青色文庫 -其弐、文月の祈り- 公演情報 青色文庫 -其弐、文月の祈り-」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.9
1-10件 / 10件中
  • 満足度★★★★

    【プログラム A】観劇
    そうだったのか、雪が降っていたのかと。

    ネタバレBOX

    『野ばら』(原作・小川未明)  敵対する国のそれぞれの国境を守る老兵と若い兵士がいて、二人は親しくなったものの開戦によって若い兵士は戦場に行き、その後老兵の夢の中に挨拶に来たという話。

    そんだけって感じでした。

    『十二月八日』(原作・太宰治)  作家の妻が記念すべき日の普段暮らしを記録しようと思い立ち記録する話。

    三鷹や吉祥寺辺りではその日雪が降ったことを初めて知りました。私の田舎はどうだったのだろう、些細なことを覚えておくことが豊かな記憶に繋がるのだと思いました。

    つい先日、若い役者さんたちの朗読劇に行きましたが噛み噛みでした。青色文庫ではそんなところは一ヶ所もなく、さすが青✩組と感心しました。
  • 満足度★★★


    面白い。60分。

    ネタバレBOX

    野ばら
    大きな国と小さな国の故郷にある石碑を守る両国の兵士が懇意を深め、戦争が始まり小さな国の兵士が戦地に赴き、大きな国の兵士の耳に大きな国が勝ったことが伝わる…。

    十二月八日
    戦争真っ只中の国に生きる、とある主婦の日記。

    戦争の理屈のなさと寂しさを描いた野ばらと、一般庶民の代表のような主婦の戦争への本音を提示した十二月八日という両作品。青組の繊細な舞台表現の中に、争いへのピリっとした成分が含まれてて、むしろ見終わった後に余韻が残る舞台だった。
  • 満足度★★★★★

    Aを拝見
    目白にある古民家を利用したギャラリーでの公演。門構えにも風情があり、門を入るとアプローチの傍は庭、トクサ等も植えてある。奥ゆかしさが偲ばれよう。手入れが行き届きすぎていないのも良い。上がり框で履物を脱ぐと正面が受付。楚々たる美女が、対応してくれる。

    ネタバレBOX

     左へ進むと蚕農家のような高い天井には明かり採りの窓が設えられ詩的なイマージュを喚起する、板の間である。更にその奥が畳の敷かれた六畳間。上手、奥には凹みが作ってあるので、部屋を使う者のイマジネーション次第で如何様にも変化させることのできる自由空間である。尤も、上手中ほどの自由空間には、蛇口が取り付けてあり、水の神様と言われるツチノコのような形をした木像が鉄の舌を出している。他に、埴輪で表現された馬のような形のオブジェ、書籍の入ったエリア等々。
     奥のフリースペースには、今回、硝子の器に入った蝋燭に火が灯され、風が吹けば揺れそうな、か細く極めて脆弱な守りの壁にもガードされて、命の火が燃えているようにもとれる。
     作品は二点。小川 未明の「野薔薇」と太宰 治の「十二月八日」である。無論、二編とも戦争に纏わる作品だ。だからといって、自分のように、蝋燭の炎を命と読むことは強制されない。
     何れの作品も最初と最後に風鈴の音が聞こえる。脚本レベルで、未明の作品には殆ど手は加えられていない。太宰の方は、ある程度、手を加え、アレンジされているが。
     演者たちの巧みな朗読とゆったりした時間を存分に楽しむことができる。
    役者陣の朗読レベルの高さ、シナリオの的確と雰囲気を作る巧み、また、椅子の用い方、役者のオンオフが横向きに座る、正面を向くという単純で明快な所作によって表現されている点でも、暗転を少なくし、緊張を程良く継続する手法として作品内容ともあった手際の良さと同時に品を感じさせるものであった。
  • 満足度★★★★

    B鑑賞
    リーディングながら舞台演劇のようにイメージを与えてくれた。

  • 満足度★★★★

    プログラム A 『十二月八日』(原作・太宰治) 『野ばら』(原作・小川未明)
    リーディング公演2本立て。

    入口に猫が横たわっていた。
    よく出来た置物かと思ったら、ぱっと顔を上げてお出迎えしてくれた。

    ネタバレBOX

    目白にある「ゆうど」というギャラリーは、いつくかの劇団の公演で訪れたことがある。
    使い方はさまざまだ。
    青☆組の公演にはマッチするだろうな、と思っていたら、やはりぴったりだった。

    Aプログラムは、『十二月八日』(原作・太宰治)と『野ばら』(原作・小川未明)の2本立てで60分のリーディング公演。
    座って観て、聞くにはちょうどいい時間。

    両作品ともに共通するテーマは「戦争」。
    サブタイトルにある「文月の“祈り”」が響く。


    『野ばら』
    男性俳優2人のリーディング。
    国境で対峙する2人の男が、次第に心を通わせるのだが、戦争によってその関係が引き裂かれるという小川未明の作品。

    国家の思惑は、あまり国民個々人の感情とは関係ないところにある、ということを強く感じた。
    戦争に限らず、2国間の揉め事の大半はそうではないか。

    タイトルの「野ばら」が、2人の男を結びつけ、若い男の死を連想させるラストまで、象徴的に言葉となって発せられる。
    女性の俳優さんたちは、下手奥に固まって座り、シューベルトの『野ばら』をハミングする。
    時には、鳥のさえずりのような「野ばら」の口笛となる。
    さすがに上手い演出だと思った。

    しかし、彼女たちの気配が強すぎるような気がする。観客の目の前に実際にいるので。
    国境にポツリと2人だけがいるという設定なのだから、女性たちは本当に「気配」だけでよかったのではないだろうか。
    つまり、舞台袖の見えないところにいて、ハミングする、ということだ。

    それにより、2人の男たちを待つ「家族」のことが、より鮮明に観客に刻まれたのではないか。
    このときの「歌」は、暖かい「家族」の象徴となる。
    2人の兵士は、2人だけだったから、関係が築けたと理解しやすいのではないかと思うのだ。

    2人の兵士の距離が近づくときの表現として、並べられたイスの両側に座った2人の距離を実際に近づけていく、というのはわかりやすい。
    しかし、老人の兵士のほうから歩み寄って、距離が近くなったということに意味を感じた。

    また、これは原作どおりだと思うが、死ぬのは若い兵士で、老人は生き残る。
    さらに勝つのは大きい国、というのもとても、考えさせられる。


    『十二月八日』
    太宰治の作品を吉田小夏さんが翻案したもの。

    原作には登場しない、主人公の夫である小説家の妹が登場する。
    妹の出現により、小説家を訪ねてくる学生と妹の関係が、すっと浮かび上がったりする。
    桜桃のような、美しいあめ玉が観客の脳裏に現れる。
    そこには「人」の「営み」が見えてくるのだ。

    リンゴを持っていく家庭のエピソードも、彼らの台詞が入ることで、ささやかで美しい「人々の生活(営み)」が見えてくるようになる。

    妹が見上げる、空から降る雪のエピソード(シーン)は、本当に美しく愛らしい。見事だ。

    そうした作品への書き込みが、太平洋戦争が始まったその日から、彼らのささやかで美しく愛らしい「営み」が徐々に壊れていくであろうということの、予感をさせる。

    ラストに主人公の妻が、夜道を歩くシーンがあるのだが、それとこれらのエピソードが繋がっていく。

    そういう意味においては、太宰治の作品というよりは、そこから発展したものと考えてもいいのではないかとも思う。

    吉田小夏さんは、短いセンテンスとやり取りで、そうした「情」(情景)を表現するが上手い。
    リーディング公演であっても、役者の一挙手一投足に、本当に神経を使っていることがわかる。

    軍歌『敵は幾萬』の2番(?)から始まり、軍歌がいくつか劇中で歌われる。
    軍歌の暴力性を感じたのは初めてかもしれない。
    美しく愛らしい「人の営み」を、強い力でねじ伏せるような響きさえ感じた。
    屍(かばね)ばかり出てくる、『海ゆかば』が象徴的に重なる。

    このような「歌」の使い方は、先の「野ばら」とは対照的だ。
    ここにも演出の巧みさを感じる。
    「歌う」ことで、一方では「家族」の温かさを感じさせ、もう一方では「家族」を破壊する暴力を感じさせるのだ。
    たぶん、「小説」にも「演劇」にもそうした2つの力があるのだろうな、とぼんやり思ったり。

    個人的な感覚なのだが、小説家が「日出ずる国」「東亜」と、「西太平洋」のことで怒るシーンがあるのだが、ここはそんなに強い口調で怒る必要があったのだろうか。
    怒ってみせる、ぐらいのほうが、全体のトーンとしても合っていたように思う。

    「戦争は始まった」という、理不尽さと不安感への、やり場のない怒りのような感情が、「西・東」のことに託けて少し怒ってしまう、というところもあろうが、地理に暗い小説家が、妻に言われたことに対して、(怒ってみせるという)軽いユーモアで返すシーンであり、小説家のことがわかるよう場面だと思うからだ。小説家は本気で怒っているわけではないと思うのだ。
    私は、原作のこの部分をそう読んだ。

    2つの作品に通ずるのは、先にも書いたが、「国家の思惑は、常に国民の感情とは関係ないところにある」というものだ。
    敵・味方と対立する者たちにとっても、戦争が行われる国で生活する者たちにとっても、個人的な感情はお構いなしに状況は進んでしまう。
    「だからどうするのか」の先は、観客が考えるしかない。


    残念ながらBプログラムは、夜の回がないので行けない。
  • 満足度★★★

    プログラム A 『十二月八日』(原作・太宰治)  『野ばら』(原作・小川未明) 観劇
    60分の小品な作品であり正直、
    移動時間が往復で上演時間を越える方とかにはお薦めし辛いかなぁと感想。

    舞台となる古民家は少々わかり辛い場所ではあったが、
    雰囲気とか猫(^^;)とかは好ましかったです。

    裏の井戸で淹れられたサービスの麦茶も有難かったです

    自分的には『野ばら』の方が好みであり、
    『十二月八日』の方は少々睡魔が襲ってきたと正直に告白するであります。

  • 満足度★★★★

    プログラムA
    わりと変化の少ないリーディングも、今回の会場のようなところでやると雰囲気も感じられていいですね!?アカペラでのBGMに庭の猫もいい演出になっていました。短いながらも「野ばら」はこころに響いてきました。

  • 満足度★★★★

    プログラムA観劇。
    初日初回観劇。初めて赴く場所。見つけ易そうで見つけにくい(個人比)都心の中にある閑静な街の一角にあった古民家。軒先と庭には2匹の猫がのんびりとお出迎え。座敷、縁側、奥井戸。汲んできた水で出されたウエルカム麦茶にもホッとする。
    猫がくつろぐ借景を横目に、6人の役者が静かに語りかける、なんとも風情ある60分の演目でした。

    ネタバレBOX

    リーディング順。 
    「野ばら」(原作/小川未明)
    大国の老人兵士と小国の青年兵士。どこからかシューベルトの野ばらのハミングが楽しげに聞かれる。国境に咲く野ばら、隣り合わせから始まった束の間の交流が、いつしか自分たちの知らないところで敵対する間柄となり別離を迎える。老人の見た光景、青年の未来、2人の友情の表れのような野ばらが枯れたことに切なさが極まる。

    「十二月八日」(原作/太宰治)
    『今日の日記は特別に、丁寧に書いておきましょう。昭和十六年の十二月八日には日本の貧しい家庭の主婦は、どんな一日を送ったか、ちょっと書いておきましょう。〜』ここしかちゃんと覚えていないが、家庭の主婦の視点の言葉から始まる話。
    出だしは楽しそうに、愉快に思えても、表題から太平洋戦争の開戦日という運命的な日、平穏な日々から徐々足音を忍ばせながら世の中が変わっていく日常。
    少し昔のこととはいえ、なんだか現在の世の中の話でもあるような。

    文章の句読点まで一句一句、丁寧に実感こもった読み方で心地よく、また聞き取り易かった。
  • 満足度★★★★

    プログラム A観ました
    『野ばら』は教科書でもお馴染みの切ない作品。シューベルトのヴォーカル・エフェクトが雰囲気盛り上げています。『十二月八日』はあらすじは知っていましたが、実に的確な演出でこちらもしんみりと楽しめました。土屋杏文さんのまあるいお顔が印象的。正座も、あぐらも、体育館座りも苦手で、体位変換を繰り返しての観劇でしたが、よい時間が過ごせました。芝居とは関係ないけど、お庭でグルーミングにいそしむ猫もよかったです(玄関でお迎えしてくれました)。

  • 満足度★★★★

    無題1528(15-216)
    19:30の回(七夕の夜、小雨~曇)

    18:59受付、開場。庭を左にみた座席、座布団(大きめ)+椅子席。舞台には演者の椅子(6脚)その向こうにいくつもキャンドル(グラス)、客席誘導は和服姿の吉田さん自ら。座ると、ここの井戸の水を使った冷たいお茶。

    キャンドルの炎が揺れ、庭に面したガラス戸には室内の風景が映りこみ、
    ちょうど水をやっているのか、外にいる女性とひとつになっていました。

    19:28役者さん登場、19:29前説(吉田さん、2作で60分)、19:33開演~20:27終演。

    ここは2回目(かもめ 2011/6)、今泉さん復帰3作目。

    先日「かたりと」の「テルマエ太宰@殿上湯」で「瘤取り(お伽草子より)」「灯籠」を聴き、「太宰治の女たち」を読んでいるところで、本作「十二月八日」は偶然とはいえなんともよいつながりとなりました。

    女優さんの中で今泉さんだけが「洋服」、なぜだろうと考え、これは戦争の悲劇を体験しつつ、これからの日本を築く新しい世代なのだろう、と勝手に納得させるのでした。

    女性のひとり語りを6人で。

    個人的に...ですが、揺らがない明りをもう少し落とし、キャンドルに揺らぎを演出させ、戦争が始まったという雰囲気が醸し出せたのではないかなー、もっと足元まで来ている闇があればなーと思いました。でも、もしかしてそれはこの作品には相応しくないのか...。

    観た作品:大西さん「線のほとりに舞う花を(2011/4@王子)」。土屋さん「へんしん(仮)@2015/2@風姿花伝」。

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