公演情報
「ちゅらと修羅」の観てきた!クチコミ一覧
満足度★★★
あまりにドストレートで息苦しいほど。
先ずは示される数字たちに圧倒的に打ちのめされる。
薄々感じていた違和感を喉元に突きつけられた感じ。
自身も女性であり、娘を持つ身であれば特にその問題には身が竦む。
大きな視点はなかなか持てないけれど、考えるきっかけやモチベーションにはなったかなと。
生の音響の見事さと沖縄の太陽を思わせる照明、
緑濃い森に複数のモニター映像という美術、どれも印象的でした。
舞台上にトランポリンでパルクール的な動きも面白かった。
風琴工房の作品は情報量が多いのが常で、それを如何に伝えていくかの演出が楽しみのひとつだけれど、
今回は詩森さんの「伝えたい欲」が勝ちすぎていて、若干詰め込みすぎたかなという印象。
まあ、それ故のSF設定はナイスアイデアですね。
どなたかのツイートにあった「クールなドラえもん」は言い得て妙。
個人的にはナビィにいちばん感情移入して観ていました。お母さんだからね。
熊坂理恵子さんの柔らかい雰囲気がとても好きでした。
白井風菜さんのあかりも当に「ちゅら」でした。
佐野さんのセジは狂言回しとして、詩森さんの信頼に充分に答えていたと思います。
台詞の量、質ともに圧巻でした。
満足度★★★★★
鑑賞日2017/12/11 (月) 19:30
座席B列7番
価格4,200円
冒頭の緊迫気味な場面から一気に引き込まれ、以降、破天荒なスタイルも交えて解りやすく語る今と過去の沖縄の理不尽。
漠然とわかったつもりでいたことが理解できただけでなく知らなかったことも多々あり勉強になりしかも面白かった。
で、風琴工房名義での最終公演ということもあり、時々過去の作品を思い出したりもしながら観ていたのだった。「やはり風琴工房スタイル」というのは脳裡をよぎったそれらの作品と本作に通ずるものがあったからなんだな。
満足度★★★★★
詩森ろばさんがライフワークとされるだろう沖縄問題。大いに興味を刺激された。
公演のタイミングで、米軍普天間基地のヘリコプター窓枠落下事件が起きる。
演劇が現代社会と繋がっていることを強く感じる。何かが何かを引き寄せるのだな😔
満足度★★★★★
凄いし、苦しい。
知らなかったことを、つけつけられた。
いや、伝えて貰った。
大事に、感想を書きたいと思った。
まだ、心臓が痛く、苦しい。
あの森や、あの海や、あの場所で生きてる、生きていた人たちの事を。
ニュースで基地の問題をみたことはあった、戦争時の地上戦が行われたことも学校で習った。
でも、何も知らないに等しい。
知ろうとしないのは自分で、知る必要が無いと思ってた。
だって、私には関係ないことだと。
遠い場所の話だと。
でも、この作品を観た、今。
あの2時間10分の中に沢山の「情報」「想い」「悲しみ」「希望」「未来」。
「事実」としての「情報」には、女の私にはとても、耳を塞ぎたくなる事柄。
そして、「国」としての「日本」は余りにも「沖縄」にとって不誠実だ。
「日本」はどれだけ「沖縄」に対して「ゆくし」を重ねるのか。
セジ(沖縄の方言で霊力)が語る。
様々なドアを開けるのは、偶然なのか、必然なのか。
私は開ける事になったら、それを受け止めらるのか。
分からない。
劇中何度か涙、こぼれた。
私が女だからなのかもしれない。
戦時中、基地がある事によって起こった犯罪、その事が「女」に向けられた事実。
「なぜ?沖縄ばかり・・・」という思いが沸き起こる。
芝居の最後に、人々が叫ぶ。
その叫びにまた、涙する。
そして、これをみてこれを観ている私の街も、このまま、「国」の行う事に無関心なままでいると、同じようなことが怒るかもしれないと。
遠い国の話ではない。
同じ「日本」で起こってる「事実」なのだと。
劇中の音楽も良かった。
凄いホンだった。
凄い俳優陣だった。
「では、観たあなたは何が受け取って、出来る?」と問われると、何が出来るのだろうか。
抗議運動が出来るのか?
沖縄の為に・・。
難しい。でも、心に留めておくことは出来る。
ならば、出来る事を。
「わたしが」出来る事をしよう。クラウドファンディング、私はこれに微力だけど参加しようと思う。
この芝居を観た数日後。
ウーマンラッシュアワーさんの漫才のネタが話題となる。
ある種、エンターテインメントの世界ではタブー視されるような題材。
内容も、至極、最も。
例えばそれを文章や
講演会などで大衆に伝える事も可能だ。
ただ、「普通のやり方」では駄目なのだと、あの漫才を観て思った。
あのやり方を選んだ訳があるのだと。
ただ、奇をてらった訳では無い。
あえての、あの媒体を使ったのだと思う。
この「ちゅらと修羅」とも通じる「無恥による暴力」と
最後、ネタの終わりに「おまえたちのことだ」と色んなターゲットに向けての言葉と取れる台詞であの漫才は終わった。
あれが、ある種、言いたかった事だと思った。
そう、「私、私たちの事なのだ」。
偶然かもしれないが、芝居の後、すぐのタイミングであの漫才。
かなり、強力だった。
満足度★★★★★
最終公演にかける気合の表われか、どストレートに沖縄の今に言及する芝居になった。言いたい事、知っておかねばならない事、書き殴った印象さえある。ただし現実は今時点日本の南西の地にあり、事実をぼやかす脚色は許されない。高江ヘリパット、辺野古基地建設反対行動の現場は現実だ。闘争の現場に本土の人間が駆けつけているのも現実で、その事情を反映した登場人物が配置され、主人公は本土から今日やってきた若い青年だ。「彼と沖縄の人たちとの出会い」を縦糸に、「現在の沖縄の状況の推移」を横糸にドラマが紡がれる。坂手洋二の戯曲を思い出させるのは、「沖縄の闘争に言及している」からで、それだけの事が特色になる位、日本ではこの問題を自由に語る場がない。触れてはならぬ項目の一つだ。なぜならそこに権力の強い意志を感じるからだ。下手すれば抹殺されかねない。
作演出の詩森はこの舞台にも風琴らしい演出を施している。登場人物紹介コーナーが戦隊物のメンバー紹介に使われそうなBGMの中、戯曲が実際この運動の立役者的な人物を配している事で紹介も声高に。それでいいのか?(人選が)と懸念ももたげるが、それで良いのだ、という戯曲上の答えが後にわかる。
もう一つの「仕掛け」は、主人公とのみ対話をし、主人公に選ばせて沖縄のエポックメイクな事件へタイムトリップをさせる、時空を超越した「人間でない者」の存在だ。
タイムトリップの場面は実質2つだが、これは沖縄の歴史を俯瞰させる役割にとどまらず、もう一つの重要な命題が隠されている。各時代に登場する人物が皆、「現在」の場面で登場したのと同じ衣裳をまとって登場するのだが、トリップ先の風景は最初と変わらず衣裳さえ変わらないので、主人公も観客も、「あなた、××さんでしょう」(つまり「時代変わってないっしょ」と突っ込みたくなるのだが、ちゃんと聴いていると、その時代の状況でなければ出てこない台詞を喋っている。次の旅の時も同じ。そして次の時、「結局同じ人たちなんでしょ」と思わず「人間でない存在」に向って言った後、気付くのである。沖縄の状況は戦前戦後もずっと変わっておらず、人々が演じてきた役割も同じなのだ・・という、不変の構造を主人公は知ることになるのだ。
終盤、主人公は既に、自分がある宿命にあること、つまり「人間でない者」の指し示す所へ行くしかないことに気付いているが、「次に行く場所は100年後の沖縄だ」と言われ、その意味する所を吟味しつつそれを受け入れる。そして現実世界、次世代を担う本土から里帰りした学生の女の子との会話の中、「100年後の沖縄が見れるとしたら、見てみたい?」と訊いてみる。彼女は「見たくない」と答え、その理由を語る・・もし基地がなくなってたとしたら、自分は今その時のために頑張るんだし、悲しい現実があったとしてもそれが今の自分を変えることはない。私が居る場所は今ここなのだもの(殆ど意訳)。
青年はこれから100年後へと旅立とうとしている。戻れるかどうか判らない。だが恐らく100年後を「今」と感じた瞬間、彼はその沖縄の時間から生きようとするのだろう、とぼんやり想像した。同時に、ここから百年後へ旅立とうとしているのは、今の私たちなのである、という含意も無論ある。二重三重の含みを持たせた戯曲を書くこの作家は、着想の時点で快哉を叫ぶのだろうか。苦悶の末そこに辿り着くのか。それとも、たまたまそうなっただけなのか。
昨年に続き、年末の風琴工房秀作を出すの巻であった。
満足度★★★★
鑑賞日2017/12/11 (月) 19:30
価格4,200円
力強い作品でした。
あらすじを読んで軽い気持ちで行くと火傷します。
時間が経過すると何かの運動に巻き込まれた錯覚に陥ります。
「私は戦いにいくんじゃない。当たり前のようにテントに行く。」
私は彼女のこの言葉だけを拾います。
満足度★★★★
色々知っていたつもりの沖縄問題。詩森さんはどこまでこのテーマに取り組むのかなあ。多分重いけどきっとやっぱエンタメ要素も、、バランスがとれて、、、、てな甘いい期待で観に行ったら見事に裏切られました。 良い意味で。 メディアが積極的に書かない、描けないテーマをこれだけ丁寧に(官僚言葉の翻訳付き)芝居で伝えることに果敢に挑戦したカンパニーに拍手(昨夜はトリプル)です。
満足度★★★★★
鑑賞日2017/12/07 (木) 19:30
風琴工房としての最終公演は、沖縄の過去から現状をド直球で扱う硬派な芝居だった。この数年こだわっているように、エンターテインメント性をタイムスリップSFという手法で見せているが、扱う内容は、これでもか、これでもか、と差別され続けた沖縄の状況である。ただし、東京から来た青年という沖縄にとっては「外部」の青年を主人公に置いたことと、霊的な語り部として佐野功を置いたことで、苦しさを感じず冷静に観ていられる。初日だったせいか、終盤に役者が少し疲れた感があったが、130分を興味深く観られる舞台だった。いつもながら、青木タクヘイの音響も見事だし、やんばるの森を再現した美術も見事だった。
約2時間10分。琉球王国時代から現在までの沖縄をSFタイムスリップ形式で綴る、ド直球のセミドキュメント。手札を全て使う方針か、シリアスも娯楽もてんこ盛りで芝居の圧がある。今知るべきこと尽くし…滑走路の話に衝撃。沖縄から今の日本が見える。