かもめ 公演情報 かもめ」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.5
1-18件 / 18件中
  • 真っすぐな力
    平らな情景から波形が起る様に力が湧いたり引っ込んだりする、それに心地よさと、居心地の悪さを感じた。
    もう少しで上手く言葉にできるような気がするのですが、もう少し時間がかかるのかもしれません。

  • 満足度★★★

    感想が書けなくて・・・
    だいぶ時間がたってしまった。すごくきれいな美術の舞台で、俳優さんたちの演技も上手、文句のつけようもないはずなのに、何か心に響くものを感じられなかった。ああ、きれい、で、おしまい・・・

  • 20110909
    (^・ェ・^)

  • 何度目かの第七劇場の何度目かの「かもめ」
    第七劇場の「かもめ」は三重・フランス渡航前のアトリエでの通し稽古など何度か拝見させていただいているのですが、どれも非常に興味深く拝見しました。場によって一長一短あり、というのは確かにそうなのですが、観ていてぜんぜん違う過去の記憶にアクセスすることが出来たり、(アクセスさせられたり)非常に良質な劇場体験を得させてもらいました。第七劇場の「かもめ」間違いなくこのカンパニーのマスターピースだと思います。今後ともより多くの再演、ツアーを期待します。

  • 満足度★★★

    前衛的な「かもめ」
    「かもめ」自体、読んだことも、また上演を観たのも、大分前のことで、
    記憶もかなりあやふやになっているが、公演時間が70分と言うのは、
    それにしても短いんだけどなあ、と思いつつ会場へ。

    ネタバレBOX

    会場に入ると、白い衣装の女性4人がすでに舞台に立っていて、
    なにやら時々、「77」とか、二桁の数字をつぶやきながら、
    舞台上を静かに動いている。

    舞台上は基本的に無機質の雰囲気で、白い質素なテーブルがあって、
    その上に「かもめ」(の剥製)がいる…正確には上から吊り下げられていて、
    テーブルから浮いている、という感じ。

    椅子は、地味だが見た目の悪くない木製のものが十数個置かれている。
    彼女達の中にはこの椅子に座っている者もいるし、
    また、やはり上から吊り下げられたブランコに座っている者もいる。

    開演前の注意やブザーが鳴り、相変わらずこういう雰囲気なので、
    始まったのかどうかイマイチはっきりしないまま。

    しかしここに、男が1人入ってきて、雰囲気が変わる。
    ところが、この会話は「女性患者と男性精神科医」というもので、
    つまりは、女性は精神病患者、
    ここは精神病院という設定であることが分かる。

    その後、舞台奥に、ロシア風の衣装の人物達も現れ、そして彼らも芝居に加わって、一応「かもめ」らしくなる。

    しかし、前衛的雰囲気は変わらず、オペラの重唱のように、
    数人が同時にしゃべりだしたり…もちろん、台詞はほとんど聞き取れない。

    音楽は、ストラヴィンスキー「春の祭典」の
    ゆっくりした部分が使われたり、
    また、いかにも前衛演劇特有の効果音が使われたりで、
    こちらも前衛的性格を一層際立たせていた。

    で、例えば、コカを精製して、より作用の強いコカインを作ったり、
    というのと少々似ているかな、という気がした。
    つまりは、前衛的手法によって、これまで「物語」というオブラートの中に包まれていたものが、明瞭にされてしまう、ということ。

    そうなると、あとは、観る者の嗜好の問題、つまり、
    こういう結果を好むか好まないかで、評価が分かれてしまう気がする。

    私個人としては、骨格を明確に示してしまうより、
    肉も脂肪も皮膚もあった方が良いと思うタイプなのと、
    もう1つは、「精神病院」という手法自体、決して新しいものでは無いし、
    一時期流行った、芸術・芸術家を「なんでも精神病」にしてしまい、
    それで、芸術の本質を解説できたとする風潮に
    疑問を感じていたこともあるので、
    まあ「私の好みではない」というところです。

    もちろん、役者も(冒頭台詞の聞き取りにくい人はいたが)
    良い水準の人たちと思うし、
    (全体の中での位置づけという点では多少しっくりこなかったが)
    舞台奥の枯れ木のある部分に雪が降る場面は
    とても美しいシーンであった。
  • 満足度★★★

    初見
    違った視点から観た舞台という発想は面白い。舞台美術もよかったし、アフタートークも時間があったので楽しめた。

  • 満足度★★★★

    洗練
    『かもめ』以外のチェーホフ作品も取り込んでスタイリッシュに再構成した作品でした。想像していたよりかは物語に沿った構成でしたが、戯曲あるいはオーソドックスな演出での上演を知っていなければ分かりにくい構成・演出だったと思います。

    白いリノリウムの床、大きなテーブルの上に吊り下げられたカモメ、十数脚の椅子、そして下手手前にブランコが設置されたシンプルで美しい舞台を開演前から役者達が舞台上に出ていて、動き回ったり数字を読みあげたり(終幕のロトゲームのシーンからの引用)していて、客電が落ちてからの台詞のやりとりは『6号室』のもので、狂っているのは誰かというテーマが『かもめ』の世界に付加されていて効果的でした。
    70分程度の上演時間の中に、コースチャの創作劇のシーン、トリゴーリンの出発前のニーナとの会話のシーンなど有名な場面はしっかり押さえてありました。
    最後のコースチャの自殺の場面はピストルを持ってはいるものの、動きや音で撃った表現をしていなくて分かりにくく感じました。
    会話の流れとは無関係に繰り返される暴力的な動きが不思議な感じを生みだしていました。皆が裸足の中、医師ドールン1人だけが靴を履いていたのが、色々な解釈を出来そうな興味深い演出でした。

    アルカージナを演じた木母千尋さんの女優っぷりが堂に入っていて良かったです。対照的にニーナは低い声で抑揚を付けずに話していたのが印象的でした。

    最初と最後近くの音楽にストラヴィンスキーの『春の祭典』が使われていて、春が来る前の荒涼としたロシアをイメージさせ、生贄=かもめ=ニーナを連想させる、面白い選曲でした。開演してからの1曲目、2曲目がストラヴィンスキーの曲だったので、どうせならチェーホフとロシア繋がりということで全曲ストラヴィンスキーにしても面白かったと思います。

    トラムで2000円(初めてこの劇団を観る人は1000円)という破格の値段設定や、終演後に食べ物と飲み物が出されて劇団と客がコミュニーケションを取る場を設けたりする活動に、演劇をもっとオープンなものにしたいという姿勢を強く感じられました。

  • 満足度★★★★

    2度目の「かもめ」
    今年の6月にオクムラ宅の「かもめ」を初観劇。
    これを観た後で第七劇場を観てよかった。
    アフタートークでも主宰の方が「これだけカットしてよく「かもめ」が残ったな」と言われていたように予備知識がないとちょっとツラい。
    自分はギリギリ「かもめ」を感じることができてよかった。

    演出の奥の深さと舞台美術の美しさが印象的だった。

  • 観てきた
    9/10

  • 満足度★★★★★

    内側と外側、外側と内側、それらが絡み合う
    消えゆき、重なる台詞。怒濤のようなうねり。
    関係性と感情を身体でも表現。
    「かもめ」の戯曲自体の懐の深さ、演出家の柔軟性、演劇そのものが持つポテンシャルの高さを改めて感じる。

    ネタバレBOX

    この数年ぐらい『かもめ』を題材にした舞台をいくつか観たが、どれもテイストが異なっていた。それだけ『かもめ』の戯曲自体の懐が深いということか、あるいは演出家を惹き付ける何かが多いということなのかもしれない。
    そして、どれもが面白かったのだ。
    今回の『かもめ』も、とても面白かった。

    第七劇場では、『かもめ』の中で、一番の「傍観者」である医者のドールンを軸にして、回想のように、『かもめ』を見せていく。
    精神を病んで病院にいるニーナとの会話を通じて、「傍観者」としてのドールンが、ニーナに起こった出来事を回想していくのだ。

    この回想は、「誰の目」に映っている回想なのかは、舞台の上にいる登場人物の足元からもうかがえる。
    回想に登場する人物たちは裸足であり、病院の患者はスリッパ、そして、唯一現実にいる医者のドールンのみが靴を履いているのだ。
    そして、ニーナは裸足である。つまり、回想の中の人、ということなのだ。つまり、ドールンによる回想であろうことが想像できるのだ。

    さらに、「足元」に関して言えば、唯一「靴」を履いているドールンのみが、「外」に出ることができる存在ということを示しており、それが彼のラストの言葉、さらに雪が降り積もる切り株だけらの外界の光景と重なっていく。

    このドールンの一言は、つい漏らしてしまった本音であることには間違いないが、これを、「辛い現実」とらえるのか、あるいは、それでも「外を語ることのできる喜び」(街のこと、外界のことを知りたいと切望する、中に居続ける人たちへの配慮)ととるのかは、観客の心象によって異なってくると思う。
    しかし、当のドールンにとっては、楽しい現実とはなっていないと思う。それにについては、「外」と「内」の関係からうかがうことができる。

    「外」と「内」という視点で見れば、「病院」は「内」であり、「回想」は「外」であり、「内の内」でもある。
    そして、ニーナとコースチャは、かたや狂気へ、かたや死へと、「現実」から「外」に出て行ったと言ってもいいだろう。そして、意識の上では「外」に出たはずのニーナは病院という「内」へ閉じ込められ、死で「外」に出たはずのコースチャは「回想」という「内」に、やはり閉じ込められてしまう。
    とても皮肉な構造になっている。
    演出によって、「外」「内」の不思議な関係が表現されたのではないだろうか。

    さらに言えば、その「内」と「外」を定めているのは、外界のいる人、一番の「傍観者」である、ドールンだ。
    つまり、彼は「医者」であり、ニーナとコースチャの知り合いでもある。彼こそが、彼ら2人を「内」と「外」に彷徨わせている張本人ということなのだ。
    …ひょっとしたら、「永遠の外」にいるドールンは、唯一孤独な人なのかもしれない。それが、先にも書いた「ラストの一言」に凝縮されている、と見るのは深読みしすぎであろうか。

    そして、この構図(内と外の絡み合い)に気がついたときに、思わず唸った。
    これは凄いと。

    台詞は重なり、あるいは掠れ、消えゆく。そして、中盤の激しい盛り上がりには、本当にシビれた。
    一見、舞台の上を画面構成のように動いている人物たちが、実は、台詞だけでなく、その感情や登場人物たちの関係性をも表しているのも面白い。
    そして、まるでコロスのように、台詞で、舞台の上のハーモニーを作り出す、病院にいる3人の患者の位置づけも面白かった。

    役者では特に、アルカージナを演じた木母千尋さんの、存在感が光っていた。

    こういう舞台を観ると、演劇そのものが持つポテンシャルの高さを、改めて感じざるを得ない。
  • 「かもめ」応用編
    本作品は「かもめ」を新たな視点からとらえ、更にチェーホフの他の作品のテイストを散りばめた作りだったようです。「かもめ」応用編と言ったところでしょうか。チェーホフも「かもめ」も彼の他の作品もご存知の方には楽しめるようです。
    「かもめ」初見で基本編を期待していた私にとって今回の応用編は大変難解なものでした。私の事前調査不足だったようです。

    美術的にはたいへんきれいでしたね。特に高い空から光を浴びて振り落ちる回雪は、終始目を惹かれるものでした。

    またポスト・トークはたいへん興味深いものでした。主宰の鳴海さんがホストとなり、ままごと主宰柴幸男さんと「柿喰う客」代表中屋敷法仁さんをゲストに迎えトークが行われました。脚本家としての皆さんの視点は観る側にも参考になります。

    ネタバレBOX

    本作品を宮沢賢治で例えるなら、「銀河鉄道の夜」を心を病んだカムパネルラの視点にアレンジし、代表作である「風の又三郎」や「注文の多い料理店」等の気の利いたセリフを散りばめた作品と言えるかもしれません。
  • 満足度★★★

    大切な言葉が届きませんでした。
    舞台は美しく、音楽も美しく。
    ただ同じ動作の繰り返しがあまりにも多すぎ、劇に集中できず、さらに大切にしてほしかった言葉が」聞き取れませんでした。特にトリゴーリンの言葉が・・調子悪かったのかも・・声がひび割れて言葉として耳に届かず。
    最初の場面でバイオリンの生演奏があり、期待してたのにその短い演奏だけ。
    生の音楽はスピーカーからのどんな素敵な音よりも耳に心地よいのにもっと使って欲しかったな・・・

  • 満足度★★★

    かもめ?
    チラシが気になっていたのと、はじめて割1,000円だし、時間ができたので観劇。
    開場時から舞台上に数名の役者さんが・・・
    舞台の雰囲気はチラシで見たとおり。開演前の役者さんたちの動きが、お話に繋がるのかどうかの判断に迷う。
    はじめは抽象的であまり好きじゃないかも・・・と思ったけど、途中から激しくぶちまけられる感情に引き込まれていく。
    繰り返される動作は、始めに戻ってやり直したいようにも、ただそこから逃れたくてもがいているようにも見えて苦しくなる。
    チェーホフのかもめを期待してみると「?」と感じるけど、これはこれで素敵なお話だったし、美しかった。

    ネタバレBOX

    平日昼間のシアタートラムは初めてかも。ご年配の方が多いのは時間帯のせいか古典だからなのか?
    隣のご婦人(自分より前から着席)は開演前からうとうとしており、開演後もうとうとし続けている。しかも、ご婦人と自分との間に置かれたご婦人の荷物が自分の席に大幅にはみだしてきて邪魔な事この上ない。
    観る気がないなら、前方中央の席に座らなければいいのに・・・。
  • 満足度★★★

    芸術的に感じた70分
    貴重な第七劇場の公演でありながら、チューホフ特有の恐ろしさと第七劇場特有の精神力がクロスした内容でしたね。舞台美術もなかなかの出来でびっくりしました。

  • 正統的なかもめを知らない人には
    たぶん理解不可能。ピカソの描く人物が、もともとの写真を見てからキュビズムで描かれたピカソの人物を見て、ああ、何となく似てるなと感じることが出来るように。美しい美術、深みのある色目の衣装、シンボリックなブランコなど、私はどちらかというとオブジェの中の添え物のような感じでこのお芝居を見ました。何と言うか工芸的な立派な器に盛られた刺身みたいな感じ。声の通らない役者さんが何人かいて、途中でもう聞き覚えのある台詞を拾い上げるのを投げ出した。
    こういうのって、観客が既に「かもめ」をよく知っているという前提の下でのみ成り立つお芝居であって、「かもめ」初見の人にはどうなんだろう・・・・。アフタートークでリクリエイトという言葉が何度か出たが、かもめのストーリーの根幹を使ったリメイクというより、好みの枝葉をアレンジしたという感じだ。でもチェホフマニアの人にはたまらないかも??(そんなマニアいるかどうかは不明)

  • 満足度★★★★★

    観た後に感想がいっぱいの作品
    チェーホフって精神世界だったっけ?音楽と空間芸術、コンテンポラリーダンスのような表現方法、コロス的なセリフ、なんとも不思議な世界を楽しんだ。
    ニーナやコースチャが出てくるんだから「かもめ」なのね(笑)ぐらいの認識だとストーリーも受け入れ易いのでは。。。後からチラシをじっくり読むとブランコに象徴される不穏とか黒の衣装で象徴してる支配社会とか、狂気やアイロニーの要因が見えて面白い。劇団初見チケットやリピーターチケットなど、多くの方に安く観て貰いたいという姿勢にも拍手!

  • 満足度★★★★

    大胆なアレンジ
    会場に入ると、白い衣装の女性たちが、舞台上ですでに何やら演じている。
    最近、この手法が多く、場合によっては、それが本編と何の関係もなかったりする。

    私は、「やれやれ、またこれかいな」と、うんざりしたのだが、本編が始まってみると、それはまったくの杞憂で、私は、たいへん面白くみることができた。

    チェーホフの「かもめ」を解体し、第七劇場なりに再構成した、という印象の作品である。

    私は、直感的に「ああ、この演出家は、自分のやりたい放題やっているなあ」と感じ、それがうらやましくさえあった。


    この芝居を観た後の帰り道で、思い出したことがある。

    むかし、坂本九追悼の音楽会だったかで、山下洋輔トリオが「上を向いて歩こう」を演奏したことがあった。

    もちろん山下洋輔だから、原曲とはまったく違った演奏に終始した。

    ただ、時おり、かすかに原曲のフレーズやらコード進行らしき部分を探すことができ、探す作業は、それなりに楽しい体験であった。

    第七劇場は、山下洋輔ほど極端ではないが、ニュアンスとしてそれに近い印象を私は持った

    つまり、チェーホフの「かもめ」を知っている観客にとって、この抽象的な?舞台の中から「原曲」を探して、自分なりに構築するのは、ひとつの楽しみ方であると思う。
    私は、そんな楽しみ方をした。


    では、「かもめ」をまったく知らない観客は、この舞台をどう観るべきか。

    私の観た回では、アフタートークがあり、質問も受け付けたので、私は婉曲に、そのことを話題に出してみた。

    すると、演出の鳴海氏は、
    「(オーソドックスな「かもめ」を知らない観客は)この芝居を、いわゆるチェーホフの『かもめ』として、とらえることはできないでしょう。でも、独立した別の独自の作品としてとらえてもらうことができれば、それでいい」
    というようなことを言っていました。

    私も、それは同感でした。

  • 満足度★★

    かもめプレビュー
    舞台そのものは奥行きがよくわかる構成で、背景におかれた木の切り株のオブジェが物語の場面場面の感情的なベースを効果的に演出しているのは大変よかった。
     しかし、主役の2人以外の声が通らず内容も感情もよく伝わってこない。
    過激な演技は後ろ向きの演技が単純に繰り返され多用されるので想像力が沸いてこない。前向きで2度だけやればそのほうがよい。
     ニーナ役の役者は存在感があり、声がよくとおり、演技が伝わってくる。
    全体として、せっかくの心理的な演出の舞台が稚拙な説明的な台詞で濁ってしまっているような印象。
     型にはまってしまっている感じがあり驚きや感動といった観客の情動を喚起することに失敗している。

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