30才になった少年A 公演情報 30才になった少年A」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.4
1-7件 / 7件中
  • 満足度★★★★

    タフになってほしい
    前半は文句なく面白かったんだけど、後半ちょびっと退屈したのはなんでかなあと。考えてみたけど、自分の脳みそではわかりませんでした。だから大したコメントできなくてごめんなさい。後半、ちょっと迷走気味だったのかな?

    見つめ合う長い間、みたいなのが絶妙な感じで、面白かったです。これ以上、間があると辛いかも、の一歩手前で、会話が始まる感じが。ちょっと緊張しますよね。

    ネタバレBOX

    「最後、シュートが決まらないとすっとしないよね」のようなことをきたさんが言うんだ。
    漫画のほうはシュートが決まる(らしい)。でも芝居のほうでは決めてくれず、すかっとせずに終わる。
    好みの問題かもしれないけど、ぼくはやっぱりシュートを決めてもらって、すっきり終わって欲しかったな。

    あんなふうにやっぱり暗いままで閉じこもって、でも頑張ってます、みたいな感じではなくて。過去はぜんぶ吹っ切って、(気持ちは)明るく暮らすとかね。そのほうが精神的にはタフだと思うけどな。ま、そういうことが出来なくて悩んでるってことなんだろうけど。
  • 満足度★★★★★

    アフリカン寺越の血管
    選んだテーマの大きさにひるむことなく
    アフリカン寺越の、こめかみの血管が切れそうなほどの直球勝負。
    このストレートさが、複雑な現実からシンプルに太い動脈を取り出して見せる。
    上から”更生させる者”が登場しないことで”更生しようとする者”の目線が際立った。
    理不尽でも自分勝手でも、リアルな叫びから血の通った人間像が立ちあがる。
    店長、あなたに彼を殺すことはできない。

    ネタバレBOX

    舞台正面にずらりと並んだ漫画本。
    上手に文机、きちんと置かれた描きかけの漫画と筆記用具、インク。

    新聞店に住み込みで働く30才の男(アフリカン寺越)の部屋。
    彼は14歳のときに自分の漫画をけなした同級生を橋の上で突き飛ばし死なせた
    という過去があり、3年前この町に戻って来た。
    同僚の男(中川拓也)もまた、強制わいせつの犯罪歴がある。
    新聞店の店長(末廣和也)は彼らの過去を承知で雇っている。

    30男を見かけたとやって来る元保護司の女(橋本亜紀)、
    同僚の彼女(森由月)らが次々とこの部屋を訪れる。
    そして町の噂で“人殺しがいる店”で働きたくない、と辞めて行く他の従業員。
    自分が原因だと、この部屋を出て行く準備をしている30男に
    「橋の上から突き落としてお前を殺してやりたい」と迫る店長、
    「人を殺した僕はいつか誰かに殺されるんだろうと思ってました」と答える30男…。

    “スキンヘッドに目力ありまくり”という風貌のせいばかりでなく
    アフリカン寺越の存在感が際立つ舞台。
    刑務所のような部屋の整理整頓ぶりや、同僚カップルに対する
    「過去は過去、今やってないなら何にも問題ない!」という言葉、
    あの日喧嘩の原因となった漫画を今も描き続ける姿に
    彼の“やり直すのだ”という切なる気持ちがあふれている。
    意識していないかもしれないが、そうせずにいられない、どこか切羽詰まった日常。
    「もしあの時…だったら」という彼の慟哭のシーン
    私たちの「あ~あ、もうちょっと…だったら良かったのになあ」という
    “日々の残念”の延長線上に、犯罪の偶発性と危険があることを意識させて秀逸。

    「いつ帰って来たの」とやって来た元保護司が上手い。
    オーバーアクト気味の演技と無遠慮な言動から、
    最初は“噂好きな世間代表”みたいなキャラかと思ったが
    立ち直って欲しいあまり平手打ちをしたことから保護司をクビになった熱い人で
    今も彼の理解者であることがじわじわと伝わって来る。

    互いの過去を打ち明け合った同僚カップルのエピソードが良かった。
    犯罪当事者でさえ、
    “自分の過去は受け入れて欲しいのに他人の過去は受け入れ難い”という現実。
    まして犯罪者に縁のない世間の人々はどうか、容易に想像がつく。
    ぐだぐだ迷う同僚の男がとてもリアルだった。

    以下、私の希望的結末…。
    店長を頼ってこの街に戻って来た30男に、終盤
    「殺人者が怖かったから当り障りなく接していた」と告白する店長、
    それは嘘ではないだろう、でもそれだけではないはずだ。
    この3年間、店長は過去に罪を犯した者を雇って一緒に仕事をしてきた。
    更生とは「自分を信頼してくれる人に応えたい」という気持ちだと思う。
    彼らのその気持ちが仕事を支えて来た、その事実に店長は気づくべきだしきっと気づく。
    犯罪者であってもなくても、「信頼してくれる人に応える」生き方は同じじゃないか。
    もう一人過去に罪を犯した者を雇って、みんなで信頼し信頼される仕事をしよう。
    それが“更生を信じてもらう”唯一の方法だ。

    漫画を段ボールに詰めるアフリカン寺越の姿を見ながら
    「絶望するな」と叫びたい衝動に駆られた。
    教育論、更生哲学を持ち込まずにストレートな台詞で魅せる企画、素晴らしいと思う。

    アフリカン寺越、あなたの別の顔、別の台詞も観てみたくなった。
  • 満足度★★★★★

    重い
    いつまでもつきまとう過去が痛い。

    ネタバレBOX

    過去を許して交際を続けなさいと仕事仲間に諭す一方で、自分は中学生のときに喧嘩して怒りのあまり友人を橋から突き落として死に至らしめた過去があり、今もまともな仕事に就けず、知り合いの新聞販売店の店長を頼って地元に戻って来たばかりに何となく知れて勤め先の事務員が辞めてしまったりと、知人にも迷惑を掛けるありさまです。

    彼のケースは殺人ではないと思いましたが、それでもいつまでもつきまとう過去には心が辛くなります。喧嘩の原因となった漫画を今も書き続けているのも切ないです。

    正直に話すことが決していいことでもなく、また話し合わないと相互理解はできませんが、以前優しく接してくれていたと思っていたことが実は怖くて差し障りがないように対応していただけということが分かっても切ないものです。

    元保護司が彼の正体をバラしたのかと思いましたが、流れに乗れずに瀬に着けないことからやるせないという言葉の意味を説明した様子からそうではなかったことが分かりました。店長も廃業を苦にして自殺したのかと思いましたがそんなことはありませんでした。思わせ振りに引っ掛かりました。
  • 満足度★★★

    少年犯罪とその後の人生
    いくらでもドラマチックに描ける題材だと思いますが拍子抜け。肝心の大人になった少年Aが紋切型というか・・・。

  • 満足度★★★★★

    期待以上
    丁寧な役の作りこみによって秀逸な脚本が生かされ、成り行きをハラハラしながら5人(+α)の人生に共感し、芝居の持つ力を再認識した二時間だった。

    ネタバレBOX

    正直なところ、見終わってすっきりするとか明日も元気に生きていこう、というようなカタルシスは得られない。
    しかし、ここでは確実に誰かの人生を垣間見ることができたと思う。

    詳細を書きたい気持ちもあるが、うまく書ける自信もないので、見事な演出だと思ったところを書いておきたい。

    主人公が自身の罪を振り返るとき、結局「自分が誰かの人生を奪った」という意識には至らない。
    「あの時ああだったらこうだったら、渡っていた橋の長さがどうだったから」
    という自分以外の要素に原因をなすりつけているのだ。
    脚本を書いているうちに、「本当に反省している主人公」を書きたくて、もっと抜本的な反省をしている描写をしたくなりそうなものだが、あえて、リアリティのある「自分以外のせい」を貫いたのは見事だと思う。

    そして、その思考は被害者やその遺族が加害者を許せない理由も隠されているのである。

    役者さんの演技に説得力があって、主人公以外の4人がそれぞれ、一本の舞台になってもおかしくないほどに「人として立って」いてよかった。
    それぞれが舞台に立つ前にどう生きたかが感じられる演技だった。
    さらには出てはこないけど、「被害者の少年」「被害者の遺族」の顔も見えてくるような気がした。

    正直こんなに気持ちが揺さぶられるとは期待していなかったのでうれしい誤算であった。
  • 満足度★★★★★

    考えさせられた
     普段、殺人を犯した人間に対するバッシングなどは考えないが、どんな目に遭わされるかが具体的に描かれ考えさせられる。また、年少時に収監されて、陸な教育も受けていないことが貧弱なボキャブラリーで表現されており、悲痛である。その他、幼くして収監された者が、獄内でどのように矯正されて行くかが、整頓癖と他人が散らかすことに対する潔癖な迄の嫌悪感で示すなど、細部のリアリティーを示すことで伝えるべきことをキチンと伝える手法はとても良い。シナリオがしっかりしており、演出も物語の訴えるものに集中させてくれるような演出だ。役者陣の演技、照明・音響なども考えられた、内容にフィットしたものだった。

    ネタバレBOX

     一点だけ、最後に、荷物を片付けるシーンに全部の荷物が入るだけの段ボール箱が用意できれば、更にリアリティが増すだろう。
     精神の矯正については、S.キューブリックの「時計仕掛けのオレンジ」での矯正やM.フォアマンの「カッコーの巣の上で」のロボトミー手術の罪を彷彿とさせた。
     また、教育程度の低いこともあって、漫画を書く為に漫画しか持っていない、という過ちや、情報の重要性に気付かない知的退廃、表現することは、思い込みではなくて関係であることに気付かない幼稚さなどと相俟って情報処理能力の低さが、漫画家としての「才能」欠如に繋がっている、と因果関係を明らかにし、突き放して自分を観ることのできない孤立などが、収監時の教育の如何に前近代的なものであるかを類推させ、哀れを誘う。本人が、懸命であるだけに尚更である。日本の監獄教育にルドルフ・シュタイナーのような発想がありさえすれば救われたかも知れないのに。
     保護司についても、キャラを立たせる為に、オーバーに演出していると考えられる点もあるが、肝心な所では、キチンと勘所を押さえ、本質を理解するしっかりして温かい人間性が描かれ、保護司としての人間性、苦労も伝わってくる内容である。
     Aが、隣の部屋の住人と彼女が、喧嘩をした時に、たしなめる科白や、保護司が“遣る瀬無い”ということばの原義を説明する時の科白も素晴らしい。
     実に多くの問題を考えさせる作品だったが、その蛇足的内実は、以下で。
     人を殺すということはどんなことか。我らヒトの罪の中では最も重いとされる罪であるが、戦争でいくら人殺しをして称賛されることはあっても、非難されることは無い。一般的には、無論、殺す対象は敵である。然し、味方であっても、殺害後に敵の間者だったと言えば、矢張り称賛されるだろう(最も単純な形では)。更に言い募るならば、個人の殺人は罪で、国家権力の発動による死刑という殺人は、罪ではない。何れもヒトを殺すと言う意味では同じである。であるのに、何故、評価は正反対になるのか? 後者の場合、国家が、即ち現勢力者が、死刑執行を命じたならば、ヒトの命を奪い取ることは罪にならないとすれば、その根拠とは何か? 疑うべくもなく力の独占と責任の無化である。であるならば、民衆が、国家に対して、或いは、国家の実質を為す時代の要人に対して革命的死を与えることもまた同時に正当化されるべきであろう。革命とは、即ち、命を革めることであり、権力を奪取した暁には、この殺人は当然正当化されるからである。然し、この期に及んで恐れなければならぬ罪があるとすれば、それは、純粋に殺人そのものの罪であろう。
     F1事故では多くの罹災者が自殺を遂げた。“原発さえなかったら”との殴り書きも見付かっている。だが、彼らを自殺に追いやった国、東電の責任ある立場の誰一人として、罪を問われない。一切の罪から免れているのである。彼らは、直接手を下したわけではないが、死に追いやった責任はあるだろう。何故なら、自殺の原因がF1事故とその後の対応のまずさに在るのだから。
     一方、最初から殺人を罪として捉える立場では、上記の矛盾は生じない。論理的帰結から言って、この立場では死刑もあり得ない。
     大分前にTVで「どうして、殺しちゃいけねえんだ?」というような意味の発言が為されたとして、作家、知識人の多くが即答できず話題になったことがあった。自分は、番組を見ておらず、追っ掛けてもいなかったので、詳細は異なる点があろうが、大体、以上のような内容を伝え聞いた記憶がある。即答できなかったのは、無論、誰も自分自身できちんと問題化していなかったからに過ぎない。かく言う自分も、普段、他人を殺すという行為を実践しようとは考えていない。だが、その一線を超えてしまったら。その危険が皆無だなどと、誰に言えよう? この物語は其処から先の話なのである。
     江戸時代、鉄門海上人という偉い坊さんがいた。元々、彼は荒くれ者で有名だったのだが、或る娘と恋仲になってからというもの、一所懸命に仕事をし模範的な生活を送るようになっていた。然し、恋する女が、管轄の武士に目をつけられ危うくなったのを救って、武士を殺してしまった。元々百姓の出であるから、いくら相手に非があるとはいえ打首は、当然という時代であったが、逃げ込んだ寺で得度し、数々の偉業を成し遂げた後、最後は五穀断ち、十穀断ち、木食後、即身成仏した。現在でも、彼のミイラ化した遺体はそのまま残っている。彼が、其処までしたのは、無論、心底、殺人を悔いたからである。親鸞の悪人正機説もこの辺りの事を説いているから深いのだと思われる。
     だが、現在の日本の刑法では悪しき矯正だけが、目的であるように思われる。所謂、刑務所五訓一はいという素直な心二すみませんという反省の心三おかげさまという謙虚な心四させていただきますという奉仕の心五ありがとうという感謝の心。などと言う押しつけがましい「道徳」には、反吐が出る。こんなことは、押しつけるものではなく、己の精神を鍛えることによって辿りつく倫理であろう。押しつけられれば、力の無い人は、装う。つまり、振りをするだけだ。何でこんなに簡単なことが分からないのか? ホントに役人というものは、アリバイを作るだけの卑劣な連中である。
     少年Aは、“精神的ケア”もする特殊な収監をされていたから、また、事件を起こした当時14歳の少年であったから、まるっきり同じではないだろうが、似た発想の下で管理下に置かれていたと思われる。犠牲者に対する反省の方向性は、収監中に植えつけられたものだろう。それ故にこそ、未だ、感情の暴発が起こるのである。つまり、間違った方向づけが為され、訓致された結果、内面的深化・進化は未発達だということである。鉄門海上人が、殺人者から聖人に成り得たような精神の進歩を遂げさせる指導になっていないのが、現在の刑法下での矯正であろう。まあ、ハッキリ言って茶番だ。他の総てのこの「国」の施策と同じように。まあ、この「国」を動かそうと思うなら、まだ、アメリカを動かすことから始めた方が効率的であろう。何せ、植民地なのだし。
  • 満足度★★★★

    少年Aの熱量
    漫画が本棚にいっぱい並べられていた。

    ネタバレBOX

    主人公はマンガ家志望、という設定なのでなんか納得。私はこのタイトルから特定の事件を想像することはなかったけど、もしかしたら特定の事件を思い浮かべる人もいるかもしれない。ただ、この話では私は彼が何をしたかという事は気にならなかった。それよりもこれから彼がどこへ向かうのかが気になった。最後は彼の描くマンガみたいにちょっと尻切れトンボ的な感じがしました。アンケートに「熱量は伝わりましたか?」というちょっと珍しい項目があって「お?」と思いました。熱量はすごかったです。

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