黒いチューリップ 公演情報 黒いチューリップ」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 実演鑑賞

    本演目はタイトルも初めて目にした。蜷川幸雄演出舞台に書き下ろしたという。三幕物であった。唐十郎はつくづく特異な作家だと思う。唐を日本のシェイクスピアとする言い方があるが、何処となく言い得てるのは一人が放つ長台詞が聴く者の目を見開かせ世界を立ち上げる様や、ちりばめたアイテムが最後の最後に回収されて行く様。だが、唐は常に「過去」への目線を書き込む。郷愁をかぎ取るその先に人物は何かを発見する。時にそれは満州国であったり、鶯谷だったり、母の胎内であったり、下谷万年町だったり・・。喪失を書くのは忘れぬため。多くの無名の、消え去った存在たちの生きた証が、己もそうありたいと願うのと同じに、「思い出される」事への切望が、テント幕の向こうに広がる中空に放たれるラスト。そして登場する者たち皆が物理的あるいは精神的に「地を這う」ような者共。今回は小津の映画に出てくるような手打ちのパチンコ台が並ぶ店内が舞台。私的に注目は客演の鴨鈴女、後半忘れた頃に、姉思いのヒロインの偏執(黒いチューリップの培養への)の発生源である奇態の人物像として登場し、見事に奇態なかつどこかチャーミングなオバサンとして台詞をまくし立てる。気持ちが良かった。
    終幕に至る畳みかけも美味しいが、唐作品の特異性という事をまた改めて実感し直してもいた。
    戯曲を書いた時点で既に「過去」の出来事や風俗を、郷愁をもって描いたそれを、味わい直す営みの中に、私個人は関心がある。過ぎ去って行く過去の、時代の観念は常にとらえ直しを求められ、時間が「経っただけの事はある」無意識レベルの変化の中に、現在における「断定」を拒み得る根拠が眠っている。現在の独断が断行される事への抗いは、表面的な過去(歴史)理解を覆すことの中にしかなかろうとも思う。

    ネタバレBOX

    梁山泊の鄭作品上演(テント)で演劇を知り、その後梁山泊を通して唐作品に触れて最初は拒絶反応しかなかったものが、「見慣れた」という事もあろうが、恐らく過去を「知る」事を促され、発見をした分だけ、物事の「一面的で無さ」を悟り、物事から読み取るべき多様な要素を想像し始めた事が、唐作品の物語の背景を知ろうとする観劇姿勢にも反映したような気がする。
    抗い続ける事の「無意味さ」が強調される今、何かに抗っている曲者たちを自分に重ねられる事を己にとってのバロメータにしようか。いつかかの面倒臭い人物たちに、違和感や、無関心を覚え始める時が来るかも知れない。だがバタ臭くとも、貧乏でも、何かに抗って生き続けるのも「悪くない」、そんな道を唐は意識してかは判らぬが、示そうとしていたのかな。人知れず異端者として生きる無名の人々に、「語る」事を通じて手を差し伸べていたのかな。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    新宿梁山泊最高!です。いやー、凄いものを観てしまった…というのが正直な感想です。こういった劇団がテント演劇を守ってくれているんだろうな…と。2時間40分という長尺の舞台ですが、その時間に比する内容でいろんな意味で非の打ち所のない完璧な舞台でした。内容は理解するのに簡単ではありません。が、この舞台は気迫と舞台の根源的なものを「感じる」のが正しい鑑賞方法だと思います。とにかく圧巻でした。あと、最後の最後、あのような見せ方をするとは…です。明日あたり、舞台が終わる時間にでも花園神社の通路にいて通路側からどう見えるのかチェックしてみたいです^^ 最高の演出と演技、ほんとうにありがとうございましたm(_ _)m

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    2回観ないと分からない。たぶん、2回観ても分からない。
    要所要所で俳優の演技が雑な気がした。
    唐十郎って実は繊細な世界なんだなぁ。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    風が吹くと、天幕があおられ、あおられた天幕が側面の影を揺らめかせる。少しの身じろぎが響いて周りへと振動が振動を呼び、恐縮する階段席。むき出しの足場、溝のフタみたいなやつから覗く奈落に、「落とし物をしないで」の注意に納得、納得。突風でも来たら、テントごと倒壊してしまう? てな不安も芝居が始まれば次第にかき消えていく。
    上演時間が長くなるとどうしても休憩が必要になる。観客は今までいた芝居の世界から、休憩で明るくなった場内で、いったん現実に戻ってしまう。お客さんに頭を冷やしてほしい場合はともかく、自分たちの世界観にお客さんを引き込むんだと本気で思うなら、話はコンパクトにまとめ、休憩は入れずに走り抜ける手も。

    ネタバレBOX

    意外とミュージカル。案外踊る。振付が、だいたいこうなるんじゃないか、という予想通りの動きで、舞台になじみすぎて、意外性を欠いた。初演時などの、元のものがあって、それを忠実に再現していたのかもしれないし、設定である古い時代に合わせているのかもしれないが、踊りの印象としては古めかしかった。ハッとさせる部分が欲しかった。綺麗に動けている人もいるだけにもったいないと感じた。芝居の中でのダンスナンバーの役割や位置付けによるのかもしれない。自分は命がけの踊りを期待しがちな人間だが、「ここは雰囲気を醸し出しさえしていればよい」ということだったのかもしれない。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    ネタバレ

    ネタバレBOX

    新宿梁山泊『黒いチューリップ』を観劇。

     初演は1983年に西武劇場(パルコ劇場)にて、唐十郎が蜷川幸雄に向けて書いた伝説の作品。舞台一面にパチンコ台が並んだセットが圧巻だと20代の頃に聞いた記憶は残っている。その時の美術は朝倉摂。

     声帯模写師・エコーが黒いチューリップが開くパチンコ代に恋をしてしまう…、というあらすじを聞いただけでゾクゾクしてしまう。
     新宿梁山泊は座付作家・鄭義信と組まなくなってから、唐十郎やシェクスピアの戯曲を演っていることが多いが、どうにもいつも乗れずじまい。唐十郎の芝居を観れるのは、唐組、唐ゼミ、新宿梁山泊と数が少ないが、新宿梁山泊が選ぶ演目にはいつも興味をそそられる。
     唐十郎の戯曲は未だに分からない部分が多いが、究極の恋愛ものと捉えるとグッとくる。そこに焦点を当てていたのが第七病棟で、緑摩子の存在も大きかったようだ。退廃的な空気感での異形への恋物語を大事にしているので、涙してしまう瞬間すらある。その辺りは今の唐組(久保井研)も大事にしているようだ。蜷川幸雄はそことスペクタクルな部分を上手くふるいにかけ、紅テント以外で観る唐十郎を成立させてしまう凄さがあった。新宿梁山泊は常にスペクタクルに特化しているからか、恋物語が薄らいでしまい、ドラマ部分になると中だるみしてしまっている。戯曲の捉え方次第だが、乗れない理由はそこかもしれない。
     だが神社で見るテント芝居、若手俳優の熱量、最後の舞台崩しは貴重である。特に今回の舞台崩しは圧巻であった。
     
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2026/04/25 (土) 19:00

    座席1階

    唐十郎と蜷川幸雄。1983年に初演された伝説の舞台が新宿・花園神社のテント舞台で蘇った。この二人のアングラ劇を次世代にと語る新宿梁山泊の金守珍が「今、やるんだ」と作り上げた舞台には、まさに次世代と言える世代と初演を見たであろう高齢者が混じって食い入るように見つめていた。
     
    主役のケイコは初演時は李礼仙、今作は水島カンナだ。自分は、晩年の李礼仙しか見たことはないが、水島カンナとはまったく雰囲気の違う俳優だから、今作はきっと初演とはかなり趣きが違うのだろう。しかし、金守珍はおそらく、唐十郎と蜷川幸雄のトリビュートを強く意識して作り上げたと思われる。いつもの新宿梁山泊の舞台とは流れる空気が違っていた。

    今作は舞台美術がとても良い。一幕と二幕の間には10分の休憩があるが、この短時間でのセットの転換には度肝を抜かれる。テント演劇お約束の終幕の演出だが、今作はかなりさわやかなイメージ。主役の水島カンナがお姫様のようだった。

    昭和のパチンコ屋を復活させた舞台に、当時の記憶が蘇った。釘師、ゴト屋…。現代のパチンコ店では見られない、怪しさと猥雑さが溢れる風景も唐作品と共に次世代につないでほしい。

    アングラ文化の継承を前面に出した今作。その成果はどうだったかとても興味がある。

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