生きてる風/ ブタに真珠の首飾り 公演情報 生きてる風/ ブタに真珠の首飾り」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
1-8件 / 8件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    「生きてる風」観ました。ひきこもりの話は身に沁みますね。ウチも三男が中高と不登校だったので、周りの人の目線で見てました。しかしながら、フリーライダーの言い訳は皆同じなんだよなー。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    「豚に真珠の首飾り」観劇。かなり久々のアマヤドリ、実はもう一つの演目を観るつもりで居たのだが二演目ある事を忘れ時間の都合で(確実に開演に間に合う)日へ後で変更し。。中身が違うと気づいたのは劇場入口での事。
    もっとも両者とも未知の演目なんであるが、ただ新作にはコロナの影響が幾許かでも、この作者にどう及んだか窺えるのでは、というのが関心であったので、完全に予定外。が逆に機会である。1時間半というスパンの劇は久々に観た。(昔は割と標準で手頃な長さだったような。最近は1時間+α、2時間~3時間というのが多い気がする。)

    結果、厳しい事を言えば謎解き的には先へと引っ張り過ぎ、そして説明に時間が掛かり過ぎ。ただ4人の女共の喋りの瞬間的輝きは何箇所かあった。
    披露宴の縁故客の控室(花嫁側)に来た4名の会話で、二人組と一人が知らない同士、両者共通の知人が一人という構成で、二人組と共通知人が近い年代の先輩後輩関係、一人が若く、花嫁を通じての知人同士。
    最初一人(若い)と共通知人の2人の会話があり、共通知人が去って一人若が残った所へ二人組の登場、2人の慣れた感じの会話(あけすけな後輩と彼女に気を許すお喋り好き先輩)で見せる本音トークは面白く、離れた所で見守る一人若と、やがて自己紹介、さらに二人組の会話が続き、今回の花嫁にまつわる「問題」、それがどうやら連れ子にある事、などが見え、そして二人(特に一方)が今現在不在の共通知人にわだかまりをもっているらしい事も見え、やがて当人登場4人揃う、と暗転。仕事で披露宴を早めに抜け二次会には参加できないらしい共通知人が、一人若と控室に戻ると、仕事に行かなくて良くなったとの連絡。挨拶までして中座したのに、と悩みつつも二次会に行く事になる様子、と、そこへ残る二人組登場し、そこからわだかまりを吐き出す本音の会話へ展開する。
    さてこの小品の命はやはりリアリティであると思う。控室に4人だけの必然性は特に気にならず、演劇の都合でも良い。問題は、中心的話題となる話のリアリティがどこまで追求されたか、が重要、というのも混迷から抜け出す手がかりであるメッセージの重みに、そのまま掛って来るので。共通知人(確かミユと言った、以後ミユとする)に対し引っかかりを持つ後輩(根明なもう一人はそのさらに後輩)は最初「仕事で披露宴を抜ける」と言っていたらしい事に憮然とし、個別事情よりそういう彼女の人間性の変容を問題にしていた。が、本題に入るとそれは花嫁(確かアヤと言った)に対しミユが「ひどい事を言った」事にある、と説明される。
    ミユと二人組は元高校のダンス部の繋がり、一方なぜかもう一人のミユの若い知人はダンサーへの夢を遂げたく渡米しようとしている。しかし最近彼女は自分が世話になった人たちに更に世話になりっ放しで、自分の事しか考えていない自分で良いのかと悩んでいる。ここでの伏線は、後に開陳される本題=すなわち花嫁の連れ子(重い障害を持つ)を、ミユと共に気にかけていた、として回収されるようだが、渡米への逡巡をこの「後で開陳される障害のある子どもを置いて行く後ろめたさ」に集約させるにはもう一つ必然性が盛られていない。
    ミユに対する後輩の不満が、言わば後に謎解きされる事になる「謎かけ」なのであるが、この不満が一本に絞られて行かないのも憾みだ。
    かつて部活時代にミユの金魚の分であった後輩が、成人以後の変貌(成長)に一方的な願望とのズレを感じ(最初はそういう種類の感情が仄めかされていた気がする)、最後にはやはりそこに着地するようなのであるが、謎解かれる本題は、ミユがあや(花嫁)に対して言ったという言葉、すなわち(24時間医療ケアを要する障害を持つ子供のために自分の人生を犠牲にする事はない、という意味で言った)「諦めてもいいんだよ」の方である。
    打ち明けられた後輩は、たまたま弱っていた時に自分に話をしたに過ぎないし、ミユ先輩とあやさんの絆の方が深い、と自ら認めるのであるが、そう認めながら「不満」は持ち続けるという心理は中々理解しがたい。憧れの先輩であり続けてほしいといった子供っぽい願望と、この問題発言に対する違和感といったものは、質が異なる。これが並列に語られる事で、役者は心理を作りあぐねて苦しんでいた(と見えた)。

    リアリティの面で決定的なのは{これも苦言です)、披露宴に出席し、その「子ども」を諦める諦めないといった会話がヒートアップしているのに、新郎の話題が全くでない事だ。むしろ子供を引き受けて行く事になる旦那がどう考えているらしいのか、一言も出ないのは戯曲の欠陥で、深い会話ができた事をもって相殺できるレベルでないと思う。それこそ会話は「余計な心配」であり、不毛な会話という事になる。
    もちろん旦那の事を差し置いてついついそういう会話に発展する事も、またそういう舞台も「あり得る」と思うが、深刻に悩み、会話が展開する(軽快→深刻→軽快)ドラマ性で勝負する劇としてはやはり厳しいものがある。
    ただこの欠陥に関わらず舞台を華やぐものにしていたのは、キャラの棲み分け、自然体の演技、それを発現させた台詞とは言える。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    #アマヤドリ
    #生きてる風
    現代社会が抱える闇…病み。海底生物のごとく閉ざした世界にひっそりと生きる。かつての世でも俗世との交流を断ち、山奥で暮らしたりする歌人や詩人などもいた。ここにいるのは、その世界から抜け出そうとする者、抜け出す手助けをしようとする者、抜け出さずにいる者。解決するきっかけとなる事件……なんて起きない。特効薬もない。その心理…真理について抉る……ことはできなくても、一歩踏み込む。
    主宰の広田淳一さんの新作はいつでも刺激的だ。その言葉が観客の心を絡め取って行く。
    今回、劇団を離れていた #松下仁 さんの出演を知り、リアルに叫び声を上げ、泣いた。アマヤドリらしさというものがあるとすれば、間違いなく彼の中にそれはあった。そして彼の妹役の台詞の向こう側に、劇団を離れた女優の姿…言葉があった。彼女は彼女であると同時にアマヤドリそのものだったと、改めて知る。わかっていたけれど、わかっていなくて……凄い発見だった。
    同時に、初見の #宮川飛鳥 さんと #徳倉マドカ さんという若い二人の力強さに惚れ惚れもしている。魅力的な若い俳優さんとの出会いは、なんとも幸せだ。
    そして、開場から客出しまで130分リアルに引きこもる、ほぼオブジェの #大塚由祈子 さんに敬意を。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    『生きてる風』

    昨年から延期になった公演。

    「ひきこもり」の意味合いが微妙に異なってきた時代の「社会的ひきこもり」。
    なのだが、ひきこもりの人たちについて語っているようで、どうやらそれだけではなさそうだ。

    ネタバレBOX

    <似合う服理論>

    「ひきこもり」の意味合いが微妙に異なってきた時代の「社会的ひきこもり」。
    なのだが、ひきこもりの人たちについて語っているようで、どうやらそれだけではなさそうだ。

    すなわち、「人のアイデンティティー」はどこから生まれ、それを変えることはできるのか? ということではないか。

    作中で「似合う服を選ぶ」というワードが示すように、それを「自分でできる人」もいれば「他人してもらうことでしかできない人」がいる。
    「自分に似合う服」を選べた人は、「(社会での)居場所」が確保できる。

    それが「ひきこもり」という「服」の人もいる。
    その服を着替えたいと願っている人もいる。
    それの手助けが「支援事業」ではないだろうか。

    どんな服を着るかは自由だし、それが似合う似合わないを決めるのは、本当は自分なのだが、社会がそれをすべて許すわけではなく、社会、あるいはもっと狭い学校のような生活圏や、さらに狭い「家族」から「その服は着替えたほうがいいよ」というような、圧力(同調圧力の場合もある)が、常にかかってくる。

    その圧力がまるで「正しい」ようにかけられている人たちが、いわゆる「ひきこもり」の人たちであり、その圧力があるから逆に「着替えることが困難」になっている場合もあろう。

    そうした葛藤と、諦念とがいり混じった人々が、深夜から未明、そして夜明けの短い時間に混ざり合う。

    当然「答えはない」。
    それは「似合う似合わない」は、結局のところ自分次第であるということだからだろう。

    人々は、それを確認し、その場を去って行く。
    ある人は「着替えよう」と考え、ある人は「今のままでいい」と考えて。

    「ひきこもり」を描いているが、「似合う服理論」とでもいう考え方は、実のところすべての人に当てはまるのではないかと思った。

    自分が着ている服(貼られた「レッテル」)は本当に自分に合っているのか、今着ている服は自分で選んだものではないが、自分の意思で着替えることはできるのか(一度貼られてしまった「レッテル」を張り換えることは可能か)などなど。

    高校デビュー、大学デビューという言葉があるように、人生のタイミングに合わせてなんとか着替えたいと思う人もあれば、今のままの服でいい人もいるわけで、舞台の上の「ひきこもり」の人と同じかもしれない。

    個人的には、アマヤドリなので、もう一歩踏み込んだテーゼとか問いかけが欲しかった。

    「着替えたい人」竹前総次郎は、不器用(わざと?)ながら人との接触を試みようとしていたのが印象的。

    総次郎の妹・瀬奈は、正論で攻めてきていい感じに恐かった。
    一史の少し達観した感じ。
    一史の兄・譲は、弟がそんな感じなのに、やっぱりありがちな正論で、やんわり弟を責めているようだった。
    そんなわけで、はばゆりなさんと、河原翔太さん、沼田星麻さんが印象に残った。

    ラストにかかる曲は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド 「サンデー・モーニング」。
    個人的には「月曜日の朝」のほうがしっくりくるのだが、歌詞的にはそんな感じだろう。

    アマヤドリは、セットがカッコいい。今回もシンプルだけとカッコ良い。
    そして、未明からの照明の具合もよかった。

    ちょっと気になったのが、「ゲームをする女」。
    舞台を観ていたときには「ゲーム」をしているようには見えなかった。
    ヘッドホンをして画面を見ていることはわかったのだが、それがゲームだったとは。
    相関図を見て「ゲームをしている」とわかったのだが、それでいいのだろうか、演劇的には。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    生きてる風を拝見しました。引きこもりをテーマにしたいろいろ考えさせる作品でしたね。演者の皆さんも熱演でした。またの作品も期待ですね

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    「ブタに真珠の首飾り」観ました。結婚披露宴の控室が舞台なので、ゴシップ合戦と思いきや、かなりシリアスな話なのですね。グッときました。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    鑑賞日2021/03/20 (土) 19:00

    「生きてる風」
    100分。休憩なし。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    女優さん四人だけの世界は、四者四様、全く隙がありませんでした、最高でしたよ! 詳細はブログ記事をどうぞ。→ http://idolarayama.seesaa.net/article/480637696.html

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