カノン【8月19日~31日公演中止】 公演情報 カノン【8月19日~31日公演中止】」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.2
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    初日のチケットも取っていたのに中止になり、その後も中止が続き、いつから上演できるのか上演し続けられるのかと心配し続けたので、千秋楽に行けた時にはもうそれだけで嬉しかったです。座席の配置を知らなかったので、当日行ったらD列がまさかの最前列でした。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2021/09/04 (土) 13:00

    若さを感じる舞台だった。
     野田秀樹がNODA・MAPで2000年に上演した戯曲を、野上絹代の演出で上演する。芥川龍之介の「偸盗」をベースにした戯曲で、野田地図初演も観ているが、わりと多くの劇団が上演する作品。初演では唐沢寿明・鈴木京香等を軸に展開されたが、今回は若い中島広稀・さとうほなみ等が演じ、既に年齢的な若さを感じさせるキャスティングだが、若さは野上の演出でも感じられ、スピード感溢れる動きに目を見張る。初演では、須藤理彩が演じた「猫」がいいんだよぉ、と何回も主張していた私だが、今回も「猫」役の名児耶ゆりが光っていた。すごい。野田の戯曲は言葉も美しいのだと改めて感じた。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    演出、出演の野上絹代さん、連想するのは野上照代(黒澤映画の名物スクリプター)。名前が出る度気になっていた。
    開演前SEからザッピングされたTV番組の音声が流れ続ける。多重世界のザッピングの中の一コマが今回の物語のようだ。額縁による美術を徹底し、小道具は全て額縁の中の絵。額縁がありとあらゆる形を表現し、時には弓となって矢を射る。ひたすら疾走するスピード感で物語は駆け抜けていく。
    中盤、ヨハン・パッヘルベル作曲の名曲「カノン」がハイテンポで流れ、舞台は更に盛り上がる。が、それも束の間、捻れた音階、不協和音のノイズ、不安を煽るインダストリアル・ミュージックへとぐずぐずに崩れ世界の様相は変貌を遂げて行く。カノンとは特殊な輪唱の意味。

    盗賊団の御頭、沙金(しゃきん)役さとうほなみさんがヴァンプ(妖婦)として完璧な存在。胸の谷間を見せ付ける演出で盗賊団も観客も骨抜きのメロメロ。「ゲスの極み乙女。」のドラマーと云うことに驚く。多分グラビアアイドルだと思っていた。何となく情報は知ってはいたのだが···。矢庭に白い脚をゆっくりと伸ばし、男に委ねる。誰も彼もが理性を失い、本能的にむしゃぶりつく。それを勝ち誇った顔で眺め、にんまりと口元を歪める淫婦の貫禄。
    主演の太郎役中島広稀(ひろき)氏はた組の『貴方なら生き残れるわ』に続き舞台はニ回目。遠く、彩の国さいたま芸術劇場まで観に行ったものだ。バスケ部の一人だったような。運動神経、反射神経が物を言う舞台向きの俳優。
    猫役、名児耶(なごや)ゆりさんも印象的。モノローグを兼ねつつ、作品の核に触れている存在。余りにも謎が多過ぎる。

    平安時代、自由を謳歌していた山の民は都の民に侵略され滅ぼされる。生き延びた残党共は盗賊団となって京の都を荒らし回っている。都の最高権力者である天麩羅判官(渡辺いっけい氏)の屋敷で牢番をしている太郎は、美しき囚人沙金に惑わされ逃がしてしまう。太郎を赦免した判官はスパイとなって盗賊団に潜入し、反体制組織「猫の瞳」について調査するよう命ずる。
    判官屋敷に隠された、フランス7月革命を描いたドラクロワの名画「民衆を導く自由の女神」が物語のキーになる。

    ネタバレBOX

    猫の存在が謎で、劇中太郎が唐突に言う台詞、「彼女は猫と呼ばれているだけで本当は人間なのだから」にハッとする。ただ、その後はまた猫として存在し続ける。あれは一体何だったのか?そこが一番興奮するシーンだった。

    クライマックス、鉄球と銃で連合赤軍のあさま山荘を連想させるが、この物語との関連性が全く見えない。野田秀樹作品お馴染みの「実はこんな意図がありました」を喜ぶのは批評家だけではないか?虚構に耽溺していた観客からすれば、「そんなことはいいからこの話をきちんと語れ!」との思い。
    素晴らしい虚構作品に「実はこういう意図があった」なら興奮もするが、毎回話の途中で誤魔化しているような気にもなる。(好みの問題だろうが)。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    ネタバレ

    ネタバレBOX

    野上絹代の『カノン』を観劇。
    (野田秀樹の戯曲を若手が演出するシリーズ)

    京の街では猫の瞳(キャッツアイ)という盗賊があちこちに出没している。
    そんな最中、女首領・紗金が天麩羅判官に捕まってしまうが、牢番の太郎をたぶらかし脱獄をする。失敗を犯した太郎だが名誉挽回に猫の瞳のスパイになるのだが、気がつくと彼らの思想に感化され皆と一緒に自由を盗みに行くのであった.... 。
    野田秀樹版を観てないのが悔やまれるが、夢の遊民社を彷彿される圧倒的な速さで俳優は走り出し、見立て、セリフが飛び交う。以前にはなかった機能を有効に使い、速さは更に加速度を増す。戯曲の言葉遊びの部分を大事にしているせいか、台詞の裏に書かれているテーマが大きく効いてくる。
    野田秀樹版は猫の瞳(キャッツ・アイ)を連合赤軍とし、紗金は永田洋子だ。
    勿論今回もそうなのだが、野上絹代は決して連合赤軍と声を大にせず、自由を求めている世界の革命家へのレクイエムとして描いているからか、戯曲の世界観が一段と大きくなり作品のテーマが己に深く食い込んでくる。

    猫の瞳(キャッツ・アイ)が盗み出そうとするドラクロワの『民主を導く自由の女神』
    それこそが彼らが狙う自由なのだ。
    だが盗み込んだ先には巨大な鉄球が打ち込まれ、空から沢山のビラが降ってくる。
    世界のあちこちで行われている、永遠に終わる事のない自由を盗む行為に本当に自由があるのだろうか…?

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