公演情報
「猫、獅子になる」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/11/11 (金)
俳優座と横山さんとの相性が良いのだな。と感じる。
あぁ。なんだかやるせなさを感じながらも前に進むしかないことを考えていけることが幸せってことなのかな?とも思う。救いがあって良かった。すごいと思えた作品でした。
実演鑑賞
満足度★★★★★
こんな偶然が人生にあってもいい、いや、あって欲しいと思えました。
それにしても人は何十年も引きずってしまう感情を持つものなのだと。それは姉だけでなく妹も。それが言えて良かったし、それを受けた夫の言葉も良くて、私はそこで泣けました。
実演鑑賞
満足度★★★★★
引きこもりの子が50を過ぎて、親が80になり、自分の死後の子供が心配ー80−50問題が軸。50過ぎた姉が引きこもる原因となった中学時代の演劇に、現在の20代の孫娘の演劇活動がつながる。宮沢賢治の「猫の事務所」に日系ブラジル人へのいじめ問題も重ねるという、重層的な構造の芝居だ。横山拓哉らしい快調でユーモアのある会話のやり取りから、次第に、かつての演劇活動で何があったのか、引きこもりの理由がわかってくる。引きこもるしかない状況に追い込まれた姉が、どうやって外に出るきっかけを掴むのか。こちらの予想の上を行く展開だった。ラストは気持ちのいい解決で、心が暖かくなるいい芝居だった。
いじめを批判したと読める宮沢賢治「猫の事務所」がうまく使われていて、奥行きを増した。私は未読だが、舞台上の説明で、内容はわかった。俳優陣も好演。特に姉を演じた清水直子の中学生ぶりや、やつれた焦燥がよかった。
実演鑑賞
満足度★★★★
俳優座に2020年に横山拓也が書いた「雉、はじめて啼く」は、その年の自分の劇団の「あつい胸騒ぎ」の女子高校生夏物語と対になった、男子高校生冬物語の思春期後期もので、すっきりしたいい青春ドラマだった。老舗の若作りなのだが、そこは俳優座、いくつか演劇賞も獲った。「猫、獅子になる」はタイトルからは、前作とつながるように意図しているのかもしれないが、内容的には、家庭劇、学校が主な舞台になる、と言う程度の共通点しかなく、別物だ。
今回のテーマは世間でよく話題になっている80-50問題で、老親(岩崎加根子)が大腿骨を骨折し、50になった引きこもりで生活力のない長女(清水直子)の今後を、その妹夫婦(安藤みどり、塩山誠司)と孫娘(滝佑里)たちが悩む、と言う主筋に、高校演劇に励む孫が、その上演過程でトラブルに出会い、それが、この家庭問題と様々に絡んでくるという脇筋が三代の家庭劇をささえている。高校演劇で上演する演目が宮沢賢治の「猫、獅子になる」で、この舞台用の脚本をめぐって脇筋が大きく主筋に関わってくる。いつもは素材のバラマキも回収も手際のいい横山戯曲も、今回は無理筋が目立つ。宮沢賢治の作品の知名度が高くないので、作品の意図や解釈もよくわからない。バラマキと回収に苦労して肝心の80-50問題がおざなりになっている。
しかし、その感想は、劇場を出てからのもので、見ている間は、俳優がいいのでつられてみてしまう、今回はもう九十歳前後ながら健在の岩崎加根子をはじめ安藤、塩山の中堅どころ(塩山・快演)も若い滝佑里もいい。ことに、このところ、中年で家族の実際の柱となってきた妻の立場が、「いい苦労人」だけでなく、いろいろな荒ぶる心をため込んでいる、と言う役柄が描かれるようになって、今回の妻役の安藤みどりも、そこを嫌味なく演じている。失業して具体的にはさしたることもできないので、家庭内、波風立たぬが専一、と言う夫の「ずるい」立場も定型的になっているが、塩山誠司の夫は、ずっと健気で、世の中、前の世紀とは夫婦間の男女の位置が変わってきていると感じる。こういうところまで80-50問題に踏み込むともっと面白くなったのではないかと思う。宮沢賢治を重ねるところなどは、残念ながら、ただの飾りにしかなっていない。
打率抜群の横山拓也も全部が全部成功するとは限らないわけで、どこかで斎藤憐が言っていたが劇作家は打率15%で合格なのだから、あまり濫作しないでじっくり構えて注文作品でもいい作品を期待している。今年はやはり「フタマツヅキ」の方がよかった。
実演鑑賞
満足度★★★★
30年以上引きこもっている人間は、
引きこもった瞬間から時間が停止している、
私の弟も引きこもりみたいなもので現在や未来の話はせず
いつも過去の話ばかりする。
そういう意味では中学の頃の台本をいつまでも持っていたり、
過去の苦しみに囚われているのはなんとなく納得できる。
しかし、30年以上も引きこもっている人間に演じてもらおうという考えが
どうしても理解できない部分もあった。最後のあの偶然も決め台詞を言わせるためには
必要不可欠だったのだろうか。
実演鑑賞
満足度★★★
清水直子さん見たさに足を運んだ。宮沢賢治の『猫の事務所』がテーマ。
猫の第六事務所は猫の世界の歴史と地理を調べる役場(モデルは郡役所?)。そこの四番書記の窯猫〈かまねこ〉は、夜かまどの中で眠る性質がある為、煤で真っ黒に汚れている。その為他の三人の書記から嫌われ虐められていた。事務長だけは仕事の出来る窯猫を評価。そんなある日、風邪を引いて一日休む窯猫。三人は有る事無い事を事務長に吹き込む。言いくるめられた事務長もぐるになり、翌日窯猫の仕事を取り上げ無視を決め込む。悲しくて悔しくてぼろぼろと泣き続ける窯猫。それを見ていた獅子(モデルは蔵相?)が事務所の閉鎖を命ずる。
1984年、中学校の演劇部で『猫の事務所』の初期形を自ら戯曲化し上演しようとする部長の美夜子(清水直子さん)。当事者を劇に参加させることによって校内での虐めを告発しようと思っていた。
2019年、ずっと自室に引きこもり続け五十歳になった美夜子。劇団員をやっている姪の梓(滝佑里〈ゆうり〉さん)が『猫の事務所』の舞台を小学校で上演する話に興味を示す。
宮沢賢治が発表する前に書いた初期形(草稿)のラスト、登場する誰も彼もが可哀想な存在であることを作者は述べる。この幸福を奪い合い不幸を押し付け合う、不毛な因果律が組み込まれた壊れた世界。優越感と劣等感の果てしないシーソーゲーム。どうにか脱け出す方法はないものか、と。
実演鑑賞
満足度★★★★★
#岩崎加根子 #塩山誠司
#清水直子 #安藤みどり
#志村史人 #若井なおみ
#野々山貴之 #小泉将臣
#滝佑里 #髙宮千尋(敬称略)
初日■嗚呼……チクショウ、やられた。完全にKOされた。10カウントも必要ないほどに打ちのめされた。とんでもない作品が産み落とされたと言うしかない。
扉の向こうとこちらについて考える。目の前にあるソレは確かに目に見えて存在しているけれど、目に見えないソレも至る所に存在する。人はソレを叩き開けさせようとしたり、こじ開けようとしたり、時には乗り越えたり突き破ろうとしたりする。それらの行為が優しさを種に芽生えているから厄介モノ。思いやりという栄養が自分の正義を頑なに信じさせ、その暴力性に盲目となる……と、心なき他者が突き付ける。
閉ざされたソレには"痛み”という鍵がかかっている。その上、鍵は涙に濡れて錆び付いているから開く希望は薄い。
多感な中学生と毎日を過ごす大人が、彼らに向ける言葉に、ほんの少しだけ毒を盛る。彼らは時に傍若無人で聞く耳を持たず分からず屋でありながら賢かったりもして、不愉快にさせられことも少なくない。だから、ついつい言葉に毒を盛ってしまうことも分からないではない。むしろ共感する。同時に同情する。その僅かな毒で人生を棒に振る生徒がいるかもしれないことを、なかなか想像できないのだ。無頓着に生き続けることができる者は、自分が盛った毒で苦しんでいる人がいることを知らずに生きて行くのだろう。吉野弘の詩『夕焼け』の娘のように、やさしい心の持ち主は、受難者になるのかもしれない。それでも、固くなってうつむいている受難者にも夕焼けを見られる時が来ると信じたい。
人生には奇跡が起きる。そんな希望を与えてくれる。
人生を悔やんでいる人に観て欲しい。誰かを傷つけ、誰かに傷つけられた人たちに観て欲しい。家族との関係に悩んでいる人たちに観て欲しい。やさしい人たちに観て欲しい。
清水直子さんが、観る人の苦しみを全て引き受けてくれる。だからきっと、何グラムか心が軽くなって帰路に着けるはず。
志村史人さんの力強い言葉が、応援歌のように心の鐘を打った。