満足度★★★★
記憶が蘇ったあの時代のこと
2つの異なる時代の話をリンクさせるアイディアが見事。
ナビゲーターとなる女性(洪明花)を登場させたり、ガロアを主人公にした劇中劇を安田講堂内で上演しようとする設定が面白い。真面目で硬いテーマだが、重苦しさを感じさせず、芝居としてじゅうぶん楽しめた。
リアルタイムでこの時代を経験した人たちは、当時置かれた立場によって、評価もさまざまのようだ。
自分はちょうどこの時代に思春期だったが、当時、いまのJR、国鉄の駅前はどこも毎日のようにヘルメットにタオルで覆面をした学生が日常的にデモを行っていた。いまのインフルエンザ対策でのマスク姿の人たちと同じように、ごく普通の光景だった。新聞には内ゲバの事件記事も多かった。自分の高校のHRでも学生運動をテーマにした討論が行われたし、新宿駅の騒乱事件で学校が休校になったり、たまたま自分が入院中だった飯田橋の警察病院に火炎瓶闘争で負傷した機動隊員が次々運び込まれて病院の廊下が血まみれになっていたことなどが忘れられない。大学に入学した頃、すでに学生運動は沈静化していたとはいえ、学内には「タテカン」があり、民青と学内運動家の対立を目のあたりにした。特に、安田講堂事件前、渦中の東大医学部の学部長が私の仲良しのクラスメートのお父様だったこともあり、東大紛争の話は身近に感じていた。毎日のように学生との団交(実際には吊るし上げに近かったようだが)が行われたため、「きのうも学生に缶詰にされて父が帰ってこなかったわ」と級友が言っていたことを思い出す。「お父様は学生についてどんなふうに思っていらっしゃるの?」と聞くと、「いますべき肝心の勉強をしないから、先で困るのは彼たちなんだけどね、と言ってるわ。それに主張が子供じみて論理が破綻してるから運動は長続きしないだろうって。話し合っても平行線で、教授たちも内心は本気で相手にしてないそうよ。手は打ってあるみたいだし、彼等は早晩敗北するでしょう」淡々と級友は語っていた。今回の芝居を観て、「手は打ってあるから」という彼女の言葉を改めて思い浮かべた。
欲を言えば、学生の演説場面が「我々はぁ」と語尾を延ばす独特の全学連口調でなく、やはり現代の普通の演説口調になっていたり、当局との団交場面がおとなしく、学生が気炎を上げる場面もやけに明るいため、当時の殺気や熱気は再現できておらず、迫力不足だったのは否めない。
黒板に当時のキャッチフレーズが数々書き出されるが、いまの人は本の知識としては知っていても、時代の空気は想像がつかない部分だろう。当時の団交は話し合いなどという生易しい空気ではなく、物凄い殺気だったと聞く。
演技的には「幕末の刺客」みたいな気持ちで演じれば雰囲気が出せたと思うのだが。この当時のことを演じる俳優に「殺気」を体現させるのが難しいと、映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を撮った若松孝二も語っていたが。
上演時間が長すぎないところも評価できる。劇中劇があると長くなりがちだが、節度があって良かった。あと、最後のサラッとした会話での終わりかたなど、いまの映画には少ないが、昔の文芸映画のようで好感が持てた。