公演情報
「養生」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/12/24 (水) 14:00
昨年2月、ザ・スズナリでの初演版をスケールアップ。
脚立を繋いだあの特徴的な装置の数は増えるわ客席背後も使って会場内を駆け巡る(初めてゆうめいを観た「ふぇす(2016年10月)」を想起)わ、そしてもちろん状況/会話は楽しい(?)わで満足満足♪
実演鑑賞
満足度★★★
結局何を観させられてるんだか。登場人物がどれも幼稚に見えるので作品全体が幼く感じる。
大人への成熟を拒否した現代の若者を鋭く描いたのか。あるいは成熟できない社会の断片を描いたのか。個人的には笑いに全フリしたほうが良かったかもしれない。
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/12/27 (土) 18:00
座席1階
巨大な脚立、床と背景にある多量の養生テープ。客席への入場は養生テープの舞台裏をぐるりと回って入る。舞台の体感は既にここから始まっている。
デパートやショッピングモールのショーケースなどに見られる大きな展示、作品撤去などのアルバイトは美大生が駆り出されるという。それはとんでもないブラック職場だそうで、舞台はそのバイトの状況から始まる。クリスマス展示が一夜にして正月仕様になるように、作業は時間との勝負だ。こんな職場環境で、主人公の2人はバイトから社員になり、家族を持つなど人生の歩みを進める。物語は、ままならない人生軸が折れたり、曲がったり。生き物のように動く巨大脚立が大いなるメタファーとなって客席に迫ってくる。
登場する役者は3人だけ。脚立と養生テープ、マネキンだけのシンプルな舞台だが迫力がある。暗闇のなかで大小の光をうまく操る演出の効果は大きいが、役者の力もなかなかだ。クライマックスの歌唱には本当に引き込まれる。心の叫びをそのままメロディに被せたシーンは出色だ。
KAATの大きなスペースで、壮大さもまとっている。ある種の不条理の世界感を味わえる。主人公に自分を重ねて身を震わせてしまう。そんな演劇体験を演出する「脚立ワーク」には注目だ。
実演鑑賞
満足度★★★★★
ゆうめいの舞台に共通するのが、自分の感覚では、破壊と安定がある絶妙なバランスを保っている事。
実も蓋も無いような爆発場面が首の皮一枚で繋がって物語内にとどまる。ヘタをすればコケかねないその瞬間は想像するに役者にとっても大きな負荷があり、劇的の度合いがこれに掛かっている。作者の特徴がそこにあるとすれば、やはりカタストロフ志向、状況がシビアであるほど醜い横顔を晒すが、それでも尚人間讃歌を唄えるか、と問う。そう規定してしまうとまたその逆をやられそうであるが...大人しくお行儀の良い生き方を獲得して体制内化した(しがちな)大人の安定志向を揺さぶるこれは一つの角度であり、破壊衝動の発露に共鳴している自分がいる(登場人物らは出世や安定を望む者達だが隘路にハマりキレる、そのキレが降参であり敗走でありながら社会の中の何かを道連れにして結果復讐しているのだ)。
本作のスズナリでの初演を思い出してそんな考えを巡らしたが、一回り大きな空間(KAAT)での上演にも十分耐える作品であったと、まずそれを思った。記憶はあやふやだが所々台詞を書き改めた感じも受ける。以前より見え方が明確になり、その分皮肉や破壊の力も増したように思うが、作品自体は変わらず、深夜作業のエキスが迸る「あの気分」が充満し、この描写が絵画同様に模写の快楽に誘う。雑談の中で人間批評をする彼らが当事者性の土俵に立たされる滑稽さは絶えず繰り返される笑いの快楽も勿論。
芝居は語り手の橋本(本橋龍)の卒製(卒論ならぬ美大の卒業製作)紹介に始まり、脚立を組み合わせた巨大オブジェと養生テープで作られた床と壁という大きな「作品」が、そのまま深夜の装飾作業の現場となり、学生バイト時代の相棒(丙次)と共に卒業後の採用となる期間と、相変わらず同じ仕事をやっているが何らかの変化を経た十年後の二人が描かれる。+1名(黒澤多生)は学生バイト時代ではうるさい上司(先輩)、十年後はその人によく似た後輩として登場する。語り手は橋本だが、三人芝居の各人の芝居上の比重は同等、最後に絵に描いたような(奇想天外な)それぞれの破局が訪れ、撤去作業がままならず「詰んだ」ラストを迎える。
美大系とは言え作業自体は第三次産業の悲哀と、ガテン系の無味乾燥さが漂う。イベント会場の装飾は一見デザイン系のカテゴリーでもやる事は決まった図を拵える作業。このチョイスがまた良い。(というより作者の実体験かも知れない)
私の生き方これで良いのか、という自問はいつも世俗的な意味(ここで燻っていて良いのか)と、理念的意味(世俗的成功から程遠いのならせめて人に社会に歴史に貢献できているのか)を内包し、反発し合う。錆びた刃物のようにざらついて痛く、疼く。理想とは程遠い仕事に甘んじている時、仕事は無味乾燥な味で復讐するかのように神経を苛み、復讐して来る。賢く妥協するか、愚かでも勝負するかの葛藤は、強弱はあれど資本主義社会なら万人が潜る葛藤だろう。