公演情報
「笑の大学」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
広い舞台で瀬戸康史と内野聖陽のふたり芝居だが、広さを感じさせない巧みな演技だった。ストーリーもよく練られており、検閲をめぐる喜劇が最終盤で悲劇に大きく変わる。観客の感情の操り方を熟知している脚本家による上質な観劇体験だった。
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2023/03/04 (土) 13:30
いや本当に面白かった。たくさんの笑いをテンポよく見せる2人芝居の呼吸が気持ちいい。たくさん笑ったあとで、温和そうな椿の真意の吐露と翌日の向坂の言葉の切実さが胸に響いた。
観終わって、扉座の『最後の伝令』を思い出した。戦時下でのレビュー作家の物語というだけでなく、その作家のしなやかな強さが似ていたのかもしれない。ストーリーの切り口もキャラクターも異なっているけれど、主人公に託した書き手の矜持と意志はどちらも作品からもしっかり伝わった。
帰りの電車の中で三谷さんのインタビューを読み、『笑の大学』の主人公 椿一に菊谷栄さんが投影されていたことを知る。なるほど扉座の作品を連想するはずである。こちらはそのまま菊谷栄氏が主人公なのだ。
戦争に奪われる大切なもの。困難なときにも人々が物語や音楽や笑いを求めること。三谷さんも横内さんも、菊谷栄氏の生涯にご自身の仕事に欠かせない何かを見るのだろうか。
実演鑑賞
満足度★★★★★
作家永井荷風の日記『断腸亭日乗』昭和十五年五月十七日に、「オペラ館楽屋の男のはなしに、無頼漢重吉捕縛せられ、警察署に拘留中、曾て銭貰ひたる人達の名を自白せし為迷惑を蒙るもの少からず、先生のお宅へも呼出し状来るべしとなり」とある。浅草オペラ館楽屋へ足しげく出入りしていた荷風が、当局の風俗取り締まりのリストに挙げられていたこと。注意するようにと親しい男から注意されたことが記されている。
欧米の「個人主義」「自由主義」を好むものは国民の敵とされ、臣民であることが求められた。だが、ヒステリックに忠君愛国を呼号する裏に、深いニヒリズムが隠れていた。
警視庁検閲官の向坂睦男の、役人としてはお粗末な、竜頭蛇尾の態度にそれがうかがわれる。静かだが強烈な同調威圧の中で押し殺されていた「個人」「自由」に対する憧憬を、舞台で見事に、内野聖陽は表現した。あの豹変はオーバーではない。昭和十五年当時の国民が背負っていた、ウツの底に何があったか、内野の演技は鮮やかに見せてくれた。
逆に言えば、座付き作者椿一の「個人」「自由」に対する命がけの執念が、向坂のニヒリズムに穴をあけたと言えよう。国民を覆っていた重いウツの暗雲に穴をあけるもの、それがコメディ、笑い。病をも治してしまうほどのエネルギー、それが笑いである。
この戦場のような一室で、ただ言葉だけで敵を圧伏し、ウツを破っていく姿を見せてくれた演出はすばらしい。また、執念の人を演じた瀬戸康史は、その演技を通じて、刀を抜かずに相手を倒す受容力と優しさとをよく伝えた。
この作品が、世界に戦争が起きている限り、上演され続けることを、心から願う。
実演鑑賞
満足度★★★★★
名作をよみがえらせた傑作舞台である。戯曲は三谷幸喜の最高傑作。笑い、笑い、笑いのあとに、つらい涙のクライマックスがある。検閲官の内野聖陽と、喜劇作者の瀬戸康史も息のあった演技でよかった。とくに内野の緩急ある、コワモテとコミカルを兼ね備えた演技が素晴らしい。冒頭の「鳥を飼い始めた」「何の鳥?」「カラス」(笑い)のやり取りから、どっと観客をつかんだ。
実演鑑賞
満足度★★★★★
三谷幸喜の代表作と言われながら、96年以来、舞台では上演されていなかった作品のパルコ劇場50周年記念公演、全国ツアーもある。今回は作者本人の演出。配役も、小劇場らしい顔合わせだった西村雅彦、近藤芳正から、内野聖陽、瀬戸康史に変わった。25年ぶりの晴れやかな再演である。
脚本をなかなか出版しない(戯曲未刊行)作者だから、再演の細部の変更はわからないが、ほぼ初演と変わらない感じ。(映画は取り組みが違う)。一つのセットで二人だけの役者で二時間弱、誰もが楽しめる舞台になっている。
良いところをあげていくと、まずは、俳優二人の快演。パルコはかなり大きな舞台なので取調室内の二人だけの室内劇では隙間があるのではないかと危惧したが、全くそういうことはない。内野はこう言う軽喜劇の経験が少ないが、軽重巧みに取り合わせて融通の利かない検閲官を肉付けした。対する瀬戸康史。湿っぽくないのが良い。それが最終幕で逆転する。
間口を狭め、奥に向かった遠近をつけた堀尾幸雄の単純浴び術も効果を上げている。
脚本はすでに数々の賞がある出来だが、今回改めて「笑の大学」というタイトルが単に瀬戸の演じる軽演劇劇団の名前だけでなく、作品全体が笑いの構造を追及する「大学」になっていることがわかった。くすぐり、地口からはじめて、ドタバタ、さらには喜劇というテーマへと難題を膨らませていくうちに「喜劇」を大学レベルまで、考えさせてくれる。作者の、「喜劇」へのこだわり、ともすれば、喜劇を安全な社会批判の道具にしか考えてこなかった日本の演劇対する批判も見える。
久しぶりに、老若男女ほどよく案配された満席の良い客席だった。
三谷幸喜は、これで、現在の日本の演劇界の一角を代表する作家になったと言えるだろうが、これからも、日本の演劇のレベルを底辺で叱り支えて良い作品を見せてほしい。