枯れた椿 公演情報 枯れた椿」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.6
1-5件 / 5件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2026/01/17 (土) 13:00

     中央大学第二演劇研究会の劇は前にも1回観たことはあったが、その時に観た劇がファンタジーと、どこか昭和的懐かしさと、緩やかな下町的お節介、コミカルさが入り混じった劇で、基本誰も傷付かず、今時珍しいくらいハッキリとした敵が出て来ない新鮮な劇だった。
     その前回観た劇とは一転して、横溝正史の『金田一耕助』シリーズの映画版のように和製ホラー要素、村の因習的要素、座敷牢、村が何か隠しているといったこと、ミステリー要素などが絡んでおり、観ていてかなり暗くなり、ジワジワと薄寒くなってきて、誰も救われるとは思われない結末に暗澹たる思いになり、トラウマ級の恐怖が植え付けられる内容だったが、まさに現在的の要素も強い劇だった。
     
     母子家庭の親子に焦点が当たった劇というのも、非常に今の時代にも通用するテーマを含んだ劇だと感じた。

     村社会の因習がある幼馴染の3人の内の女の子の地元とある海辺の村に3人で行き、最初優しく見えた村人も、実はこの村は八百比丘尼伝説で有名だが、その人魚の肉を食べた八百比丘尼に人魚の血が流れている家系の人を食べてもらうと、この村が天災や戦争、飢餓等から救われると信じられている村で、オサムがたまたま人魚の血が流れた人だということで村の為に人身御供になりかけ、何とか東京まで命からがら逃げ帰るという、典型的和製ホラーだったが、そこに、かつてオサムが人間を信じ切れなくなった過去の友達との、オサムの親が母親のみの母子家庭だと分かったあとの差別や偏見そういったエピソードが丁寧に説明され、単なる和製ホラー、都市伝説ホラーと言ったものではなく、社会問題や社会の暗部に深く切り込んでいるところに、学生演劇とは思えない程の本気度が感じられる劇に感銘を受けた。

     また、性格がどこか読めない、謎が多く、責任感が強く、時に高圧的で、冷酷な側面もある村の村長、村長の子どもの兄弟で、最初優しく見えた二面性のあるお兄さん、母子家庭で育ち親を困らせてはいけないと思い自分の気持ちは押し殺し、周りに合わせて生きてきて、いつの間にか自分を見失いかけているオサム等演じる役が、現役の大学生が演じるにはかなり複雑な役柄が多かったが、二面性のある役も含めて演じ分け、迫真の演技で演じていて、プロ顔負けの演技に感動した。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

     学生演劇とは思えない質の高さ、見事だ。華5つ☆。終演前にアップできず申し訳ない。

    ネタバレBOX

     開演前には昭和のポップス草創期を飾ったザピーナツの「ふりむかないで」や坂本九の「上を向いて歩こう」等の名曲が流れており、オープニングで主人公の友人でひょうきんなススムがとんでもなくズッコケた調子で「ふりむかないで」を歌い、踊るのでイキナリ惹きこまれた。
    この導入部から急転直下、話はススムが練習してきた八百比丘尼伝説の原点へなだれ込む。この導入部の上手さ、格段である。
     板上は奥に、二層構造を為す建築物、二階部分は奥と側壁側に襖が見え、上手側壁の前には箪笥型の収納家具。部屋中央辺りに四角い卓袱台が見える。
     その下、一階部分は観客席側にかなり太い格子で組まれた空間が見える。この格子の上手及び下手には片仮名のハの字を更に開いたような按配で衝立が見えその衝立に覆いかぶさるように天井から観客席側へ斜めに張られた和服のような色調の布が見える。つまり布の下部に大きな衝立が置かれているのだ。この衝立に描かれている線状の絵はこの椿が枯れる時、自分の命が絶える。と言ったとされる伝説の人、八百比丘尼の椿直系の椿を表す。因みに伝説の椿は切られ、為に八百比丘尼は亡くなった。衝立の角には行燈風の灯り。
     この二層構造の建築の手前が通常の板部分となっており、場面、場面で主人公オサム(高校生。3月生まれの魚座・血液AB型)やその友、ススム。地方の資産家の娘シズクらが通う高校の教室になったり、オープニングでは広場になったり。場面によって長方形の和用テーブルや箱馬が用いられて場面に相応しい情景が作られる。
     感心したのは、演劇の基本である小道具に至る迄総て観客の目に入る物は劇中で用いられるという原則が基本的に守られている点にも出ている。その一例が二層構造の建物の二階部分に置かれた箪笥型収納家具の手前に子消しが置かれていることである。(後移動したと見せかけて大型の物に変えられていたような気がする)
     何れにせよ、上に挙げた高校生三人が、資産家の娘、シズクの実家がある日本海と連なる山々に囲まれた村へ卒業旅行に誘われ同道することになった。シズクは資産家の娘であることがそれとなく語られていたが、それは事実であった。オサムの家は母子家庭で問題があると、ススムは母から友達付き合いを責められるシーンが旅行話の前に既に演じられており、そんなことを母が問題視せざるを得ないススムの家とて決して裕福とは言えないことが既に示唆されていた訳だ。而も旅行はシズクが持ち出した話、ロハと突っ込むのはススムのキャラから言って自然である。
     さて、こんな経緯でシズクの実家へ豪勢な車で向かった三人だったが、車が通れる道は実家には繋がっていなかった。幾つもの山を越え漸く辿り着いたシズクの実家は、かつて豪族として栄え、現在も村長(ムラオサ)として頂点に立つ家の格式と実力を具えた家であった。食べ物は今迄味わったことの無い程の旨さ。高校生だから酒宴のもてなしこそ無かったものの、格式を感じさせるものであった。
     だが、信じ難いことが起こった。(ここからがクライマックスなのだ)
    評は、こんな調子でいくらでも書けてしまう傑作だが、何れ再演して欲しい作品である。脚本、演出は尾藤 光氏、役者陣の演技も良く舞台美術もグー。照明は物語の展開を更に効果的に魅せる機微を得た素晴らしいものであったし、音響も用いた音源、選曲のセンスが抜群、とても学生演劇とは思えない質の高さを示した。今後の皆さんの活躍に期待したい。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    説明を読んだ時は、東京の主人公が、海辺の村で人を信じる事を知るストーリー?と思っていましたが、全く違って衝撃でした。
    残酷で忌まわしい村の因習、信じていた人の裏切り、殺人等、どんな展開になるのか目が離せませんでした。
    役者さん達の熱演も良く、主人公オサムを演じた役者さんは、何だか儚さを感じる魅力があり、演技は勿論、声も良かったです。
    とても面白かったです!大満足でした!

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    メッサージ性が強く、ドラマチックな展開、面白くて味わい深い劇でした。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    最初にタイトルを聞いて、いつもの二劇とちょっと違う雰囲気だ、と興味を持ちました。
    次に、あらすじを読みました。「昭和42年3月 人間を信じきれない高校生オサムは、寂しい思いと自分は正しいという二つの思いを感じていた。そんなオサムは、高校卒業のタイミングで同級生に連れられ、とある海辺の村に行く。そこには・・・」昭和40年代の時代設定や高校生の主人公、人間不信と自分は正しいという思いを自覚する者としては、ちっぴり身につまされます。

    とても良かったです。
    お話は、抽象的も過ぎず具体的も過ぎず、ちょうどよい間合いで社会のいろんな歪みをあぶり出していました。
    母子家庭の主人公を「貧乏」「普通の子じゃない」として、友達から避けられる…お母さんは、内職や家事、子どもに楽しい思いをさせてやれなかったことに申し訳なく思いながらも子どもに不自由させないように苦しい家計でも友人との旅行に行かせたり…良きも悪きも、昭和世代の家庭にあったような温かさが表現されています。
    閉ざされた村の風習、同一を求める村の長、信じていた友人の裏切り、順位付けされる社会、お金が物言う世界…
    作品では、社会に対する批判的な面を感じますが、それが前面に押し出されている感じは無く、話が粛々と進んでいきます。最後、村から出た一人が下界?のハンバーガーを「まずいな」と言ってかじるのがとても印象的でした。
    役者の皆さんも、演出も、そして脚本も素晴らしい劇でした。どうもありがとうございました。
    ところで、誕生日プレゼントは何だったんでしょうね。

このページのQRコードです。

拡大