実演鑑賞
満足度★★★★
俳優座に2020年に横山拓也が書いた「雉、はじめて啼く」は、その年の自分の劇団の「あつい胸騒ぎ」の女子高校生夏物語と対になった、男子高校生冬物語の思春期後期もので、すっきりしたいい青春ドラマだった。老舗の若作りなのだが、そこは俳優座、いくつか演劇賞も獲った。「猫、獅子になる」はタイトルからは、前作とつながるように意図しているのかもしれないが、内容的には、家庭劇、学校が主な舞台になる、と言う程度の共通点しかなく、別物だ。
今回のテーマは世間でよく話題になっている80-50問題で、老親(岩崎加根子)が大腿骨を骨折し、50になった引きこもりで生活力のない長女(清水直子)の今後を、その妹夫婦(安藤みどり、塩山誠司)と孫娘(滝佑里)たちが悩む、と言う主筋に、高校演劇に励む孫が、その上演過程でトラブルに出会い、それが、この家庭問題と様々に絡んでくるという脇筋が三代の家庭劇をささえている。高校演劇で上演する演目が宮沢賢治の「猫、獅子になる」で、この舞台用の脚本をめぐって脇筋が大きく主筋に関わってくる。いつもは素材のバラマキも回収も手際のいい横山戯曲も、今回は無理筋が目立つ。宮沢賢治の作品の知名度が高くないので、作品の意図や解釈もよくわからない。バラマキと回収に苦労して肝心の80-50問題がおざなりになっている。
しかし、その感想は、劇場を出てからのもので、見ている間は、俳優がいいのでつられてみてしまう、今回はもう九十歳前後ながら健在の岩崎加根子をはじめ安藤、塩山の中堅どころ(塩山・快演)も若い滝佑里もいい。ことに、このところ、中年で家族の実際の柱となってきた妻の立場が、「いい苦労人」だけでなく、いろいろな荒ぶる心をため込んでいる、と言う役柄が描かれるようになって、今回の妻役の安藤みどりも、そこを嫌味なく演じている。失業して具体的にはさしたることもできないので、家庭内、波風立たぬが専一、と言う夫の「ずるい」立場も定型的になっているが、塩山誠司の夫は、ずっと健気で、世の中、前の世紀とは夫婦間の男女の位置が変わってきていると感じる。こういうところまで80-50問題に踏み込むともっと面白くなったのではないかと思う。宮沢賢治を重ねるところなどは、残念ながら、ただの飾りにしかなっていない。
打率抜群の横山拓也も全部が全部成功するとは限らないわけで、どこかで斎藤憐が言っていたが劇作家は打率15%で合格なのだから、あまり濫作しないでじっくり構えて注文作品でもいい作品を期待している。今年はやはり「フタマツヅキ」の方がよかった。