満足度★★★★★
すごい集中力
役者さんの凄まじい集中力に、客席まで集中している感じでした。あまりつか作品は観ないのですが、友人の役者さんに勧められて行ったところ、もう衝撃でした。演出、そして4人の役者さん、最高ですね。特に木村伝兵衛役の宮川さんが魅力的でした。ただ、選曲は確かにセンスを感じましたが、それだけに自己主張が強すぎる気がして。邪魔にならなければいいというものではないし、難しいとは思いますが、かえって集中力がそがれたときがありました。
ゆるやかな「変貌」に引き込まれた
笑いが 「零れ落ちる」、まさに そのような表現こそ相応しい。
劇作家•つかこうへい氏の代表作『熱海殺人事件』を、2013年の最新ワードや昭和の歌謡曲を扱い、新たな作品として変貌させた。
劇作家に対する、これほどのオマージュもないだろう。
幕開け、キャスト紹介の後、「つかこうへいリスペクト!」と、プロレスのマイク•パフォーマンスを彷彿させる口調で語った そのコトバは本物であった。
キャスト紹介前の約15分間にわたって繰り広げられる冒頭のシーンは、部長刑事•木村伝兵衛(宮川浩明)の人物像を 探るには十分な時間だったと思う。
過去、上演され続けた『熱海殺人事件』において、木村伝兵衛は異常者として描かれるケースが占めるが、本作も「常道」を選んだらしい。
私は「新たな作品として変貌させた」旨を述べた。
そして、「変貌」というのは作品全体の話だけではなく、最新ワードー昭和歌謡曲の「変貌」であり、コメディーシリアスの「変貌」を指す。
違和感を生じさせない。
ある程度、観客も把握できるほどの「変貌」ではある。
ゆるやかな起点を示し、観客を引き込んでしまう構成は、圧倒的な「調整力」に他ならない。
満足度★★★★★
芝居も音楽も良かった。
とても良い芝居だったと思います。
とくに、大山がアイコを殺した直後、木村の足元に縋り付いたあと、
花束で大山をたたく、花が散りばめ、
そして、そこに流れる曲、一瞬あの曲何だっけと思いましたが、そうです、パピヨンのラストにかかるテーマ曲です。非常にマッチしてて感動しました。
その他、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番はもちろん、よろしく哀愁(郷ひろみ)、青春の輝き(カーペンターズ)、マーラー交響曲第5番と挿入曲とても芝居を引き立てていたと思います。ダンスも良かったですが、黒澤はるかさん超美形ですね、涙流してたところ見えました好演でした。(男性陣は文句なく上手い)
満足度★★★★
機関銃のような台詞が心地よい
今年だけでも熱海殺人事件は10回以上みてきたが、木村伝兵衛の機関銃のように繰り出される台詞はとても心地よかった。他の三人も台詞が聞きやすく、それぞれの役に溶け込んだ演技をされていた。47Engineの舞台は幕末純情伝、猿人プロジュースのロンゲストスプリングに続いて3度目であるが、毎回つか作品をハイレベルでリメイクされており、安心して見ることができる。今後も他のつか作品をされることを楽しみにしておこう。
満足度★★★★
つか演劇とは何か?
ご存じ熱海殺人事件であるが、本当に諸君は、熱海殺人事件をご存じだろうか? こんなことを言うのも、無論、つか こうへいの作品には、基本的に台本が無いからである。前にも書いたが、彼は演劇の一回性を非常に意識した人であった。同じ物は、二度と演じられない。厳密に言えば、そうなのだ。その時の役者の体調、観客のレスポンス、トラブルなどの有無、事故の可能性、演出家の気分、ハプニング、科白や音だしのきっかけのトチリ等々、違ってしまう要素は無限にある。だから彼は、毎回、本番中であっても練習時間を長くとり、口立てなどという手間の掛かることをして、日々作品がより役者に合うように作り変えていったのである。だから、厳密には、まるっきり同じ舞台は存在していないのだ。
今作も、かなり初期のバージョンを基に、それだけでは現在分かり難いと判断して、後期のバージョンをミックスして構成してある。従って、他のどこもやっていない形になっている。つかの作品は、だが、このような可能性を一定の条件つきで可能にする。
では、その条件とは何か? 既に作家が鬼籍に入ってしまった以上、その答えは作品の中に求める他にあるまい。ズバリ、それは、役者の存在である。そう言い切ってしまって間違いないだろう。つか作品の特徴は、あの叩きつけるような、科白のシャワーである。そのパワーである。チャイコフスキーの大音響の只中、科白が聞こえようが、聞こえまいが口角泡を飛ばしてまくしたてる速射砲のような科白のシャワーで役者は己の存在そのものを舞台に観客に叩きつけてくる。その存在の熱さ、厚み、体重の総てを掛けて、観客に訴えてくるのだ。人間という生き物の持つ温かさ、ぬくもりを。これが、つか演劇の本質、魅力である。つか本人が、居た間は、つかが口立てという方法でそうなるように実践していたわけである。然し、彼が鬼籍に入ってしまった以上、このような、メッセージを伝える為に作家がやっていたことを引き継がなければならないのは、演出家だろう。その意味で演出家の役割は極めて大きいと言わねばならぬ。
で、今回、結果としてそれが、為せていたか、ということであるが、かなり良い線迄行っていると判断した。本質を掴み、つか自身が持っていた温かくデリケートなメンタリティーまで表現できていたように思う。更なる高みを目指す為には、役者は、プロの技術を一旦、捨てる覚悟で舞台に臨む必要があるように思う。ミロやある時期のピカソが、子供のような絵を目指したように。彼らの絵は、プロとしての絵は、頗る早い段階で完成の域に達していた。その上で、子供のような絵を目指し、本当にそのような絵を描く為に生涯を費やした。そのような意味に於いて。
満足度★★★
熱い!
長い台詞をがんばってました。最初は音が被さって、何言ってるか良くわかりませんでしたが。。。
熱いお芝居の中にも笑いもあって、楽しめました。