公演情報
「森 フォレ」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★★★
3時間をゆうに超える長大な作品だが、つらいことはない。むしろ最初の20分ぐらいが、意味がよくわからず眠たくなるが、それを過ぎると最後までずっと面白くて集中できる。それどころか、後半は展開が速くて登場人物の名前や関係性がよく飲み込めず「ちょっと待ってくれ!もっとゆっくり!」と言いたくなるぐらい。謎の答えがすべて明瞭に示されるわけではない。
俳優陣の演技はどの人もすばらしい。舞台上の演出がもう少しいろいろあったらなと感じた。
実演鑑賞
満足度★★★★
「約束する、決して見捨てはしない。」
第一幕60分(休憩15分)第二幕60分(休憩10分)第三幕75分。
円形ステージのセンターには少しだけ傾いた小さな同心円ステージ、見事なる機能美。
開幕早々衒学的な台詞の応酬から始まり、「こりゃ失敗した」と、この三幕3時間半の長丁場に陰々滅々たる気分。ところがその感じはオープニングだけで、そこから怒涛のエンターテインメントが幕開く。
一番近いのが浦沢直樹作品で、『BILLY BAT』を想起。これは浦沢直樹版『火の鳥』を構想したような失敗作で、時空を越えた奇想天外な話をいつものように畳み切れず放り投げたもの。浦沢直樹の武器は読者の想像力を妙に刺激する謎の急展開、ひたすら煽り捲って売り抜ける。伏線の回収は一切されない。
この舞台も訳の分からない謎が撒き散らされる。急に癲癇の発作を起こした栗田桃子の脳に、骨化した胎児がまるで森のように根を張っていることが判明。妊娠した双子の片割れが脳にまで這い登って来たらしい。更に栗田桃子は第一次世界大戦のフランス兵士の幻覚を毎日のように見ることとなる。
フランスから来た古生物学者(成河〈ソンハ〉)は、父がナチスの収容所で見付けた粉々に砕かれた頭蓋骨、その最後のパーツが栗田桃子の脳内の骨と一致すると言う。
栗田桃子の娘、瀧本美織(川村かおり系のPUNKS風)は嫌嫌ながら自分のルーツを辿る旅に出る破目となる。
作者はレバノンの首都ベイルート生まれ、8歳でフランスに一家で亡命するも、滞在更新を拒否され15歳でカナダのケベック州に移住。こんな面白い話を書く作家がいるのか。そりゃ皆観たい訳だ。
実演鑑賞
満足度★★★★
世田パブのワジディ・ムワワッド作品シリーズ観劇は「岸」を飛ばして「炎」以来で7年ぶりとなった。途中、静岡で作者自身による一人舞台を観たが、彼がカリカリと書き刻んだ血と縁のフィクションの方が自演による舞台(渾身の舞台であったが)より作者自身の証言のように感じる。一見不要にみえるディテイルが書かれているせいだろうか。家族というものはどれ一つとして同じものはなく(むしろとてつもなく多様で)、その有機的絡まりを紐解くことなしに家族は描けないと信じているかのよう(我々は「家族」という社会的イメージに自分の家族を当てはめてそうと信じているだけなのかも)。あるいは、実際にあった特殊なケースに取材したものかも知れない・・ただし戯曲にみる作者の明確な作劇意図がその想像を打ち消す。三部作に通底する主題とは、単純化すれば命はどのように引き継がれてきたか(今存在する者はなぜ今ここに存在し得るのか)..。
上演時間を確認せず足を運んだ所が、2回休憩を挟んで3時間40分。それでも数代前までに遡る壮大な系譜辿りの物語を事細かに把握するのは難しい。しかし目が離せず、長いとは感じなかった。
実演鑑賞
満足度★★★★
ベルリンの壁崩壊の年に不本意な妊娠をしたエメ(栗田桃子)から始まり、その娘、現代のモントリオールのルー(瀧本美織)が、古生物学者(考古学者ではない)ダグラス(成河)と、独仏国境地帯のストラスブールにおもむき、自分のルーツをさぐっていく。ルーに最初の手がかりを与える、疎遠だった祖母リュスを演じた麻実れいが素晴らしかった。赤ん坊のときフランスからカナダにつれてこられたあと、「約束」通り母親が来るのを待ち続けた苦しさ、結局かなわなかった悲しさ、そして母のことを伝えに来たサラ(前田亜季)との邂逅。ルーとのもあわせて、二人芝居の密度の高い語り、感情の動きがすばらしい
ココまでが1幕。全3幕。1871年に始まるケレール一族の愛憎劇は、近親相姦と父殺しの話で、ドイツ神話に取材したワーグナーの「ニーベルングの指環」のよう。当主の子(双子)を身ごもって、その息子と結婚するオデットの「あなたの子は代々呪われる」という言葉は呪いのようだ。一族を逃げた息子一家が閉鎖的に暮らすアルデンヌの森は、シェークスピアのアーデンの森とは違い、血なまぐさい惨劇の数々でいろどられる。こうした展開は、レバノン生まれの作者のヨーロッパ文明批判があるのかと思われた。欲望と血とエゴイズムの文明。神はいない
「岸 リトラル」の衝撃は忘れられないが、「森」は全く別の鋭角、作りの芝居であった。通常の芝居の2.5作分くらいの物語の錯綜が一つに込められている。