公演情報
「明日ー1945年8月8日・長崎」の観てきた!クチコミ一覧
満足度★★★
映画にもなった井上光晴原作の有名な作品の舞台化で、すでに何度も上演されているが、初めて見に行った。ラストの出産シーンではころころとした妊婦役の田邉雅菜の若々しい必死さが光った。その前の、市電の運転手(高松潤)と新妻(田上唯)の、明日の弁当についてのほのぼのしたシーンも、短いが、印象に残る。精神薄弱児の子を明日引き取りに来いと病院からいわれて、当惑する夫婦(五十嵐明、山口キヨ)も、子を思う気持ちと苦しい生活の板挟みをよく演じていた。(最後の方からで申し訳ありません)
観劇後にパンフで知ったが、出産も、市電運転手の家庭も実際にあったことだという。そこまで、事実に基づいていたとは知らなかった。丹念に事実を調べて吟味し、作品として昇華させていることは原作者、脚色家、劇団の大きな手柄だと思う。
休憩なしの2時間弱
満足度★★★★
KAAT地点の当日と迷った末こちらに決めた。青年座らしい、新劇色濃い役者たちの立ち回りだが、「明日」という作品が持つ独自の構造ゆえ、リアリズムな時間がファンタジックな色を帯びている(生の演奏が貢献)。この題材の舞台化の一着地点を認めた。
満足度★★★
鑑賞日2019/07/14 (日)
2回目観劇。ただ前の方が大きくセンターがまるっきり見えなかった。誰のせいでもないのだろうけど…。グスン。女学生としての生演奏がすごく良かった。今も脳内リピートされている。
満足度★★★★
鑑賞日2019/07/12 (金)
日常が止まるとき。誰もそれを想像できない。でもその時のことを私たちは知っている。それでも時間は動き始める。人間って怖いなぁ。
満足度★★★★
原爆投下前日の日常を描くことにより翌日の悲劇を浮き彫りにしてゆく舞台でした。私は初めて観るのですが原作をしっかり読んでみたくなりました。こういう骨太?な演劇が観られるのは老舗劇団だからこそなのか?新劇の強さなのかしら。
満足度★★★★
鑑賞日2019/07/14 (日)
東京芸術劇場シアターイーストにて劇団青年座『明日―1945年8月8日・長崎』を観劇。
今年で戦後74年。毎年この時期は何本か戦争に纏わる演劇作品を観劇するようにしていますが、今年のその一本目が、たまたま折り込みに入っていて目に留まった今回の劇団青年座さんの作品でした。ちなみに今回が第237回目の公演。年間に何本の作品を上演されているかは不明ですが、この日昼間に観劇した劇団東少さんと同様、かなりの老舗劇団であるような印象を受けました(個人的には今回が初見)。
今回の『明日』は1945年8月の長崎を舞台とした群像劇。公演チラシに書かれた「1945年8月8日の長崎。戦時中でも人々はそれぞれの事情を抱えながら「明日」を信じ懸命に生きていた。8月9日早朝、晴れた朝の空気に赤子の産声が明るく響く。しかし柱時計は11時2分に向かい時を刻むのだった」というフレーズが様々な憶測や感情を抱かせます。ピアノ、バイオリン、チェロの生演奏に乗せて始まるオープニングは何とも優しく落ち着いた雰囲気。そこから長崎弁全開で繰り広げられる会話劇、くるくると回転する中央のセット、そして様々な登場人物の生きざまなど、グイグイと物語の世界に引き込まれました。
原爆投下の凄惨なシーンは直接的には表現せず、その瞬間を迎えるまでの人々の生活に焦点を当てた作品。クライマックスのお産のシーンは特に緊迫感があり見応えがありましたが、その後数時間後にあの瞬間が、、と考えると何とも言えない気持ちになりました。昭和から平成、さらに令和になった現代において、このような作品を上演することは非常に価値があることだと感じます。当時の人々にも今と同じような日常生活があり、今と同じ、いや、それ以外に懸命に生きていたという事実を忘れてはいけないと思いますし、そうした人々に訪れた悲しい出来事は絶対に風化させてはいけないと感じました。戦後74年。これから何年経っても二度と同じ過ちを繰り返してはいけない。
満足度★★★★
鑑賞日2019/07/10 (水) 19:00
座席1階
青年座が再演する名作を拝見した。
長崎の原爆投下の前日から当日の午前にかけての、爆心地に住む庶民の生活を切り取った舞台だ。
原爆の惨禍というと、投下後のことに目が向くが、投下される前にも当たり前だが庶民の日常があったということを淡々と描くことで、それを一瞬で霧消させた原爆のむごたらしさを浮き上がらせる。
舞台は、前日に祝言を上げた若い夫婦とその周囲の人たちの物語で進む。その二人が原爆投下の日に繁華街でデートしようと約束する場面とか、投下の日の未明に誕生した赤ちゃんと若いお母さんの喜びが明るく演じられる。その明るさがぐっと明るいだけに、その後の「運命」を呪わずにはいられない。
演劇の本当の役割とはそういうものなのだろうと、強く思わせる「明日」の舞台。だから、これは平和を訴え続ける青年座の「DNA」を次に継承する演目といえる。客席を埋めたのは比較的若い観客だったのをみて、この演目の再演の意味を深く味わった。また、次の「明日」があるだろう。「明日」を明日へ継承し続けてほしいと願いながら、帰りの電車に乗った。