ヴィテブスクの空飛ぶ恋人たち 公演情報 「ヴィテブスクの空飛ぶ恋人たち」の観てきた!クチコミ一覧

★ 満足度の平均 ★ ★ ★ ★ ★ 4.2
1-5件 / 5件中
  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/04/22 (日) 16:30

    価格0円

    またシアター711で秀逸な作品と出会いました。
    あの劇場では珍しい対面の客席。中央の赤い小さなスクエアで会話劇と思いきや、ヴァイオリンの音色、台詞、ダンス、アカペラ、とにかく圧巻。
    山村茉梨乃さんの次出演作を観たいです。

    チケプレありがとうございました。間違いなく私の今年ベスト10に入ります。(いまんとこ)

  • 満足度★★★★

    翻訳劇は、原作と翻訳家(鈴木アツト氏)が思い描く解釈の狭間でどう新しく生まれ変わるか、または変わらないか、その世界観を楽しみたい。公演は画家シャガールと最愛ミューズ・ベラの半生を生演奏にのせて生き生きと描いている。
    (上演時間1時間30分)

    ネタバレBOX

    客席で挟まれた舞台。ほぼ素舞台で場面に応じて小物が持ち込まれる。公演はシャガール(村島智之サン)と妻ベラ(山村茉梨乃サン)の半生を順々に展開して行く。ただし芸術家としての”画家”に関しては絵画が登場しないので、その面については印象が弱い。逆にシャガールが生きた時代、ユダヤ人として迫害を受けてきた出来事を重厚に語っていたように思う。

    ロシア革命と社会主義という時代の奔流が渦巻く。第一次世界大戦前、シャガールはサンクトペテルブルグ、パリ、ベルリンを移動し活動をする。第二次世界大戦が始まり、ナチスのユダヤ人迫害が始まると、シャガールはアメリカへ移る。戦後、ユダヤ人虐殺を乗り越えパリを活動拠点にする。転々としなければならない状況、環境がそのまま物語として動いている。
    妻ベラを愛し、ベラへの愛や結婚をテーマとした作品を多く製作したと言われており、その様子は妻をモデルに描いている様子で表現している。

    シャガールは、様々な角度から見た物を一つの画面に収める画法で、一点透視図法とは一線を画すと言われている。いわゆる「キュビスム」の影響を受けたと。この公演は舞台を両側(客席)から観るようにしている。その意味(多角視)でシャガールの絵画の見せ方に似ているように思ったが、鈴木氏はそのことを意識したのだろうか。

    素舞台にも関わらず情景がしっかり浮かび上がる。もっとも地理(場所)的なことではなく、情景描写としての時代・社会的なことと妻との愛という個人的なことである。役者はそれをしっかり体現して観(魅)せてくれた。また絵画ではないが、”芸術”繋がりで、ヴァイオリンの生演奏も適所で奏でられ印象深くなるのも好かった。

    次回公演も楽しみにしております。
  • 満足度★★★★

     ダニエル・ジェイミソンという人の原作を演出家の鈴木 アツト氏が訳している。生のヴァイオリンが入っていて、イディッシュ語を話すことの多かったアシュケナジーユダヤの生活の匂いが感じられるような気がする。
    (ところで、照明ランプにも絵が描いてある。お魚の絵で、シャガール作品に現れる絵のお魚に似ているように見受けた。粋な演出ではないか)(華4つ☆)

    ネタバレBOX

    水晶の夜迄は、ホロコーストに直結するような行動を矢張りヨーロッパ人も中々起こせなかったとは言えまいか。無論、「屋根の上のヴァイオリン弾き」が、ポグロムに追われたユダヤ人の物語であり、ロシアでは、このポグロムによってかなりの数のユダヤ人が殺害されていた。その為もあってか、現在、イスラエルで最右派を形成する勢力、リクードのイデオロギーのベースはロシア出身のシオニストの論理がベースになっているという事実は、日本人以外ならかなり多くの人々に知られている。この論理が、現在、ホロコーストこそやっていないものの、ナチよりも悪辣なやり方をするに至っているイスラエルによるパレスチナ人ジェノサイドに利用されているのである。
    だが、かつてユダヤ人殊にアシュケナジーユダヤには、極めて優れた表現者、学者、思想家らが輩出した。何故か? 彼らは各々が、語るべき多くのことを持ち、主張しなければならない正当性と論拠を持っていたからであり、これらを抱え込まざるを得ない故なき被差別が、彼らをして人類全体を底上げする為の人生を選ばせたからである。フランツ・カフカが存命中、プラハに居たユダヤ人は3万人ほど、そのうち14人だったか15人だったかハッキリ思い出せないが、このどちらかの人数のユダヤ人がノーベル賞を受賞している。それほど、彼らの知的レベルと人類への奉仕の姿勢は高かったのである。現在、パレスチナ人が、かつてヨーロッパで迫害されていたユダヤ人と極めて似た状況に置かれている。そして、パレスチナ人一人、一人は、多くの語るべき物語を持ち、世界中に散らばったパレスチナ人は、表現者、学者、思想家として素晴らしい活躍をしている。このような差別状況を作り出している人々がシオニストであることはもっと糾弾されてよい。(断っておくが、自分はユダヤ人批判をしているのではない。あくまでシオニストを批判しているのである)
     今作を観るに当たって、観客は“ミルクの夜”を過ごしたシャガール夫妻の恋による魔法を見ることになる。シャガールの絵の解釈については、今作とはかなり異なる解釈に立つものも実はある。だが、それはしばらく経ってから明かすとしよう。取り敢えずは、恋の魔法に掛かった彼らという設定を通して観てみたいと思わせるだけの作品であったのだから。
  • 満足度★★★★

    シャガールという画家は流浪の人物だったそうで
    どこの時代を切り取り見せるかで印象が変わるそうです

    激動の時代の中のマルクさんを芝居で見れて・・・
    割と”バカップル”
    みたいな(失礼)印象を「少し」もってしまいました(^-^;)

    アフタートーク付で約2時間
    面白い時間を過ごせたなぁと感想

    ネタバレBOX

    舞台セットは中央に赤い床で区切った長方形上にて左右に観客席
    作中は出入り口と向かいの楽屋扉を使って
    3人の演者がシャガールの人生を見せてくれました

    出だしは一人絵を描くシャガールが電話に出て
    過去を回想してゆく感じで物語が始まります

    だいたい基本は最愛の妻ベルとの出会いと
    死別するまでの人生を描いていました

    絵を描くことのみが最優先のシャガールに惚れながら
    子供が生まれて生活環境が変わり家族を最優先にして欲しいという
    自然な変化をしてゆくベルですが夫は変わらず
    自閉症スペクトラムな感じで絵のみを最優先に考え行動する
    二人の意識のズレとか
    生身の役者さんで間近にみると本当に人の人生を身近に感じられました

    色使いの美しいシャガールさん
    パステル画とか見たかったかなぁ・・・

    作中では その色に基づいた魚とかの被り物をして出てきた
    コミカルなシーンは楽しかった~♪
  • 満足度★★★★

    鑑賞日2018/03/18 (日) 19:30

    マルク・シャガールとその妻ベラの愛の物語。
    説明文には「シャガール絵画に秘められた愛と狂気」とありますが、「絵画」どうこうについては特に語られているわけではありませんし、(彼の作品を象徴させるような演出は一部ありますが、それに解釈を加えているわけではありません)「狂気」と感じさせる描写もなかったように思われます(多少、芸儒家ですから常人とズレているということはありますが、けして狂気というほどのものではない)。

    ある意味、他愛なく相手に恋をして、双方のめり込んでいくのだけれど、2人は
    2つの世界大戦、ロシア革命、ナチスの台頭というヨーロッパを覆う大きな影に翻弄されていきます。そして、ユダヤ人迫害。
    まあ、現代日常でも、ただでさえ芸術家の家庭で生活の安定が難しい中、出産に子育て、流浪の生活となれば、お互いの間でいろいろな軋轢が生じるのは当然なわけです。
    だからむしろ、歴史に大きく翻弄されながらも、意思の疎通に障害を被っても、この2人がひたすらに相手を求めてやまないということは、ただただ美しい。

    とにかく、役者さんがよい。
    マルクを演じる村島智之さんは快活に飛び回り、天才然とも大人然ともしない純粋無垢なベラへの愛と絵画への執着を演じきります。
    (ちなみに、村島さんはシャガール本人似らしく、家で調べたら本当、似てる。なお
    フライヤーの写真より、本物はかなり男前です)
    ベラを演じる山村茉梨乃さんは、自身の感情に正直に強く強くマルクを求める演技は、明朗さと情熱、時として辛苦の表現をもって、観客を痺れさせます。
    小日向星一さんは、2人を取り巻く幾つもの役で、そつなく2人の苦悩も喜びも引き立たせています。
    田代晶子さんのバイオリンは、簡潔な舞台装置に、幾つもの美しい花を飾り付けてくれます。

    うん、マルクとベラは確かに空を飛んでいましたよ。

    鈴木アツトさん司会のアフタートークは、シャガール自身にスポットをあてた内容で、シャガールに造詣の深いゲストを呼んで、毎回テーマ別に取り扱うという点で有意義だと思います。
    アフタートークというと、演出やプロデュースの意図や目的、あるいは役者の解釈や演じ方などが語られるのはもちろん、楽屋裏話が出てくるのはまだよい方で、中には質問コーナーや取り留めのない雑談に終始して、何のためのアフタートークかと思わせるものも少なくない。そんな中、きちんと語るべきことが整理されて催されていることに好感を持ちました。

    ネタバレBOX

    ラストの、マルクから死んだベラへの「ごめんね」のセリフには、ちょっと総毛だちましたね。字義通りだけでなく、あらゆる解釈が可能な素朴で力強い言葉でした。

    冒頭とラストは同時間軸なのですが、美術評論家の娘婿がマルクに電話をかけます。マルクの取る電話の受話器はアンティークなのに、娘婿の持っているのがスマートフォンなのは、観客席にいる私たちと舞台とを同時元に繋がらせる演出とのこと。なるほど。

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