実演鑑賞
満足度★★★★★
作家永井荷風の日記『断腸亭日乗』昭和十五年五月十七日に、「オペラ館楽屋の男のはなしに、無頼漢重吉捕縛せられ、警察署に拘留中、曾て銭貰ひたる人達の名を自白せし為迷惑を蒙るもの少からず、先生のお宅へも呼出し状来るべしとなり」とある。浅草オペラ館楽屋へ足しげく出入りしていた荷風が、当局の風俗取り締まりのリストに挙げられていたこと。注意するようにと親しい男から注意されたことが記されている。
欧米の「個人主義」「自由主義」を好むものは国民の敵とされ、臣民であることが求められた。だが、ヒステリックに忠君愛国を呼号する裏に、深いニヒリズムが隠れていた。
警視庁検閲官の向坂睦男の、役人としてはお粗末な、竜頭蛇尾の態度にそれがうかがわれる。静かだが強烈な同調威圧の中で押し殺されていた「個人」「自由」に対する憧憬を、舞台で見事に、内野聖陽は表現した。あの豹変はオーバーではない。昭和十五年当時の国民が背負っていた、ウツの底に何があったか、内野の演技は鮮やかに見せてくれた。
逆に言えば、座付き作者椿一の「個人」「自由」に対する命がけの執念が、向坂のニヒリズムに穴をあけたと言えよう。国民を覆っていた重いウツの暗雲に穴をあけるもの、それがコメディ、笑い。病をも治してしまうほどのエネルギー、それが笑いである。
この戦場のような一室で、ただ言葉だけで敵を圧伏し、ウツを破っていく姿を見せてくれた演出はすばらしい。また、執念の人を演じた瀬戸康史は、その演技を通じて、刀を抜かずに相手を倒す受容力と優しさとをよく伝えた。
この作品が、世界に戦争が起きている限り、上演され続けることを、心から願う。