鵺が疾る(ぬえがはしる) 公演情報 劇団青年座「鵺が疾る(ぬえがはしる)」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    ガチガチ硬派。それでいてつまらなくないのが凄い。遊びや色恋、笑いや活劇などは全くない。ただ時代の流れと共に人々の考えや関係性が変化していく様を静かに描写するのみ。そこに浮かび上がるのが戦後最大のフィクサー、『児玉誉士夫 BEGINS』。

    山﨑秀樹氏が顔を客席に見せた時、「児玉誉士夫だ」と思った。
    阿片王・里見甫(はじめ)は石母田(いしもだ)史朗氏。イメージと違って立派な紳士。坂本龍一が演じた甘粕正彦のような。
    その秘書に市橋恵さん。物凄い目付き。(男装の麗人、梅村淳だろう)。
    陸軍大佐・石原莞爾に桜木信介氏。(楠本実隆〈さねたか〉大佐と混ぜている)。

    関東軍は金が必要だった。何をするにも金がいる。一々大蔵省を通していたら一向に話は進まない。自分達で自由に使える資金、阿片に手を付けた。芥子を栽培し阿片に精製し市場で売り捌き現金に変えるシステム。無尽蔵に自ら金を稼ぐ夢の軍隊。だがそう上手くはいかなかった。

    ネタバレBOX

    1931年9月18日、柳条湖事件(関東軍による自作自演の偽旗作戦)が起き、満洲事変発生。日本は中国東北部・満洲を占領。
    1932年1月28日、第一次上海事変。中国の徹底抗戦を受けて停戦に。以後日本は国際的に孤立することに。
    1937年7月7日、盧溝橋事件(中国軍と日本軍の小競り合い)から今まで局地的単発的であった戦闘が日中全面戦争開戦となる。
    1937年8月13日、第二次上海事変。11月に勝利するとそのまま12月に首都・南京を攻め、12月13日南京陥落。

    上海、北部外灘(がいたん=ワイタン=バンド)の虹口(こうこう=ホンコウ)地区は日本人が多く居住する共同租界(外国人居留地)であった。

    ①1935年1月〜
    海軍大佐・山縣正郷(石井淳氏)が上海の租界にある19階建てのブロードウェイ・マンション、外務省情報部長・河合達夫(平尾仁氏)のもとを訪ねている。とにかく海軍には金が要る。河合達夫は3度実刑を受けた右翼青年の児玉誉士夫(山﨑秀樹氏)を拾い上海に連れて来て働かせていた。もう一人は鹿野宗健氏。
    そこから500m程離れた7階建てのピアスアパートには後の阿片王・里見甫が住んでいた。陸軍大佐・石原莞爾が金の無心。秘書の市橋恵さん、新入りの清瀬ひかりさん。

    ②1936年3月〜
    外務省情報部に接近する清瀬ひかりさん。市橋恵さんに怪しまれ姿を消す。

    ③1937年11月〜1938年6月
    里見甫は関東軍から特務資金調達の為に阿片売買を依頼され、1938年3月、その為の会社・宏済善堂を設立。当初は外交特権を利用した陸軍がトルコ、ペルシャ(現イラン)から密輸入した物を扱った。阿片流通は中国の裏社会を支配する青幇(チンパン=せいほう)のボスの一人、杜月笙(と・げつしょう)の支配下にあった。里見機関の阿片はその部下、盛文頤(せい・ぶんい)に卸され彼等の販売網が売り捌いた。
    海軍も日本で製造した阿片を売り捌く。
    清瀬ひかりさんは河合達夫から切り捨てられるが児玉誉士夫が拾う。

    ④1939年10月〜
    1939年2月、日本軍は中国最南端の島、海南(ハイナン)島を占領後阿片生産の拠点とする。
    里見甫は1939年末から南京国民政府(=日本の傀儡政権)直轄の阿片総元締めとして蒙古で栽培された芥子の花を飛行機で運搬、満洲で阿片に精製した物を扱った。
    清瀬ひかりさんは1923年9月1日関東大震災の時、友達だった中国人一家が虐殺される姿を目に焼き付けた。贖罪として中国で国民党のスパイとなる。
    清瀬ひかりさんからの国民党情報で匪賊の襲撃を免れる阿片の輸送列車だったが到頭襲われ鹿野宗健氏が犠牲に。

    ⑤1941年11月
    日米開戦前夜。本当にこれで良かったのか?もうどうにもならない。

    児玉誉士夫は戦時中、海軍の嘱託として戦略物資調達部隊「児玉機関」を指揮した。終戦時、当時の貨幣で447億1476万3517円42銭の資産を保有。現在の価値では優に兆を超える。返還すべき海軍もなくなり、自由党(後の自民党)の結成資金1000万円(現在の価値では56億円?)を提供した。1946年から1948年までA級戦犯容疑者として逮捕、収監。釈放後、日本政財界のフィクサーとして君臨する。1976年、ロッキード事件(米国ロッキード社が売り込みの為多額の賄賂を日本政財界にばら撒いた)が発覚し、ロッキード社の秘密代理人だった児玉誉士夫も追求を受け社会的に失脚した。

    やけに児玉誉士夫を美化しているようにも思った。(阿片を憎んでいるとか)。児玉機関は中国でヘロインの密売にも当然関与している。取材先への義理があったのかも。好意的に解釈すれば、児玉誉士夫は金に拘ったがそれは私利私欲の為ではなかった。金は力であり、金を必要としている人材に渡すことで日本は正しい道を行ける、そう信じたのだろう。自らは巨大な集金装置であり、分配装置であろうとした。続編としてそんな児玉誉士夫物語も観てみたい。

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    2026/02/22 19:28

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