公演情報
「ザ・ドクター」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★★★★
カトリックと国教会、白人と黒人、ユダヤ教とキリスト教、男性と女性、性的マジョリティとマイノリティなど3時間余りの戯曲にありとあらゆる立場の対立が描かれており、イギリス社会の複雑さがあらわれていました。
「日本の極端とも思える同質性」と比較して語る向きあったけど、討論番組のパートでのパネリストたちの会話見ていると、各自が各自のアイデンティティを背負って話しているのにちっとも前向きじゃなくって、
コミュニティが多様なのも一長一短だなと当たり前のところに落ち着いた気がする。
実演鑑賞
満足度★★★★
SNSでの評判が気になり、急遽、観劇。
かなりのセリフ量を、けっこうな早口で話す上、医療用語だったり、日本人にあまり馴染みのない宗教文化だったりが絡んでくるので、前半は膨大な情報を咀嚼することで精一杯だった。
しかし、後半のディベートシーンから、より噛み砕いたわかりやすい表現へと移り、物語に存在する問題へと引き込まれていった。
マイノリティへの偏見や差別、SNS文化の問題、色んな視点から考えさせられ、モヤモヤした想いを抱えながら帰路に着く作品だった。時間の発端に宗教が絡んでいるので、正直、無宗教の僕には共感や理解が追いつかない部分があったかな。
実演鑑賞
満足度★★★★
現代社会の様々な問題がおりこまれているが、アイデンティティー・ポリティクスのことを考えさせられた。人種、ジェンダー、宗教など人の属性(アイデンティティー)による差別・利害を政治的課題とすることをいう。ブラック・ライブズ・マターやミー・ツーなど今大変盛んである。しかし、そういう属性で線を引くと、見えなくなるものがあるのではないか。
医師ルース(大竹しのぶ)が「人間である前に私は医師です」というセリフの意味はそこにある。白人、ユダヤ人、女性etcという範疇で「神父の入室を拒んだ行為」を批判されるが、医師として医療として考えなければならないという訴えだ。2幕のテレビ討論番組ではこれが焦点になる。
1幕は病院の役員会での議論場面がつづき、少々疲れる。しかし2幕でいろんな仕掛けがなされて、舞台の奥行きがぐっと広がる。
1幕では、死んだ娘のカトリックの父(益岡徹)が「中絶という大罪を犯した娘が、罪の許しを得ないまま、地獄の業火で苦しみ続けているんだぞ」と泣き崩れるところが心に響いた。カトリックのまじめな信者は、そう考える灘、だからルースの行為が大問題なんだと。私も宗教に疎いので、その場面でようやくことの意味が分かった。
実演鑑賞
満足度★★★★★
ものすごく良質でした。緻密な前半戦、怒涛の後半戦。公演後、別の席で観劇していた友人と落ち合った瞬間二人して号泣(笑)。内容を鑑みてあのラストはすごい。日本ではあまり見ない。一日経った今も余韻がすごいです。たくさんの問題に触れながらもすべてが中途半端でなくしかし議論の余地を観客に残す戯曲の隙のなさに圧倒されます。俳優陣も予想通り素晴らしいのですが、すこしキャラを作ろうと前のめりに見える方がいらして、その場のリアルを作り出している名優たちの中ではすこし浮きます。大竹しのぶ×益岡徹、天野はな、床嶋佳子あたりの会話は胸に来るものがありました。
実演鑑賞
満足度★★★★
開いてからもう十日もたつのに、ネット批評に見てきた、が一つもないのはなぜ?。??と思いながら見れば、全く隙のない完璧の舞台。主演の大竹しのぶをはじめ、巧みなキャスティング、栗山民也のよく読みこんだ演出に従って一糸乱れぬ演技、美術をはじめ、過不足ないスタッフ・ワーク。テーマはコロナで誰もが直面せざるを得なかった「死」をめぐって科学と宗教はどのように人間を救えるか。受けないはずはないのに。
ほぼ、三時間近い舞台の完成度を評価するにはやぶさかではないが、その完璧な取り組みに落とし穴があったとも思える。
昨年ロンドンで上演されたイギリスの舞台は主軸のテーマをめぐって、信仰と科学だけでなく人種、性差別、階級問題、のような一般的な問題に加えて病院の組織や経営問題、日々の生活問題、テレビ番組まで現在のロンドン市民の直面する「ドラマ的な」問題が網羅(でもないだろうが)されている。その戯曲は若干はテキストレジされているのだろうが、ほぼ上演されたものに近いと思う。違うのは「肉体を持った俳優」である。
日本の俳優が下手と言っているのではない。日本の俳優が英国俳優の真似をしても仕方がない。第一、そんなことは誰もしていないだろう。肉体にしみ込んだ英国と日本のどうしようもない違いが戯曲との距離を置かせてしまったのではないか。
このような最新の戯曲をパルコがこのスタッフ・キャストで積極的に取り上げたことは多としなければならないし、この戯曲もつまらないわけではない。この詰め込み方のうまさなどは若い作家には学んでほしいところでもある。国境を越えて、演劇を咀嚼するのは、観客も含めなかなか難しいものだとつくずく思った。
、そうでなければ、「フタマツヅキ」をこれだけ理解し、感動し芝居を楽しんだこのネットの観客がこの作品に対して黙っているのは理解できない、