実演鑑賞
満足度★★★★
文句の付けようのない傑作。2016年初演。
国民的児童文学『ごんぎつね』は愛知県の作家、新美南吉(にいみなんきち)が1930年(昭和5年)、17歳の時に書いたもの。本名は新美正八。時代はずれるが宮沢賢治との共通点から「北の賢治、南の南吉」と並び称された。
悪戯好きの孤独なごんぎつねが村人の兵十に罪悪感を抱く。病気の母親の為に獲っていた鰻を逃がしてしまったのだ。母の葬儀の様子を見たごんぎつねは、贖罪の為に栗や松茸を兵十の家に隠れて届け続ける。ある日、忍び込んだごんぎつねに気付いた兵十は火縄銃で撃ち殺す。そこに積まれた栗。「お前だったのか」。
『泣いた赤鬼』もそうだが、自己犠牲的な純粋な優しさに人はひれ伏す。報われない優しさ。いつだって人間の魂が打ちのめされるのは暴力ではない。優しさだ。
時代は1938年(昭和13年)から。
東京外国語学校を卒業するも職はなく、病弱な身体に苦しみながらようやく女学校の教師に職を得る主人公、新見正八に立川義幸氏。霜降り明星・粗品にしか見えない。その痩せこけた裸体。
父親に樋口圭佑氏、クリスチャン・スレーター似。ぎこちなく体が踊り出す癖なんか見事。
継母に小林未来さん、手堅い。根岸さんとの遣り取りが見せ場。
MVPは幼馴染みの没落した士族の娘、根岸美利さん。女医として活躍しつつ、正八との間に二人にしか感じ取れないものが在ることを垣間見せる。胸や腰のラインを強調した役作りもいい。押し花の栞のエピソードが印象的。
その弟に佐々木優樹氏。女学生との遣り取りなど、彼を投入するポイントが上手い。
昔からの友人、田崎奏太氏。時代の流れの中で今では全く無意味な文学を語り合った日々。『アンナ・カレーニナ』のキノコのエピソードが良い。
女学生は17期生の一色紗英こと飯田桃子さん。お笑い要素満点で会場を沸かす。キャラ設定が『青い山脈』みたいで清々しい。ガチョウの鳴き真似。
死と生(恋)を凝視した新見正八の青春。流石の新国立劇場、舞台美術は最早芸術。縁側の先にある小さな庭、一本の大きな木がでんと立っている。ステージを挟むように配置された観客席。雑然と積まれた大量の書物。いろんな花を効果的に使う。あの時、本当は何を伝えたかったのか?結核の治療薬となるストレプトマイシンが発見されたのは1943年、彼の死んだ年だった。
タイトルの気持ちに観客をいざなっていく巧さ。
是非観に行って頂きたい。