シンクロナイズド・ガロア 公演情報 シンクロナイズド・ガロア」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.8
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  • 満足度★★★★

    この構成力はすごい!
    19世紀のガロアも20世紀の学生運動も、知識はありませんが
    この2極を重ね合わせながら、無理なくより理解させてくれたのは
    脚本の完成度の高さと感じました。

    ちょっと苦手かな?と思って観に行ったけどとても素敵な時間が
    過ごせました。本当に毎回丁寧な作品だなあ。感謝!

  • 満足度★★★★

    記憶が蘇ったあの時代のこと
    2つの異なる時代の話をリンクさせるアイディアが見事。
    ナビゲーターとなる女性(洪明花)を登場させたり、ガロアを主人公にした劇中劇を安田講堂内で上演しようとする設定が面白い。真面目で硬いテーマだが、重苦しさを感じさせず、芝居としてじゅうぶん楽しめた。
    リアルタイムでこの時代を経験した人たちは、当時置かれた立場によって、評価もさまざまのようだ。
    自分はちょうどこの時代に思春期だったが、当時、いまのJR、国鉄の駅前はどこも毎日のようにヘルメットにタオルで覆面をした学生が日常的にデモを行っていた。いまのインフルエンザ対策でのマスク姿の人たちと同じように、ごく普通の光景だった。新聞には内ゲバの事件記事も多かった。自分の高校のHRでも学生運動をテーマにした討論が行われたし、新宿駅の騒乱事件で学校が休校になったり、たまたま自分が入院中だった飯田橋の警察病院に火炎瓶闘争で負傷した機動隊員が次々運び込まれて病院の廊下が血まみれになっていたことなどが忘れられない。大学に入学した頃、すでに学生運動は沈静化していたとはいえ、学内には「タテカン」があり、民青と学内運動家の対立を目のあたりにした。特に、安田講堂事件前、渦中の東大医学部の学部長が私の仲良しのクラスメートのお父様だったこともあり、東大紛争の話は身近に感じていた。毎日のように学生との団交(実際には吊るし上げに近かったようだが)が行われたため、「きのうも学生に缶詰にされて父が帰ってこなかったわ」と級友が言っていたことを思い出す。「お父様は学生についてどんなふうに思っていらっしゃるの?」と聞くと、「いますべき肝心の勉強をしないから、先で困るのは彼たちなんだけどね、と言ってるわ。それに主張が子供じみて論理が破綻してるから運動は長続きしないだろうって。話し合っても平行線で、教授たちも内心は本気で相手にしてないそうよ。手は打ってあるみたいだし、彼等は早晩敗北するでしょう」淡々と級友は語っていた。今回の芝居を観て、「手は打ってあるから」という彼女の言葉を改めて思い浮かべた。
    欲を言えば、学生の演説場面が「我々はぁ」と語尾を延ばす独特の全学連口調でなく、やはり現代の普通の演説口調になっていたり、当局との団交場面がおとなしく、学生が気炎を上げる場面もやけに明るいため、当時の殺気や熱気は再現できておらず、迫力不足だったのは否めない。
    黒板に当時のキャッチフレーズが数々書き出されるが、いまの人は本の知識としては知っていても、時代の空気は想像がつかない部分だろう。当時の団交は話し合いなどという生易しい空気ではなく、物凄い殺気だったと聞く。
    演技的には「幕末の刺客」みたいな気持ちで演じれば雰囲気が出せたと思うのだが。この当時のことを演じる俳優に「殺気」を体現させるのが難しいと、映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を撮った若松孝二も語っていたが。
    上演時間が長すぎないところも評価できる。劇中劇があると長くなりがちだが、節度があって良かった。あと、最後のサラッとした会話での終わりかたなど、いまの映画には少ないが、昔の文芸映画のようで好感が持てた。

    ネタバレBOX

    「とめてくれるなおっかさん。背中の銀杏が泣いている。男東大どこへ行く」という東大の駒場祭のポスターで知られるフレーズを言って、歌舞伎の六法を踏む場面など、センスを感じる。東大と言えば、やはりこのフレーズが出てこなくちゃねと思った。このポスターは当時、新聞の社会面で紹介され、仁侠映画全盛だっただけに大いに話題になった。この作者はのちにイラストレーター、作家になった橋本治で、歌舞伎研究家としても有名だが、さすが才能の片鱗があったわけだ。
    演劇を作ろうとする森田(村上哲哉)の飄々としたところが面白い。森田と河合(安木一之)のやりとりで笑いも入れ、息抜きになっている。論理的な場面だけで組み立てたら、やはり退屈する。硬質な芝居をやっている他劇団にも見習ってほしいところだ。
    「劇団の人、市川」役の泉陽二は、好きな俳優の一人で、彼の舞台はなるべく観るようにしているが、チケットを買ったのちに今回の出演を知ったので、楽しみにしていた。ほうぼうの舞台で活躍中だけに演技にも一日の長がある。アングラ劇団員らしいエキセントリックな部分とガロアの劇での怪しい女を巧く見せた。
    大河内総長と加藤代行を宍戸香那恵が2役で演じるが、あえて女性に演じさせたところが、人形のごとくカリカチュアライズしているような効果があって面白い。
    それに、新聞やニュースでよく見た加藤代行の面影が何となく感じられた。
    女性の広永(宮嶋美子)に肖像画に少年の面影が濃いガロアを演じさせる。
    キビキビしてなかなか面白い女優さん。今度、ピーチャム・カンパニーの「ビヂテリアン大祭」に客演するそうだが、ピーチャムの雰囲気には合っていそうなので楽しみだ。
  • 満足度★★★

    そう来ましたかぁ
    紹介文とタイトルから「ガロアの生涯を学生の1人になぞらえて描くのか?」と思っていたらさにあらず、「そう来ましたかぁ」というか、「まんまじゃん!」というか、なスタイルだったのにはニヤリ。
    で、例によってガロアの生涯を(往路の電車内から開演直前までの付け焼刃(爆)とはいえ)wikipedia で予習したことが役に立ち、また、安田講堂への放水の図、は目に焼き付いているものの詳しくは知らなかったその発端や経緯を改めて知ることができて「手術台の上のミシンと蝙蝠傘の出会い」的な内容を楽しむ。
    それにしてもガロアの生涯を劇中劇で描くとは、ヤられた…(笑)
    また、「シンクロナイズ」というところまでいっているかどうかは別としてガロア謀殺と東大紛争終結の黒幕をカブらせるような描き方が上手い。
    あと、ダークグレーの装置に式や言葉(当時安田講堂に書かれていたものだとか)をチョークで書きこむ(数式だけなら湯川准教授なんだが…(笑))演出も面白い。

  • 満足度★★★★

    初見ユニークポイント
    ずっと見たかったけど見られずにいた劇団、初めて見に行きました。
    とても丁寧に作られていて、小さな空間も居心地がよく、面白かった。

    ネタバレBOX

    黒板にチョークで文字を書く音って、懐かしくていいですね。
  • 満足度★★★

    歴史は繰り返す!
    現在から過去への転換シーンの一つ、学生の輪の中からガロアがすっくと立ち上がるシーンは決まっていました!

    ネタバレBOX

    個人的には、解説者が説明しながら進行するというのはあまり好きではありません。

    学生が芝居をするという前提があってか、素人っぽい俳優さんもいらっしゃいましたね。

    組織を崩壊させるために、ターゲットを絞り、スキャンダルを暴き失脚させる手法は洋の東西を問わず行われていたことが良く分かりました。大事なのは、その一人二人が倒れた後に、それを乗り越えていくだけの人材があるかどうかです。

    当時の看板などには、主義の義の略字が使われていたと思うのですが。
  • 満足度★★★

    さらにシンクロさせると。。。。
    青臭い議論を交わす東大生とガロアの背後にいて、内ゲバを起こそうと画策している見えない権力者たちの存在が見えて、怖いです。さらに現民主党政権とシンクロさせると、どこかで誰かが内ゲバで崩壊させようとたくらんでいるのでは。。。。?今の政治を動かしているのはまさにこの東大紛争の頃の世代ですよね。などと、思わぬ方向に想像が膨らみました。

  • 満足度★★★

    革命のシンクロが面白かった
    安田講堂の学生運動の話とガロアの生涯が、
    大変よく理解できました。ありがたいです。
    ストーリーテラーのお姉さんが、教育テレビのアシスタント姉さんみたいで、
    上手に話を進めていましたね。判り易かったです。

    ネタバレBOX

    舞台の後ろの壁が黒板になっているなんて、なんて面白い舞台美術!
    数学者の話の舞台にピッタリでした。

    東大総長が女性というのも、よいインパクトでした。

    観客引っ張るための説明台詞とか、過去話の寸劇とか。笑えましたねー。
    演じている後ろで、ボソボソとつっこみ台詞が入るとこが、
    アドリブか台本か微妙に判らず楽しめました。

    で・す・が、オチが弱い!
    いきなり子供登場させるより、伏線で子供の名前出すとか。
    進行役の姉さんに、時々現代のインタビュアーなんだと、
    正体明かす台詞や行動を取らせておくべきだったと思いますね。
    あーもったいない。

    オチだけ話からハズレ過ぎていた気がしました、残念です。
  • 満足度★★★★★

    ガロアと東大全共闘の対比
    ガロアの生涯と東大全共闘の活動に共通点を見出し、さらに劇中劇として有機的に繋がりを持たせるアイデアに脱帽。総長/総長代理がかなりカワイかったのが印象的です。勉学の場の象徴としての黒板の使い方も面白かった。

  • 満足度★★★★

    演劇って面白いね
    二つの時代をシンクロさせる方法、演劇だからできる技ですよね。虚構(劇中劇)と現実(大学紛争)の境が無くなって、文字通りシンクロしてゆく様が見ていて快感。

    ガロア役の宮嶋嬢、メガネ&あひるちゃんクチビルがキュートでした。

  • 満足度★★★★

    秀逸。
    重なり合う軸に込み入ったシーンに知識が必要な物語…それを「難解」と感じさせない演出力に感服。好みのタイプとは言えませんでしたが、見とれてしまいました。ただ「初めて舞台を観る」という人に「お薦め」はしないかなぁ…むしろ舞台を良く観る人や、芝居関係者の方に観て欲しいです。

  • 満足度★★★★★

    観てよかった!
    いろいろな世代の方に観ていただきたい、と思った。

  • 満足度★★★★

    すっと重なる
    ガロアの時代の織り込み方が
    学生運動の時代に
    沁み入るむようで。
    二つの時代がしたたかに重なって
    広がっていきました。

    ネタバレBOX

    客入れ中に、
    その時代の録音風の会話が流れます。
    あの、テレビで時々流れる火炎瓶と放水のシーンとは
    ちょっとイメージの異なる淡々とした最後通告・・・。

    その呼び水があるから
    学生運動のさなかに芝居をするという雰囲気も
    なんとなく呑みこめて・・・。

    東大紛争の経緯も、
    ガロアの人となりも知らなかったけれど
    外枠をしっかり固める洪明花の狂言回しのうまさで、
    二つの革命の顛末がが観る側にピシッと重なります。

    その動機のピュアな部分、
    人々を巻き込む高揚、
    さらには革命を利用しようとする人の介在、
    革命の変容と収束・・・。

    舞台に設えられた建物内の梁や壁が
    そのまま黒板になって、
    冒頭に説明される数式の上に
    学生たちの思いが重ねられていく。
    チョークがボードに当たる音が
    場内に響き、想いは壁面全体に拡散していく。
    その書き散らされ方や音は、そのまま、
    ガロアが共和主義に惹かれていく内心にも
    等しく思えて・・。

    紛争のさなかに演じられるガロアの生涯が
    最後まで闘争を続ける学生たちの姿との
    したたかな表裏となって
    観る側にひとつの時代の様相を示し
    その意味を語りかけてくるようにも感じて・・・。

    ガロア役の女性を演じた宮嶋のお芝居には
    リズムがあって、
    定められた運命に思いを馳せるその刹那に瞠目。

    2台に渡る学長を演じた宍戸の
    お芝居の切れや
    体制側のしたたかさのデフォルメ具合にも
    秀逸さを感じました。







  • 満足度★★★★

    面白い!(^0^)
    箱に入ると、そこには大きな壁が立ちはだかってる。それが劇中、黒板として設置されたのが解るとなんだか、楽しくてワクワクドキドキ。でもって、ガロアを観客によりよく理解させる為に、一次方程式から始まって五次方程式を簡単になぞる。この解説も楽しい!

    以下はネタばれBOXにて。。

    ネタバレBOX

    フランス革命後の混乱期を過ごした数学者、ガロアの生涯を、どうやって東大全共闘とリンクさせるのかな~?と考えていたら、大学に在学している学生にエンゲキとしてガロアの生涯を演じさせることで、リンクさせる。だから、あの有名すぎる全共闘の暴走に至るまでの経過とガロアの生涯を同時進行で表現させる。

    この試みが案外面白い!(^0^)
    ガロアは一人の女と関わったことで、その婚約者に決闘を申し込まれて殺されてしまうが、この死は最初から仕組まれたものだった。

    一方でインターン制度を改正すべく立ち上がった医学生は、いつのまにか動いた列車がスピードを増し壁に激突するまで止まらないごとく、その闘争も激化し凶暴化し一人の判断では止まる術を失っていった。

    だから、舞台上の黒板に、「処分の撤回、医師法改正案、安田講堂占拠、自己否定、戦後民主主義批判、近代合理主義的批判、どんな鳥も想像より高く飛ぶことは出来ないだろう、くそくらえったら死んじまえ、この世で一番エライのは電子計算機」なんつって哲学的な文字やら批判を東大生が自らの感情を高揚させるべく、せっせと書いていくさまは、滑稽というか何というか、この言葉や演出だけでも面白いんだけれど、そこに多方面からの解説が入って、やたら、楽しかった。

    自己否定って言葉、この頃の運動家、つまり赤軍派なんかもよく使っていたようだったけれど、現代では自己否定ってしないよね?自己肯定はしても・・。

    でもって、こういう場合、闘争してる本人よりも観客として観てる分には、近くの悲劇も遠くの喜劇なのだった。やがて、安田講堂に機動隊が突入し事は収まるが、その年の入試は中止したのだから、東大に入ろうとした輩はいい迷惑なのだった。全共闘のアンディンティティは何か、エンゲキをしていた彼らはエンゲキで世の中を変えようとしたかったのか、ガロアの命を奪う為に仕掛けられた罠は、なんて大きな芝居だったのか、そうして当時の全共闘に関わった人たちは今、当時を振り返ってどんな思いで居るのだろうか?やはりそれは虚構のなかの一コマなのだろうか?

    今回の芝居も丸ごと含めて、何て大きな虚構なのか実感せずにはいられない。  おわり

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