七、『土蜘蛛 ―八つ足の檻―』 公演情報 七、『土蜘蛛 ―八つ足の檻―』」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.5
1-12件 / 12件中
  • 満足度★★★★

    鑑賞日2017/07/05 (水) 19:30

    価格3,200円

    かなり救われない物語で人間不信になりそう。が、そんなしんどい話に2時間近く引き付けるのがこの団体の特色。
    また、舞台となる異なる2つの場所を1つの装置に同居させ明かりの当て方で区別する美術も巧い。

  • 満足度★★★★

    苛酷な日々が淡々と描かれていました。

    ネタバレBOX

    昭和初期、許されざる男女関係を引き裂かれた後のことなのか、それぞれ人身売買のような形で女郎屋に追いやられた女郎とタコ部屋に押し込められたトンネル掘り工夫の、過酷な環境下における日常を描いた話。

    淡々と丁寧に、私的女郎屋の人間関係や工夫たちの労働環境が描かれていました。女郎屋で下剋上があるなんて全く知る由もありませんでした。

    男女関係にあった女郎と工夫の年恰好がちょっと不釣り合いに思えました。もちろん、恋愛に年は関係ありませんが。
  • 満足度★★★★

    鑑賞日2017/07/08 (土) 14:00

    座席1階1列

    凄惨ですね。抗いながらも、それは他を貶めることによってしか実現できない。つまるところ、何も変えられないのだ。
    確かに創造されるものとしては、かなりすごいのですが、この作品の意義をどこに見出せばよいかというと、正直???
    そもそも「意義」などと言っている時点で、私が「生」の解釈に甘いのかもしれません。怨嗟などないに越したことはないし、苦痛も裏切りも同様。地の底で、他を痛めつけることによって、自らの保全を確保することにいかような意味があるのか、などということ自体が現実逃避なのかな。でも、もっと怒りというものが見えてもよかったのではないかな、と思える舞台でした。

    ネタバレBOX

    苦痛に耐えた結果が、死産ですか。救いがないですよね。
  • 満足度★★★★★

    赤目・八つ足に睨みつけられて、甘さの欠片も無く隧道の先が透ける気配さえ感じられない穴倉で、身じろぎもできず固まった。 絶望は、見せるのでなく追い込まなければ伝わらない・・・ 覚悟が滲む徹底ぶりに、不条理の何たるかを否応なく叩き込まれた。 悪は吐いても悪者は居ない、綱がりを思い出して黒糸でがんじがらめのおのれに気付けばそこが真の生き地獄、か。

  • 満足度★★★★

    ここまで惨憺たる気持ちになったのは久しぶり。救いのないラストも納得できる濃密な芝居でした。

  • 満足度★★★★★

    この劇団の公演は、「地獄篇 ―賽の河原―」以来久しぶりに観させてもらった。
    公演は、尊厳の否定、暴力の肯定という醜悪な面を掘り下げ、妥協せず、人の深淵を凝視し続けるような物語。安易に希望、光などという救いは欠片ほども見せない。それでも地べたを這いずり回り必死に生きる。逆に言えば”生”への執着、その力強さを浮き彫りにした力作。
    (上演時間2時間)

    ネタバレBOX

    セットは、二階部を設えた上下二面で、時間と場所の違いを視覚的に分からせる上手い作りである。一階部(タコ部屋)は汽車が通るトンネルを掘る土工夫の非人間的な環境での肉体労働を描く。一方、二階部(女郎)は私娼窟で働かされる女郎(女将)部屋という設定である。また女将の部屋の和箪笥、衣装(遊女、土工服など)、つるはし等の小道具も時代感、臨場感を増す。当日パンフによればどちらも北海道という地である。
    時代は、タコ部屋と女郎の間に20年ほど流れている。視覚的にはそれぞれのシーンが入れ子状態で展開するが、もちろん実際は交差していない。

    タイトル「土蜘蛛」とは、平家物語ではまつろわぬ民の怨念と説明されているという。そして「土雲」と表記し穴倉や洞窟に住んでいた集団を意味するらしい。このタコ部屋は、現代日本の格差社会を思わずにはいられない。特にバブル崩壊後、持つものと持たざる者、貧富の差が拡大する。芝居のような直接的な暴力こそ見かけないが、怨嗟が聞こえてきそう。

    一見、”人間”の強欲という「個」の面に目が向いてしまうが、先に記した”社会”という「集」への鋭い批判が浮き上がってくる。時代背景は昭和、それも戦時中らしい。その重々しい空気感が緊張をもたらす。会場全体が薄暗く、客席を含め穴倉へ導かれてしまったかのような錯覚に陥る。また上演前からの寒風吹く音響効果も見事な導入である。

    この雰囲気の中で、役者の演技が迫力・緊密感で漲っている。演技のバランスもよく観客の集中力を途切らせないテンポ。特にラストシーンの女郎であった女将・綱(田中千佳子サン)と土工夫・辰夫(小島明之サン)の20年の時を越えて邂逅するような情景は圧巻。もちろん直接会うことはなく心象形成として観せているのであるが、このシーンこそ絶望の淵にいても、”信じる”という目に見えない拠り所になっている。全編にわたって金・物欲、暴力という否定的な見せ方の中で、細やかな抗いのようにも思える。それゆえ鬼気迫る情念のようなものが感じられた。
     
    次回公演も楽しみにしております。
  • 満足度★★★★★

    舞台の開演後すぐに奈落の底に落ちていくような音がし、下に落とされたような奇妙な感じを覚えた。
    今回も重い重い話で、眉間に皺を寄せながらの観劇だがこのドロッとした重さ、嫌いじゃない。
    終演後、外に出た時の太陽の明るさ、空気の美味しさをしみじみと実感しながらなんとなくこのまま帰ってはいけないと
    思い、王子稲荷へ参拝し少し気分が軽くなり帰宅。
    すでに次の公演が楽しみです。

  • 満足度★★★★★

    見応えのある舞台でした!舞台措置も素晴らしく場面転換も魅せられました。土蜘蛛の生き方をどう見るのか感じるのか…、圧のある舞台でした。外の暑さにホッとしました。見応え十分の舞台です!

  • 満足度★★★

    女の地獄と男の地獄が同時に進み、人間の愚かしさと強欲さに嫌悪を感じながらも目の離せない壮絶な舞台でした。
    観終わった後味はいいものではなかったが何か考えさせられる作品でした。

  • 満足度★★★★★

    無論、五つ星、それも花○五つ☆である!

    ネタバレBOX


     当パンを見ると“土蜘蛛”とはまつろわぬ民に対する蔑称であったそうだが、この呼称は彼らが穴倉や洞窟に住んでいたからだという。物語は、舞台美術が示すように二つの層の嵌入によって進行する。片やトンネル工事のタコ部屋の土工夫、片や私娼窟で女郎として働く女たちである。何れの身分も蛸や蜘蛛に擬えられ、為政者のみならず、一般大衆迄が彼らを差別していたことが重要である。
     興味深いのは、この二層構造が時には女郎屋、時にはトンネル工事の現場になる一階部分とあくまで女郎屋のそれも女将の部屋である二階に峻別して用いられていることである。これは何を意味するか? 自分の解釈だが、二階は権威による支配、一階は力による支配なのではないか? ということである。無論、権威の威力は暴力に転化するのだが、それは階層の隔たることであって、直接権威者が、暴力行為を受けた人々の被害に対して責任を負う必要が無い、と了解されているということでもあろう。
     このことの、大衆サイドからの責任追及の頓挫は、時間軸のズレとしても表現されている。即ち女郎屋の女将が、人間らしさを唯一残していた、マブを待つ心が支配する20年後と、トンネル工事が行われていて、若かりし頃の女郎であった女将に懸想する反乱組のリーダーの止まった時間の対比である。無論、物理的時間はそれなりに流れているのだが、この二人の時間の首根っこは止まり、片や権威として無意味な時間を過ごす女将、片や叛旗を翻すリーダーとして生きることに賭けた時を過ごすマブという、あからさまな人間的時間の矛盾を通して赤裸々なメンタリティーが描かれている。しょっぱなから最後まで、光の見えない作品なのだが、緊張の途切れることは片時もない。日本人の奴隷根性を嫌というほど見せつけてくれる舞台であると同時に、であるからこそ、日本的反逆への示唆をも秘める作品と言えよう。共謀罪発現迄1週間を切った。覚悟せよ! とマッポウと為政者が笑っている。
  • 満足度★★★★★

    男と女の2つの生き地獄を演じています。暗く重く2時間目が離せません。夢中で観たあとしばらく自分を取り戻せませんでした。異なる2つのテーマを1つの舞台でうまく演じ分け役者さんの演技も素晴らしかったです。こんな暗いテーマの芝居を前に観たことがあると思い出しました。この劇団の賽の河原でした。この芝居を観た時も相当衝撃を受けました。

  • 満足度★★★★★

    男の地獄と女の地獄。体は身じろぎも出来ないほどに、二つの地獄から目を離す事ができない。
    凄かった・・・としか言葉がでてこない。

    劇場の階段を登り、とりあえず現実界に戻れてよかった。

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