馬鹿とは、 公演情報 馬鹿とは、」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.0
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  • 未熟な作品から透かし見る
    終演後に手にしたパンフをめくると演出の「言葉」が書かれてある。多摩美では間もなく廃科になるというその科で、「自分らで劇を作る」という難題に向かうに徒手空拳、己らを「馬鹿」と蔑む他術ない開き直りから、この舞台は作られている・・・その裏ストーリーを合せ含めて観るというのが、(作り手的にも)正しい見方である所の舞台作品を観た、のだと思う。
    1時間20分、ストーリー自体があっちにぶつかりこちらで転けしながらどうにかこうにか、「ラスト」と呼ぶべき地点にたどり着く。 ドラマの鉄則もそこここで破られ、逆効果な差別言動や、「転向」を易々と遂げる人物たちや、観客が唯一拠り所にできる主人公の「視点」もほとほと脆弱な体たらく。それを(やむなく)踏み台として中盤以降の「劇的昂揚」を演出するも、ニアミスな選曲が続くなか俳優は場面の意味を掴み切れぬままただエネルギーを放出しながら彷徨い、こうして「劇作り」の悲壮なドキュメントが進行して終わる。
    ・・この全てを「映像」と捉えるなら、つまり製作着手から始まった彼らの「物語」に触れたという事なら、ある種の感慨も湧く。 物事はどう転ぶか判らないとも。 が・・ 演劇を学ぶ学生の成果発表はそれとしてきちんと受け止めたい。この地点を踏みしめこの先へ、踏み出して行って欲しい。

  • 満足度★★★

    もっと鍛錬が必要
     多摩美Field Trial(FT)とは、演劇のA,映像のB,展示のCの3コース。年2回の発表を通して己の表現に挑戦するカリキュラム、ということである。(追記後送)

    ネタバレBOX

    自分は主にAを拝見してきたのだが、FAは廃科になるという。FA出身の劇団で自分が最も多く拝見してきたのがピャーなのだが、基本的に彼の劇団のやっていたことは“生存”である。即ち、飲み食い・闘争・セックスである。作家は、生みの苦しみに苦悩したが、自分なりの哲学に近いものを探り当てていた。だが、このような作家、表現者は、そう多くない。外部者の言うことではあるまいが、学科として本気で創設したのであれば、教導する側は、表現する為の基礎になる社会観察や己を対象化して観る者の位置に辿り着くための哲学、レトリックの基礎などについてはヒントを与えるようなことがあって良かったのではないか、と考える。無論、自分は、具体的なカリキュラム等一切知らないし、無責任なことを言っているのであろう。然し、出来上がった作品のいくつかを(ピャー以外の作品を含めて)拝見して、指摘させて貰った以上のようなことがカリキュラムとして組まれていなかったのではないかと感じたのである。言うまでもなく大学生にもなれば、そんなことは自分でやって当たり前という意見がある。然し、電車の中で話している高校生の会話からは、18歳で大学に入るまでにキチンと大人になる為の訓練を経ているとは思えないのである。自分もヨーロッパやアフリカで暮らし、十数ヶ国の国々を旅してきた。多くの子供達、ミドルティーン、ハイティーンをそれぞれの国、地域で見て来た。だが、日本の若者ほど幼稚な連中は居ないのが実情だ。而も、帰国した空港に降り立って、最初に感じるのが、日本の子供の目には光が無いことである。毎回、これには絶望しか感じない。どんなに貧しい国、地域にあっても子供達の目の輝きだけは我々を救ってくれるのが常なのだが、日本の子供に限っては、死んだ魚の目をしているのだ。そんな子供のなれの果てとしての18歳以降の受験者も幼稚であることに変わりはないだろう、というのが偽らざる自分の感覚である。
     こういう道しるべを持たない子供達に完全な自由を与えようとすることには、殆ど意味がない。無論、一から十まで指導しろ、というのではない。Aコース15期生は26名。このくらいの人数なら、それぞれの個性に従ったヒント位与えられると考えるし、それが指導する大人の責任であるはずだと考える。(ここまでは、今まで多摩美出身で演劇を志した人々の作品を拝見し拝見することを楽しみにしてきた一観客から、教導する方々への意見である)
     さて、今作のレビューに掛かろう。今作出演者の役者としてのレベルから言うと残念乍ら低い。滑舌の悪い者が多すぎる。がなれば良いというものではない。通れば良いのである。無論、通った上で、演じる役者に科白の意味する所がヴィジョンとして見えていなければならない。この辺り、プロデュース、演出レベルで滑舌の悪い者は、端役にすべき所だが、そうなっていなかった。それとも、シナリオに難ありと判じてこうしたのか? 何れにせよ、作品の制作段階での対話・討論が足りない。結果、演者各々にシナリオが「現実化」されていない為に表現が浅薄なものになってしまった。溜めの無い演技になったということだ。演劇をやるのに溜めがないということは、作品を殺すに充分である。演出は、もっと文学、哲学、社会学、核物理学、民俗学、政治学、歴史学、経済学等の本は、名著と言われるものを含めて、各ジャンル最低50冊ずつ程度は読んでおくべきである。時間的に無理だとするのであれば、せめてこの程度の目標は立てて、実現すべく努力すべきである。少なくとも表現のプロとして生き残りたいのであれば。実際、一つの大きな著作を読み込む為に参考になる本を50冊程度読むと大体自分なりの解釈ができるようにはなる。自分が初めてこの手のことをやった時は、資本論を読む為にヘーゲル哲学や実存哲学、他の経済学参考書、ギリシャ哲学や当時最先端の哲学的批評、世界情勢、歴史、実際に行われた革命関連本などだけで100冊程度は読んだ。
  • 満足度★★★

    いいんじゃな~い。。。
    “多摩美”は、そこら辺りが元々地元なのですぐそばはよく通るが、
    中に入ったのは初めて。

    “演劇スタジオ”が立派でちょっとビックリ。

    さて、作品のほうですが、
    “アバンギャルド風刺エンターテイメント”といった感じで、面白かった!

    出演者の中に、顔もスタイルもバッチグー(古っ)の娘を発見!
    水着姿も見れて、目の保養もバッチリ!ヨカッタですね~(笑)。

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