君は即ち春を吸ひこんだのだ 公演情報 君は即ち春を吸ひこんだのだ」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    新国立主催公演以上の成果が視られる事のある研修所公演。今作は卒業生の補助無し、18期生のみの舞台だったが、出色。老齢の役があるが、年齢差のハンディはむしろ「にも関わらず」の域。主役の正八(新美南吉)、幼馴染のちゑ、教え子の初枝の風情がいい。「日本の劇」戯曲賞受賞記念の公演よりも作風に迫っていた。(私がしばしば不評を言う田中麻衣子が演出。見直した。)
    童話作家として評価されて行く新美南吉の評伝劇というより、内的世界の軌跡を眺める趣きがあり、そこにスポットを当てたくなる人生であったりもする。彼を通り過ぎた「事実」は衝撃であったりするが、周囲ほどには彼は騒がず、飲み込む。だが観客はその心模様を想像する。それは舞台上の風景やちょっとした彼の仕種や数少ない台詞の中に痕跡を残し、彼が文字を書いた実績によるのでない、彼の内的世界が「存在した」事の中に、意味がある、と感じられてくる。
    そしてその事を確かめるために、彼の童話をこれから、開く事があるのかも知れない。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    一般に芸術作品の素晴らしさとその作者や演者の人間性とは無関係だというのが私の基本的なスタンスなので、「ごんぎつね」に感動してこの舞台を観に行ったわけではない。実際、この舞台で知ることができる限りは新美南吉の人生に特段興味深いところはない。結核を患った人々の悲しい暮らしそのものである。そしてまた検索してみると、南吉にはこれ以前に2人の恋人がいたり、中山ちゑとの間も冷めてはいたが死に際しては号泣したという記述があったりして舞台から受ける印象とはかなり異なる。そういうわけで、一般にこういう事実とフィクションの混ぜご飯はどうも好きになれない。

    プロデューサーの狙いを勝手に想像すると、この時期に日本的な暗くて狭い演劇を一度押さえて置くということなのだと思う。そして2月の修了公演で明るく分かりやすい有名作品で締めくくるという作戦なのだろう。

    役者さんで気になったのは第一に父親役の樋口圭佑さん、頑固な職人そのものだった。実は40過ぎのおっさんではないかと疑っていたのだがカーテンコールで間近に見るとハニカミ屋の好青年だった。お母さん役の小林未来さんも若さがときどきにじみ出てしまうが秀逸。恋人役の根岸美利さんの小悪魔的だが純情なのよという内面の設定に、ボディラインを強調した衣装をプラスするというサービス精神にはひれ伏すしかない。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    新美南吉の短い青年期を描いた伝記劇。先に金田一京助の伝記劇を見たが、最近、戦前の危うさが泡立ってくるような時期を生きた人々がよく取り上げられる。同盟通信はその歴史的証明か。日々、周囲を見れば、いやな時代だなぁとメディアに接するたびに気が萎えるいまの時代である。人々にはやはり動物的予感があるのかも知れない。
    この原田ゆうの作品は旧作で、新国立の研修所の卒業公演に選ばれた。こんな難しいものをやらなくても良いのに。
    先の金田一の本のような凡なわかり良さがない、というより、わかりやすくなるところを本が避けている。演出も避けている。宮沢賢治の場合は作品に謎めいたところが多いが、この本の場合は、南吉そのものが日常の家族にも社会からも浮いてしまう謎を描いている。戦前の地域社会が実に巧みに書かれているのだが、これを今の人々が表現するのは難しい。地域社会にすり込まれた土霊のようなものに取り込まれていく南吉の姿は隔靴掻痒である。今もこれに似た実態もなくはないだろうが、なんだか女子マンガの理解でも良いか!となっているシーンもある。これはこれで研修生は皆よくやったと思うが、タイトルに合わせて細かく作り込んだセットの庭と、押さえ込んだ音楽が一番の出来というのでは卒業公演としてはどうだろうか。
    やはりこの作品は、もっと上級者の本だと思う。タイトルに背き、ゾッとするような上演が見たいともった。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    文句の付けようのない傑作。2016年初演。
    国民的児童文学『ごんぎつね』は愛知県の作家、新美南吉(にいみなんきち)が1930年(昭和5年)、17歳の時に書いたもの。本名は新美正八。時代はずれるが宮沢賢治との共通点から「北の賢治、南の南吉」と並び称された。

    悪戯好きの孤独なごんぎつねが村人の兵十に罪悪感を抱く。病気の母親の為に獲っていた鰻を逃がしてしまったのだ。母の葬儀の様子を見たごんぎつねは、贖罪の為に栗や松茸を兵十の家に隠れて届け続ける。ある日、忍び込んだごんぎつねに気付いた兵十は火縄銃で撃ち殺す。そこに積まれた栗。「お前だったのか」。

    『泣いた赤鬼』もそうだが、自己犠牲的な純粋な優しさに人はひれ伏す。報われない優しさ。いつだって人間の魂が打ちのめされるのは暴力ではない。優しさだ。

    時代は1938年(昭和13年)から。
    東京外国語学校を卒業するも職はなく、病弱な身体に苦しみながらようやく女学校の教師に職を得る主人公、新見正八に立川義幸氏。霜降り明星・粗品にしか見えない。その痩せこけた裸体。
    父親に樋口圭佑氏、クリスチャン・スレーター似。ぎこちなく体が踊り出す癖なんか見事。
    継母に小林未来さん、手堅い。根岸さんとの遣り取りが見せ場。
    MVPは幼馴染みの没落した士族の娘、根岸美利さん。女医として活躍しつつ、正八との間に二人にしか感じ取れないものが在ることを垣間見せる。胸や腰のラインを強調した役作りもいい。押し花の栞のエピソードが印象的。
    その弟に佐々木優樹氏。女学生との遣り取りなど、彼を投入するポイントが上手い。
    昔からの友人、田崎奏太氏。時代の流れの中で今では全く無意味な文学を語り合った日々。『アンナ・カレーニナ』のキノコのエピソードが良い。
    女学生は17期生の一色紗英こと飯田桃子さん。お笑い要素満点で会場を沸かす。キャラ設定が『青い山脈』みたいで清々しい。ガチョウの鳴き真似。

    死と生(恋)を凝視した新見正八の青春。流石の新国立劇場、舞台美術は最早芸術。縁側の先にある小さな庭、一本の大きな木がでんと立っている。ステージを挟むように配置された観客席。雑然と積まれた大量の書物。いろんな花を効果的に使う。あの時、本当は何を伝えたかったのか?結核の治療薬となるストレプトマイシンが発見されたのは1943年、彼の死んだ年だった。

    タイトルの気持ちに観客をいざなっていく巧さ。
    是非観に行って頂きたい。

    ネタバレBOX

    結核で死んだ友達が折っていた折鶴を持って女学生が訪ねて来る。かつて友達は鳥が作った巣を覗く為、木に登ろうとした。だがその振動で巣は地面に落ちて卵は皆割れてしまう。哀しそうに上空を飛び回る親鳥。その贖罪の為に病床で鶴を折り続け死んでいったのだ。
    女学生は新美に倣ってそれを童話にしようとする。友達が折った折鶴が命を持ち、親鳥と共に空に羽ばたいていくラストを。だが、実際に書いたものは全く違うものに。必死に謝る友達に親鳥は「そんなことあったかや?」とどこぞに飛び去ってしまう。

    このエピソードが秀逸。

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