子供の時間 公演情報 子供の時間」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.8
1-5件 / 5件中
  • 満足度★★★★★

    時代
    Bチームを観劇、子供のちょっとした嘘から何人かの人生を大きく狂わせてしまったストーリー、見応えありました!

    ネタバレBOX

    ただ、設定の時代だったからの悲劇なのでしょうね!? 肉体関係にかんしては嘘でしたが、自殺してしまった女教師の本当の気持ちは、嘘をついた子供にはみえていたのかもしれないですね!? だとすると、見かけ上は嘘だけど本当は.... その他にも色々となかなか深いものが潜んでいて、面白かったです。
  • 満足度★★★★★

    素晴らしい傑作!
    Truth exaggerated may be falsehood.

    リリアン・ヘルマン『子供の時間』を,阿佐ヶ谷で観た。とても良い演劇だった。スピード感あり,心理描写が卓越していて,たいへん良いものだった。

    ドビー寄宿学校には,美人教師カレン・ライトがいた。結婚も決まっていた彼女には,創設以来の無二の親友マーサ・ドビーがいた。彼女は,どうも男には縁がないようだ。むしろ,カレンと毎日同じものを見て,同じ作業をし,生活をすることが唯一の幸せである。マーサは,どこか変なのだ。女性なのに,カレンしか見ていないのだ。

    子供というものは,動物的感がさえている。だから,このことに大変心を悩ます。一番のお転婆むすめメアリーは,カレンと悉く対立する。あいつは,自分ばかりしめつける。これじゃ息もできないじゃないか。こんな化けものみたいな学校,おばあちゃんに言いつけてつぶしてやるんだ。カレンは,世間知らずで,このような意図になぜか気がつかない。

    あるとき,メアリーは,ロザリーが,外出するのに,黙って友達の「飾りもの」を拝借した現場を目撃する。ようし,あいつは,この弱みで今後アタシの子分だわ。いざとなったら,なんでもあの子のせいにしてしまえばいい。メアリーは,ロザリーをうまく利用して,カレンと,マーサがレズであった!というデマをばらまく。

    この事件を,ティルフォード夫人が膨張させてしまう。やがて,カレンとマーサは,裁判において負けていく。彼らは,学校経営において,平気でほかの同僚を追い出すような自分勝手なひとたちだったので,証言を拒まれてしまったのだ。

    カレンは,恋人との関係もギクシャクしていくのに気がつき,別れを口にする。ここにいたって,カレンにはさほどそのような感情はなかったかもしれないが,アタシには,結構そのような不自然な感情が確かにあったのかもしれない・・・と,マーサが反省をすることになる。マーサは,結局自殺するのだ。

    ネタバレBOX

    Mary told the same lie so often that the public came to believe it.

    『子供の時間』(リリアン・ヘルマン)は,非常におもしろい演劇だった。何が,強く引かれるのか,良くわからない。私が,この演劇が非常に興味深いのは,同じ演劇を観ていても,非常に意見がまちまちなことである。つまり,登場人物になって,関係者となった場合,この事件をどう理解しただろうか,ということとつながっている。

    一番のネックは,主人公のメアリーは,本当のところ,どのような娘だったのだろうか。確かに,カレンは,メアリーに虚言癖があるから,しつけようとしていた。メアリーの,カレンに対する憎悪は,度を越えていた。ごく普通に考えれば,子ども好きで教師になった人は,あそこまで小さな敵対者に,敵愾心を燃やそうとするのだろうか。

    Corichなど,コメントでは,このメアリーには,なぜ厳罰を与えられないのか,という意見があった。しかし,メアリーは,カレンの抱く良家のお嬢様教育観にすごく反発を感じていて,自分を一番の問題児に仕立て上げるやり方に,うんざりしていた。だとすると,メアリーは,窮鼠猫を噛むのような反撃に出ただけかと,思われる。

    この事件は,ある種の教訓だと思う。カレンは,メアリーというしたたかな小娘に,かき回されて,没落していく。カレンは,比較的早い時期に,マーサーとは,手を切っておくべきだった。少なくとも,関係を少しでも希薄にしておくべきだった。自分には,聖職としての教師であるがゆえに,めんどうとは,無縁にしておく方がよかった。

    結論からいえば,たったひとつの子どもの虚言に,人生のすべてを失うようなことがあったとすれば,カレン自身も,この事件を招いたとの厳しい見方をすべきと思う。でないと,次に自分たちは,同じようなミスをし,無邪気な『子供の時間』にいつも翻弄されることになりかねない。『子供の時間』は,残酷な面もあるし,無責任なことも多い。

    いずれにせよ,物語の展開では,メアリーのウソは暴かれ,ティルフォード夫人は,死ぬまで良心の呵責に苦しむという。メアリーのウソは,実は,ウソではない。少し大げさにいっただけで,よくあることだ。同性愛者でない人間は,だれだって,あるとき自分にそのまなざしを向けられると,困惑し,ケースにもよるが,嘔吐すらするものなのだから。

    私のいわんとするところは,ごく普通の常識があれば,この程度の悲劇は,逃避できたはず。むしろ,カレン自身が,思慮不足で,自ら罠にはまっていった喜劇のように思う。イプセン『人形の家』のノーラが,教師にでもなったようなもので,世間知らずで,無防備,でありながら,他人を枠にはめて教育しようとしたのだと。

    ティルフォード夫人が,子どもたちを学校から全員引き揚げたことは,まちがいともいえない。あるべき選択の一つだったと思う。マーサーは,実際,終末で,レズビアンであったと告白している。メアリーに限らず,子どもたちは,恋愛の対象は,男の子であって良いと知っている。マーサーの餌食に,子どもたちだってならない保証はないのだ。

    ちなみに,男の場合でも,最初から,ゲイだと明らかにして近づいて来るとは限らない。ずっと,友情を装い,とにかく近くで舞い,跳ね,じゃれあって,距離をなくそうとする。気が付いたときは,相思相愛にされてゆく。あぶない,と思った時点で逃げないのは,かえって問題を複雑にする。あぶない!と判定するのは,この場合自分なのだ。
  • 満足度★★★★★

    蠅の王にも似たテイストながら、女の子
     1934年に発表された”Thf Children’s Hour”は、リリアン・フローレンス・ヘルマンによって書かれた作品の中でも最も有名な作品の一つだが、寡聞にして自分は読んだことがなかった。今回、小田島 雄志の名訳で初めて接したこの作品、当に衝撃! (追記後送)

  • 満足度★★★★

    【B】序盤の「寄宿舎」は雑踏に終ったが、とても高貴な翻訳劇である
    阿佐ヶ谷の地下で、こんな高貴な物語を紡ぐとは衝撃的である。

    少女の「嘘」が教師、親類、クラス・メイトの人生をも変えた、アメリカ片田舎の事件を追う。

    「黒板」と西洋家具が連結した舞台装置はシック。音響も最小限に控えている。

    この空間に対し、私が抱いた感想は次の通りである。2013公開映画「『ムーン・ライズ・キングダム』の色調だな」と。
    タイトル『子供の時間』。英訳すると「KINDAR HOUR」。「黒板」に パリのカフェ従業員の書く字体で2時間10分占領する。(同文以外は消されている。)
    これが、映画冒頭の「字幕」がアンティーク化するイメージと ぴったりだったのだ。

    10代の「問題児」メアリー・ティルフォードに周りの大人が翻弄し、描かれるテーマも 「モラルと権威社会」で、ところどころが重なった。


    いかにクラス・メイトを掌握していくか。いかに、祖母を騙し、大嫌いな寄宿学校を破綻させるか。
    「問題児」を、滑稽に、子どもらしく、それでいて計算高く演じたのが荒川 真琴だった。

    別の、彼女が登場しないシーンであっても、舞台袖にいながら他のキャストと共演する離れ業をみせた。それは、脚本どうこう以上に、荒川の演技に答えがあるように思う。


    いやあ。子どもは残酷な生き物だ。

  • 満足度★★★★★

    素晴らしい!
    農家を改造した寄宿舎が舞台である。そこに居る女生徒の戯れについた嘘が、その学校の女教師二人の運命を狂わすという物語だ。この戯曲は、リリアン・ヘルマンが書いた問題作。物語は、女教師の視点から描いており、女生徒の深層に触れていない。フライヤー(チケットも同じ)デザインは、暗色に少女が膝を立て安座した姿のもの。膝の間に顔を伏せているから表情はわからないが絵柄から陰鬱な雰囲気が漂う。女生徒が何故嘘をついたのか、という核心は定かではないが戯れについた嘘が大事になり、取り返しがつかない事態になったということだろう。日常に潜む「チョットした出来心」「いたずら」が思わぬ事態を招くことは往々にある。そう考えると恐ろしい。本公演は、人間が持っている”悪意のない悪戯“を怖いまで、一方、転落時の不条理を悲しいまでに描いており、秀逸だと思った。
    なお、説明に「勢いだけでは乗切れない作品を若い役者とどう作るか」とあったが、それは杞憂だったと思う。確かな演技で2時間10分を観せてくれた(Aキャスト)。今後も素晴らしい公演を期待しております。



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