公演情報
「氷の下」の観てきた!クチコミ一覧
満足度★★★★
変則ロングラン公演「フェードル」の終盤を昨年2月に観て以来、久々に・・と言っても昨年はうずめ俳優自体久々のお目見えで、だから意外に早く・・対面した感覚だ。
またまた一癖ある変った「エンゲキ」を出没させてくれましたペーターゲスナーさんも懲りないですね、との感想。戯曲の狙いと、演出・演技のタイプが合ってたか、は考える所だが、20年来変わらぬうずめ俳優(男女四人)の3名(1役はWキャスト)がガッツリ登場し喋りまくる劇、という意味では「堪能」した。
以下思い出話。世の中にまだ劇団を二つ三つしか知らない頃、縁を感じて一度観たかったうずめ劇団をやっと観たのが「ねずみ狩り」at シアターX。戦後の熱い季節にドイツで上演された野外劇との事で、男女が最後には全裸で踊る姿(しかも照明をガンガンに当て)からの急転回は衝撃であったが、終始演じる若い男女カップルの内、男優が荒牧大道と藤沢友のダブルキャスト、「劇団を知りたい」と欲していた私はどの回を観ようかと随分迷い(芝居は席が埋まれば売止めになる事も思い及ばず)、どうにか入手して荒牧大道氏の回を観た。以来、藤沢氏の立ち姿は見られず、今回は運よく日があって観た。キレる頭脳を見るような秀逸な演技が見れた(あ~。ら抜き使っちまった)。
舞台はシンポジウムのようなテーブル配置に3名が着席したり立ったり中座したり、プレゼンの場のようでも自社の会議室のようでもある。各人が自説を展開したり自身を吐露したり、長いモノローグを吐く。社内らしき場で三人が言葉を飛ばし交わす場面はあるが、それもやがて混沌の沼に。。強烈に何かを皮肉っているようであり、切実に訴えているようでもあるが、翻訳時に設定を日本に置き換えた際、発話者の文化的帰属先がぼやけた感は否めない。その部分が勿体なく、秀逸な場面もピースの繋ぎ目が粗くごつごつした岩のようであった。戯曲の持つ批評性、日常の欺瞞を揺さぶる破壊力を受け止めたかったが。。
満足度★★★★
シンギュラリティな社会がコロナ禍でグッと近づいていると言うのに魔女狩りだとかフェイクだとか、御名御璽だとか、もう温故知新が混ざっている現代社会。道を歩いても声出している相手先は携帯電話の向こう側。誰も話していない、叫んだりしない、、、この半年、叫びたい気持ちでいっぱいだった。このお話が13年も前に書かれていたなんて!ジョージ・オーウェルとか想起してしまったなぁ。面白かったです。皆さんお疲れ様でしたv
満足度★★★★
余談:仙川フィックスホールは基本コンサート会場で、舞台上にグラウンドピアノが常設となっている。どうするのかな、と思っていたら、あれ、弾いている。「ヒュードル」でもピアノ演奏があったので、そうした才に長けている役者がいるのだな。でも、演奏は、元本それとも演出?
役名は「居内陽子」飛行機搭乗に送れることに快感を覚える女性、つまり「居ない様子」
となると「仰木待町子」は、「奥義数学」?勘違いかもしれないけれど、判る気がする。
では「光広太」は、うーん。今度、ゲスナーさんに聞いてみよう。
満足度★★
「かもめ」の一幕目でニーナが演じる独白芝居を連想した。空港でどんなに離陸時間におくれて呼び出しを受け続けても、ゲートにいこうとしない女の身勝手な独り言。「コンサルタントは(精神科の)治療だ」「こいつできるけど傲慢じゃない、とクライアントに思わせることが大事だ」と豪語するおとこ。あざらしの大群と白熊のスケートの自作のミュージカルをプレゼンする女。あと女優がもう一人、最初はセーラー服で、最後は、他の女と同じスカートの短いスーツ姿で現れる。
それぞれ絶叫型の独白、力演型のスピーチがつづき、対話や物語はない。自助を求める新自由主義へのけんお、気候変動への関心、コンサルなどの非生産的な無意味な仕事(今で言うとブルシットジョブ)へのひはんがある。
生ピアノを使った音響(二番目の女が弾く)がゆにーく。あざらしのパンパンに膨らんだぬいぐるみと、白熊の着ぐるみはおもしろかった。