三好十郎の1951年初演戯曲。老若男女の出演者がそろう老舗劇団ならではの贅沢な公演で、演出は鵜山仁さん。
絵画のキャンバスのようなパネルを組み立てていく舞台美術で、教会、アトリエ、画廊、ゴッホがゴーギャンと暮らした家などに場面転換する。19世紀半ばのヨーロッパの時代背景がわかる、具象の衣装とヘアメイクも凝っている。戯曲の世界観を丹念に立ち上げる群像劇になっていた。
満足度★★★★
初めて見る「炎の人」。三好十郎はもっと傑作があるのかもしれないが、有名な作品である。ゴッホの炭鉱地帯での宣教師時代から始めるのが意外だったし、知らなかった。そんな経歴があったとは。労働者の貧困とたたかい、さらにパリでの作家仲間たちの流行の不可知論に対し、現実のものはある、それを描くというゴッホの愚直な唯物論は、この台本の書かれた50年代の社会主義と労働運動の勢いをバックに持つものだろう。
ゴッホの、自分は30歳から絵を始めたから時間がないという焦りが、彼の短く燃え尽きた画家人生の根底にあるということもよくわかった。最後に「ゴッホはぼくたちと同じ人間だった」(記憶なので不正確)と、ゴッホの死後、人々が追悼する。間違ってはいないがもちろん、ゴッホの特別さはやはり否めない。
若い藤原彰寛(文化座)が、ゴッホの一途にのめり込む熱情と自信のもてないコンプレックスを熱演して、素晴らしかった。とにかく泣いたり怒ったり、甘えたり喜んだり、不安定な人格で、感情の振幅が極めて大きい。これはやりがいのある役でもあろう。逆にゴーガン役の鍛冶直人(文学座)のシニカルともいえる冷静さが冷たすぎるように私には見えたが。
佐々木愛を筆頭に、脇役のベテラン陣はさすがにうまい。しかも、みなマイク無しでも大きな劇場内に声が響き渡る見事な発声。新劇の演技訓練の蓄積を見直させるものである。
3時間5分かな。コロナ騒ぎで上演期間が2日短縮されたのは残念だった。
満足度★★★★
本棚の戯曲本を手に取り電車で小一時間、ざっと眺めて劇場へ(この所の睡魔対策也)。三好十郎の戦後の出世作とされるが何処となく商業的成功を得たぶん批評性の点でどうなのか(甘いに違いない)・・等とぼんやり想像していた。「廃墟」や「胎内」等に見られる鬱々とした内省、自己批判とは、確かに一線を画した一画家の評伝だが、作者自身若い頃画家を志したという事情は作品が明快に打ち出すゴッホ観、芸術論・人間論の掘り下げに見事に結実している。評伝によくありがちな、鋳物の如く周囲から対象の輪郭に迫る方法をこの戯曲はとらず、全くゴッホその人に行動させ、多弁に語らせている。俳優の仕事としてはゴッホ役が主役として3時間の舞台を担う。
ただし作者はこの遠い他国の物語を、むしろ当時の日本としては「新劇」=左翼の演劇として受容され易い作品に仕上げ、そのように評価された事を良しとした・・と想像する。その価値観に振れたように思える場面(典型はゴッホ以外の役達がゴッホについて語るラスト)には言葉の総括に違和感があるが、ゴッホの死までの場面は秀逸であった。
ゴッホの出自・来歴(牧者として炭坑の町で人々のために奔走した)と、絵に向かう時のこだわりは不可分にあり、ギリギリの所を生きる様に人間の美を見出す感性は周囲の理解を得られない中、弟テオドールだけが彼を経済的・精神的に支え続けたのは史実に違わず。
タンギーという老マスターが営むパリの画材店では、ゴーガン他の絵の手法に目を見開かれたゴッホがそれらを生き急ぐように自作で試し、画家として出遅れた年齢分を取り戻そうと絵を描き、また激しく議論を闘わす。ここでゴッホは絵画にとって重要な原則を発見したと言い、盛り場で飲もうと出ようとする一行を引き止めて議論を吹きかける。ゴッホは絵には実在、人間が「そこに居る」事が重要なんだと唱える。これに対しロートレックかゴーガンあたりが近代的思考に基づく見解をもって反論する。全ての事物は人の目に映るイマージュに過ぎず、画家は自分が対象を見るイマージュをカンバスに描きつけるだけだ・・。こう来られれば普通なら引きさがるしかないが、ゴッホはさらに反論する。○○の描いたあれは確かによく描けている、だが表層を舐めただけの絵には、肝心の人間が居ない・・一番大事なのは、そこに人間が居る、それを外しては何もならない・・。
近代がやがて行き着く相対主義を代弁したかのようなゴーガンの説を否定するゴッホという存在は、「人それぞれ」と割り切れって生きる事のできる高踏遊民ではなく炭坑で困窮する人々をまず思い浮かべる人間であり、「確かにそこにいる」と認知される事が生存の条件である人間の方を顧みる人間である、と言える。(中流意識という戦後経済成長がもたらしたこいつから、この件を考察するも有り。)
実は本題は俳優について、のつもりだったが例によってだらだら書き連ねてしまった。
一言だけ。大型俳優がキャスティングされ集客される演目としてでなく、作品勝負で文化座の若手(にまだ入ると思う)を据えた公演で、彼はゴーガン演じた文学座のバリトン声の中堅俳優とは異なる「判り易くない」演技、言い換えればその場に即し、生きたゴッホを演じ、生き切ったと見えた。完成されておらず、完成を目指したものでなく、ただ一舞台を生きる、を続ける姿に好感。
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文化座「炎の人」(作:三好十郎、演出:鵜山仁)、終演いたしました。考えてみれば、本当にたくさんの方々にお世話になりました。 ゴッホを演じた藤原さんの毎日の鬼気迫る取り組みに、飲みに行こうなんて言えない雰囲気を感じていましたが、昨… https://t.co/ocwe46odAx
4年以上前
2月の「ベスト・ファイヴ」 1. 俳優座「彼らもまた、わが息子」 2. 名取「帽子と預言者」「鳥が泣き止む時」 3. さいたま「ヘンリー8世」 4. 現代古典主義「カラマーゾフの兄弟」 5. 新国立研「社会の柱」 これに、文化座… https://t.co/yj6LJvYBnF
4年以上前
劇団文化座 「炎の人」 初日に、劇団1980の柴田義之さんと上野裕子さん、、 テアトル・エコーの溝口敦士さんがご夫婦で観に来ていたことを青木さんが教えてくれた…。。
4年以上前
文化座『炎の人』へ 図らずしも千秋楽を目撃することになってしまった 演りきりたかったであろう思いと 決断した思いへの拍手を ゴッホの生き様と共に素敵な瞬間に立ち会わせてもらいました https://t.co/jmvSdZTKte
4年以上前
【大切なお知らせ】 公演中の劇団文化座『炎の人』ですが残り2公演を残し公演中止が決まりました。 ご観劇予定のお客様には申し訳ない気持ちでいっぱいです。 チケットの払い戻しなどは劇団(0338282216)までご連絡ください。… https://t.co/YYcczDUAdW
4年以上前
文化座「炎の人」、劇場の閉鎖が決まり、誠に残念ながら28、29日の公演を中止することになりました。ご予約、チケットをご購入の方は劇団までご連絡下さい。今日の公演中に決まり、カーテンコールの客席で佐々木愛さんからの説明をお聞きしまし… https://t.co/CDB4DE9ku9
4年以上前
市川千紘ちゃん出演、文化座「炎の人」を観劇。三好十郎の作品をはじめて見ました。いい話です。ゴッホの生涯もなんか見にしみるもんでした(笑) ワンオア伊藤君とも会えました! 〜スペースゼロ https://t.co/slGQmGx9Kg
4年以上前
劇団文化座『炎の人』見に行きました!とても面白かったです!ゴッホが生きていた時代にはいろんな人達がいてそれに影響されて葛藤しながらも、絵を描き続けたゴッホはとてもかっこよく切ない感じがとても印象に残りました!何度でも見たい劇だと思… https://t.co/buwcKjhCRN
4年以上前
文化座 炎の人 お尻痛くなったけど良すぎた。 毎回思うけど、鵜山さんが作られるカーテンコールが好きすぎて。光の使い方とか音楽とか。 稽古の糧になれば…!!
4年以上前
劇団文化座『炎の人』。3時間の長尺は人々がヴィンセントへ言葉を贈るエピローグのためにあるんだな。ささやかな花束、心からの拍手を客席からも贈りたい。どうか飛んで来て、受け取ってください。少し泣けてきたのは何でだろ?そのわけを考えて、… https://t.co/WzKuMuqALw
4年以上前
2月21日(月) 劇団文化座「炎の人」 観に行ったら瀬戸口郁さんに会えたんだよね♪ あーっ!カッコいいカッコいいめっちゃカッコいいどーしてあんなにカッコいいのーーーーーーっ!!!!!? …素敵すぎる見惚れた…。。。
4年以上前
改めて文化座「炎の人」とても良かったです。昼休みに職場の食堂で読んで大泣きした戯曲なので、どうせ泣くんだろうな〜ヤダな〜と思って行ったら案の定泣いたし余波が強くてアフタートーク中もちょっと泣いていた…笑 とにかくゴッホがゴッホす… https://t.co/xYy8gTM90Z
4年以上前
劇団文化座「炎の人」(脚本:三好十郎、演出:鵜山仁)https://t.co/d8BzH5ILIE 2/29(土)までスペース・ゼロ ゴッホ役の藤原章寛さんが素晴らしかった!『アニマの海(… https://t.co/jROG6p9FvN
5年弱前
絵画の勉強をしている幼なじみがゴッホ展に行ったと「麦畑」の絵葉書を贈ってくれた。「厚塗りなのに色が混じらないのがすごい」と。輝くような黄色の麦畑の絵から溢れる幸福感と生命力。Nちゃん、ありがとう。文化座『炎の人』観劇は来週です。 https://t.co/uGnsPTVSkX
5年弱前
昨日は文化座「炎の人」みてきた!ゴーギャン、かっこよ……😍 個人的にゴッホとか印象派周辺の予備知識持ってて正解だと思ったので、これからの見る方は予習するといいかもです。 青年座研究所同期の砂川氏頑張ってました🎉 https://t.co/xniagydU8R
5年弱前
文化座「炎の人」三好十郎、鵜山仁。三好特有の労働者の惨状。一本気の人で思い込むと狂気のゴッホ(藤原章寛=イメージぴったりで好演、声低め)、ゴーギャン(鍛治直人=強力)。女将とモリゾ(佐々木愛、新井純)、シーヌとラシェル(小川沙織、… https://t.co/OPD1tcwBFA
5年弱前
劇団文化座「炎の人」初日✨✨ 仮にゴッホが責めるように、ゴーガンが妻たちに罪悪感を覚えていたとしても「自分のしたいようにする」と嘯く強さ。もしそれをゴッホが持っていたなら、あんなに自分も周りも苦しくはなかっただろうに…と思う反面、… https://t.co/p43s76jJIQ
5年弱前
仲代達矢がゴッホを演じて十年 燃えるような炎を心にもって生きたその生涯 劇団文化座『炎の人』――今夜も劇場へ https://t.co/mw1R3PZw1n #炎の人 #ゴッホ #週刊文春 #文春オンライン
5年弱前
「劇団文化座『炎の人』は、ベルギーの炭鉱村で鉱夫のために経営側と交渉する宣教師としてのゴッホ(藤原章寛)の場面から始まる」→ 仲代達矢がゴッホを演じて十年 燃えるような炎を心にもって生きたその生涯 劇団文化座『炎の人』――今夜も劇… https://t.co/dFOurBVhvS
5年弱前
仲代達矢がゴッホを演じて十年 燃えるような炎を心にもって生きたその生涯 劇団文化座『炎の人』――今夜も劇場へ https://t.co/BFDSv2dzKB #炎の人 #ゴッホ #週刊文春 #文春オンライン
5年弱前