『阿房列車』『思い出せない夢のいくつか』 公演情報 青年団「『阿房列車』『思い出せない夢のいくつか』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    『思い出せない夢のいくつか』は列車内を舞台にした3人芝居である。
    歌手の由子(兵藤公美)とその芸能人生の苦楽を共にしてきた長年のマネージャー安井(大竹直)、由子の付き人である貴和子(南風盛もえ)が地方巡業へと向かうため列車に乗っている。
    3人は過去の世間話や窓の外の景色、そして空の星座についてのとりとめのないおしゃべりを続ける。一見なんてことのない、こちらもまた静かな会話劇だけど、さりげない一言一言がそれこそ星と星のようにつながり、3人の間に生じている穏やかではない起伏をそっと確かに握らせていく。
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    ネタバレBOX

    三角関係がまるで星座のように浮かび上がってからは、なんてことない質問や応答が牽制のようにも取れるなど、会話の手触りにも変化を感じずにはいられない。その上で最も印象的だったのが、出ハケの効果だった。喫煙や売店への買い出しなどで誰か一人が席を立ちその場を空けると、当然残された二人だけの空間が始まる。表立って分かるほどではないけれども、それぞれが三人の時とは違う温度と湿度を宿した会話がカットインし、そして、そのことによって不在の雄弁さとでも言おうか、席を空けている人間は今、この車内のどこでどんな表情で過ごしているのか、などのイメージも駆り立てられるのである。
    由子と安井が恋仲ではないにせよ夫婦に擬えられるような気の置けない関係であること、しかし恐らく安井は貴和子と既に一線を越えているのかもしれないことなどが読めてきたところで、二人きりになる由子と貴和子。空気をかき混ぜるかのように星座早見盤を使って星座を探しはじめる貴和子とその読み方が全く分からないとボヤく由子。そのコントラストはこの先の三人の関係の読めなさを暗に示しているようでもあって、ドキッとさせられた。一つの林檎を回しあって食べるシーンもまた、それぞれの歯形で欠けていく果肉がその関係性を彷彿させるようでもあって、それでいて官能を秘めているようでもあり、とても詩的な演出だった。

    もはや俳優評にしたいほど、3人の俳優それぞれが纏うムード、声のトーン、そしてその絶妙に調和のとれた応酬が素晴らしい。状況的には「調和」というよりは「不和」なのだが、一言で「不和」と言い切るには憚れる、えも言われぬニュアンスを見事に生み出しているのだ。兵藤公美の人気歌手という過去も納得のオーラと喋りだすと途端に無防備なチャームを見せるそのギャップ、二人の間に挟まれているのか、挟まれにいっているのか、肝心なところでつかみきれない男の浮遊感を体現する大竹直、若さと無邪気さのその奥で渦巻く複雑な葛藤を目線一つに豊かに滲ませる南風盛もえ。目的地が星のごとく遠ざかっていくような時間とその時間に呼応して間延びしていくような車内の空間。3人の会話と2人の会話の往来によって、人一人の不在が語るものの大きさ、その雄弁さを受け取った。3人が作り出す濃密な芝居を堪能した75分だった。


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    2024/06/29 23:39

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