森 フォレ 公演情報 世田谷パブリックシアター「森 フォレ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    「約束する、決して見捨てはしない。」
    第一幕60分(休憩15分)第二幕60分(休憩10分)第三幕75分。
    円形ステージのセンターには少しだけ傾いた小さな同心円ステージ、見事なる機能美。
    開幕早々衒学的な台詞の応酬から始まり、「こりゃ失敗した」と、この三幕3時間半の長丁場に陰々滅々たる気分。ところがその感じはオープニングだけで、そこから怒涛のエンターテインメントが幕開く。
    一番近いのが浦沢直樹作品で、『BILLY BAT』を想起。これは浦沢直樹版『火の鳥』を構想したような失敗作で、時空を越えた奇想天外な話をいつものように畳み切れず放り投げたもの。浦沢直樹の武器は読者の想像力を妙に刺激する謎の急展開、ひたすら煽り捲って売り抜ける。伏線の回収は一切されない。
    この舞台も訳の分からない謎が撒き散らされる。急に癲癇の発作を起こした栗田桃子の脳に、骨化した胎児がまるで森のように根を張っていることが判明。妊娠した双子の片割れが脳にまで這い登って来たらしい。更に栗田桃子は第一次世界大戦のフランス兵士の幻覚を毎日のように見ることとなる。
    フランスから来た古生物学者(成河〈ソンハ〉)は、父がナチスの収容所で見付けた粉々に砕かれた頭蓋骨、その最後のパーツが栗田桃子の脳内の骨と一致すると言う。
    栗田桃子の娘、瀧本美織(川村かおり系のPUNKS風)は嫌嫌ながら自分のルーツを辿る旅に出る破目となる。

    作者はレバノンの首都ベイルート生まれ、8歳でフランスに一家で亡命するも、滞在更新を拒否され15歳でカナダのケベック州に移住。こんな面白い話を書く作家がいるのか。そりゃ皆観たい訳だ。

    ネタバレBOX

    第一幕、栗田桃子さん(蟹江敬三氏の娘でもある)がMVP。市原悦子+大竹しのぶのような迫力で白石加代子の後継者は彼女しかいないとさえ思わせた。癲癇の発作の動作がシンボリック。トランス状態のシャーマンが異界と交信しているようにも。1989年のカナダ、モントリオール。
    第一次大戦時、アルデンヌの森、フランス軍の脱走兵士が河に落ちて流され謎の集落に辿り着く。そこは外界と隔絶された私設動物園、女三人だけで暮らしている。安部公房の『砂の女』を思わせる展開で、兵士は末娘と結ばれ、その地を支配する“怪物”を殺しに穴の奥へと侵入していく。

    第二幕、麻実れいさんがMVP。孫娘瀧本美織さんが四十年施設で暮らす祖母に話を聞きに行く。互いに人間嫌いでギスギスした空気。その中で麻実れいさんが表現するのは人の存在の深み、ほんの些細な仕草や何の意図もない切っ掛けで心の滲みがじんわりと伝わっていく様。十二歳の少女が里親の純粋なる善意から、全ての歯をバールで打ち砕かれる。老婆のようになった自分の顔を深夜に独り、鏡で眺め続けたエピソード。「必ず迎えに行くから」との会ったこともない母からの伝言を待ち続けた幾年月。零下の大河を見下ろすベンチに佇む二人の遠景、今作一番の名シーンとなった。必見。
    孫娘と古生物学者は祖母の母親の素性を突き止める為にフランスへ。PUNKSと堅物中年男の道中、『ミレニアム/ドラゴン・タトゥーの女』の雰囲気でいよいよ話は盛り上がる。
    同時に語られるのは、1871年のストラスブールでの鉄道王の家族の物語。謎に満ちたアルデンヌの森の真相が明かされる。いつの間にか岡本玲さんが他には代えの効かない女優になっていて嬉しい。小柳友(ゆう)氏はもろ『白痴』の三船敏郎っぽくてカッコイイ。

    第三幕、岡本健一氏がMVP 。レジスタンスとして、ナチスの圧倒的な暴力に立ち向かう若者達。息子が目の前でゲシュタポに殴り殺される有様を、関係のない通行人の素振りで眺めていた父親のエピソード。止めに入れば自分も殺される。息子もそれは判っており、ほんの一瞬の目と目による会話。その話を一人称で淡々と語る岡本健一氏、人間と正義と歴史、その全てがそこに詰まっている。
    運命の娘、リュディヴィーヌ。地獄から地獄へと彷徨い歩く彼女(松岡依都美さん)はレジスタンス(反ナチスの地下組織)に参加。親友のサラの娘をカナダへと託す。


    アレクサンドル(フランスからドイツに鞍替えをした鉄道王、後にその列車でユダヤ人は強制収容所へと運ばれる)、妻は自殺。オデット(アレクサンドルの妾として妊娠させられた)
    ②1871年ドイツ(当時)、ストラスブール
    アルベール(アレクサンドルの息子ながら絶縁し、アルデンヌの森で理想郷を築かんとする)、エドガーとエレーヌ(アレクサンドルとオデットの間に出来た双子)
    ③1897年フランス(当時)、アルデンヌの森
    エドモン(アルベールとオデットの息子)
    ④1917年アルデンヌの森
    ジャンヌとマリ(アルベールとエレーヌの娘)、怪物とレオニー(エレーヌの産んだ双子だが、父親はアルベールかエドガーかはっきりしない)、リュシアン(弟を殺してしまいフランス軍を脱走した兵士)
    ⑤1936年フランス北東部
    リュディヴィーヌ(レオニーとリュシアンの娘、両性具有者)、サラ(リュディヴィーヌの親友)、サミュエル(サラの恋人)
    ⑥1969年カナダ
    リュス(サミュエルとサラの娘)、アシル(リュスの旦那)
    ⑦1990年カナダ、モントリオール
    エメ(アシルとリュスの娘)、バチスト(エメの旦那)
    ⑧2010年カナダ、モントリオール=現在
    ルー(バチストとエメの娘)

    八世代、140年に渡る物語。近親相姦を繰り返し、呪いのように怪物と娘の双子を孕んできた。だが、リュディヴィーヌは子供を産むことは出来ない身体だったことが判明。一族の血はそこで途絶え、実は親友のサラとサミュエルの娘リュスの血脈に代わっていた。家族は血で結ばれているのではなく、“約束”で結ばれているのだと作者は語る。
    「約束する、決して見捨てはしない。」

    両性具有で生殖能力がないリュディヴィーヌ、子供を産めるサラの方が生きる価値があると身代わりになろうとする。この場面にかなり女性客は不快感を憶えたようだ。作劇の難しい時代になってきた。
    人類の集合無意識の歴史的に、ナチスに命懸けで立ち向かった物語以上の出来事は未だ無いのだろう。(死ぬ程そんな話を見せられてきた)。犠牲の連鎖の延長線上に自分の存在があると云うことか、それはそれで何か違う気もするが···。時空を越えて“約束”を果たそうとするエニグマ(不可解な出来事)には感じ入った。

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    2021/07/19 21:08

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