糸瓜咲け 公演情報 糸瓜咲け」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.5
1-16件 / 16件中
  • 満足度★★★

    正岡子規の話でしたが、結構、病気のシーンがリアルで、ちゃんとしたお芝居でした。

    ネタバレBOX

    リアル過ぎて娯楽作品では 決してないですが、そこは 観る人の好みだと思います。
  • こちらで失礼します。
    『糸瓜咲け』(正岡子規にまつわる物語)無事に閉幕致しました。
    感無量です…
    ご観劇に来てくださったお客様、誠にありがとうございました!そして、様々なSNSやコリッチさんなどで、こちらの士気が高まる温かく嬉しいご感想に心より御礼申し上げます!
    また気にかけてくださった方にも感謝致します。
    僭越ながら演じさせて頂きました僕の正岡子規、ノボさんは8日の千秋楽で終演しました。
    本公演、ご好評を頂き、また再演希望やDVD販売の希望などのお声を頂きましたことには嬉しさで他の言葉も見つかりませんが…すみません映像販売はしません。再演は余程でない限り、しないと思います。ただ、制作してくだされば地方には持って行きたいかなと思ったりもします。特に愛媛、松山です。笑 
    今回、企画チーフのプロデューサーとして公演を打つ大変さ、集客の困難さなど、とても勉強になった舞台でした。
    そして、1人の役者としても更に演劇を愛するようになりました。
    満身創痍で駆け抜けましたが、何よりも僕の大好きなキャストと素敵な恵まれたスタッフ達には本当に感謝したく思います。
    本気で向き合ってくれて、ありがとう!
    必死さとは…一緒(所)懸命に生きるとは…芝居を通して学べた公演でした。
    今日より新たな1日としてノボさんのように人生を楽しんでいく所存です。adiós!またお会いしましょう。
    荒川大三朗

  • 良い舞台だったと思います。

  • 満足度★★★★★

     板上下手手前に糸瓜棚奥の出捌けから客席方向へ延びる通路を挟み和室をL字形に囲む濡れ縁、正面には沓脱石、和室下手奥のコーナーに小机、一輪挿しを活けるような小さな花瓶も置かれているのは、花を愛でた子規の心根を表しているかのようだ。和室奥の桟を通して出入り口が覗く。客人、友人等は主にここから入ってくる。和室とこの玄関の間に廊下、この上手にも出捌け、妹・律や母・八重はこちらから出てくるから奥は台所と考えられる。上手側面壁に戸があり、原稿用紙・執筆原稿等に関連した物が入っている。この舞台美術も実に丁寧に作られ、無論無駄は一切ない。(華5つ☆ スタンディングオベーション! 追記2019.10.8)

    ネタバレBOX

     オープニング早々、闇鍋を囲み、闇から生まれた宇宙談義を始めとする、恰も現代になって漸く存在が予測されるようになったダークマターを予見するかのように深く本質的な、而も人類史に冠たるギリシャ・ローマ時代の哲学、科学知を前提とし、更に地元の食べ物という日々我らの命を養う食物に着地する人間活動そのものの神髄を話題に始まる所、天才の臨む限りない碧空にかっ飛ばされた白球の吸い込まれる様は、当に天才たちが集う子規の部屋(=宇宙)に相応しい。序盤で鷲掴みされた子規の特徴をど真ん中の直球で決める手際も見事である。更に幸田露伴に初の小説作品を送り評価を願った件に絡んで後の夏目漱石から評され、小説を断念する下りに実によく詩人と散文家としての小説家の本質的差異が描かれている。ここでは子規の天才詩人としての特性である本質を直感し掴み取る卓越した能力と漱石の知的・論理的で精密な散文家としての天才が対比されており、背筋がゾクゾクするような素晴らしいシーンである。このシーン以外にも序盤には、オッペケペ節を皆で歌い踊るシーンがあるが、この時代自由民権運動の時代でもあったハズでこのオッペケペで現れた体制批判には、無論ルソーの「社会契約論」の中の民主主義思想があったハズだ。勘違いしてはいけない。社会契約論に書かれた民主主義の目指したものは、間接民主主義などという茶番ではない。即ちかつて竹内芳郎が「社会契約論」第3部15章を引いて指摘した通り“人民主権の集中する立法権にあっては、人民は決して代表されない、人民は代表者を持つや否や、最早自由ではなくなる。最早人民は存在しなくなるのだ!”とのルソーの叫び通りのことを基礎にしている。一方、これを馬鹿騒ぎと捉えた妹・律は知能が低いのではない。真逆である。生活者として人間生活全般を仕切り設計してゆく謂わばSE(System Engineer)としての女性の位置と賢さが対置されていると見るべきである。或る意味、男は何時まで経っても子供で生活という地道で苦労の多い而もちまちましているように見える世界に対応するように育てられない。そんな事情もあって生活には疎いのである。際立った女性の賢さが端的に表されたシーンがもう1箇所ある。病床の子規を漱石が見舞うシーンだったと思うが、母・八重が律を促して席を外す的確さは、流石に天才の母と妹の賢さを印象ずけるに充分である。
     また臨終の際、あのような苦しみに耐えた子規が糸瓜の葉の揺れから、他の誰もが指摘できなかった露が一滴垂れたという微小を指摘して息絶える今作の美しさ、写生句を提唱し完成した子規の偉業と、花を愛でる細やかなふるえる神経の蒙り・耐えた痛みの痛切と深みを捉え・定着した天才の宇宙を描き切って見事である。
  • 満足度★★★★★

    良かったです!正岡子規は35歳で亡くなったんですね。さぞ悔しかっただろうと思いました。
    すみません。私の勘違いでした。香川照之さんが子規を演じたのはやはり「坂の上の雲」でしたね→これを読んでくれているかどうかわかりませんが。

  • 満足度★★★★

    正岡子規の晩年10年の話。子規の生き様が伝わってくる、きちんとした真面目な芝居でした。

  • 満足度★★★★★

    素晴らしい舞台だった。
    観終わったばかりだが是非再演して欲しいと思う。何度でも観たい!本当にそう思う。

    エンディングで流れていた曲、スタッフの方に教えてもらいました。
    「HANA」暮部拓哉
    早速購入して今聴きながら書き込みしてます。

    ネタバレBOX

    早逝の作家の物語だから当然ラストは死が待っている。泣いたら負けだという思いで客席に着いた。が、結果は子規が愛した野球で例えるなら5回コールド負け!
    まだ試合(?)中盤の、体調を崩した子規の面倒をみるために母と妹が東京へ発つという時に、今や軍人となった幼馴染の秋山が、自分をもてなしてくれた律に別れ際に「お幸せに」と伝えた場面で涙腺崩壊。
    終盤の病との壮絶な闘い、文学への思いとままならぬ自らの肉体との葛藤等。ゲームセット後も幕が降りるまで涙が乾くことはなかった。
    どうしても重くなりがちなこの物語の絶妙なバランスを保ったのが子規の妹の律だったと思う。2度の出戻りを経て兄の看病のために母と上京。上京前に銀座を歩いて、カフェに行って、芝居を観たいと陽気に歌っていた。
    病状が悪化した兄に「東京に来て何年になる?」と問われ「7年」と答える律。「銀座を歩いたか?カフェに行ったか?大好きな芝居を観たか?」何もしていないと答える律に子規の謝罪の咆哮が。

    終演後、律役の児玉愛里さんとしばし今作について談笑。次回作はミュージカル座でミュージカルコメディだとか。こちらの方が主戦場だとのこと。そういえば今作でも素晴らしい歌声聴かせてくれてましたね。
  • 満足度★★★★

    良い舞台でした。

  • 満足度★★★★★

    良い芝居でした。役者さんもみなさん個性が出ていて楽しめました。

  • 満足度★★★★

    大変良い舞台でした。
    正岡子規を囲む個性的な面々が生み出す笑い、場面をうまくつなぎ引き締める律の語り、
    従軍から戻って以降の子規は秀逸で、特に晩年のシーンは、狂おしい程の生への(句への)渇望が伝わってくる。

  • 満足度★★★★★

    素晴らしかったです。正岡子規という人物と、その生き様を切に描いていて、ラストは涙が溢れました。役者さん達の熱演が素晴らしく、それぞれの人物を生き生きと演じていました。文学に対する熱い思いが、これでもか!という程に伝わってきました。子規や仲間達がいて(勿論、登場していない文学者含め)今の文学があると思うと、本当に感動しかないです。本当に良い舞台でした!

  • 満足度★★★★

    冒頭の語り口が良すぎて、その後はシーンによってはやや物足りなさを感じることもあったものの、見応えのある125分。律と八重の二人が特に印象的。

    ネタバレBOX

    小さく携帯のバイブ音鳴らすのが好きな方が今日もいましたね。暗転の度に時計のバックライトで時間確認するのが好きな人もいたような気がするんだけど勘違いかしら。
  • 満足度★★★★

    偉人伝とかで読むよりも
    人物像とか周囲の方々が良く理解できた芝居でありました

    配役も人物像に合っていて
    病気がちなノボさんはアバラ骨見えてるし
    夏目氏は胃が弱そうな感じでした

    ナレーションも入れてて
    その時代や人物ソシオグラムは理解し易かった125分の作品

    ただねぇ
    あれだけ劇団の方が注意していたのに
    上演中に何度もケータイの画面見てたりするし
    前の座席背にぶつける様にして足を組んでいたのには
    い~い年をしたオバハンが情けねぇ~なぁ~と閉口ものでした・・・わ
    観劇マナーはよくしましょうよー と思ったわ

  • 満足度★★★★★

    正岡子規の24歳から亡くなる35歳までを、彼を支えた家族や交友関係を通して描いた力作。子規(ノボさん)の生への執着や言葉との格闘という内面の掘り下げ、友達への羨望という人間臭さを観せることによって、”人間 正岡子規”が立ち上がってくる。劇中ではノボさんと呼ぶことで、少し距離ある人物を身近、親しみに感じさせるあたりが上手い。
    (上演時間2時間5分)

    ネタバレBOX

    舞台セットは子規庵のイメージであろうか。和室・畳に縁側、奥の襖戸を開けると格子を通して玄関が見える。その部屋に文机。下手側には庭があり糸瓜、紅葉した葉、新緑の葉や花々が咲いている。そこには四季が見える。この狭い空間が正岡子規の行動範囲であるが、彼が思い描いている世界観は遥かに広い。目に見える実際の空間に対して、彼の心的空間の広がりの対比を演出しているようだ。

    物語は子規24歳から35歳までの人生を順々と描いており、奇を衒わず実生活を通して彼の生き様を魅せる重厚な作品だ。冒頭は、子規の妹・律がストーリーテラーのように、伊予弁で場所や年代、登場人物を紹介するように始まる。これによって一瞬のうちに時代設定や家族・交友関係が分かる。そして客観的な観点として、闇鍋を通して人柄なり親交振りを表す。一方、子規自身は学者にも軍人にもなれず、小説家として生きて行こうと決意。その小説「月の都」の批評を夏目漱石、さらには子規本人が幸田露伴から聞いたことを述べる。批評は、子規の書きたい思い、その芯というか真がなく、単に文章を飾っているだけという辛辣なもの。以降、詩人として生きて行こうとする心情過程が実に丁寧に描かれる。その間に好きな野球のエピソードや従軍記者になれた喜びなどが語られ、その人柄なりを活写するような演出は上手い。

    一方、彼の人生は、結核や脊椎カリエスという病魔との闘いでもあった。それを家族の関係、支えとして描いている。妹・律の買い物、カリエスへの処置等を通して、いかに家族の献身的な支えがなければ、彼の偉業は達せられなかったことか。献身的介護をしても、病人の側からすれば不服もあった。身勝手なようだが、彼も耐え難い痛みと、一切の自由が効かぬ体に苛立っている。病になる前は、野球を愛するなど快活だった子規だからこそ悔しい思い。それは「病牀六尺」という台詞に表れている。しかし彼も介護は律しか出来ないことを知っている。他に代わることのできない事を偉業というのであれば、律の介護はまさにそれである。律と同じように誰かの支えとなっている、それは現代にも通じる、いや介護が声高に叫ばれている現代だからこそ大切な事と思える。しっかり現代性に合わせるところは巧みだ。

    交友関係では、夏目漱石がイギリスへ、秋山真之がアメリカへと旅立つが、自分は外国どころかこの庵から出ることが出来ない。その もどかしさが切々と伝わる。しかし子規は言う、この庭には草花...自然があり森羅万象。ここに舞台セットの四季の意味があるようだ。その胸の内にある世界観を俳句や短歌として残したい。もっと生きたい、その切実な思いが鬼気迫るように描かれる。知らなかった”人間 正岡子規”を感じられた素晴らしい公演であった。
    もちろん、役者陣の演技力があっての芝居であることは言うまでもない。
    次回公演を楽しみにしております。
  • 満足度★★★★★

    125分素晴らしい舞台でした。役者さんも上手いし舞台装置も安心感のある作りで楽しめました。役者さんの熱演に舞台終了後も息の詰まるような余韻からなかなか抜け出せませんでした。「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」ぐらいしか知らなかった私ですが正岡子規の壮絶な生きざまを知ることができました。

  • 満足度★★★★★

    真面目な芝居、俳優陣の熱演が嬉しい。子規の妹、律が案内役を兼ね、分かりやすい導入。登場人物に個性があり、125 分、飽きさせない展開でした。敢えて言うと、ラストは引っ張りすぎ、もう少しあっさり終わって欲しいと思いましたが、あくまでも私の印象。2017年文学座で正岡子規の青春を描いた『食いしん坊万歳!』が印象的な良い舞台でしたが、今日の作品、演劇に真摯に取り組む姿勢に心が打たれました。

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