「ミカンの花が咲く頃に」2026 公演情報 HOTSKY「「ミカンの花が咲く頃に」2026」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

     基本的には三里塚闘争と同じだ。何時迄経っても日本という国は自らの民を大切にし得ない。矢鱈騒がれる熊の「害」も人間が彼らの棲み処を荒らした結果であり、対応の仕方も殺害が前面に出ている。もう少し知恵を絞ったらどうか? カナダのように。

    ネタバレBOX

     ト明天直前「強制執行を行います」のアナウンスと共にブルドーザーらしき音と共に建物が壊される音を伴い・・・、三里塚での思い出が即座に蘇って幕が開いた。このシーンに重なるように子供たちが歌う、村に伝わる伝承歌と共に下手手前で踊るシーンが輻輳的に演じられる。物語は実際に起こった高速道路建設で立ち退きを強制され、賛成派反対派が対立するよう仕向けられ村を出る者らが相次ぎ唯でさえ過疎傾向を示していた村の人口減少を理由に小学校、中学校(今作で描かれるのは小学校のみ)も廃止され遂には強制執行で故郷を失った歴史をベースに作られた作品である。
     明転直後正面センターに広い濡れ縁を持つ農家の一室と蜜柑の木が浮かび上がる。場転で件の農家に人が訪ねてきた。母(美羽)と娘(拓未)で下手玄関の方から幾度も声を掛けている。返事が無いので正面に見える広い濡れ縁のある部屋の方へ回り込んだ美羽が更に声を上げると上手奥から、この家の妻(実果)が漸く出てくる。
    この後、場転で出てくるのは学校帰りの子供たち、と子供たちにお握りを振舞うこの家の妻(野枝:実果・美羽の母、拓未の祖母)である。
     可成り特殊な時系列で構成されているのが今作の特徴のようだ。我々の過ごす生活空間の中に流れる時間は、必ず不可逆だからこの点に気付くことが遅れると可成り分かり難い作品になろう。この後に続く物語の構成も時系列が幾度も組み替えられ輻輳してゆくのに、その度に服装が変わることは殆ど無いばかりではなく、化粧とて同様であるから視覚的に時系列を普段の生活同様に受け取ることが出来ない以上、その構造をキチンと腑分けし認識せねばならぬが観客の認識に合点がいく迄にコンマ何秒かタイムラグが生ずる。自分は基本、作品を観て初めて解釈するという観劇方法を採っているので予め当パンを読む率は0.08%程だ。観もしないで判断することを避ける為である。要は先入観で事象を歪めることを避けたいのだ。(帰宅してこの文章を書く為、当パンを開いてみたが時系列に関する説明などは載っていないから、他の観客もこの解釈には苦労したに違いない、上に挙げたような方法での示し方は時間的に無理である以上、映写文字で示す等の配慮は欲しい。
     さて、物語は、この館に住みそれ迄の開発という仕事に疑問を感じ大手ゼネコンを自主退職し近所の山を買い農民となった夫婦(源爺とその妻野枝)が、この地に根を下ろし元々の村民と持ちつ持たれつの暮らしをするようになって地域に本当に溶け込み、子供たちから大変好かれ、当然子供たちの親からも好かれて、自然豊かで村に在る小さな神社の祭りと、催事、伝承が今なお残り旨い水にも恵まれ山からの渓流に蛍の舞うこの地を本当に愛していたが、7年前村の領域を双方から挟み込むように既に高速道路工事が為された為に山の一部が削られてしまった結果大雨の時に起きた山崩れで村人、村の子供が亡くなった。神社も崩れた山の土砂に流され完全崩壊の憂き目を見たのであった。その縁(よすが)を辛うじて残すのが、この物語の紡がれる広い濡れ縁の家、そして神社の神木であった初めの樹の種から育ったこのみかんの木だった。野枝の亡くなった12年前、その葬式にも表れなかった次女の美羽が娘を連れて訪れたのは十三回忌法要の為であった。初めの樹直系の種が根付き小さな芽をつけこのように木として成長するまでには人々の念とたゆまざる世話が必要であったのは、栽培の難しさもあった。然し木はこのように成長し、近いうちに実をつけると思われる。
     時系列が輻輳する今作は以上で説明したように十年以上前の村の生活と反対闘争を始めて以降、子供たちも大きくなって各々が社会人となり在る者は役場に勤めて高速道路建設の為の折衝役を振られて交渉の直接担当者として子供の頃から世話になり恩のある最愛の妻を亡くした源爺と敵対的交渉の矢面に立たされて苦悩せざるを得ず、貧しい近隣農家の人々は切迫する経済事情から村を捨てることでしか生きてゆけぬ状況に追い込まれて苦汁の決断をせざるを得ない。一方、源爺は、上訴し続けても敗訴の確立は圧倒的に高いが、山崩れの理不尽や地域の人々がただ幸せに助け合いつつ暮らしてゆける豊かな自然を破壊して保証金を受け取り今迄縁もゆかりも無い地へ実質的には強制移住させられることが意味する処をキチンと診切って反対した住民が居たという事実を残す為に戦う。例え負けると分かっていても筋を通す。そんな“信”が描かれた作品だ。この源爺の念は孫で大学への推薦入学が決まっていたが、自分が本当にやりたいこと、やるべきことが何か分からず迷っていた祖母の十三回忌にこの地を訪れ、村民たちと祖父らとの軋みを直に体験したことでジャーナリストの道を自ら選びこの強制執行の有様を撮影に放映する道を選んだ。

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    2026/03/21 19:21

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