演劇

スペースTREこけら落とし公演

『狼少年 ニ 星屑 ヲ』

デザイン:末原拓馬

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演劇

スペースTREこけら落とし公演

『狼少年 ニ 星屑 ヲ』

おぼんろ

スペースTRE(東京都)

2010/10/30 (土) ~ 2010/10/31 (日) 公演終了

上演時間:

小劇場演劇におもうところがあって、
しばらく路上で演劇をやっていました。
そろそろ、劇場に凱旋させてください。

おぼんろが、10ヶ月の沈黙を破って待望の新作!!
100000万円払おうがここでしか観れない、今しか観れない、地下の密室に人間を詰め込んでの2日間限定の物語り。

☆...

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渋谷にあるスペースTRE。8坪の狭き場所を所狭しと動き回り、観客を巻き込んでのおぼんろ的演劇形態の礎となった、「狼少年二星屑ヲ」の初演版PV。

公演詳細

期間 2010/10/30 (土) ~ 2010/10/31 (日)
劇場 スペースTRE
出演 末原拓馬、高橋倫平、タカハシカナコ(劇団井手食堂)、佐東諒一(イエロー・ドロップス)
脚本 末原拓馬
演出 末原拓馬
料金(1枚あたり) 1,500円 ~ 1,500円
【発売日】2010/09/27
ワンドリンクつき。お布施をくださる分には、ぜひください。
サイト

http://www.obonro.com/

※正式な公演情報は公式サイトでご確認ください。
タイムテーブル
説明 小劇場演劇におもうところがあって、
しばらく路上で演劇をやっていました。
そろそろ、劇場に凱旋させてください。

おぼんろが、10ヶ月の沈黙を破って待望の新作!!
100000万円払おうがここでしか観れない、今しか観れない、地下の密室に人間を詰め込んでの2日間限定の物語り。


大号泣しながら書きました。

劇場はなんと8坪の密室!!

距離ゼロ、取り囲んで踊り狂う怪物たちに、
あなたは物語の世界へとひきずり込まれる。

汗と涙と大笑い、幻想と体験の一時間。
哀しくて怖くて切なくて、最高にハッピーな物語。

☆☆
無名時代のおぼんろを観ていたことが、やがて必ずあなたの自慢になります。お忙しいところ、どうにかお時間のほうやりくりして、ご来場いただければ幸いです。
「生きててもいいんだぜ!」、そんな風に思える、キンキラキンのラブをあなたに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あらすじ

ぼくらが25になる年の、収穫祭の晩
海のむこうから、
舟がむかえにくるのだって

「逃げだして、しあわせになろう」

――おかあさんたちもそうしたように。

むかしむかし
みんながいつでも泣いている、
ちいさくて、
ふしあわせな村のお話。
2010年、ハロウィン。

・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
公演準備日記
■■10月29日■■
劇場入りである!路上でやっていた精神として、いつでもどこでもできる、をモットーにしているが、劇場入りはやっぱりテンションがあがるわけだし、出来る限り、飾り付けやらをしたくなってしまうのはいかんともしがたサガなのであり、クリスマスパーティの準備のように、みんな椅子のうえにたったりしながら場内を整備し、通しなんかもして、すごく最高に明日が楽しみだ。
劇場の鍵を借りている物だから、11時過ぎまで稽古をしてしまった。ぎゃ。
明日も開演まで、分刻みで忙しい!
■■10月28日■■
劇場入り前夜。ただただひたすらに、稽古に明け暮れる。ひたすら間抜けな場面を、間抜けな格好をしながら、すっごく真剣な顔で話し合っている自分達に、笑う。ビデオを録りながら、稽古、稽古。自分のフォルムは自分でチェック。

今回はお客さんの存在がとても重要なキーになるわけで、すなわち、稽古では推し量れない部分が相当にあるからして、ドキドキスリルなシチュエーションは存分にもちつつ、しかし、こんなに楽しみなのも、珍しい。ずいぶんと、幸せだ。すごい、うれしい。
■■10月27日■■
照明系統のエトセトラを詰めた。今回は役者がパチパチやるわけだから、非常に忙しい。パソコンが壊れた。もろもろの仕事にとっても支障がくる。そんな、ハイテクノロジーな支柱に生きていて、しかし、これでもかというくらい生身の肉体で物語り、という超原始的なことに命をかけている俺ら。うける。
■■10月26日■■
通し。をした。稽古は居酒屋ではないので、お通しカットで!」という具合にはいかない。ちなみに、凍死しそうに寒いわけで、未来は相変わらずもやもやと透視できないのであり、闘志はみなぎるのであり、ハイリスクハイリターンの心持で時間をはじめさまざまなものを投資するのである。むふふ。
一回、二回、と通しをするにつれ、いろいろなことがわかるし、わからなくなることもある。そしてそれらを克服すると、確実に、次の次元にいける、という当たり前の作業が、すごく、幸せで、奇跡に思えたりする。
チケットがだいぶ売り切れてきている。なんだか、観てくれるというひとに観てもらえないのが悔しくて仕方がない。スモールライトがあれば、お客さん、少し小さくなってもらえるのに、と。思考はエキセントリックでダストな空中浮揚を成し遂げているのである。
■■10月25日■■
いよいよ、という時期である。過剰なくらいの攻撃性、そしてやっぱり全能感!と、それらを押しつぶそうというくらいの不安であるとか、そういう謙虚な感情が、ともすると、頭をもたげてくる。「疑ってかかれ」と「疑うな」どちらのスローガンがいまの自分にあっているかを選択しつつ、まぁ何を考えていようが足はどんどんとあゆみを進めている。
「たいしたことじゃない」と考える、というテクニックもあるにはある。緊張防止。
ただ、やっぱり「すげぇこと」であり、「人生に一度きり!」であり、一期一会という言葉もやっぱり愛しているのであって、エンヤコラ。
いまできるのは、真摯な準備、ただそれだけ。
■■10月24日■■
雨の中、屋根があるだけ大変に感謝をして、稽古、準備、諒一君とふたり。男ふたりの衣装決めは「ちょっと脱いで。うーん。あ、これつけてみたら?あ、いいかもー」と、おそましさの香りぞするも、なんのその、必死。稽古を積みながら、いろいろな話をする。芝居の美学について、なんかも、まあ字面ほど高尚ではないにせよ、けっこうする。諒一くんと芝居をし始めてもう一年以上が経過していてm、5回目かな?それぞれに2月くらいかかってるわけだから、「めおとか!」てほどに一緒にいる、は、いいすぎか。とにかく、共有するにつれ、お互いが少しずつわかってくる。「あ、自分とは方法論が違うんだな」というのがコンビネーションのための思わぬ鍵だったり、当然、対立もときにはあるし、化学反応はそれ以上に、ある。
素敵なことだなぁ、と、また、呆けてしまう自分がいる。
■■10月23日■■
めげずに小道具づくりに明け暮れる。
「心を込めて創った作品が間違いであることはありえないんじゃないか」とおもった。子供のお遊戯をやっているつもりはないけれど、たとえば、友達のためにクラスメイト全員が用意したサプライズパーティが、「ぜんぜんダメだね」と切り捨てられることはない。それは、そこに愛があるからであり、プロとして芝居をやるからにはそんなところに頼ってはもちろんいけないながら、それは、とてもとても大切な、作品の調味料である。

あとは、うん、高校の文化祭。俺は演劇発表にはほとんど関わらなかったけれど、三年生のヘタクソの芝居を観ていて気付いたことがある。観客が観劇して泣いている!!。
さすがに、この彼らの芝居のクオリティの低さたるや阿鼻叫喚ツイスター!て感じなのだが、なんにせよ、人を感動させているというのはとてつもなくえらいことであり、小劇場でやられている8割の舞台が、あんまり人を感動させられていない気のする現状をかんがみるのだとしたら、ドシロートでさえできる素敵なコツ、というか、重要なエッセンスがどこかにあるのだぞよ、というのは確実なのであり、
そして多くの人が“本番”という無限に漠然とした恐怖をまえに、それを忘れてしまっている気がする。

何度もいうが、それだけではダメだけど、鍛錬と準備を念入りにこなした人間であることを前提に、そういう、ラブ的なサムシングを、今一度真摯に抱きたい。
今日はなんだかぐちゃぐちゃ書いてしまった。
■■10月22日■■
作業&作業。けっこうお金をかけて試した実験が、信じられないくらいに失敗をしていて、ガッカリする。市販のものなんて、信じない!すこし、グレた。
でも「金返せ!」は、ちょっと縁起の悪いせりふなので、泣寝入りしようとおもう。いてて。

シアターコクーンにいく。今回の公演は、また新たなスタートだ。スペースTREから何歩かかるのか、ブツブツひとりでとなえながら実験してみた。1496歩だった。
チケットが売り切れはじめたから、座席数を増やした。勝手に。このへんの、「まぁなんとかはいるでしょ?」的なガサツさが、いろんなひとをおこらしているのは知っている。

倫平はわりと厳しく、「たくま、しっかり、」という派。ちょとうるさい。
諒一君は、「だーいじょうぶかぁ?」とうへへ、と笑う。
タカハシさんは我かんせずを決め込んでにんまりわらってる。
■■10月21日■■
昼から稽古。物語りに厚みが増していく。自分で自分のセリフを叫んでいて、やっぱり、自分でハッとする。
不幸せな場面だけ稽古して、しあわせな場面も演じれるとケンコウな状態で帰れるのだが、幸せなところまで行き着かないと、物語中のアンハッピーな人格を自宅まで持ち帰ってしまうわけで、うっかりすると、夢の中にまで、そして朝まで・・・、かくして、体力を奪われたりする。ぎゃ。風邪っぴき状態から始めたこの公演、めぐりめぐって、また、風邪だ。ゃん。
家で演出プランを練ってるときは、やっぱり役者に恋をしている気がする。諒一くんや倫平、タカハシさん。みんなのかっこいいところを想像して、夜が老けてゆく。きゅんきゅん。
小道具も手造りする。園児の工作に似ているけれど、10万円かけて発注したカキンカキンの道具よりも、素材から選んで夜なべをして心込めた道具のほうが、なんか、ショボくとも霊が宿る気がする。

“ご馳走”て言葉は、走り回って食材をさがして、手間隙をかけることに語源があるというでしょ。貧乏人が必死で相手をもてなそうとする、そこに、超常的なパワーがうまれるはず。そんな。言い訳じゃなくて、なんか、ご馳走を用意したい。みんなが喜ぶところをムフフ想像して気付いたら1時間くらいたってることがある。ムフフ。
バタンキュー。命からがらベッドにもぐりこんだ。
■■10月20日■■
アカについて考える。共産主義のことではなくて、抜ける奴。
アカ抜ける、てときの、垢。
~角質化する多層上皮を持つ脊椎動物の表皮の古い角質が、新しい角質と交代して剥がれ落ちたものと、皮膚分泌物が交じり合ったもの~
ね。
爬虫類ならば、剥がれ落ちるウロコ、脱皮、とかね。
人間の場合は、垢。
ま、ネガティブなものの代表。
「垢抜けろ!」だ。けど、爪から採取したものに関しては、煎じて飲むと霊力を獲られるとさえ言われているわけなのである。他人の肉体の一部を体内に取り込むことによってパワーを手に入れる、なるほど、カニバリズムの香りぞする。。。
『力太郎』なんて昔話もあるよね。風呂に入らないおじいさんとおばあさんがある日あかすりをやって、それらを粘土よろしくこねくりまわしたら、スーパーマンが生まれた!という物語である。

垢こそが、だいじ。

蓄積したもの、それが垢である。シンプルに、シンプルに、という思考で物を創りがちだし、実際に無駄なものというのも多々あるが、ときとして、ナイショで数ミリ身に纏っているその垢が、手紙でいうならば“行間”のようなニュアンスで、語れぬ何かを語ってくれるのではないか、そんなように思うのである。
だから、エリートが無自覚にこすり落としてしまった垢を、聡明な愚者たちは煎じてまでして飲むのである。飲みにくいだろうに、まったく。
なんのこっちゃろうか。
要するに、思わずでてしまうめんどくさいエトセトラを、大切にしたい、そう思う。
そんだけ。初日まで10日、千秋楽まで11日、迫る!!
■■10月19日■■
興奮する。興奮しすぎてぐちゃぐちゃするのは、演技的にも人間的にも非常に欠点めいたところでもあるのだけれど、収めるのはあまりにもったいない。13時から22時まで稽古をして、稽古場を追い出されたものだからその後は駐車場で稽古をした。ビールは飲んだけどな!そして倫平さんおごりのお惣菜はタイムサービスで半額だったけどな!

自分に足りないものをみんなが埋めてくれる。
俺に自覚のあるところやら、思いもよらないところまで。
帰宅は二時であり、明日の朝はバイトだから三時間後には稀少である。
これが悔しいのは、稽古し足りないからであって、台本を読み込みたいからである。
「これやって」がまかりとおるのである。「あ、ちがった」。「それがいい。」。なるべく素敵に注文できるように、準備をする。うへへ。

二次元が三次元に変わる瞬間、そこに魂が忍び込む瞬間、そして物語りの思わぬ表情に、稽古場が息を呑む。書いた俺まで息を呑むし、セリフを発した本人でさえ、「あ、これは大変なことになったぞ」と息を呑む。
ぜんぶで六回の公演で、そこから更なる大事件が起こるべく、しこみ、しこみ。
体重がまた3キロ落ちている。戦闘態勢の重さだ。

■■10月18日■■
時間配分をください。そんなことを思った。やっぱり集合稽古以外で一番楽しいのは言わずもがなに自主稽古の時間である。しかし、ここには魔が潜んでいる。気付くと夕方なのである。仕事は他にもたくさんある。焦る。焦って落ち込むと機能停止してしまうので、「ちゃプリンチャプリン」と唱えてみる。チャールズの話だ。無声映画時代のチャプリンの、なんかあわてているようなコミカルでシリーな状態、「いまの自分は、あれだ、最高にファニーでピースフルだ!」と思ってみて、気持ちを落ち着かせる。ずいぶんとシュールな思考になっているものである。本編中の選曲について悩む。音楽家の息子として生まれて、当然のように音楽家になるつもりで育っていた俺が、なぜか道をそれた、それが俺の演劇に対する姿勢である。ゆえに、これまでは音楽だけでも美しいような、音だらけの演出を自らの脚本にほどこしてきた。
しかし、今回、少し思うことがある。まあ、たんじゅんに、減らしてもいいのかも、というコロンブスの卵であって、もちろんそんなのは踏み潰してみてもいいのだけど、案外、脚本を読んでいて思うのは、言葉だけでもけっこういいな、てことであり、うむ、うむむ、とまたよみかえしてみるのである。
なんのこっちゃ。
すこし文章が雑雑としているのは心理状態のアンバランスさではなく、興奮ゆえである。
稽古期間を短くしたのは、とてもドギマギするながら、案外によく働いている。脳ミソの中でプランをこねくりまわす暇がないぶん、役者の衝動が板に乗る。パッションを取って出しで公開すると往々にしてぐちゃぐちゃ低クオリティになりがちだが、そこが今回のキャスティングの妙、アドリブ的な部分もとてもキレイに仕上がる。
全6ステだが、それぞれ、観客の状態次第で雰囲気が変わることが今回の目的でもある。予約一覧を確認すると、非常に老若男女、多国籍。さすがは路上でなんの選り好みもしないで出会っただけある。楽しみだ。しかし、なんで俺はこんなに客が好きなのだろう。はやくみんなが喜ぶ顔が見たい。
チケットが、回によっては売り切れそうである。増席か悩み中。なにせ8坪の劇場、会場の狭さにかけては他の追随を赦さないトップ独走である。独創的な独走でありたいものだ。毒草、という変換もあるが。
■■10月17日■■
朝から、衣装をさがした。普段着に関してもだけど、トレンドを追ったり、てのが妙に嫌いなおれで、舞台上のものにしても、「あ、おぼんろだね」と人目でわかるファッションを心がけたい。そんなこんなで、古着屋の更衣室でひとり、ファッションしょーだ。おぞましい気持ちにさえなってくる!
そのあと、主宰になって、政策になって、演出家になって、役者になって、夜の稽古はいつまでもおわらず、大興奮。しまった、午前様。
台本に書いたときにすでに 完璧とおもっていたけど、やっぱ、立ち稽古に入るとぜんぜん様子は違い、役を体験してみて、かなり、不思議。稽古のない時間に、10数年前に思いであるように、前日の稽古場での役の感情が思い浮かんだりする。
幸せだ。作品に可能性がありすぎて、稽古日程を増やしたのでした。
■■10月16日■■
僕の仕事は、演劇の作品をつくることです。
兵隊さんが人を殺すのが仕事なのと同じで、
僕は、作品で人の心を動かすのが仕事です。
ランボーたちはプロの兵隊さんとしてベトナム戦争に赴き、結果、心に大きな傷を負い、PTSDにより、帰国後もまともな社会生活をおくれないように変わってしまったといいます。これは、ジブリの映画化でも有名になったダイアナ・ウィン・ジョーンズの『は売るの動く城』の中に出てくる、“戦争にいくために妖怪に姿を変えなければならない。そして、もう戻れない”というエピソードにも似ていますよね。
僕は作品をつくるのが仕事です。
遊んだりも出来ないし、食事も気を使わなければならない。
そんなように、ぶっちぎりの本気でいたい。
■■10月15日■■
みんなちゃらんぽらんに芝居をしているとばっかりおもったら、しっかり読み込んでくれていて、うれしい。「この場面はたのしくしよう」と、倫平さんとはしゃぎはじめてはいいが、どこまでがアリなのかの平衡感覚を完全に失うという、稽古場ならではのラビリンスに迷い込んだりもした。
これは・・・
どうしたらいいんでしょうね。
ねっぱんだ!と思ったネタも、稽古場で何十回も繰り返すと、本当にそれが面白かったのかどうかわからなくなる。
本番を待つしかないのである。まあ、他人になにかを感じさせるというのは、センスと経験による、という気もする。
たとえば、他人の笑いのやり方を借りてきても、しっかり本質を理解していないとうまくいくもんじゃない。みなさんも経験おありかとおもうが、それは、かなり、イタいことになる。イタい芝居は犯罪である。それは重々わかっているはずなのに、そうなってしまい得ることが、芝居に潜む魔である。
たのしみだ。ファイト。
■■10月14日■■
路上の客たちが予約をしてくれていてうれしい。
そう、みんな!臆せず、予約をしてくれ!
観客たちの顔が具体的に想像できるようになるにつれ、ますます熱は入る。誕生日とか、クリスマスプレゼントとか、幸せなイベントが大好きだ。うちの現場の稽古場サプライズのスケールはなかなか定評がある。公演も、そうあるべきだ。けっこう長い時間、演劇のために演劇をやっていた気がする。別に子供がお笑い芸人でなくても、親は抱きしめるし、彼氏がジョニーデップでなくてもキスはする。人間の関係て、歴史にすぐなるし、だから素敵だ。
そういう時間にできたら、とおもう。
既成概念を怖そうと思ってたけど、考えてみたら演劇に関しても社会生活に関しても常識がごっそり欠落している俺であって、怖そうにも壊すものの実態がわからない。勉強しなければとは切に思うけれど、せっかくならば、いまの自分にありのままに、やってみる。幸いにして、パッパラパーな芝居は補正してくれる力強い仲間が稽古場にいる。て、また末っ子的に甘えてばかりだと叱られるのだけど、俺には俺にできることをやる。
そうでもなきゃ、やっぱ、じむもりそん、にも、じゃにすじょぷりん、にも、勝てない。全員、不完全だ。でも全員、何かのチャンピオンだ。そう考えてみる作戦。とりあえず、今日はそう過ごした。
■■10月13日■■
今日はそれぞれ個人作業の日。制作関連のあれこれや、とにかく自主稽古にあけくれる。自主稽古をするのも、俺の場合路上である。トラックの運ちゃんにて振られながら、踊るなり、見栄を切ったりの練習である。中学、高校のときは、「ちかくにバスケを練習するところがない」と嘆いたけれど、いまは「大声をだせる場所がない」というようなことに悩んだりする。
早くも2キロ痩せている。どういうシステム構造なんだろうかマイボディ。
みんな(役者)からアイディアが送られてくる。恋人のようにメールで連絡を取り合う。楽しくなってくる。
■■10月12日■■
稽古初日。ようやくの全員集合である!
台本をなんとか早めに渡しておいたおかげで、すんなりと稽古に入れる。
と思っていたのが、大間違いだ!
8坪は、予想以上にインパクトの強い部屋だった!
バミってビビッた!
早々に会議から入ったのである。
そしてみんな頼りになるのである。
早くも立ち稽古をした!
ゾクゾクするのである。
なんだか、本当に感激したため、
文章化が非常に困難である。
勝負はこれから!
突っ走るぜ!
■■10月11日■■
いよいよ明日から本格的に稽古が始まるということもあり、準備に明け暮れる。役者の演技に関しては、まかせておけさえすれば大丈夫、的な自由放任&安心という方針であるけれど、なにせ8坪ぼ密室を駆使しての実は実験的な芝居、プランが重要になってくる。。
“実験的”などと言うとすごく演劇的でイヤなのだし、そもそもスタンダードというジャンル理解しきっていtないくせに実験も何もないのだが、とにかく8坪。ではけはほぼ不可能であるにも関わらず、しかし、いつものごとく物語の中で場所はぽんぽん変わる。

緊張感、当然、ある。
「ナットクしてもらわなければ!」
である。ゆっくりすり合わせている時間などない、時期がギリギリスリルな今公演。
ああ。しかし楽しみだ。明日からの日々に、乞うご期待!
■■10月10日■■
いよいよ十月も三分の一を過ぎたわけである。綿密な演出プラント、そしてなにより台本を読み込まなければならない、役者として。
基本的に芝居にかんする作業は何万時間でも続けることが出来るのだが、有限な時間の中では、ときにそれは、ヤバい。改めて、本番までのスケジュールをイメージしなおす。いい感じ、いい感じ。ぜっこうちょうである。いよいよ全員集合のけいこがちかい。楽しみだ、が、そのまえにこなしておかなければならない仕事はチョモランマほど積みあがっている。素晴らしいことだ。
■■10月9日■■
寝ても醒めても、目が覚める。日中ウトウトすることもない。こんなはずはない!睡眠は元から嫌いだが、自動車教習中にさえ居眠りをしたこの俺である、こんなに元和はずはない。
落とし穴だ。このパターンはしている、ある日いきなりパタンと倒れるパターンだ。俺はマンモスではない、そんな落とし穴に落ちれるか!と、意味不明にシャウトしそうになりながら、意地になって寝るも、醒める。いい感じだ。
映像の松澤さんと打ち合わせをした。なんだかいろいろと面白いことを考えたし、話しているうちに自分の頭の中のことがどんどんはっきりしてくるわけで、素晴らしい。
ああ。欲が出る。本当に、やりたいことだらけだ。
はやくお客様に会いたい。
稽古が大好きだから、稽古はしたい。
けど、はやく、会いたい。

■■10月8日■■
十ヶ月間俺を悩ましていたのは、
いまの自分が世界に通用しない事実に対する、具体的な敗北感。そして、「なぜやる?」という最もクリアであるべき場所が行方をくらましたこともあります。ハリウッド的な「ドカーン!キャー!」というエンタメを創る気持ちはなく、というか無理だし、資本勝負!て土俵に行けば惨敗する自身に溢れているし。かと言って小劇場界で流行っている性や暴力とうテーマも大嫌いで。
平和て言葉はすきじゃないんだけど、結局そういうところを目指して表現者である自分にとって、あまりに今の時代と言うのは漠然としているように感じたんです。みんなフワフワ半笑なのに、この国の自殺者は一日に百人にものぼる。ナチスのゲットー内で自殺者が多いのはよくわかるけど、こんなに平和な日本で俺の友達の手首にカッターの傷がある理由がわからない。敵の正体が、もやもやしてる。それで思想的な芝居をつくろうともまったく思っていないのだけど、道がわからなくなってしまったのは事実。ロックの真似をしているロッカーはダサい。いま、ここで、なにか。
それが、春から五十七ステージの路上公演をして、千人近い人間と出会ったことで、不思議と勝手に明確になってきた。何をすべきか、何になれるか。
今回はそんなこんなの、いま俺の中にある答えです。。
キンキラキンのラブを、御守りにしている。
おやすみなさい。
■■10月7日■■
きょうは、すごい。一日、手紙を書いていて終わった。
路上ファンのみんなは顔も覚えているから、一筆添えようと思ったらけっこう書くことあって、つかまぁ雑談なのだけど、ひといにょっては一回観てもらっただけだったりなんだけど、逐一キオクが残ってる。
誰かが言ってたけど、路上は客のほうが“観られてる”て感覚なのだそうだ。
そのはず、俺、観てるもん。
こっちも必死だからね、伝わるか伝わらないか、それに尽きるものだから、客によって内容も雰囲気も変わるし、つながろうつながろうとマジでおもう。
そんなこんなのみんなにお知らせ連絡を送ろうと思って、ね、コメントいれようと思ったら長くなり、いつの間にやらクレヨンやらが登場してて、ひとりに豪華な手紙書いたら不公平でしょ、てことでぜんぶ、一枚30分以上かかってんだけど、100毎以上あるのよね、夏の『ズタボロ一代記』の分だけで。手書きで100まいはキツイ。
わああ。肩がこったのよ。
でも、つくづく思うのが、客の顔を思い浮かべるともう楽しくて仕方がないのだよ。みんなを思い浮かべると、創るべき作品がわかる。
すっごいすっごい、ハッピーにしてあげる。
10月30日31日が、たのしみだ。
ただ、
時間は、買えるなら、買いたい。
■■10月6日■■
いろいろやったが、サヒガシさんと打ち合わせをしたのが今日のトピックである。モスバーガーで、ダイの男がふたり、半分稽古ともいえるエネルギーと声量と身振り手振りで、大騒ぎすること4時間、紙の上にしかなかった世界が格段に3Dになる。具現。台本を書いたことを正式に「やってよかったぁ」とおもう。
倫平さんは九州に飛び立った。浮き草、というにはあまりに勢いのよい男である。ジェット機のようなひとだ。

「ここ、カナコさんなら笑い取れるよねきっと」という超絶丸投げプランも頻繁に現れる。

あぁ。
こんなに幸せでいいのだろうか。
落とし穴があるのだとしたら、ぜひ11月1日には落ちますが、なんとしても千秋楽までは生きていたい。
「路上に毛の生えたスケール」と持ち前の上品な謙虚さを切り札に始め役者をオファーしたわけだし、軽い気持ち故にここまでの驀進力でジェットスタートできたわけなのだが、完全に、欲が出てきている。
欲望である。
そんな名前の電車である。
要するに、内容はどんどん素敵にしたい、という、完ぺき主義者的側面が実は俺にはあるらしく、いま素敵にその状態である。
時間配分をしっかりせねばだ。
そして、たくさんのひとに見せたい。
はやくも、「これ、もったいないよね」とつぶやきはじめているオレら。もったいないくらい、よくなりそうなのである。
自信過剰?
当たり前です!
凡人並みの奥ゆかしき自信で、みなさまのお時間などいただけるほど鈍感ではない。
しかし、チケット、けっこう売れてる。
が、まだまだ売れるべし。みなさまどうぞ!
最後はなんだか商業的で関西人的な根性になって、はい、10月6日、おやすみなさい。
明日もビックリするくらい目覚しい一日にしよう。
■■10月5日■■
台本は書き終わって、深夜のうちに役者に送信した!これはとてもとても気分のイイコトだ。早起き癖、治らず、今朝も早くから作業。一日が24時間よりもうすこし長くあったらいいなぁと思い、地球に、「ていくいっといーじー!ゆっくりまわりなさいな。」と提案。却下される。という夢を見る。いい感じだ。台本がかわいくてかわいくて、書き上げたそばからどんどん手を加えてる。けれど、短い準備期間に、役者陣、すこしドギマギ。今回はライブ感を求めるつもりだったので、オファーのときは「ほとんど台本はないから」みたいな話をしてたのだけど、立派なのが仕上がってしまった。茶碗の米粒ひとつぶ残せない、“もったいないオバケに憑依されてる男”の俺は、せっかくだから、大事に大事に、ちょっと大変だけど、しっかり、上演しようとおもっています。仲間に信頼があるから、安心。
■■10月4日■■
「4日に台本わたします」を免罪符に始まった今公演。テンションが挙がれないとかけないものだが、逆になやむのが、テンションが挙がりすぎて座っていられない自分の体質である。最初は机を叩くだけでいいのだが、だんだん、スケールは大きくなっていく。最近知ったが、これには散歩がいい。動きたいときに動かないと、脳ミソがかゆくなる。徒歩で遠くまでいく癖が定着しつつある。サイゼでドリンクバーだけで粘ること数時間の間に、やさしき兄ちゃん両名から「送るならこちらのアドレスへ。でも、無理しないでいいよ」という内容の、催促ともとれるし、寛容にもとれるメールがくる。やさしくされたとたんに、「あ、あじゃあちょっと明日までにしようかな」と思い始めるから人間と言うのはワンダーアニマルだ。しかし、ここは自分へのけじめ、送るといったものは送ろうと、とりあえず完成をさせる。ココアと珈琲とその他ジュースを、家でも外でも、ぞっとするほど大量摂取した、10月4日。
つかれたぁ。明日から、ようやく制作仕事にもかかれる。
しかしこの台本、いいわあ
■■10月3日■■
かねてから申し上げているように、「いまやっとかないと」って突発性で発進した今公演だから、もちろんアルバイトというやつも実はふつうに組み込まれていて、台本執筆のための朝までレベルの夜更かしと、早朝勤務とは、カスタードクリームとホイップクリームのごとき絶妙な調和で攻めてくる。夕方ごろいったん欠きあがりかかるも、そのあとで新たなるひらめきがあり、書き直し。この日記、執筆の毎日じゃおもしろくならないね。稽古開始をお楽しみに!

■■10月2日■■
しっぴつしっぴつ。今日はこれしかやっていない。
効率よく立ち回ればもっといろいろな予定をこなせたのだろうが、頭の中を完全に戯曲だけにしてみる。
本日は散歩ばかり。部屋でもんもんとするよりは効果的かと思ったが、きんもくせいがあまりに素敵に香っていたことと、ブランコはいまだに少し怖い、という、すごいな、このおもちゃ、という感慨はあまりにつよい、。22時過ぎくらいにサイゼリヤにいったが、基本的に夜中はものを摂取したくない、というデリケートな体質であり、うっかり注文したドリンクバーで、2,3杯しかのまないという、ブルジョワジックな自分におどろく。中学の同級生が彼女連れでいた。地元が気に食わない理由のひとつである。

就学旅行方エンターテイメント。

そんな言葉を、考えていた。

■■10月1日■■
いよいよ、公演一月前を切ってしまった。
賞味な話、凝り性がたたって、台本執筆が堂々巡りである。芸術にゴールはないというのは至言である。永遠にやり続けられるという感覚が、残酷な確信として、ある。フライヤー、とてもアナログな方法でイメージ画像だけ作ってみた。小学生顔負けの純粋なる工作。美術家になりたかったのはかれこれ何年前だろうか。思いとどまった割には、けっきょく今ぜんぜん堅気じゃない。
怒られるのが怖いから倫平さんには隠しておく。
興奮してる。やっぱり、男と行動したほうが楽しい。
■■9月30日■■
朝から台本だ。宣伝のほうをやらなければならないのだが、なかなかに、台本を4日に完成するという条件で役者を口説いている手前、やらねばならぬ。と言うか、かつては俺だってそんなに筆が遅いタイプでは決してなかった。そろそろ、元の体質に戻りたい、切におもう。しかし、はかどらない。はかどらないが、進展はあった。役者がもうひとり必要になったのだ。“役者が、”というよりは、ある具体的な一人の人物が必要になったわけで、どうせ夢の中のような非現実的無茶公演だ、恐れるものなどない。思い立ったらキチガイ、すぐに電話をかける。佐東諒一。イエロードロップスという劇団の主宰だ。昨年12月にやったうちの『海ノ底カラ星ヲ見上ゲヨ』にも参加してくれた。その前にリクウズルームという劇団で共演してからのベッタリな仲で、今年の前半に俺も二回、あちらに客演させていただいた。メッタに役者を信頼しない俺が信頼する、数少ない役者の一人だ。とにかくうまいし、不良らしさとガンコさが以上にいい雰囲気をかもし出している。まさしく今回の企画に適している。倫平さんもだが、ノリのよさがいい、サヒガシさんもまんまと引き受けてくれた。さあ、いよいよ楽しみだ。楽しむ前に、台本を書かねばだ。
■■9月29日■■
こりっちが便利なことに気付いた。しかしそれでも余りあるほどにウェブの世界は難しい。台本を完成させたいのに、制作関連の仕事であっという間に数時間が過ぎる。しかし、文句は言うまい。吐くほどにしあわせである。そして、実際に吐いた。風邪をひいているのである。今回のこの公演、あまりに急すぎる自覚はかなりある、怒られるのはイヤだから、なるべく自分でぜんぶこなすことにする。もしかしたら俺には制作の才能があるのではないかと思う。クローン技術に関する法律が変わって俺の倫理観がうまいこと瓦解したとしたら、きっと俺は俺のクローンをつくるだろう。ま、つくらないけど。

■■9月28日■■
早急にこりっち登録を済ませる。ふだんパソコンはワードとDVDくらいの機能しか使わないもので、こういう長時間のサイバーな使用は絶妙で完璧に体力を奪ってゆく。けれど、エンターキーを叩くごとに自分の妄想が形になってゆく。あー、公演を創ってるぞ、というような神様的心持にも到達しかけるが、七日間もかけている場合ではない。いつも公演寸前になると稽古場に【残り○日】というカウントダウンを出すのだが、今日から出してもいいくらいに差し迫っている。
しかし不思議と、そこまで焦っていない。
倫平さんとメールが続く。このひと好きだ。

■■9月27日■■
夢の中で号泣をする。確信。
「完璧な物語だ」
目覚めたのは午前五時。
ワードを立ち上げること自体が随分と久しい。半年以上ぶりな気もする。企画書作成。
なぜか俺が書く企画書はいつも口語調になってしまう。しかも内容は八割は決意表明のような作文で、手練手管を尽くし「がんばります」をデコーレーションアレンジメントしたようなもの、の、ミルフィーユ。三枚に及んだ。
カナコさんに電話。「稽古スケジュール次第かなぁ」と言われたから、スケジュールをやりくり。なんとしてもこのひとでなければならない。俺は稽古場でカナコさんの芝居を観てグシャグシャ泣きをした男だ。
劇場が必要である。バカデカイ芸術劇場になんだか唾を吐きたく、なるべくちいさい雰囲気の場所を探す。実は候補はいくつかあったので、でんわ。「どうせこんなちいさいところ、誰も使わないだろう」と、絶対に借りれるつもりだったが、どの劇場も予約済み。あれ・・・。とそんなとき、ひょんなことから、発見したのがスペースTRE。電話。見学の約束、本日。
朝から異常なアドレナリンが分泌されている。本日中に全てを決定しなければダメだ。
「劇場見学してからにしたいから、やっぱ渋谷で会いたい」と告げたら「俺もいく」と高橋倫平。劇場到着。オーナーと空間が、もう、最高。興奮しすぎて、そのまま一時間、飛んだり跳ねたりの心行くまでのイタズラをする。倫平さんとは演出プランを話し合う。て、これからオファーをするのだけどな・・・。その後サイゼでオファー。さすがに10月30日と言ったら驚いていたが、この男が馬鹿なことはよく知っている、断られない自信が、なぜか今日はあった。あれの分泌のおかげである。だって面白すぎる。一ヶ月後だぜ?
劇場に契約の電話を入れる。えらいことになった。公演が決定したのである。12時間で決めてしまった。倫平さんにケツをたたかれ(比喩表現)宣伝材料になる情報をそろえる。2日で6回。シラフだったわりに、なかなか粋だ。タイトルを考えるのは苦手だ。えんえんと、実の姉なんかにも助けを仰ぎながら、2時までかかった。が、『狼少年 ニ 星屑 ヲ』・・・・・・おそろしく気に入った。


■■9月26日■■
全能感と絶望感が交互にやってくる。
創りたい気持ちと、想像しうる数々の困難が表裏一体型5,8サラウンドで襲ってくる。「やりたい」と告げたまま、具体的な話をしていない高橋倫平、タカハシカナコ両名。倫平さんからメール。「で、なんかやんの?12月に公演決まった」的な内容。「明日会おう」と返信。いまだに決心がついていない。会ってどうするのだろう。風のふくままに。もとい、鼻水がズルズルだ。風邪をひくままに。

その他注意事項 どこに座っていただくかわかったものじゃないので、スカートでの御来場はおやめください。出演者の気が散るか、もしくは観客の視線が出演者ではなくあなたに集まってしまう可能性があります。
スタッフ おぼんろ

[情報提供] 2010/09/28 10:56 by 末原拓馬

[最終更新] 2011/08/10 09:13 by りんP

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チケット取扱い

この公演に携わっているメンバー3

ジュンペイ

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役者・俳優

公演ご観劇ありがとうございました。 末原君の想いが、...

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去年の4月の「鬼桃伝」に出演主演をさせて頂きました。高...

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