい作品。3ステージ観劇。
2時間20分という長尺が少しも気にならない重厚かつ濃密な空気感で覆い尽くされた舞台に目が離せない。
必見の舞台作品だと言うに憚らない。
大正天皇というと一般には、帝国議会の開院式で詔勅を読んだ後にその勅書をくるくると丸め、望遠鏡のようにして議員席を見渡したといういわゆる「遠眼鏡事件」だけが多く流布し、脳病を患った暗愚な天皇として知られるが、わずか15年という治世は国内外が激動した時代である一方で大正浪漫が華開き、英明な賢君だったという説もある。
物語は貞明皇后節子(松本紀保)の語りによって、彼女の眼を通して展開していく。
大正天皇嘉仁は皇太子の時に教育係に任ぜられた有栖川宮威仁親王を兄とも慕い、節子とは仲のよい夫婦になろうと努めながら、国民に畏れられるのではなく、西洋の王室のように親しみをもたれる天皇になろうと努める。が、それは民がひれ伏す威厳、帝王の威光を重要視する明治天皇の方針とは相容れないものだった。そして第一次世界大戦で衰退していく大国の皇帝たちを見て、日本に明治の栄光を取り戻さんとする皇太子裕仁(昭和天皇)や宮内大臣牧野伸顕にとっても…。
やがて元来病弱であった嘉仁は髄膜炎を発症しながらも、天皇としての勤めを果たそうと必死に頑張るが裕仁を摂政にたてて嘉仁を実質上引退させようという策謀が凝らされていく。
時間軸を前後させながら、皇后節子の愛と敬意に溢れた眼で大正天皇とその時代を描いていく構成が見事だ。明治・大正・昭和という3代の天皇の時代と心の在り様が浮かび上がってくる。
「軍艦マーチ」や「君が代」といい、実に効果的にこれ以上ない場所で巧みに用いられている。
この舞台を観た人でこの「軍艦マーチ」に涙し、「君が代」に(個人の思想は別として)厳粛さを感じなかった人はいなかったのではないか。
どの役者もこの人以外考えられないと思える演技を示す。西尾友樹は「熱狂」でのヒトラーといい、この作品の大正天皇といい、まるでその人物に憑依されたかのようだ。明治天皇役の谷仲恵輔もほとんど表情を変えない冷徹さの中に、終盤ごくわずかに情愛を滲ませるのが見事だ。他の役者も全く隙を感じさせず、ために舞台の空気が一瞬として緩むことがない。そして特筆すべきは皇后節子を演じた松本紀保だ。一見穏やかな口調に愛情と威厳とを充分に感じさせ、その姿に“国母”という言葉と、現在の美智子上皇后のお姿が重なってきた。
因みに大正天皇のご逝去は12月25日。上皇陛下の誕生日と間に1日(クリスマスイブを)挟むだけである。
さて、古川健に望むのは、この作品で畏怖される帝を選んだ昭和天皇が、終戦後マッカーサーとの会見で「責任は全て自分にある。文武百官は私の任命するところだから、彼らには責任がない。私の一身はどうなろうとも構わない。どうか国民が生活に困らぬように、助けてほしい」と言って(天皇が命乞いに来たものと思い込んでいた)マッカーサーを感動させ、その後の全国巡幸で国民を力づけ、晩年は大多数の国民から親しみと敬愛とを一身に集めた存在に変わっていくその心情を描ききってほしいものだ。上皇陛下は、公務の軽減など望まず常に国民のことを念頭に置いたその父親のお姿をこそ理想とされていたし、今上陛下もそう務めようとされているのだから…。
ところで、昭和天皇が発した昭和21年元旦の詔書、いわゆる「人間宣言」であるが、どこにも「人間」という言葉はでてこない。問題の部分は「朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ」とあり、天皇と国民の間は(天皇が高天原に降り立った神の子孫であるという)神話と伝説によって生ずるものではなく、また「天皇を現人神とし」そうした結果もたらされる「日本国民が他の民族より優位であり、世界を支配する運命を担っている」という架空の観念に基づくものではない、ということを言っている。この詔書は天皇と国民の精神的な結びつきの再確認という意味合いが強い。これがどのように作られたのか、そしてそれによって天皇の心はどう変わったのか、興味深いものがある。

殺し屋ジョー

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殺し屋ジョー

劇団俳小

劇団俳小「殺し屋ジョー」の初日と2日目を観劇。初日は満席で、補助席設営のために10分遅れで前説が流れて開演。
劇団俳小は、昭和46(1971)年、早野寿郎・小沢昭一等が中心となって活動していた劇団俳優小劇場が解散を余儀なくされた為、演出家・早野寿郎を主宰者として、昭和49年1月に旗揚げされたもの。洋の東西、古典・新作などにとらわれず、幅広い演劇活動を続けている。

5人芝居ながらも上演時間は途中休憩10分を含めて2時間20分と長いが、終盤の緊迫感とその後の乱闘の迫力はまさに圧巻。
SEX、ドラッグ、バイオレンスとてんこ盛りの内容だが、終わり方がいい。冒頭のドティーの姿と重ね合わせると意味深いものが…。

荒井晃恵と山﨑薫が女優魂をみせる! 

ラブ・ネバー・ダイ

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ラブ・ネバー・ダイ

ホリプロ

大きな注目を集めている「オペラ座の怪人」続編の5年ぶりの再演であるが、私はこれが初見。
主要な役はそれぞれがダブルキャストの複雑な組み合わせの内、ファントムを市村正親、クリスティーヌを平原綾香、ラウル・シャニュイ子爵を小野田龍之介、メグ・ジリーを咲妃みゆ、マダム・ジリーを鳳蘭、グスタフを大前優樹というバージョンで鑑賞。 

この作品の世界初演は2010年のロンドンだが、日本を含めて現在では、演出と美術を一新したメルボルン版に基づいているという。作曲は「オペラ座の怪人」と同じくアンドリュー・ロイド=ウェバー。 

(以下、ネタバレBOXにて…)
パリ・オペラ座の失踪から10年。ジリー親子の助けを得てニューヨークに渡ったファントムは、コニー・アイランド一帯の経営者となり財をなしていた。クリスティーヌの幸せを願い一度は彼女の前から姿を消したファントムだったが、その想いが消えることはなく、自身が作った曲をもう一度彼女に歌ってほしいと苦悩していた。
一方、ラウルと結ばれたクリスティーヌは一児の母となり、高名なプリマドンナとして活躍していたが、ラウルが酒に溺れた末にギャンブルでつくった多額の借金が一家の幸せに影を落としていた。そんな折、クリスティーヌにニューヨークのオペラハウスへの出演依頼が舞い込む。借金返済のため仕事を引き受ける決意をしたラウルとクリスティーヌは息子グスタフを伴い渡米したが、彼らの前にファントムが現れる…。 

息をもつかせぬ展開と、音楽とダンスの圧巻のマッチング。これはもう今年のベスト10の上位にランクインさせねばならないだろう。

獣唄

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獣唄

劇団桟敷童子

桟敷童子20周年の最後を飾る舞台。この公演も4ステージ購入しており、本当は2日目にも観ているよていだったのだが、母(私の実母は私が18歳の時に身罷っているので、今回は亡父の再婚相手)が死亡したために葬儀のために長崎県佐世保市に帰省していたため、この日が最初の観劇となった。
チラシに“20年の集大成”と謳っているだけに圧巻の舞台。冒頭から紙吹雪が舞うが、まさかラストにああいう仕掛けがあるとは…。16年12月の「モグラ…月夜跡隠し伝…」のラストと似た感じではあるのだが、それをさらにスケールアップしている。
この作品で桟敷童子に初登場し、味のある演技を存分に観せていた村井國夫さんが心筋梗塞(幸い軽度だとのこと)のためこの日の舞台を最後に降板された。
急遽3日間休演して、後は原口健太郎さんを代役に公演を継続したが、思えば村井さんのラストの回と原口さんの最初の回を購入していたのも何かの縁か…。

拝啓、衆議院議長様

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拝啓、衆議院議長様

Pカンパニー

3年前の夏に神奈川県相模原市で起こった障害者施設殺傷事件をモチーフに古川健が書下ろし、小笠原響が演出した作品。死者19人、重軽傷者27人という多数の犠牲者を生み、日本中を震撼させた事件だが、裁判が進行中でもあり、取り扱うには躊躇いが先行する題材であろうが、弁護すべきかどうか悩む弁護士の立場からこの犯人の特殊な心を描き出し、見事な作品に仕上がっていた。

犯人が十字架にかけられたキリストのようになってスポットライトを浴びるラストは深く印象に刻まれた。

KUNIO15「グリークス」

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KUNIO15「グリークス」

KUNIO

10本のギリシア悲劇をひとつの長大な物語に再構成した作品であるが、当然ながら上演時間も長くなるため、全編通しの公演はわが国では過去3回しか行なわれていないという。
日本初演は1990年の文学座でのアトリエ公演だったというが、演出を吉川徹・鵜山仁・高瀬久男の3人で分担していた。次が蜷川幸雄によるもので、私はこの公演をNHKで(たしか教育テレビだったと思うが)観たが、上演時間9時間を一挙放送したNHKも英断だったなぁ。 

今公演は上演時間10時間と謳ってあるが、第一部・第二部・第三部それぞれに10分間の休憩が2回あり、午前11時半に始まり21時40分に終わる通し上演では、第一部と第二部の間の客の入替に30分、第二部と第三部の間は1時間となっているから、実質的な上演時間は7時間40分となる。
客席の椅子にはクッションが置かれており、また休憩時間にはロビーに無料の給湯器と紅茶が用意されるなど、長時間の観劇による疲れを癒す気配りがなされている。 

ギリシャ軍の総大将アガメムノンがトロイア戦争を開始する時点から、その息子オレステスがタウリケ(クリミア半島)にいる姉イピゲネイアを救出するまでが描かれるのだが、今回は小澤英実による新訳での上演。 

腰痛もちの身では躊躇われたものの、3部一挙上演に挑戦。
第一部は開演の15分前に開場。

坂本長利 独演劇『土佐源氏』上演1200回突破記念公演

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坂本長利 独演劇『土佐源氏』上演1200回突破記念公演

響和堂

2019年の観劇初めは坂本長利の一人芝居「土佐源氏」。前年2月にやはりこの座・高円寺で観て、今度が2度目。 

老人が若い頃の色事を語って聞かせるという形の一人芝居は何と言っても坂本長利の「土佐源氏」と外波山文明の「四畳半襖の下張り」ということになるだろう。
極道の末に盲目の乞食になった元馬喰の一代記、その色懺悔ともいうべき物語だが、これは戯曲ではない。民俗学者・宮本常一が1941年に高知県の山奥にある檮原(ゆすはら)という村を訪れ、橋の下の小屋に住む盲目の老人から実際に聞き書きした話をまとめたものである。 

人を騙して儲ける馬喰渡世の壮絶な生き様の中で、忘れることのできない二人の女性との逢瀬を軸に、赤裸々な告白がふれる男女の機微。
坂本が現在はピープルシアター主宰の森井睦から薦められて、「民話」という小冊子に掲載されていたこれを読んだのは20代半ばのこと 。年月を経て38歳の時に「一人で演じてみようか」と思い立ち、原作から特に艶話の部分をクローズアップし、文章表現は変えずに、ストリップと軽演劇の間の30分の幕間狂言に仕立てたのだという。
以来、茣蓙1枚敷けるスペースがあるならば、と出前芝居を始め、今回は上演1200回突破記念公演となっている。

糸井版 摂州合邦辻 せっしゅうがっぽうがつじ

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糸井版 摂州合邦辻 せっしゅうがっぽうがつじ

木ノ下歌舞伎

木ノ下歌舞伎2度目の観劇。魅せられる舞台展開にタメイキ…。 
観劇中、まるでギリシア悲劇を観ているような錯覚にとらわれることが何度もあった。

アインシュタインの休日

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アインシュタインの休日

演劇集団円

青☆組の吉田小夏が老舗劇団である円に書き下ろした作品。
本当は18日のソワレを予約していたのだが、体調不良でキャンセル。完売で観るのを諦めていたのだが、キャンセル待ちで観れることの。しかも最前列の下手側ブロックの通路脇という絶好の位置! 

1922年(大正11年)11月から12月の43日間、アインシュタインが日本に滞在したというのは初耳だったが、その時期の浅草を舞台に名も無き市井の人々のユーモア溢れる明るい生き様を通して、科学と命の光と影をいかにも吉田小夏らしいタッチで温かく描きだしている。
アインシュタインの登場しないアインシュタインの物語としても面白い。 

役者陣が老舗劇団らしく安定した演技をみせるため、安心して舞台世界に入り込めた。

総評

今年の観劇数は前年比5%減の285本。
いろいろと多忙で、観劇後の「観てきた!」投稿も滞りがちになってしまい、悔やまれる。

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