ロドリゴ・ガルシア『ヴァーサス』 公演情報 フェスティバル/トーキョー実行委員会「ロドリゴ・ガルシア『ヴァーサス』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★

    Versusの意味
    Versus(前置詞)

    1. (訴訟・競技等で)…対、…に対して

    2. …に対して、比較して

    観終わった後、この作品はもしかしたら作者ロドリゴ・ガルシア自身の
    総決算的な意味あいを持つものなのではないか、とふと思いました。
    事前情報で考えていたよりずっと詩的、かつ私的で、その背後に
    彼、ロドリゴ・ガルシアという人間の一端が見え隠れするような気がした。

    ネタバレBOX

    社会批判、風刺に満ちた挑発的な過去作のタイトルの羅列から
    今作もその系統かと思いきや、社会批判色は後退気味で、むしろ
    相当に自分と他人とを深く見つめた作品のように思えました。

    「対"自身"」(I vs I)、「対"他人"」(I vs other)…

    衝動的で暴力的、どこか人間の当初とオーバーラップするような
    原始的な振る舞いを見せる登場人物達の口、それを追うように
    頻繁にバックに映写されるモノローグを通じて、作者自身、ロドリゴ
    自身の肉声が迫ってくる。

    その多くは、端的に言うと、
    「愛は肉体的関係に終始するだけでなく、それだけの方が他の
    何よりも上手くいく」
    「芸術なんて、退屈で徒労に満ちた、暇つぶしにもならないもの」

    といった感じの、どこか諦めや軽い絶望を思わせる、叫びというより
    ぼそぼそとした囁きのよう。 その言葉自身に苛立つかのように、
    役者達はお互いに意味の無い暴力を振い合い、痙攣し、暴れて
    本を引き裂き、投げ捨てる。 

    まるで、書物の知恵がクソのようなもので、暴力、攻撃が人間の
    本性であることをみせびらかすように。

    自分にどこか苛立ち、他人にも苛立ちを感じている。
    海を越えても、同じ感覚を共有する人間がいることを発見し、
    当たり前と言ってはそうなのですが、驚きを隠せなかったのです。

    とどのつまり、ロドリゴ・ガルシアという人間は、どこか純粋で
    傷つきやすく、芸術肌でありながら現実をよく知っている。
    そんな社会的な人の一人なのでしょう。 だから、彼の、延々と
    続くモノローグ、特に後半のそれは私の胸に微かに疵をつけていくような、
    そんな気がしました。

    「そんなのは嘘だ。みんな俺をなぶり殺しにしたいだけなんだ」

    その一言をもって、この『ヴァーサス』は幕を閉じます。

    だけど、そういうことを言う人間が、実はまだほんの少しの希望を
    誰よりも隠し持っていることはよくあることです。
    本当に諦念に満ちた人間はそういうことは言わないし、そもそも言えない。
    そこに、私は作者の「芯」、「真摯さ」をはっきりと感じ取りました。

    ただ、個人的には社会風刺色の強いロドリゴ・ガルシアの作品も
    大いに気になるところでありますが。。 

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    2010/11/23 20:21

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