公演情報
新宿梁山泊「黒いチューリップ」の観てきた!クチコミとコメント
実演鑑賞
本演目はタイトルも初めて目にした。蜷川幸雄演出舞台に書き下ろしたという。三幕物であった。唐十郎はつくづく特異な作家だと思う。唐を日本のシェイクスピアとする言い方があるが、何処となく言い得てるのは一人が放つ長台詞が聴く者の目を見開かせ世界を立ち上げる様や、ちりばめたアイテムが最後の最後に回収されて行く様。だが、唐は常に「過去」への目線を書き込む。郷愁をかぎ取るその先に人物は何かを発見する。時にそれは満州国であったり、鶯谷だったり、母の胎内であったり、下谷万年町だったり・・。喪失を書くのは忘れぬため。多くの無名の、消え去った存在たちの生きた証が、己もそうありたいと願うのと同じに、「思い出される」事への切望が、テント幕の向こうに広がる中空に放たれるラスト。そして登場する者たち皆が物理的あるいは精神的に「地を這う」ような者共。今回は小津の映画に出てくるような手打ちのパチンコ台が並ぶ店内が舞台。私的に注目は客演の鴨鈴女、後半忘れた頃に、姉思いのヒロインの偏執(黒いチューリップの培養への)の発生源である奇態の人物像として登場し、見事に奇態なかつどこかチャーミングなオバサンとして台詞をまくし立てる。気持ちが良かった。
終幕に至る畳みかけも美味しいが、唐作品の特異性という事をまた改めて実感し直してもいた。
戯曲を書いた時点で既に「過去」の出来事や風俗を、郷愁をもって描いたそれを、味わい直す営みの中に、私個人は関心がある。過ぎ去って行く過去の、時代の観念は常にとらえ直しを求められ、時間が「経っただけの事はある」無意識レベルの変化の中に、現在における「断定」を拒み得る根拠が眠っている。現在の独断が断行される事への抗いは、表面的な過去(歴史)理解を覆すことの中にしかなかろうとも思う。